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第63章:来てほしくない時にかぎって必ずあらわれるんですよ、ヤツは!(悲鳴)

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「このまま締め殺してくれるぞ!」

 などという展開に進むことはなかった。竜崎りゅうざき星良せいら抱擁ほうようからは、まるで敵意を感じない。心底親愛の情からの行動だということが、体温を通して伝わってきた。

「本物や、ほんまもんのサリスはんや! 久しぶりやなあ、それこそ前世ぶりや。ほんまに、ほんまに会いたかったんやで、あんたに。の礼もよう言えんままやったし、それこそ一日千秋の思いやった。ようやく念願かなって、今めっちゃうれしいわ!」

 予想外の展開に、思考が瞬時フリーズする。

 え、待って、これどういうこと? なんで星竜姫せいりゅうきがこんなフレンドリーなんだ? てっきりこれから凄絶な死闘に突入するもんだとばかり思ってたから、気持ちの切り替えが追いつかないんだけど。

 というか、竜崎が口にした「会いたかった」って文字どおりの意味なのか、皮肉でも「これでようやくお前を殺せる」とか続く感じのやつでもなく!?

「お、お嬢!? サリス貴様、その汚らわしい手をお嬢から離せ、なれなれしく抱きついてるんじゃあない!!」

 地面から見当違いの苦情クレームが飛んでくる。いや、あんたの爬虫類EYEアイには世界がどう映ってんだ!? どう見ても抱きついてきてるのはこの"お嬢"さんの方だろうが、こっちはあまりの成り行きで腕のやり場に困ってんだよ!

 ……落ち着け。一旦深呼吸だ。

 この場はひとまず、俺に抱きついている当人に疑問をぶつけてみるしかない。

「え、ええと……あんたの前世はフェイデアにいた星竜姫ヴィンゼガルドなん……です、よね?」

 ついつい敬語になってしまう。こちらに敵意を示されない以上、年長者相手にぞんざいな口調を続けるのも気が引けたのだ。

「せやで、さっきから言うとるやないの」

「と、いうことはですよ……サリスとはて、敵同士なわけですよね? 何遍なんべんも殺し合ったわけですし」

「はあ、何でそうなるんや!?」

 意外かつ心外、といった調子に満ち満ちた声だった。密着したまま俺の顔を見上げ、不満そうに眉をしかめてくる。

 どうでもいいけど、そろそろ離れてくんないかなあ。

「ひょっとしてまだ、桜庭さくらば……ヤンキーごんたくれ連中差し向けたこと怒っとるん!? ごめんて、あれはごめんて!」

「いや、別にそういうわけじゃ……」

「今日中にでもあいつら全員始末してどっかに沈めるから、堪忍してえや」

「そんな不穏極まりないことしないでくれます!? ほんっと、気にしてないんで!!」

 やはりというか、このスポーツウーマンも倫理観がバグっとるようだ。四黎侯しれいこうの生まれ変わりだと考えればむしろ当然、なのか?

「じゃあなんで!? そ、そら確かに、魔王様が討伐されてまうまでは殺るか殺られるかの間柄やったけど……え、待って、まさかそこまでの記憶しかないんか、うちのこと!?」

「そこまでって……その先があるん、すか?」

 勇者と星竜姫の関係が変化していた? そんな可能性は考えもしなかった。

「うわあ、マジかあ。どうりでうちがヴィンゼガルドだと気づいた後も、臨戦態勢を解かへんわけやわ……ちゅーことは何か、うちが今からあんたに攻撃を仕掛けるとか思っとったんか?」

「ええ、まあ」

「そんなことするわけないやろ! あんたは、勇者サリスはうちらを助けてくれた恩人やないの!!」

「恩人!?」

 さっきから意外感の連続で、脳がパンクしそうだ。

 サリスがヴィンゼガルドを助けたって? まるでおぼえていない。一体いつ、どういう形で?

