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第22章:知らなかったのか?妹からは逃げられない(無常)

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 これまでも兄妹2人きりで出かけることはよくあったとはいえ、それは前世の関係を思い出す前の話だ。記憶を所持した今の状態でなおかつ"デート"と名目をかかげてしまっては、意識するなという方が無理というものだろう。正直その情景を想像しただけで、喉がからっからである……実の妹相手にこんな状態になる自分が、なんとも情けないが。

 だがデートの約束を交わしてしまったのもまた事実だ。朝、光琉ひかるが"瞬燐しゅんりん"で俺を学校まで届けてくれた以上、俺もその対価を払わないでは筋が通らない。約束を反故ほごにしてしまっては、妹への教育上もよろしくないだろう。とはいえ、うーむ……

 腕を組んでうなりながら階段を降り、校舎1階にある職員室の前にさしかかった、その時。

「教師の言うことを聞かず、学校でスマホのゲームをひらくとは良い度胸だな! 二度とそんな真似ができんよう、地獄の苦痛とともに後悔を刻みこんでくれるわっ!!」

「ぎゃああああああああッッッ」

 ドアの向こうから生徒指導主事・鬼首おにこうべのものらしい怒号と、先ほど別れた石田いしだと思しき悲鳴が聞こえ、直後に「ベキベキボキバキッ」という◯ン肉マンのフィニッシュホールドが決まったときのような過激な効果音が響きわたった。どうやらスマホを返してもらいに職員室をおとずれた石田が偶然鬼首と鉢合わせ、"散々な目"にあっているらしかった。運のないやつめ。

 気の毒だとは思ったが、こちらもそれどころではない。構わずに職員室前を通り過ぎた。まさか命まで落とすことはないだろうが、一応祈っておいてやるか。南無阿弥陀仏ナムアミダブツ……

 石田の断末魔をBGMに歩をすすめながら、なおも俺は考える人になる。

 やはり今回は、光琉とのデートは回避するべきだろうか。約束は大事だが、ここはモラル遵守を優先した方が良いように思える。ズルズルと前世の感情を引きずったまま妹と恋人まがいのことをするのは、とても楽しそう……いやいやいやいや! とても危ういのではないか? 万が一、本っっ当に万が一、気分に流されるまま一線を超えるようなことがあったりしては……

 理性が働いているうちに、ブレーキを踏むべきだろう。俺は腹を決めた。断りのメールを入れようかとも考えたが、どう説明したところで光琉が納得するはずもない。今日はこのまま妹と落ち合わず、黙ってひとりで帰宅することにしよう。一緒に帰るとき、光琉はいつも正門前で俺を待っているから、裏門から出れば見つからずに済むはずだ。

 後刻待ちぼうけをくらった光琉が家に戻ったら怒涛のごとく責められるだろうが、その時はただ耐えるしかない。どのみち、後の祭りなのだ……

 そんなことを考えながら下駄箱から取り出した外靴へとはきかえ、昇降口をくぐる。瞬間。

「にいちゃん、今日もべんきょーおつかれさま! でもちょっとおそいかなあ、デートの前にオンナをまたせるもんじゃないわよ?」

 おもむろに能天気な声をかけられ、ズッコけそうになった(我ながらリアクションが古い)。

 顔をあげると、午後の日差しを受けて輝く黄金の髪が、風に吹かれて宙を揺蕩たゆたっている。白い指先でそれを止めようとする外見は、一服の絵画に収まりそうなほど様になっていた。

 世界一可憐な容姿の内側に宇宙一アホな脳みそを備えた俺の妹が、高等部校舎の前に立っていた。考えるまでもなく、俺を待ち伏せしてやがったのである。

「さ、約束どおり、今日はこれから付き合ってもらうわよ!……どしたのお、妙な顔して。まさかヨカラヌコトを企んじゃいないわよね?」

 わざとらしすぎるほど満面の笑みを顔に張りつけて、光琉は小首を傾げてきた。

 よく見ると顔からは汗が吹き出しているし、息もあがっている。"瞬燐"は今日の分をすでに使い切っているはずだから、ここまで走ってきたのだろう。中等部は普段から高等部よりわずかにはやく下校時間をむかえるから、ホームルーム終了と同時にダッシュすれば俺より先に昇降口前に到着することはできただろうが……まさか俺の思考の流れを読み切って、先手を打ったわけじゃあるまいな!?

