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第30章:自称聖女のうちの妹は、実は結構な悪女かもしれない(動揺)①

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「ふは、ほれほいひい!」

 兄が傍らで邪悪にほくそ笑んでいるとはつゆ知らぬ程で、たこ焼きを頬張ったままの妹がこちらはこちらで快哉をあげる。おそらく「これおいしい!」と言いたいのだろう。

 早くもパック内のたこ焼きは半分ほどに減っていた。光琉ひかるは料理をつくるのと同じくらい食べるのも好きだし、普段から食事の際は「こんな小さな身体のどこに入るのだろう」と思うほど、実に旺盛な食欲を発揮する。食事制限とかダイエットとかいう言葉とは無縁な人生を過ごしているのだが、それでいて一向に肥満する気配もなく、常に小柄だがスレンダーな体型を維持していられるのだから便利な体質もあったものだ。まさかこれも聖女の魂が持つ効能、ではあるまいな?

「ほほははりはり、はははひゅーひー、あほほはひゃんへんはい!!」

「いや、さすがにわからん! 口の中のもん飲み込んでから話せ!!」

 そう促すとリスのように頬を膨らませたまま咀嚼そしゃくし、一気に喉を通した。健康に良くなさそうだから、そういう食べ方はやめてもらいたいのだが。

「外はカリカリ、中はジューシー、あのおばちゃん天才!」

 ご丁寧にも先程の発言をセルフ完訳してみせる、我が妹様。

「そうか、それは良かったな。ほら、口にソースが付いてるぞ」

めていいよ」

「舐めるかッ!!」

 こいつは自分の兄貴を一体何だと思っているのか……俺はポケットから自分のハンカチを出し、光琉の口元を拭ってやった。

「ちぇっ、おいしいのにー」

「いくら美味かろうが、ひとの口についたソースを舐めて味見する奴はおらん!」

「それもそうね」

 素直にうなずくと光琉は右手の爪楊枝つまようじをたこ焼きの1つに刺して持ち上げ、こちらに向けてきた。

「はい、あーん❤」

「いや、やらねえよ!?」

 このベタベタな行動はある程度予想できていたので、俺の口目掛けて差し出されたたこ焼きを余裕をもってかわすことができた。

「何で避けるのよお。ひとがせっかく、分けてあげようとしてるのに!」

「自分の手を使って食べるよ、爪楊枝だけ貸してくれ」

「イヤ! カノジョが食べさせてあげるのがデートの醍醐味だもん。そんな我儘わがまま言うんだったらたこ焼きあげないよ!!」

「どっちが我儘だよ!?」

 せっかく周囲からの敵意も和らいできたのに、ここで「うん、あーん❤️」なんてやってみろ。たちまち視線の矢が○大消滅呪文○ドローアに進化して襲ってくるわ!

 妹はなおも諦めきれない様子で、俺の口めがけてたこ焼きの刺さった爪楊枝を幾度も突きつけてくる。さながらフェンシングの連撃のようだ(食べ物を粗末にするなよ?)。そしてそんな真似を続けながらも、歩みを一向に止めようとはしない。すなわち、俺の方を向いたまま”強制「あーん❤️」ラッシュ”を繰り出しつつ(なんじゃそら……)、後ろ歩きで駅前の雑踏の中を進んでいるのである。無駄に器用な真似をしおってからに。

「おい、危ないからちゃんと前を向いて歩け。人にぶつかるぞ」

「だったらさっさと観念して口を開けてよ!!」

 うむ、取り付く島もないとはこのことである。

 こんな馬鹿馬鹿しい攻防を繰り返しながら道を行く俺たちなのでやっぱり人目を引いてしまうのだが、向けられる視線の質は先刻までとは微妙に変化している。ちらりと横目で伺うと周囲の群衆の中に嫉妬や羨望の眼差しは最早消え失せ、代わって呆れや憐憫を揺蕩たゆたわせた、要するに「何やってんだこいつら……」と言わんばかりの目つきで俺たちを見ている者がほとんどだった。ある1人の子供を連れた若い母親などは、「こら、見ちゃだめよ!」と言いながら純粋な瞳でこちらを凝視する我が子の眼を自分の手で塞ぐなんてことをしていた……

 ま、まあ敵意を向けられるよりは白眼視の方が幾らかマシだろう。少なくとも危害を加えられることはないわけだしな! 俺は内心で血涙を流しながら己に言い聞かせる。

 一方、無自覚に兄を追い詰めている我が妹はといえば。相変わらずたこ焼きの連打を繰り出しながらも、その歩みは案外しっかりしたものだった。、なのである。進行方向の人々がドン引きしたような顔と共に自ら遠ざかってくれることもあり、駅前の雑踏の中を着実に前進(後退?)していく。

 その確信に満ちた歩調からして、どうやら妹には決まった目的地があるようだった。デートを朝、最初に切り出してきたのは妹なのだし、その時から行きたい場所は決まっていたのかもしれないが……はて、この背面歩行を続ける自称聖女は、一体どこへ向かっているのだろうか。
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