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第39章:土壇場で妹に頼るしかない自分が情けない(忸怩)
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「剣というより、ドリルでも手にしているような気分だな」
俺の手元で、竜巻がうなりをあげている。やや調子は狂うものの、おもちゃの刀が尋常ならざる凶器と化したことは疑いようがない。どうせ今ふっ飛ばした土僕もすぐに再生するだろうが、迎撃や援護のための得物としては十分だろう。
奥杜の前世――カーシャは、魔法の威力や魔力総量ではメルティアに及ばなかったものの、魔法を自在に加工し応用する技術に関しては熟練の域に達していた。武器を強化したり仲間の防御力を高めたりする付加魔法も彼女の得意とするところだったのだが、生まれ変わっても腕は錆びついていないらしい。
「やっぱり"風織"を付加した剣を、現世のあなたも問題なく扱えるのね……」
奥杜が独り言のように、そんな不可解なことをつぶやく。"問題なく"とは、どういうことだろう? 凶悪な威力といえど刀身を中心に渦巻いているのは風なので、重さはまるで感じない。使用するに際して取り立てて難儀は感じないのだが。
問いただそうかとも思ったが、そうするより先に(例によって)妹が騒ぎはじめた。
「ずるいずるい、付加魔法なんて! あたしだってにいちゃんの力になりたいのにっ!!」
「あきらめるのね。あなたじゃ付加魔法は使えないでしょ?」
「ぐぅ……!!」
奥杜の冷静な指摘に、光琉は「ぐぅの音」を漏らすのが精一杯だった。妙なところで悪あがきをしおって……
前世のメルティアからして、付加魔法を使うことはできなかった。そもそも聖なる光は人類で唯一、”光の聖女”にのみ用いることが許された代物であり、例え一時的な強化のためとはいえ他の人間がまとったり付加された武器を使うことを神々が許さない――それが聖光を付加用に加工することができない理由である、と、フェイデアではまことしやかに言われていた。
聖なる光を錬成し聖女以外の使役者に貸与する"聖剣"は、例外中の例外なのである。
たしかにDX獣の刀(この名称、気が抜けるなあ……)に光魔法を付加できたら、斬りつけた土僕を片っぱしから浄化することができたはずだ。戦闘が格段に楽になっただろうが、ないものねだりをしても仕方がない。
「ほら、いつまでもつまらんことに拘っているんじゃない。この場ではお前が頼りなんだからな、しっかり頼むぞ」
俺がそう声をかけると、光琉はたちまち表情を開花させた。うむ、扱いやすいやつだ。
「あたしが頼り、あたしが頼りか……うん、そうだよね、浄化魔法使えるのあたしだけだもんね! わかった、まかせてよ、ドロブネに乗ったつもりで安心して!!」
「大船、な? 泥舟に乗ったら安心できんだろ」
「ふへへ、にいちゃんに頼られちゃった。もう、しょうがないんだからあ……」
「だから、さっさと集中せんかい!」
気を取り直しすぎて増長にまで至った妹をたしなめながら、俺は土僕たちが敷く包囲網の一角へと肉薄した。
乱気流をまとったおもちゃの刀を振るう。土僕の頭を砕き、腕を払い、胴体を薙ぎ飛ばす。砕いたそばから土の襲撃者たちは再生をはじめるが、完全に復元する前に光琉の"聖波"が直撃し、崩れて元の土へと還る。
これが俺たちの基本戦法だ。土僕を仕留めるのはあくまで光琉であり、俺は剣を振って牽制や陽動、つまりは時間かせぎをする。奥杜と同じサポート役を、接近戦によってこなすのである。
「其は斬り裂く者なり 孤高なりし剣の王なり
万物一切を両断し 久遠の宙へと飛翔せん!」
高らかに詠唱を終えた奥杜が"風刃"を連発し、俺とは反対方向にいる土僕たちを両断していった。やはりこれも光琉を援護しているのだが……あれ、さっきはその魔法、別に詠唱せんでも発動できてなかったっけ?
