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第18章:猿も木から落ちるというけど、妹は樹から降りれない模様(脱力)
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「にいちゃんのバカ、バカバカバカッ!!」
葉っぱまみれの光琉が、頭上から罵声を浴びせてくる。アホの子にバカを連呼されるのは、なんとも不本意だなあ。
「陽が高いうちから浮気なんて、そんなハシタナイ! バカナマネはやめて、はやくその女からはなれなさい。故郷のかわいい妹が泣いているわよッ!!」
何故か凶悪犯を説得する刑事のような口ぶりである。再放送でやっている古い刑事ドラマの見過ぎではなかろうか。ていうか、故郷のかわいい(ここは否定できないのが忌々しいッ!)妹、全然泣いてないからね? 目をギラギラ怒らせて、元気いっぱいに騒いでいやがるじゃねえの。
前々から類人猿系女子を地で行っていた光琉だが、こうして樹の枝にしがみつきながらキーキーわめいている姿を見るに、いよいよ先祖返りが本格化してきたようだった。なんで今朝聖女の記憶がもどってから、貴賓がそなわるどころか逆に退化しているのだろうか。
「そんなにヨッキューフマンが溜まってたの!? だ、だったら遠慮しないで、あたしに言ってくれればいくらでも」
「わーーー、そろそろ黙れ!!」
他人のいる前で、ブレーキを取っ払って暴走するんじゃあない! はなはだしい誤解を招くだろうが。
さっき校庭の脇で脳内のイマジナリー光琉と会話してしまった俺だが、さすが本物はこちらの想像のはるか斜め上を軽々スキップして行くものである。感心している場合ではないが。
「お前こそ、ナニ真昼間から"瞬燐"なんて使ってるんだよ! だれかに見られたらどうするつもりだ」
「だいじょーぶよ、ちゃんと屋上まで行って、周りにだれもいないのを確認して発動させたから。そのせいで来るのがおそくなっちゃったけど」
「そ、そもそも、何で中等部にいるお前に俺たちの様子がわかったんだ!」
「ふっふっふ、すこし落ち着いたら? 浮気がバレて相当動揺しているようね……って、やっぱり浮気なのね!?」
動揺の原因はそこじゃねえ。
「まあその件は、後でじっくりとっちめるとして……コホン、改めてふっふっふ、にいちゃんそんなことも忘れたの? あたしは"光の聖女"なんだよ、光魔法の使い手だよ!?」
我が妹は樹の上でいばりくさって体積の乏しい胸をそらそうとしたが、バランスを崩しそうになりあわてて枝にしがみつき直した。
いやだなあ、こんな聖女。
「ふう、あぶない……え、ええと、とにかく、にいちゃん! あたし達は何か物体を眼で見る時、その物体に当たって乱反射する光が眼に届くことによって、姿かたちを認識することができるの。ここまではいい?」
「お、おお……?」
突然、光琉の口からガクジュツテキな解説が飛び出したものだから、面喰らってしまった。言っている内容は物理の初歩で、中学2年生なら知っていて当然かもしれないが、それを述べるのがアホの代名詞ともいうべき我が妹とくれば、やはり初夏の空から雪が降ってくるんじゃないかと疑ってしまう。
何せ光琉ときては、この前おこなわれた1年時最後の期末テストの結果も……いや、本人の名誉のために、あえて詳細は語るまい。
兄の内心などつゆ知らず、妹はなおも得意げにつづける。
「そしてあたしは、光を自在にあやつることができる。つまり遠くの物体に反射した光を操作して引き寄せ、自分の眼まで運ぶことによって、離れた場所の光景をいつでも"視る"ことができるのよ。光魔法に不可能はないわ!」
レクチャーを受けるうちに、俺も思い出してきた。その術の名前は、光魔法"光望"。前世でも偵察や探索などにメルティアが活用し、いく度も助けられた魔法だ。結界などで魔法の干渉そのものを妨害されなければ、何百キロ先の光景でも、メルティアは己が瞳に映し出すことができたのである。
「物体に反射した光が目に届くことによって、その対象の姿かたちを視認できる」という原理は、フェイデアでも地球と同じだった。そして光琉が理解できるくらいなのだから、サリスの時代にはとっくに著名な学者や魔導師たちによって解明され、一般知識として定着していた。
「不可能はない」と言うのはさすがに誇張だが、光魔法の汎用性が極めて高いことはまぎれもない事実である。威力そのものも含めて、さすがは極限魔法のひとつに列せられるだけはある。
だが……おい、ちょっと待てよ?
