実の妹が前世の嫁だったらしいのだが(困惑)

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第29章:妹が色気より食い気なのは、大変結構なことではないか(憮然)

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 高等部の昇降口まで引き返し、傘立てにビニール傘をもどす。

 誰にも見咎められることはなかったが、何となく元の位置に収まった傘に向かって片手で拝む。俺たちが無断で借りている間に持ち主が探していたとしたらさぞ困惑したことだろうが、こちらも非常事態だったということで勘弁してもらいたい。

 まあ、この地域で最後に雨が降ったのは、かれこれ1週間も前になる。その時から傘立てに放置されていたのだとしたら、持ち主が傘の存在自体失念している可能性も高いか……うん、そう都合よく解釈することとしよう。

 自分の中で傘の件に区切りをつけると、妹との公約どおり駅前の繁華街へ向かう。、である。

 俺たちが住むI市の中心部だけあって、夕方のI駅前は大変に賑わっていた。路行く群衆の中には、男女で連れ立ったカップルと思しき組み合わせもちらほらと見かける。リア充爆発しろ……いや、傍目には俺たち兄妹もそんな風に見えているのだろうか。何せ光琉ひかるときては、未だに俺の左腕に自分の両腕を絡めたままなのである。

「というか、いい加減にはなれろや」

 俺は柔らかい感触と甘い香りに酩酊しそうになるおのれを鼓舞しつつ、傍らの光琉にこの日何度目かの要求を突き付けた。

「いいじゃん、減るもんじゃあるまいし」

「さっきから俺の神経がすり減ってるんだけど!?」

 少しは周囲を気にして欲しい。ごった返す人混みの中でこれだけベタベタと引っ付いていたら、当然注目を集める。駅前に到着してからずっと、あちらこちらから非好意的な視線を向けられているのだった。

(なんだあのバカップル、人前で平然とイチャつきやがって)(今時の若いもんは、恥じらいというものを知らんのかのう)(つーか女の子の方、めっちゃ可愛いじゃん!? なんであんな冴えない野郎なんかと!)(へへ、久しぶりによ、キレちまったぜ……)(ボラーレ・ヴィーア(飛んで行きな)!!!)

 うう、無言の圧力が辛い。俺自身、普段バカップルを僻みまじりに白眼視する人間なので、彼らの気持ちは痛いほどわかるのである。

「今はデート中だよ? あまりオンナノコを邪険にするもんじゃないわよ」

 兄の苦衷などお構いなしに、シャアシャアとのたまう我が妹様。俺の方からデートを切り出されたとあって、明らかに図に乗ってやがるな。さっき工場を出る時はご褒美も必要だと思ったのだが、飴を与えたのは失敗だったかもしれない。

 先ほど校内で嫌というほど目立ってしまったので今更学校の知り合いに目撃されることは気にしても仕方ないが、例えこの場に見知らぬ人間しかいないにせよ針のむしろ状態であることには変わりない。それに万が一、今、自宅の近所に住む噂好きなオバ様方にでも見つかろうものなら、「天代あましろ家の兄妹は怪しい」などという不本意な風聞が一帯に広がりかねない。下手したら親父の耳にまでとどくかも……ぐおおお、それだけは何としても阻止せねば!

 駅前通りの歩道を光琉にグイグイ引っ張られて行きながら、俺はあふれ出る冷や汗と共に脳みそをフル回転させるのだった。この聞き分けのない妹をどうにかして俺から離れさせることが、目下の至上命題である。うーむ、何か上手い方法はないものだろうか……

 うんうん唸っていると、腕を引っ張る妹の力がふいに弱まった。見ると光琉は足を止め、歩道脇に並ぶ雑多な店のひとつにジッと目を向けている。

 妹の視線をたどると、そこはビル1階の小さなテナントで開業しているたこ焼き屋だった。歩道に面した大きめの冊子窓が開け放たれ、その向こうでは店主と思しき中年女性がプレート上で焼きあがったたこ焼きをクルクルひっくり返しているのが見える。嗅覚に意識を向けると、香ばしいにおいがここまで漂ってきていた。

 妹の眼を釘付けにしているのは、もちろんプレート上で綺麗な焼き色を施されている球形物体の群れだろう。どうやら視覚と嗅覚の双方から食欲を刺激されたらしい。

 突如、脳裏に閃くものがあった。この窮地を脱するにはこれしかない、と瞬時に俺は決断をくだす。

「どうした、腹が減ったのか?」

 問いかけてみると、最初妹はぶんぶんと首を横に振った。

「べ、別に!? ちょっと見てただけだよ。まったく、に対して失礼だなあ、にいちゃん。あたしはもう子供じゃないんだからね、そんなに食い意地を張ってると思ったら大間違いだよ!?」

 立派な意見だが、口の端によだれを光らせながら言っても説得力がないぞ。更に直後、光琉の胃袋がぐうううううう……と派手な音を立て、持ち主の虚栄心を完膚なきまでに裏切る。

