実の妹が前世の嫁だったらしいのだが(困惑)

七三 一二十

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第54章:指抜きグローブに魅せられない男子などいない(摂理)

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 波乱は思いの外はやくやってきた。俺が朝の道端で本日の運勢を憂えた、その3秒後に。

 ゾクリと肌があわ立った。

 突然背後から、穏やかならざる気配が伝わってきたのである。通学途中の生徒たちであふれる平凡な朝の風景に似つかわしくない、何者かの獰猛で殺気立った気配――鬼気、とでも呼ぶべきか。さらに俺の五感だけでなく、"魔覚まかく"も警鐘を鳴らす。その何者かは鬼気と同時に、微かにではあるが、魔力をもその全身から発していたのだ……

 俺は反射的に光琉ひかるの肩へと手を伸ばし、自分の方へと抱き寄せる。

「ふわ……え、に、にいちゃん!?  んもう、ダメよこんな処で(喜)。そういうことは家に帰るまで我慢しなくちゃ❤️」

「ば、バカ、これは違う……つーか"そういうこと"って何だ、家に帰ってもやらねえからな!?」

 アホ妹の空気を読まない妄言ノロケに俺が釘を刺した直後、光琉の肩をかすめて傍らをひとつの影が通り過ぎた。

 小柄な男だった。背中まで届く長髪を、後頭部で無造作に一本に束ねている。俺たちと同じ静芽学園高等部の制服を着ているからには、うちの生徒なのだろう。

 男は俺たちの数歩先まで行って立ち止まると、ゆっくりこちらを振り向いた。

「悪い、肩がぶつかっちまったな。痛めなかったか?」

「へ?……あ、ああ、これくらい大丈夫だよ……です……」

 唐突に謝られた光琉が、そう男に返事をした。しどろもどろではあるが、咄嗟に敬語へと切り替えたのは感心である。こいつなりに年長者への礼儀は意識しているんだな、相手が奥杜おくもり以外の時は。

 俺は男の様子を観察しながら、"魔覚"を研ぎ澄ませる。やはり最前感知した魔力は、目の前の男から漏れ出ていた。

 童顔だが、眼だけはいやに鋭利だった。襟元の校章から判断して、高等部の2年生らしい。自分より一学年上だったことに、少し驚いた。制服は前ボタンをすべて外し、両腕の袖を二の腕が見えるまでまくり上げていた。そして両の手には、黒光りする革製の指抜きグローブをはめている……指抜きグローブ!?

 不覚にも一瞬、眼を奪われてしまった。動悸が跳ね上がる。仕方がない、中二病患者おとこのこなら誰もが一度は憧れた伝説のアイテムだもん。現実リアルで目にしたのははじめてだ、実在したのか!

 昨日前世紀から復活したヤンキーさん達に囲まれるという椿事ちんじを経験したばかりなので、多少エキセントリックな装いをみても驚かない自信はあった。しかし指抜きグローブとくれば別格である、少なくとも俺にとっては。それも含め、全体的にひと昔前の格ゲーに登場しそうな出立ちをしている男だった。正直見ているこっちが気恥ずかしくなる類の格好ではあるのだが、それでも不思議と様になっているのは男自身の体躯も格ゲーキャラよろしく仕上がったものだったからだろう。

 小柄ながら体幹はがっしりしており、姿勢は直線的で、露出した腕には引き締まった筋肉がついている。今朝からトレーニングを始めたもやし野郎の俺としては羨望を覚えざるを得ない、鍛えぬかれた肉体だった。

