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第24章:いつの間にか学校に新たな怪談が誕生してしまっていたけど、俺たちのせいかなあ?(疑義)

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「ブフッ、ゆ、勇者だって……」

「バカ、きこえるぞ……くっくっく」

 不良たちの嘲笑が周囲のギャラリーにも伝播しはじめた。さっきの光琉ひかるの啖呵が、あちらにまで聞こえていたらしい。

 ……まあ、こうなるよね。俺らの前世の正体を無関係の人間に伝えたところで、いきなり敬われたり恐れられたりするはずもない。「何言ってんだこいつ」といった調子でバカにされるのが当然だろう。

 うん、誰も信じなくてよかった。信じられてたらかえって面倒なことになるのだから。笑われる程度で済むなら、御の字というべきだろう……それにしてもさっきから、俺のスクールカーストが下降する一方なのは気のせいかな!?

 最早恒例のごとくため息をひとつつくと、俺は金髪長ラン男に向きなおった。

「あんたたちの目的が俺なら、こいつに用はないはずですよね。先に帰らせてもいいでしょ」

 光琉の頭に手を乗せながら、そう申し出る。こうなってはヤンキーたちから逃れるのはむずかしそうだが、何としても光琉には累がおよばないようにしたい。

「は、カッコいいじゃねえか、勇者さまよお」

スケの前だからってイキってんじゃねえぞ、モヤシ野郎が」

 背後の有象無象が茶々を入れてくるが、金髪男は一顧だにしない。

「てめえさえ俺らについてくるなら、あとは知ったこっちゃねえよ。そっちの女は好きにしな」

 眉ひとつ動かさず、そう告げてきた。さっきからバカ笑いに興じる仲間を尻目に、こいつだけは表情をまったく変えていないのだ。

 うーむ、この手のタイプは手強いぞ。おぼろげに思い出せる前世の経験が俺に訓示する。さっきスキンヘッドを一方的にあしらったことといい、やはり目前の不良集団にあっては、金髪男は風格が頭ひとつ抜けているようだった。

「恩に着ますよ……ということだ、光琉。デートはまた今度だ、お前は先に帰ってろ」

「やだ、あたしも行くっ!」

 妹に指示を出すも、間髪入れずに却下された。

「にいちゃん、ケンカなんかやったことないでしょ!? 今連れて行かれたら、酷い目にあわされるに決まってるじゃん。そんなの放っておけないよ! こんな連中、あたしが魔法を使えば一発で、」

「バカ、それは駄目だ!!」

 反射的に大声を出してしまった。妹がびくっと肩をふるわせる。

 光琉に人前で魔法を使わせるわけにはいかない。実際に超常の力をあやつれると周囲に知られてしまっては、いよいよ笑われるだけでは済まなくなる。悪くすれば学校に通えなくなり、今の住居に住みつづけることさえむずかしくなるかもしれない。異能を持つ者が周囲からどのような眼を向けられるか、大衆の恐怖の感情というものがどれだけ凶暴さを秘めているか、俺たちは前世で嫌というほど思い知らされている……

「大丈夫だって。お前の言うとおり俺は前世で勇者だったんだから、あんな奴らに負けるはずないだろ。な、だから安心して帰れ。お前は自分の兄貴を信用しないのか?」

 俺がそう言うと、光琉はアーモンド型の瞳をジトーーッと細め、疑惑度100%の眼差しを返してきやがった。うん、まったく信用されていないね、俺。

 ……まあ今回に関しては、妹の見立ては正しい。俺はおぼろげな記憶と”魔覚”以外には、前世でつちかった能力は何ひとつ取りもどせていないのだ。元々サリスは魔法が使えなかったし、その戦闘能力――筋力や瞬発力、戦いの勘といった――が俺の中に目覚めたという実感も、今のところ皆無である。俺はこと争いごとに関しては、依然として前世を思い出す以前の”モヤシ野郎”に過ぎず、このままヤンキーたちについていったら一方的に暴行されるのがオチだろう。

 だから妹に対してふてぶてしく告げたことはハッタリ以外の何物でもない。しかしここは、あくまでそのハッタリを貫かせてもらう。

「お前がいると危なっかしくて、かえってこいつらとの戦いに集中できないんだよ。人質にでもとられたら厄介だしな。だからさっさと行け、邪魔だ」

 俺が邪険に手を振ると、光琉は何かに耐えるようにしばしうつむいていたが、やがて顔を上げると意思的な瞳で俺を一瞥いちべつし、ヤンキーたちとは反対側――今俺たちが通ってきた校舎からの道を逆にたどるように走っていった。

 妹が俺に向けたあの眼を、どう捉えるべきなのだろうか? このまま校舎の反対側にある裏門の方から、大人しく帰宅してくれればいいのだが。

「おい、は済んだかよ」

 金髪男の声に振り返ると、こちらは氷点下の視線で俺をにらんでいた。その後ろにひかえた他のヤンキーたちは皆、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべている。