「お前もさっきは随分動いたからな、腹を空かせても不思議はないだろ。夕飯までまだ時間があるし、たこ焼きくらい食ってもいいんじゃないか?」

 赤面しながら造反を起こしたおのれの腹部を恨めしげに睨んでいる妹に、俺はそう水を向ける。真意を悟られないよう、なるべく何気ない口調で。

「で、でも……今月、おこづかいがピンチなんだもん。これからの予定もあるし……」

「何言ってんだ、ここは俺が払うよ」

「え、いいの!?」

「そんなおどろくなよ。デートなんだから」

「男が代金を持つのが当たり前だろ」、と続けそうになって、俺は慌てて言葉を飲みこんだ。いかんいかん、何をその気になってるんだ、俺は!? 方便だろうと、妹に対して口にする台詞ではないだろうよ……

「さ、さっきはお前のおかげで助けられたからな! その礼に、たこ焼きくらいは奢るよ、うん」

 舌をもつれさせないよう注意しながら言い直した俺の弁明を、光琉はもう聞いていなかった。代金の心配はいらないとわかるや、さっきまであれほど訴えても離さなかった両腕をするりと俺の左腕から引き抜くと、脱兎のごとくたこ焼き屋のテナントへと走っていったのである。

「何してんの、はやくはやくー!」

 瞬く間に暖簾のれんがかかった窓口の前まで到達し、大声で俺を手招きする。結局のところ、我が妹はまだまだ色気より食い気のようである……やっぱお子様じゃねえか! 

 思惑どおりにことが運んだはずなのに、何故か釈然としない。俺は右手でさっきまで柔らかい感触に包まれていた自分の左腕をさすりながら、飢えた子猫と化した妹の元へ向かった。

「おばちゃーん、ソース味をひとパックちょーだい!」

 テナント前で光琉が大声で注文し、俺は羞恥で赤面しながら代金をトレーに置く。

 店主と思しき中年女性はむすっとした顔でお釣りを返してくると、無言のままピックでたこ焼きをプレートから取り出しはじめる……妹が不躾ぶしつけな注文をしたものだから、怒らせてしまったかな? 頭にバンダナを巻いたいかにも職人然とした風貌の女性店主は、大層気難しそうだった。

 俺は待っている間に、小声で光琉にささやいた。

「おい、すこし言葉に気をつけろ。女性にたいして「おばちゃん」は、失礼だったんじゃないか?」

「別にいいよお、気にせんで」

 テナント内からそんな声が飛んできて、思わず身体をびくりとふるわせる。やべ、今の聞かれてたか……

「あんたら子供のうちから、何でもかんでも無理に気を使うもんじゃないよお。どうせ大人になったら、嫌でもそうしなきゃなくなるんだし」

 どうやら俺も光琉と一緒くたに子供扱いされてしまったようだ。まあどちらも学生服のままここまで来たし、この店主にとっては中学生も高校生も大差ないか。

 それにしても依然プレートから顔もあげず作業に没頭したままながら、何ともふところの広い物言いである。やっぱり人を見かけだけで判断してはいけないな、と内心で反省した。世の中には聖女の面を被った類人猿系女子もいるわけだしな。

 女店主はプラスチックのパックにたこ焼きを8個詰めると、ソースとノリをかけてふたを閉じ、こちらに差し出してきた。慣れた手つきで、大して待たされることもなかった。手渡しで受け取ると、プラスチック越しにたこ焼きのぬくさが掌に伝わってきた。

「かわいい彼女だねえ」

 渡しがてら、店主がそんな一言を添えてきた。思わず顔を上げると、やはり彼女は無表情のままだった。気さくなんだかとっつきにくいんだか、判断に困る。

「あ、いや……彼女って、こいつはそんな」

「うへへ、彼女です。ありがとーおば……じゃなかった、、また来るからね!!」

「お前は少しだまってろ!!」

 臆面もなく調子のいいことを言い出した光琉にたこ焼きパックを持たせ、さっさと店先から退去することにした。妹の背中を強引に押しながらちらとテナント内にちらりと目を向けると、店主がはじめて心持ち口元をゆるめ、こちらに向けて手を振っていた。単に呆れているだけなのだろうが、気分を害してはいないようだった。天真爛漫な性分のなせる業か、遠慮のない言動をとっても相手に反感を抱かせないというのは光琉アホの子の役得かもしれない。

 路上に戻ると早速光琉はパックを開封し、歩きながらたこ焼きをパクつきはじめた。「歩き食いなんて行儀が悪いぞ」と叱るべき場面かもしれないが、敢えてここは黙認することにする。というか、このような行動を取らせるためにこそ、たこ焼き購入を強く勧めたのだ。

 妹は現在、左手でパックをもちながら、右手で爪楊枝を使ってたこ焼きを口に運んでいる。つまりたこ焼きを食している間は両手が塞がって、俺にしがみつくことができなくなるのだ! おかげで四方から飛んでくる視線の矢も、大分緩和されてくれた。

「思いどおり」

 命題達成。俺は光琉から表情が見えないようさりげなく顔を背けつつ、某新世界の神よろしく会心の笑みを浮かべたのだった(あれ、これ破滅フラグじゃね?)。左腕の軽さに多少のわびしさを感じているのは、気の迷いに違いない。

 ……それにしても、たかだか”妹に密着させない”ためだけに、なんでこんなしょうもない苦労をせねばならんのだ俺は?
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