「ということは、俺が午前中に感じた、頭上からの視線は……あれはお前の仕業だったのか! 朝からずっと、俺を覗いていやがったな!?」
「あ"ッ」
光琉はつぶれたような声をあげ、右手で口元を押さえる。表情が「しまった」と語っていた。うむ、図星だったようである。
「な、ナンノコト、午前中のシセンって? あたしはわからないなあ、にいちゃんが石田さんのスマホを覗きながらツッコミを入れていたことなんて、ゼンゼンシラナイヨ?」
「もう遅いわ! あと本当に誤魔化す気なら、もうすこし考えながら口をひらけや……」
しらを切るつもりで盛大に自爆した妹を目の当たりにして、さすがに兄として心配になってきた。
これでさっき視線の気配が、授業がはじまった途端に消失した理由がわかった。何のことはない、術者の方でも休み時間が終わったから、魔法の発動を止めただけの話である。
離れた場所の反射光を自分の目元に届ける”光望”は、明るい場所で使えばその遠くからくる光が周囲の肉眼で視認されることはまずないから、光琉は休み時間に自分の机にでも座りながらこっそり発動させていたのだろう。とはいえ、術を使うには精神集中を要するし、発動している間術者の瞳には自分の近くの光景は逆に映らないこととなる。そのまま授業を受けるのはさすがにあやしまれる、と考える程度の分別は妹にもあったということか。
まあそれでも、到底褒めてやる気にはなれないけどな! 今朝「魔法は使わない」という約束を交わしたばかりで、即行反故にしおってからに。
つーか……真相がわかってみると、さっき魔力の気配にあわてて振り返った自分がめちゃくちゃ恥ずかしいんですけど! てっきり俺を監視する"謎の敵"でもあらわれたのかと思って、「ここからシリアス展開に突入するのか!?」と身構えちまったじゃねえか。なんだこのしょうもないオチは!? 俺と読者の皆様にあやまれ。
「とにかく、まずはそこから降りてこい。言いたいことが山ほどある!」
俺は頭上の妹に命じた。第三者がこの校舎裏をとおりかかって現状を目撃されたら面倒なことになるし、そもそも樹の上から落下したら一大事だ。楡の枝は結構な太さなので、小柄な妹の体重がかかっても滅多なことでは折れないだろうとは思うが、体重をかけた側がいつ手をすべらせないともかぎらない。いくら退化したといっても、本物の猿ほどに木登りの勘がそなわったわけでもあるまい。
ところが。
「……降りれない」
「はっ?」
光琉から間の抜けた返答が降ってきて、おもわず膝がくだけた。
「だって、あたし高いところはダメなんだもん。にいちゃんも知ってるでしょ!? こんなに地面からはなれた樹の上じゃ、うごけないよ~~!!」
涙目でさけびながら、よく見れば本当に小柄な全身を小刻みにふるわせている。さっき勢いよく葉叢の中からはい出してきたじゃねえかとも思ったが、どうやらあの時は頭に血がのぼって恐怖心が麻痺していた、ということらしい。実際、妹は幼少期から高所を大の苦手にしているのだ。〇〇と煙は高いところが好きとよく聞くが、何事にも例外はあるようだ。
「うう、どんどんこわくなってきた……なんであたしがこんな目に合わなきゃいけないの? この現世にはカミもホトケもないの!?」
「100%自業自得だろうが」
恨むなら軽率に魔法を使った、数分前のおのれを恨め。
「大体、降りられないなんてことはないだろ。また瞬燐で、ここまで移動してくればいいじゃないか」
今更奥杜の眼を気にする必要はないだろう。前世では共に旅をした仲間だし、瞬燐のこともすでに知っているのだ。
「もお、にいちゃん、ほんとに何もおぼえてないのね。瞬燐は1日に2回までしか使えないんだよ?」
まだふるえているくせに、あきれたような口調で光琉が言った。
「どんなに離れた場所へでも光速で――つまり一瞬で移動できてしまう、そんな世の理を超えた魔法が無制限に発動できるわけないでしょ。神々は人の身が大きすぎる力をそなえることを決して喜ばないわ、あたしの光魔法にもそれなりの制約が課せられてる……まあそれだけ強力な、神様もおそれるほどの魔法ってことなんだけどね!」
「いや、えばれる状況か、今!?」
つまりはそんな貴重この上ない魔法を、遅刻を誤魔化すためとここへ飛んでくるためで計2回使ってしまい、本日分は打ち止めとなったというわけである。濫用にもほどがあるだろうが。
やっぱりこのアホ妹が光魔法なんてチート能力を持ったままじゃ、ろくなことにならない気がする。何とかこちらの世界からもエウレネにコンタクトを取って、はく奪してもらえないものだろうか。俺は割と真剣にそう思った。
「ね、ねえ、アレってひょっとして……メルティア、なの?」
先ほどからあっけに取られて俺と妹のやり取りをだまって聞いていた奥杜が、頭上の光琉を指し困惑の表情でたずねてきた。ちなみにもちろん、彼女は俺の手をとっくに離している。