 午後は魔力の気配に注意していたので"光望こうぼう"で覗かれていなかったことはたしかだが、魔法に頼らずとも時折妙な鋭さを発揮するのがこの妹である(アホの子のくせに)。そしてそのような勘が働いたときは、大抵事態を悪化させる行動をおこしやがるのだ。実にタチの悪い話だなあ。

「……別に何も企んじゃいない」

「ソレナラヨロシイ! さ、はやく行こ。グズグスしてると、日が暮れちゃうよ」

 寛大なオユルシノコトバをのたまったかと思うと、さっと俺の脇に移動してきて、腕をからめてくる。だから、軽々しく密着してくるんじゃないというに。

 文句を言う代わりに、俺はため息を吐き出した。もうこうなっては、いくら説得しても無駄だろう。どうやら俺には妹に対して「にげる」コマンドは用意されていないらしかった。実際に逃避行動を起こす以前に「だが、まわりこまれて」しまってるんだもん。

 いさぎよくあきらめて、光琉に腕をからめ取られたまま正門の方へ向かう。周囲から向けられる奇異の眼が辛い。噂が広まったら、まーた石田からシスコンだなんだとあらぬ誤解を受けるんだろうなあ。

 歩きながら、俺は隣ではしゃぐ光琉の方にふたたび目を向けた。ひとつ、注意しておかねばならないことを思い出したのである。

「今度あったときでいいから、奥杜にはちゃんとあやまっておけよ」

 快晴だった光琉の表情が、たちまち曇った。

「こんな時に、アイジンの名前なんて出さないでよ!」

「だれが愛人じゃ」

「それにあたしは、何も悪いことしてないもん。アイツが勝手に樹に頭をぶつけて、勝手にダメージを負ったんじゃない。その後でちゃんと治療だってしてあげたでしょッ」

 言いながら、若干眼が泳いでいる。自分で真っ先にその件に触れるあたり、こいつなりに気になってはいたらしい。

「別に奥杜が流血したことについてあやまれ、と言ってるわけじゃない」

 光琉が言うとおり、奥杜が額にダメージを負ったのは自身の行動の結果だ。もちろん光琉が煽って誘発した面も否定できないが、妹にしたって奥杜がそんな行動に出ることまで予想はできなかっただろう。

「じゃあ何のことよ」

「お前さっき、奥杜に対してタメ口きいていただろ。そのことだよ」

「はあッ!?」

「奥杜は俺の同級生で、お前の先輩だ。初対面の年長者に対していきなり敬語を省略するのは、さすがに失礼だろ」

 年上への礼儀は欠かさないようにしなさい、というのが亡き母親の口ぐせだった。

 俺だって年長者が必ずしも立派でえらいなどとは夢にも思わないが、だからと言ってこちらが最低限のマナーを免除されるということにはならないだろう。守るべきことを守ればこそ無用のトラブルも避けられるし、相手が無作法に出た時文句を言う資格も生まれようというものだ。

 少なくとも俺は妹に、目上に対して平気で粗雑な言葉づかいをはたらくような人間にはなってほしくなかった。

「初対面って……カーシャの生まれ変わりでしょ、アイツ? なんであたしが今更かしこまらなきゃいけないのよ」

「前世は前世、だろうが。お前は過去にこだわらない女じゃなかったのか?」

「ぐ……」

 おのれが発した言葉の揚げ足をとられ、光琉が言葉を詰まらせる。

 大体前世を持ち出すなら、当時だってカーシャの方が年上だったし、メルティアは礼節をもって接していただろうが。もっともメルティアにしてみれば、その礼節でカーシャとの間に壁をつくっていた、という面もあったのかもしれない。前世でもあの2人はあまり反りが合わないようだった、お互いの性格は今とは真逆だったが。

「とにかくお前が失礼な態度をとったのは事実なんだから、一度は頭を下げとけ。いいな」

「はいはいはいはい、分かりましたでございますデスよーーだッ!!」

 まるで分かっているとは思えない不機嫌な音階で返事をすると、妹はそっぽを向いてしまった。

「ふん、にいちゃんってばいっつもうるさいんだから。キライ!」

「だったらこの腕をほどけや」

 口で何を言ってもてこでも俺からはなれようとしない光琉に、苦笑が漏れてしまう。

 さすがに少し説教くささが過ぎたかなと自分で思わないでもないが、この危なっかしい妹を見ているとついつい保護者ぶってしまうのである。これは俺も依然妹ばなれができていない、ということになってしまうのだろうか。こんなんだから"シスコン"などとあらぬ言いがかりをつけられるのかなあ……

 内心でひそかに1人反省会を催しながら、正門まで歩をすすめる。と。

 その途上に、立ちはだかる影があった。
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