「怪我がないなら何よりだ。このあたりは人通りが多い。お前らもいつまでもたむろしてると、邪魔になるぞ」

 男は無愛想にそう忠告すると、きびすを返して先へ行ってしまった。

天代あましろくん、今の……」

 男の背中を見守る俺の横から、奥杜が問いかけてきた。

「当然、あなたも気づいたでしょ?」

「ああ、まさか指抜きグローブを実際に眼にする日がくるとはな……」

「そこじゃないわよ、しっかりしなさい!」

 どうやら奥杜は、指抜きグローブを見ても特に感慨が湧いてこなかったらしい。やはり同じ中二病でも、男子と女子ではツボに差異が出てくるよな……

 まあ確かに、かつての憧憬に黄昏たそがれている場合ではなさそうだ。頭を切り替えるとしよう。

「こほん……禍々しい気配に加えて魔力まで放ってやがった、気づかないはずがないだろう」

「急にシリアスな顔をされてもね……まあいいわ。一体何者かしら」

「少なくとも味方ではなさそうだな」

 前方へと振り向く直前、一瞬だが男は視線を俺に向けてきた。その眼光――瞳の中で溶岩が煮えたぎっているかのような、激情に満ちた眼光が強く印象に残った。あの男は間違いなく俺に敵意を抱いている、それも尋常ではない敵意を。

「やっぱ前世絡み、だよなあ」

 少なくとも現世ではこれまで、誰からであれあそこまで激しい怨みを買うような真似をしでかしたおぼえはない。第一、傍らの妹と風紀委員を除いて、魔力を備えた知り合いなどいるはずもない。

 ただあの気配と魔力の質、あれらには心当たりがあった。昨日の夕方、廃工場の欄干から感じたものと同じではなかったか。

 俺は光琉に確認せずにはいられなかった。

「光琉、ほんとに大丈夫か。あいつに何も変なことされてないか?」

「変なことって……にいちゃん、あたしを見くびらないでよ? 身体に指一本でも触られてたら黙って見逃すもんですか、そんな痴漢ヤローは聖女のにかけて今頃消し飛ばしてるわよ!」

「いや、そういう心配をしているわけじゃないんだが……あと聖女ってそんな物騒な存在だっけ?」

 忸怩たる思いがあった。得体の知れない危険人物を、光琉と肩が触れ合う処まで近づけてしまった! 今すぐこちらを攻撃する意思がないことは相手の気配からわかっていた。とはいえ、呼吸を読まれ後手に回ってしまったのもまた事実である。

「だいじょぶよにいちゃん、そんなムズカシー顔しなくても。あいつが何者であれ、にいちゃんにキガイを加えようとしたらあたしがコテンパンにのしてやるから」

 俺が顔を顰めているのをみて、妹は何やら勘違いをしたらしい。実に勇ましいセリフで鼓舞してくれたものである。

「俺自身のことはどうでもいい。第一、お前がそこまで気を回す必要ないんだよ。いいか、」

「そうよねー、それじゃ逆よねー。、守ってくれるんだもんねー、一生!」

「ぐっ……」

 ここぞとばかりに今朝の俺の発言を引き合いに出しては、図に乗りやがる我が妹さま。いや、たしかにそういう意味のこと言ったし、実際そのつもりだけどさあ……一々口にされると恥ずかしいだろうが!

「ところで、一体いつまでそうしてくっついているつもりかしら、あなたたち……?」

 奥杜の冷えきった声で、自分が未だ光琉を胸に抱き寄せたままだったことにやっと気づいた。あわてて肩から手をはなし、妹と距離をとる。

「くおらおジャ魔女、何余計なこと言ってくれてんのよ。あと数分は粘れそうだったのに!」

「てめ、気づいてて黙ってやがったな!!」

 唯でさえ人目を集めている時に誤解を招くような行動取るんじゃないよ。ほら、さっそくまたざわめきが広がってきたじゃねえか。俺が柄の悪い上級生と絶世の美少女(くどいようだがこれだけは疑問の余地ない客観的事実である、大いに癪だが!)を巡って睨み合っていた、何も知らない聴衆にはそんな風に映ったかもしれない。

 そろそろギャグパートのノリやってる場合じゃないと思うんだけどなあ……
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