 サリスは何より魔族を憎んでいた男だ。その憎悪が、魔軍と戦う原動力だったと言っていい。そのサリスが、魔軍で幹部をつとめていた竜人ドラゴニアの姫に恩をほどこすとは……ちょっと信じられないどころか、想像もできないな。

「ちがう、貴様は恩人などではない!」

 よろよろと起きあがりながら反駁はんばくの声をあげたのは、言うまでもなく前世名不詳の男・小吉こよしほむらである。いつの間にか竜人形態モードは解け、こちらもどこからどう見ても普通の人間だった。

「お嬢……姫! こんな男にだまされないでください。我々魔軍に参加した竜人が辛酸を舐めたのは、すべてこいつのせいではないですか! それだけじゃない、戦後集落を襲撃して貴女や同胞をさつりくしたあの勇者――"狂戦士バーサーカー"も、きっとこの男が手引きして……」

「しょーきち、ええ加減にせえ!」

 竜崎が鋭く叱責し、興奮する小吉をだまらせる。

「それはあんたの思い違いやって、何遍言えばわかるんや。魔王軍が負けたんはお互いに生存をかけた対等の闘争やった、恨み言を吐いてもはじまらん。それに"狂戦士"の件に、サリスはんは無関係や。弱って満足に戦えもしない集団をだまし討ちするような腐った男やない、勇者サリスはな。うちが保証したるわ」

 どうも主従の間で見解が食い違っているようだ。だまし討ちするような卑怯者と目されるのは心外ながら、俺としては小吉の主張する話の方がまだ「あり得そう」に思える。さりとて、竜崎が嘘をついているようにも見えない。

 そもそもヴィンゼガルドは生粋の武人肌だ。虚言を弄して何かを企むような姑息さとは無縁だろう。まあそれを言ったら、急に抱きついてくるような奴でもなかったと思うが……狷介けんかいで沈着、「クールビューティ」を絵に描いたような闘姫だったと記憶してるんだがなあ。

 性格が前世とは微妙に(?)変化するのは、もはや転生体のお約束らしい。

 いずれにせよ、前世の記憶がまだ不完全な俺には判断のくだしようがない。途方に暮れて天を仰いだ。雲ひとつない蒼穹そうきゅうが広がっている。

 その片隅で。キラリ。真昼の明るい空にあってなお輝きも鮮やかな、一条の流星が突如現出した……

「オーノーだズラ!」

 発作的に悲鳴が口をついて出た。俺はあの流星を知っている。既視感がありすぎる! 今この場に最もいてほしくない存在、もつれた事態を更なる混沌カオスへ落とし込むこと請け合いの聖女を自称する天才的トラブルメーカーが、間もなく(それこそ瞬きする暇もないほどすぐに!)この場にやってくるのである。

 何だよこの展開、昨日奥杜から校舎裏に呼び出された時と酷似、ほぼほぼ繰り返しじゃねえかよ! 阿呆作者め、「お約束」と「ワンパターン」の区別もつかんのか。おかげでいつも主役が苦労する羽目におちいるんだろうが。

 とにかくこの状況はまずい。非常にまずい! どうにかして密着する竜崎を引き離さねばという危機感から、俺の心臓は早鐘と化したが……言うまでもなく手遅れだった。

 視界の中で流星は急激に巨大化した、かと思えば俺らのかたわらを文字どおり光速で通り過ぎ、何も植えられていない花壇の上に轟音と共に着地した。

 やっぱりこの世で光より速いものは存在しないんだなあ。わかっていたことだが、その事実にこれほどの無情を感じたのは生まれてはじめてである。

 濛々もうもうとあがった砂煙が晴れてくると、その向こうに陽の光を浴びてかがやく黄金の髪があらわれる。

「にいちゃん、大丈夫!? 助けにきたよ、敵におそわれてるって……きい、て……」

 焦りと不安に揺れていた光琉ひかるの声が、突如石化した。竜崎星良に抱きつかれている俺を目撃したことが原因なのは、疑う余地がない。

 当初こそ憂いを帯びていた翡翠色エメラルドグリーンの瞳も、見る見る点になっていく。衝撃で思考が一時的にマヒしたのだろう。

 あ、これヤバい。直後に「プッツン」する表情だ。◯ャンプ主人公たちが覚醒の前ふりでよく見せるあれである。

 昨日奥杜と会っていた折も光琉は飛んできたが、あの時の奥杜はせいぜい俺の手を握っただけだった。しかも"瞬燐しゅんりん"を使う前に、すでに"光望こうぼう"をもちいてその様子を監視していたらしい。

 今日の場合、ここでの出来事を事前に把握していた雰囲気ではない。"光望"で見られている気配も感じなかった。純粋に敵に呼び出された俺を心配し、救いの手を差し伸べるべく矢も盾もたまらず"瞬燐"で駆けつけてみれば、いきなりボーイッシュで健康的な美人と浮気に勤しんでいる現場を目の当たりにした(※光琉視点)。そんなところか。こう書くと前日よりはるかに怒りを掻き立てられそうなシチュエーションだね、はは。

 ……あれ、俺にとって本作はじまって以来最大のピンチじゃね、これ?
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