実の妹が前世の嫁だったらしいのだが(困惑)

七三 一二十

文字の大きさ
上 下
28 / 94

断章-月下血風小夜曲(前)②

しおりを挟む
「危ないところだったわね、勇者サマ?」

 カーシャは揶揄やゆするように、サリスにあたえられた称号を強調してみせる。

「油断しすぎなんじゃない? 昔のあんただったら敵にトドメをさし損ねるなんて失態、間違ってもおかさなかったわよ。勇者だ何だとおだてられる内に、ずいぶんと腕が鈍ってしまったみたいねえ」

「奴が立ち上がる気配には気づいていたし、俺ひとりで十分対処できた。余計な手出しはやめてもらおうか」

「あら、かわいげのない処だけは昔どおりね。負け惜しみなんて見苦しいわよ。男ならいさぎよく」

 彼女の言葉はそこで途切れた。一瞬で自分との距離を詰めた俺――サリスに、ふいをつかれた形だ。長いまつ毛に縁どられた眼を、わずかに見はった。

 サリスは予備動作もなく、彼女のいる方向へ剣をくり出した。強烈な刺突はカーシャの頬の横をかすめ、背後の闇をつらぬいた。

 カーシャが飛びすさりながら振り向く。彼女を襲おうとしていたオークが、喉を突き刺されていた。乱戦をしり目に夜のとばりに身をかくし、獲物に隙が生じるのを待っていたのだろう。オークにも、姑息で狡猾な者はいる。人間ほど高い割合ではないが。

「お前こそ、戦闘中に気を抜きすぎた」

 亜人の喉から剣を引き抜きながら、サリスはカーシャに言葉を投げる。

「……ほんとうに、可愛げのない男ね」

 カーシャは頬をふくらませたが、それ以上魔女に構ってはいられなかった。喉を貫通されたオークがたおれるのを確認すると、サリスは目を閉じ、おのれの感覚を周囲一帯にひろげた。

 どうやら今度こそ、あたりから魔の気配は消滅しただろうか。自分たちへの敵意も感じ取れない。ひと先ず戦闘は終結したと、判断してよいか?……いや。

 微弱ながら、うごめく気配を感知する。眼をひらいてその方向を視ると、草地を腹這はらばうオークの姿が確認できた。身体に斬撃を受け、立つこともままならないらしい。おびただしい血を流し、草の上に紫色の跡を残しながら、戦場から逃れようともがいている。

 すでに戦闘能力は失せ、生命の灯が尽きるのもおそらく時間の問題だろう。それでも生を渇望しいつづける姿は、視る者によっては哀れさえかき立てられたかもしれない。

 そんな惨めともいえるオークにサリスはあるいて近づくと……ためらいもなく、その背中を踏みつけた。潰れたようなうめき声が、亜人の口から漏れる。

「目障りなんだよ! 生き汚い化け物めが」

 酷薄な宣告を投げつけると、地をかすめるようにして剣をはらい、オークの首を切断する。頭部をうしなった巨躯は、微動だにしなくなった。

「えげつないわね。もう少し、憐憫れんびんの情とかあってもいいんじゃない?」

 カーシャの声には、批難とまではいかないが、辟易の色がにじんでいた。

「まだそう遠くない場所に、こいつらの仲間がいるかもしれない。上位種の魔人が来ているということもあり得る。万が一にもそいつらの元へ逃げ帰られて、この場所のことを報告されたら厄介だ。瀕死とはいえ、トドメをさすのは当然だろう」

「正論ね。でも、本心を語っているとも思えない。あなたは魔族が憎いのよ、たとえ半魔の亜人と言えどもね。計算からではなく怨嗟えんさ故に、あのオークを殺さなければ気がすまなかった。そうではなくて?」

 サリスは応えなかった。カーシャの指摘が、そうまとはずれでもなかったからである。

 サリスはたしかに、魔族を憎んでいた。それは並大抵の憎悪ではなかった。身を焼き尽くさんばかりの瞋恚しんいが、彼を駆り立てるすべてであったと言ってもいい。傭兵として魔族との戦いに参加しつづけたのも、勇者への就任を受諾したのも、人間を守ろうという使命感からではなく、一体でも多くの魔物をこの手で屠りたいという狂気にも似た衝動ゆえだった。

 何故そうまで、魔族に負の感情を向けていたのか? 例によって肝心な点になると前世の記憶はぼやけ、どうしても思い出せない。だが傭兵時代からの長い付き合いであるカーシャが、サリスのそういった一面を熟知していたのは、ある意味当然のことだろう。あらたまって告げたりしなくとも、相棒の戦いぶりを見ていれば察するものはあったはずだ。

「俺の動機がどうだろうと、行動の結果に変わりはない。魔物どもの数を減らせば、その分だけ人間は平穏と存続に近づくことになる。それこそ勇者にもとめられる役割だ、何も問題はないし、お前が不平を述べる筋合いもないだろうが」

 カーシャの方を振り向きもせずややかたくなに言い張るサリスの耳に、わざとらしいため息が聞こえてきた。

「あんたのそういうとこ、ほんと変わらないわねえ。聖女サマと会ってから、すこしは丸くなったと思ってたのに」

「……なんでそこで、メルティアが出てくる」

 今度はサリスは振り向いた。声を抑制すべく多少の努力をはらったが、無駄だったかもしれない。

「今更とぼけなくてもいいでしょ。あんたがあのお嬢ちゃんに特別な感情を向けていることくらい、皆わかってるわよ?」

 ここでいう”皆”とは、旅を共にする同行者たちパーティーメンバーのことだろう。そしてカーシャはサリスより一歳年長で、この年21歳だった。16歳になったばかりのメルティアを、”お嬢ちゃん”と呼びたくなるのも無理はない。

「別にそんなんじゃない、俺はただ」

「気付いてる? お嬢ちゃんに着いてこの山に来るって啖呵をきった時だって、あんたすごい形相だったわよ。魔物退治以外であんな必死になるあんたの姿、はじめてみたな。先輩勇者の要請までことわって、また”機関”内での立場が悪くなるわね」

 カーシャは声を立てて笑う。その笑いは、どこか作り物めいて聞こえた。

「……それだけ大切なんでしょ、あの聖女サマが」

 笑いをおさめると、後方の岩棚に穿たれた洞窟へと眼を向けた。穴は深く夜の闇も降りていたが、それでも奥からぼうっと白い光が射すのがみえる。

 聖山ハガルの中心部、”白きほこら”。この中に今、光の聖女メルティアは聖剣と共にこもっている。聖剣を再錬成――”深化”させ、より強大な力をその剣身に宿すために。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

4人の王子に囲まれて

*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。 4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって…… 4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー! 鈴木結衣(Yui Suzuki) 高1 156cm 39kg シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。 母の再婚によって4人の義兄ができる。 矢神 琉生(Ryusei yagami) 26歳 178cm 結衣の義兄の長男。 面倒見がよく優しい。 近くのクリニックの先生をしている。 矢神 秀(Shu yagami) 24歳 172cm 結衣の義兄の次男。 優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。 結衣と大雅が通うS高の数学教師。 矢神 瑛斗(Eito yagami) 22歳 177cm 結衣の義兄の三男。 優しいけどちょっぴりSな一面も!? 今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。 矢神 大雅(Taiga yagami) 高3 182cm 結衣の義兄の四男。 学校からも目をつけられているヤンキー。 結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。 *注 医療の知識等はございません。    ご了承くださいませ。

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜

あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。 そんな世界に唯一現れた白髪の少年。 その少年とは神様に転生させられた日本人だった。 その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。 ⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。 ⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。

処理中です...