土僕たちが崩れるたびに、濛々と土煙があがる。俺が参戦したことでこちら側が大分盛り返したことはたしかだが、依然優勢というわけにはいかない。俺たちの中で土僕を仕留める能力があるのは光琉だけであり、彼女の"聖波"も一撃で一体を沈めるのがやっとなのだ。
そして現状、光琉が土僕を浄化するペースよりも、新たな土僕が地から沸き出てくる速度の方が勝っている。
「まずいわね。このままじゃいつかは押し切られてしまうわよ」
現世における対魔戦の先輩である奥杜に指摘されるまでもなく、俺も焦りを感じていた。光琉の魔力とて無限ではない。
剣(仮)を握ったことで、俺の”魔覚”は研ぎ澄まされている。今では土僕たちを操る召喚士の魔力も、それがどこから発せられているのかも、はっきりと感じ取ることができた。方角は北西、この場所からさして遠くない。おそらくは公園の敷地内だ。
定石どおり一気に頭である召喚士を叩くかとも考えたが、そこまで土僕どもの中を斬りわけてたどり着くのは難しいだろう。距離はさほどないとはいえ、群がる敵に対処するのが手いっぱいで広場から抜け出すことさえおぼつかない現状なのだ。とにかく、一時的にせよ増殖しつづける土僕の数を減らさないことには、文字通り八方塞がりである。
自分に問いかける。サリスなら、こんな時どうする? この状況を打破するには……
「光琉!」
「な、何!?」
「お前、前世ではたしか、領域型の浄化魔法を使えたよな。それ、今もできるか!?」
俺の問いかけに、妹は少し考える素ぶりをみせたが、
「領域型浄化魔法って……ああ、"聖輪"のこと?」
「そう、それだ」
「も、もちろん使えるけど……でも広範囲に効果をおよぼす領域型魔法は、発動までに時間がかかるよ? まだ現世のこの身体に、魔力が馴染んでないみたいなの」
光琉の中に前世の記憶と共に魔力がよみがえったのは、今日の朝だ。前世のように上手くあつかえないのは当然で、むしろ術を発動できること自体が驚異的と言うべきだろう。
「発動までに、どれくらいかかる?」
「5分、ううん、3分あれば発動してみせるよ! 今はそれが精一杯、もう2、3日すれば半分の時間に短縮できると思うんだけど……」
「よし、それで上等だ」
結局、妹に頼るしか手段が思いつかなかった。兄の沽券に関わるかもしれないが、この際やむを得ない。霊属性の敵への対処において、"光の聖女"以上の巧者はいないのだ。忸怩たる思いを、無理矢理飲みこんだ。
「お前はさっそく、魔法の発動に取り掛かってくれ。その間、俺が敵の襲撃からお前を護る。奥杜は俺たちの中間にポジションを取って、俺を補佐してくれ。こちらから攻めるのはなしだ、今は防御に徹する」
「わかった!」
元気よく返事をすると、光琉はさっそく祈るように両手を組み合わせ、目を閉じた。薄闇の中で、その全身から淡い輝きが発せられる。聖光が妹の中で練られ、"術"へと変換していく最中なのだ。
強力な魔法の発動には極度の精神集中を要するため、通常はその間、術者は身動きが取れなくなる。敵の脅威にも無防備になってしまうので、そこは仲間が護衛するしかない。これも魔法を用いた戦闘の定石だ。
「今朝方記憶がよみがえったばかりなのに、もう私に指示を出すのね。現世では私の方が、魔との戦いに関しては先輩なのだけど」
奥杜が揶揄するように言った。と同時に、両手を地面に向けて合わせながら、複雑に指を組み替えはじめる。髪の亜麻色が一層鮮やかさを増す。彼女も魔法の発動態勢に入ったのだ、それもこれまでより大規模な。
「不満か?」
「いいえ、むしろそうでなければ始まらないわ。なんと言っても、パーティの要は"勇者"ですものね」
奥杜はにやりと唇をゆがめたようだったが、俺は返事をしなかった。気恥ずかしかったからではなく、接近する土僕の気配を感じとったからである。
振り返ると、目の前に土の顔があった。一閃して砕く。その勢いのまま、すぐ隣の土僕の胸を貫いた。包囲網は、先ほどよりも随分狭まってきている。