「……ええ、お待たせしました」

「じゃあとっとと来てもらおうか。俺らもこんなくだらねえこと、早く済ませてしまいてえからよ」

 たちまち不良数人に囲まれた。どうやらこれで逃走の芽は、完全に断たれたようである。

「てめえら、見せもんじゃねえぞっ!!」

 スキンヘッドヤンキーが今更のように、まだ遠巻きに見物していた生徒たちに向かって怒鳴った。野次馬諸氏は全員、蜘蛛の子を散らすように去っていった。

「どうする、うぜえ連中もいなくなったし、もうここでボコっちまうか」

 スキンヘッドが金髪男に注進するが、リーダーはつれなかった。

「バカか、いくら野次馬を追っ払ったからって正門前でおっ始めるわけにはいかねえだろうが。先公なんかが通りかかったら面倒なことになるぞ」

「そ、そうか……じゃあ校舎裏にでも連れて行くか。ここからすぐだし」

「校舎裏はダメだ!!」

 悲鳴のような声で拒絶の意思を示したのは、例のポンパドール氏だった。

「こ、校舎裏には今、幽霊が出るんだよ」

「幽霊ぇ?」

 ヤンキー仲間が皆、「こいつヤクでもキメてんのか?」と言いたげな顔でポンパドールに視線を注いだ。

「いきなり何言ってんだてめえ、そんなナリして幽霊なんざが怖えのかよ」

「大体、暗くならないうちに幽霊が出るわけねえだろうが」

 その認識は間違いである。俺の部屋にも今朝、足のない制服女子が無断であがりこんできたばかりだ。

「ほ、ほんとなんだって。昼休みにうちのクラスの何人かが、校舎裏に飛んでいく人魂みたいな光を目撃したんだよ」

 ……ん?

「そ、そんでそいつらがそうじ時間にサボって校舎裏に行ってみたら、例のにれの樹の幹にべったり血がこびりついてんのを発見したんだ……」

 んん!?

「今頃俺のクラスの連中が、ぞろぞろ見物しに行ってるはずだぜ。他のクラスの奴らも誘うとか言ってやがったから、結構大所帯になってるかもな……でも俺はそんなとこ行くのはごめんだ! きっといじめか何かで自殺してこの学校に恨みを持つ幽霊が復讐のためにもどってきたんだ、血の跡は「お前ら全員血祭にあげてやる」ってメッセージなんだよ!!……って、クラスの女子たちが言っていた。ひええ、おっかねえよお……」

 ポンパドール氏は頭をかかえてガタガタと震えはじめた。心底幽霊におびえているらしい。◯助みたいな髪型をしておきながら、随分小心なタチのようだ。とても杜◯町の住人にはなれそうもない。

 しかも「クラスの女子たち」の推察はまるで検討はずれである。昼休みに光となって飛んできたのは学校を恨む幽霊などではなく我が妹様だし、楡の樹に残った血の跡はうちのクラスの風紀委員殿がつけたものだ。

 さっきの俺たちの騒動が、学校に新たな怪談を誕生させてしまったらしい。噂話などというものがいかにいい加減なものか、あらためて実感する……というか"瞬燐しゅんりん"の光を人魂と見間違えられたと光琉が知ったら、大層憤慨するだろうなあ。

「な、何バカ言ってんだよ。幽霊なんているわけねえ、そんなの誰かのいたずらに決まってんだろ……」

「……でも今、見物の奴らが大勢で集まってるってんなら、たしかに校舎裏はやめといた方がいいかもな」

 ポンパドールのおびえようがあまりに真に迫っていたためか、彼の恐怖に周囲の仲間たちも感染したようだった。皆、薄気味悪そうに顔をゆがめている。

「な、なあ、ここはいつものでいいんじゃねえの? 俺らの神聖なケンカ場にこんな奴連れていくのはもったいねえけど、まず人に見つかる心配はないし」

 今度はパンチパーマが金髪男に具申する。なんだ、「神聖なケンカ場」って。

「ちっ、しゃあねえな」

 不承不承といった調子ながらも、金髪男は聞き入れた。この男は幽霊話など、微塵も気にしていないのだろう。

にも、こいつをやるところは誰にも見られないようにしろって言われているしな……おら、そうと決まったらグズグスすんな。さっさと行くぞ」

 号令一下、ヤンキーたちがぞろぞろと正門の方へと歩きはじめた。どうやらこのまま学園の外へ出て行くようである。

 当然、その流れに合わせて俺も進むよう背中をどつかれる。やれやれ、これではまるきり護送される囚人ではないか。

 あきらめの気持ちと共に、俺の脳裏にはひとつの疑問が浮かぶ。前世の記憶が戻ったその日に、それまで縁のなかったヤンキーたちにからまれ連行される羽目になった。いくらなんでも出来すぎている。

 この一件も何かしらの形で、俺の前世が起因となって生じたことなのだろうか。

 周囲の不良たちは本当に何も知らないのだとしても……裏で糸を引くとやらは、俺が"勇者サリス"の生まれ変わりと承知の上で、この連中を差し向けたのではないか?
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