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第25章:事ここに至っても無双させてくれない作者が憎い(呪詛)

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 俺が不良たちに連れてこられたのは、学校近くにある廃工場の中だった。

 屋内は吹き抜けになっていて薄暗く、天井が遠かった。壁の上部、2階ほどの高さには欄干つきのキャットウォークが設置されており、その奥ではガラスが破損した窓が外界からささやかな陽光を取りこんでいる。

 1階フロアは地面がコンクリートになっている。柱はさびつき、隅の方にコンテナや木箱が雑多に積まれ、いたる処に鉄パイプ、木材などが散乱している。ボロボロのフォークリフトも1台、放置されていた。

 いかにもライダーか◯ャッキー・チェンが戦っていそうな光景である。

「ここに呼んだのはまあしゃあないとしてもさあ、なんでこんな奴ひとりボコるのに9人も集めたわけ?」

 俺を取り囲みながら、不良たちが勝手な雑談をはじめる。いつでも料理できる、という余裕のあらわれだろうか。

「見るからに雑魚じゃん。2,3人で適当にボコればよかったっしょ」

 ヘラヘラしながらそんなことを言うパンチパーマを、金髪長ラン男がギロリとにらむ。

「それもの指示だ。こんだけの人数そろえても、絶対油断すんなとも言っていた。文句があんなら、伝えておこうか?」

 雑談がやみ、あたりに沈黙が降りた。明らかにヤンキーたちがひるんでいた。人数に文句を言ったパンチパーマなどは、顔を真っ青にしてガタガタと震えている。というのは、それほどこの不良たちにとって畏怖の対象なのだ。金髪男とてこの場のリーダーとして中々に貫禄をそなえているが、どうやらその比ではない次元の人物らしい。

「べ、別に不満があるわけじゃねえんだ。9人もいりゃあ、それだけ早く終わるだろうしな」

「しかし油断すんなって、は一体何をそんなにビビって……い、いや、警戒してんだ? こんな野郎に対して」

「実はメチャクチャ強えんじゃねえの? 何せ「勇者さま」だからな」

 ドレッドヘアーの男がそう口にすると、ヤンキーたちの間で爆笑がおこって周囲の壁に反響した。俺をさかなにすることで、気を取りなおしたらしい。

 ううむ、すっかり”勇者”ネタが定着してしまっている。うらむぞ、光琉ひかる……

「何をやらかしたかしらねえが、てめえもえらい人に目えつけられちまったなあ」

「でも俺らチョーやさしいからさあ、すぐに終わらせてやるよ。注射チューシャをさされると思って、我慢ちてくだちゃいねー」

「ま、腕の1本くらいは覚悟してもらうけどなあ。ギャハハハハ」

 口々にはやし立ててくる、現代によみがえったツッパリ(死語)集団。

「折るんなら左腕にしてくれよ。右腕が使えなくなると、食事が不便だからな」

 俺はやや投げやりにそう応じた。もう敬語はやめることにした。先ほど光琉ひかるに言ったことと矛盾するようだが、ひとりに対して集団で暴行を加えてこようとするような野獣どもは社交辞令の対象外である。もっともこの柔軟な対処(?)が事態を悪化する方向にしか作用しないだろうことは、自分でもわかっていたが……

 不良たちはまたしても鼻白んだように黙りこんでしまった。ただもちろん、今回は恐怖からではない。連中の顔には、怒りと不快感がにじんでいる。

「てめえ、さっきから何調子こいてんだ」

「スカしたつらしやがって、んだその口のきき方は!?」

 どうやら男たちは、俺が恐怖で縮こまっていないことが面白くないらしい。

 言われてみれば、たしかに妙な気もする。昨日までの俺だったら、こんな状況におちいったら青ざめて歯の根も合わなくなっていたかもしれない。

 しかし今は、前世の記憶を有している。勇者サリスとして数多の強敵と斬りむすび幾度も死線をくぐりぬけてきた経験を思い起こせば、この程度の危機でおびえる気にはなれなかった。少なくとも周囲のヤンキーたちがどんなに俺を痛めつけたところで、命まで取られる心配はないだろう……

「やるならはやくしてくれよ。俺だっていそがしいんだ」

 精神的に余裕があるせいか、ついつい挑発的な口調になってしまう。ただいそがしいというのは本当だ。光琉との"デート"は流れたとはいえ、家に帰ったら今朝妹が暴走してメチャクチャになった自室の整理をしなければならない。

「おい、このガキ、イカれてんぜ。こんだけの人数に囲まれて、少しもビビりやがらねえ」

「こんなナリでも、ほんとは超つよかったりすんのか? あ、が目をつけるくらいだし……」

「面白え、だったらどんだけのもんか、俺が試してやらあ!!」

 そう言って腕をボキボキならしながら進み出てきたのは、例のスキンヘッドの男だった。近くでみると凶悪な面相の所々に生傷が目立つ、いかにもケンカなれしていそうな巨漢である。

「てめえ1年坊主だろうが。生意気ナマ言いやがって、先輩がたっぷり礼儀を教えてやるぜ!」

 最初に思ったとおり、目の前のスキンヘッドは上級生だったらしい。おそらくヤンキーたちのほとんど、あるいは全員が、俺より年上なのだろう。

 大男が迫ってくる中、なお自分の心に少しの動揺も生じていないことを確認する。身体の方もふるえたり縮みあがったりすることもなく、平常どおりに動かせるようだ。

 だんだん自分の中で、根拠薄弱な自信がふくらんできた。ヤンキーたちは俺が本当は秘めた実力を有しているのではないかと警戒しはじめたらしいが、案外それは正しい見方かもしれない。少なくとも精神的なタフさだけは前世から持ち越せているようだ、実は自分で気づいていないだけで、戦闘スキルの方もすでによみがえっているのではないか? これだけの人数に囲まれて平静をたもっていられるのは、この連中が自分より弱者であることを本能が読み取っているからではないだろうか。いざ戦ってみればこんな不良たちなど、余裕で瞬殺できちゃったりするのでは……

 考えてみれば主人公がピンチにおちいった時、未知の力を発揮して無双するという展開は、お約束中のお約束ではないか!

「うるあ、くたばりやがれえっ!」

 スキンヘッドが大きなモーションで拳を振りあげ、俺へと突き出してきた。

 俺はその攻撃を華麗に見切り、間髪入れず反撃を繰り出す!

 ……などということはまるでできず、あわてて後方に倒れるのが精一杯だった。おそってきた拳は目の前で空をきったが、代わりに俺はコンクリートの上に勢いよく尻餅をついてしまう。我が身の鈍重なこと、サリスの俊敏でしなやかな動きとは似ても似つかない……

 いや無理無理、戦闘スキルなんて微塵もよみがえっていない! スキンヘッドの拳がまったく見えなかったし、身体も反応してくれない! 結局今朝覚醒したのは前世の記憶だけで、勇者の気分になっているイタい男子高校生をひとり誕生させただけのことだったらしい。

 ……ふざけんなよ、作者! ここはどう考えても俺の無双がはじまる流れだろうが、なんでこういう時だけ無駄に天邪鬼あまのじゃくな方向に持っていくんだよ!? 誰得ダレトク展開ばかり書きやがって、せっかく読んでくれている読者の皆様に愛想をつかされても知らねえからな!!
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