光琉を中心に半径3メートルほどの円を描くような軌跡で、俺は駆けた。駆けながら、すれ違う土僕たちを次々と砕いていく。その軌道が、俺たちの防衛ラインだ。それより外へこちらから突出することはないが、それより中へは決して侵入を許すまい――内心ひそかに、そう誓いを立てた。
俺の手元で、竜巻がうなりをあげている。やや調子は狂うものの、おもちゃの刀が尋常ならざる凶器と化したことは疑いようがない。どうせ今ふっ飛ばした土僕もすぐに再生するだろうが、迎撃や援護のための得物としては十分だろう。
奥杜の前世――カーシャは、魔法の威力や魔力総量ではメルティアに及ばなかったものの、魔法を自在に加工し応用する技術に関しては熟練の域に達していた。武器を強化したり仲間の防御力を高めたりする付加魔法も彼女の得意とするところだったのだが、生まれ変わっても腕は錆びついていないらしい。
「やっぱり"風織"を付加した剣を、現世のあなたも問題なく扱えるのね……」
奥杜が独り言のように、そんな不可解なことをつぶやく。"問題なく"とは、どういうことだろう? 凶悪な威力といえど刀身を中心に渦巻いているのは風なので、重さはまるで感じない。使用するに際して取り立てて難儀は感じないのだが。
問いただそうかとも思ったが、そうするより先に(例によって)妹が騒ぎはじめた。
「ずるいずるい、付加魔法なんて! あたしだってにいちゃんの力になりたいのにっ!!」
「あきらめるのね。あなたじゃ付加魔法は使えないでしょ?」
「ぐぅ……!!」
奥杜の冷静な指摘に、光琉は「ぐぅの音」を漏らすのが精一杯だった。妙なところで悪あがきをしおって……
前世のメルティアからして、付加魔法を使うことはできなかった。そもそも聖なる光は人類で唯一、”光の聖女”にのみ用いることが許された代物であり、例え一時的な強化のためとはいえ他の人間がまとったり付加された武器を使うことを神々が許さない――それが聖光を付加用に加工することができない理由である、と、フェイデアではまことしやかに言われていた。
聖なる光を錬成し聖女以外の使役者に貸与する"聖剣"は、例外中の例外なのである。
たしかにDX獣の刀(この名称、気が抜けるなあ……)に光魔法を付加できたら、斬りつけた土僕を片っぱしから浄化することができたはずだ。戦闘が格段に楽になっただろうが、ないものねだりをしても仕方がない。
「ほら、いつまでもつまらんことに拘っているんじゃない。この場ではお前が頼りなんだからな、しっかり頼むぞ」
俺がそう声をかけると、光琉はたちまち表情を開花させた。うむ、扱いやすいやつだ。
「あたしが頼り、あたしが頼りか……うん、そうだよね、浄化魔法使えるのあたしだけだもんね! わかった、まかせてよ、ドロブネに乗ったつもりで安心して!!」
「大船、な? 泥舟に乗ったら安心できんだろ」
「ふへへ、にいちゃんに頼られちゃった。もう、しょうがないんだからあ……」
「だから、さっさと集中せんかい!」
気を取り直しすぎて増長にまで至った妹をたしなめながら、俺は土僕たちが敷く包囲網の一角へと肉薄した。
乱気流をまとったおもちゃの刀を振るう。土僕の頭を砕き、腕を払い、胴体を薙ぎ飛ばす。砕いたそばから土の襲撃者たちは再生をはじめるが、完全に復元する前に光琉の"聖波"が直撃し、崩れて元の土へと還る。
これが俺たちの基本戦法だ。土僕を仕留めるのはあくまで光琉であり、俺は剣を振って牽制や陽動、つまりは時間かせぎをする。奥杜と同じサポート役を、接近戦によってこなすのである。
「其は斬り裂く者なり 孤高なりし剣の王なり
万物一切を両断し 久遠の宙へと飛翔せん!」
高らかに詠唱を終えた奥杜が"風刃"を連発し、俺とは反対方向にいる土僕たちを両断していった。やはりこれも光琉を援護しているのだが……あれ、さっきはその魔法、別に詠唱せんでも発動できてなかったっけ?
土僕たちが崩れるたびに、濛々と土煙があがる。俺が参戦したことでこちら側が大分盛り返したことはたしかだが、依然優勢というわけにはいかない。俺たちの中で土僕を仕留める能力があるのは光琉だけであり、彼女の"聖波"も一撃で一体を沈めるのがやっとなのだ。
そして現状、光琉が土僕を浄化するペースよりも、新たな土僕が地から沸き出てくる速度の方が勝っている。
「まずいわね。このままじゃいつかは押し切られてしまうわよ」
現世における対魔戦の先輩である奥杜に指摘されるまでもなく、俺も焦りを感じていた。光琉の魔力とて無限ではない。
剣(仮)を握ったことで、俺の”魔覚”は研ぎ澄まされている。今では土僕たちを操る召喚士の魔力も、それがどこから発せられているのかも、はっきりと感じ取ることができた。方角は北西、この場所からさして遠くない。おそらくは公園の敷地内だ。
定石どおり一気に頭である召喚士を叩くかとも考えたが、そこまで土僕どもの中を斬りわけてたどり着くのは難しいだろう。距離はさほどないとはいえ、群がる敵に対処するのが手いっぱいで広場から抜け出すことさえおぼつかない現状なのだ。とにかく、一時的にせよ増殖しつづける土僕の数を減らさないことには、文字通り八方塞がりである。
自分に問いかける。サリスなら、こんな時どうする? この状況を打破するには……
「光琉!」
「な、何!?」
「お前、前世ではたしか、領域型の浄化魔法を使えたよな。それ、今もできるか!?」
俺の問いかけに、妹は少し考える素ぶりをみせたが、
「領域型浄化魔法って……ああ、"聖輪"のこと?」
「そう、それだ」
「も、もちろん使えるけど……でも広範囲に効果をおよぼす領域型魔法は、発動までに時間がかかるよ? まだ現世のこの身体に、魔力が馴染んでないみたいなの」
光琉の中に前世の記憶と共に魔力がよみがえったのは、今日の朝だ。前世のように上手くあつかえないのは当然で、むしろ術を発動できること自体が驚異的と言うべきだろう。
「発動までに、どれくらいかかる?」
「5分、ううん、3分あれば発動してみせるよ! 今はそれが精一杯、もう2、3日すれば半分の時間に短縮できると思うんだけど……」
「よし、それで上等だ」
結局、妹に頼るしか手段が思いつかなかった。兄の沽券に関わるかもしれないが、この際やむを得ない。霊属性の敵への対処において、"光の聖女"以上の巧者はいないのだ。忸怩たる思いを、無理矢理飲みこんだ。
「お前はさっそく、魔法の発動に取り掛かってくれ。その間、俺が敵の襲撃からお前を護る。奥杜は俺たちの中間にポジションを取って、俺を補佐してくれ。こちらから攻めるのはなしだ、今は防御に徹する」
「わかった!」
元気よく返事をすると、光琉はさっそく祈るように両手を組み合わせ、目を閉じた。薄闇の中で、その全身から淡い輝きが発せられる。聖光が妹の中で練られ、"術"へと変換していく最中なのだ。
強力な魔法の発動には極度の精神集中を要するため、通常はその間、術者は身動きが取れなくなる。敵の脅威にも無防備になってしまうので、そこは仲間が護衛するしかない。これも魔法を用いた戦闘の定石だ。
「今朝方記憶がよみがえったばかりなのに、もう私に指示を出すのね。現世では私の方が、魔との戦いに関しては先輩なのだけど」
奥杜が揶揄するように言った。と同時に、両手を地面に向けて合わせながら、複雑に指を組み替えはじめる。髪の亜麻色が一層鮮やかさを増す。彼女も魔法の発動態勢に入ったのだ、それもこれまでより大規模な。
「不満か?」
「いいえ、むしろそうでなければ始まらないわ。なんと言っても、パーティの要は"勇者"ですものね」
奥杜はにやりと唇をゆがめたようだったが、俺は返事をしなかった。気恥ずかしかったからではなく、接近する土僕の気配を感じとったからである。
振り返ると、目の前に土の顔があった。一閃して砕く。その勢いのまま、すぐ隣の土僕の胸を貫いた。包囲網は、先ほどよりも随分狭まってきている。
光琉を中心に半径3メートルほどの円を描くような軌跡で、俺は駆けた。駆けながら、すれ違う土僕たちを次々と砕いていく。その軌道が、俺たちの防衛ラインだ。それより外へこちらから突出することはないが、それより中へは決して侵入を許すまい――内心ひそかに、そう誓いを立てた。
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