うん、気持ちはよーーくわかる。前世のメルティアを知っていたら、今樹の上でわめいている女が"光の聖女"と同一人物だとにわかには信じがたいよな! 生き写しの外見が、余計混乱に拍車をかけていることだろう。
「ちょっと、聞こえたわよ! アレとはなによ、アレとは!!」
耳ざといアレが、抗議の声をあげてきた。
「あんた、カーシャでしょ。さっきは髪の色が亜麻色に変わっていたし、今もメガネなんかけているけど、よく見たら顔があのオジャ魔女にそっくり!」
やはり妹が持つ前世の記憶は、俺よりも大分鮮明らしい。”光望”は遠くの光を術者に届けるのみで、音までは拾えない。俺たちが交わした会話を光琉は聞いていないはずなのに、視覚情報だけで奥杜がカーシャの生まれ変わりだと気づいたのである。
それにしても"オジャ魔女"ってなんだ。多分「お邪魔虫の魔女」くらいの意味で使っているんだろうが……またぞろお叱りを受けそうな言い回しは控えてもらいたい。
「あんたも地球に転生していたのはわかったけど、一体何でこんなところにいるのよ! 前世の時と同じように、またサリス様を――にいちゃんをイロジカケでたぶらかそうってわけ!? このインラン魔女!!」
「い、インッ……!?」
「おい、失礼だろ」
俺は妹をたしなめた。初対面の――現世に限っていえば――先輩に向かってそのような口の利き方をするのは、さすがに看過できない。礼儀の教育も、兄の責務というものだろう。
そもそもイロジカケだのインランだの、一体どこから出てきた言葉だ。"生真面目"が服を着て二足歩行しているようなうちの風紀委員に向かって、言いがかりもはなはだしい。あまり適当なことばかり口にしていると、その内本当に痛い目をみるぞ? あと年頃の女の子が、そういう単語を大声でさけぶんじゃありませんって。
ともかく妹の非礼を詫びねばなるまい。そう思い奥村の方を振り向くと、
「ナナナ何言ってんのよ、イイイイ、淫乱だなんて、バババババ、バッッッカじゃないのッ!!???」
顔を真っ赤にしながら、盛大にどもっていた。
……あれ、図星をつかれた人の反応っぽいぞ、これ?
一瞬当惑をおぼえたが、だがそれもすぐに薄れていった。またしても、自身が生まれるよりも旧い記憶が、首をもたげたからである。
「そういえば」と心中でつぶやいた時には、脳裏に前世でみたフェイデアの風景が広がっていた。そして寝ぼけ眼が徐々に焦点を結ぶように、自分の中で"魔導士カーシャ"の肖像が少しずつ鮮明に浮き上がってくるのを実感した。
葉っぱまみれの光琉が、頭上から罵声を浴びせてくる。アホの子にバカを連呼されるのは、なんとも不本意だなあ。
「陽が高いうちから浮気なんて、そんなハシタナイ! バカナマネはやめて、はやくその女からはなれなさい。故郷のかわいい妹が泣いているわよッ!!」
何故か凶悪犯を説得する刑事のような口ぶりである。再放送でやっている古い刑事ドラマの見過ぎではなかろうか。ていうか、故郷のかわいい(ここは否定できないのが忌々しいッ!)妹、全然泣いてないからね? 目をギラギラ怒らせて、元気いっぱいに騒いでいやがるじゃねえの。
前々から類人猿系女子を地で行っていた光琉だが、こうして樹の枝にしがみつきながらキーキーわめいている姿を見るに、いよいよ先祖返りが本格化してきたようだった。なんで今朝聖女の記憶がもどってから、貴賓がそなわるどころか逆に退化しているのだろうか。
「そんなにヨッキューフマンが溜まってたの!? だ、だったら遠慮しないで、あたしに言ってくれればいくらでも」
「わーーー、そろそろ黙れ!!」
他人のいる前で、ブレーキを取っ払って暴走するんじゃあない! はなはだしい誤解を招くだろうが。
さっき校庭の脇で脳内のイマジナリー光琉と会話してしまった俺だが、さすが本物はこちらの想像のはるか斜め上を軽々スキップして行くものである。感心している場合ではないが。
「お前こそ、ナニ真昼間から"瞬燐"なんて使ってるんだよ! だれかに見られたらどうするつもりだ」
「だいじょーぶよ、ちゃんと屋上まで行って、周りにだれもいないのを確認して発動させたから。そのせいで来るのがおそくなっちゃったけど」
「そ、そもそも、何で中等部にいるお前に俺たちの様子がわかったんだ!」
「ふっふっふ、すこし落ち着いたら? 浮気がバレて相当動揺しているようね……って、やっぱり浮気なのね!?」
動揺の原因はそこじゃねえ。
「まあその件は、後でじっくりとっちめるとして……コホン、改めてふっふっふ、にいちゃんそんなことも忘れたの? あたしは"光の聖女"なんだよ、光魔法の使い手だよ!?」
我が妹は樹の上でいばりくさって体積の乏しい胸をそらそうとしたが、バランスを崩しそうになりあわてて枝にしがみつき直した。
いやだなあ、こんな聖女。
「ふう、あぶない……え、ええと、とにかく、にいちゃん! あたし達は何か物体を眼で見る時、その物体に当たって乱反射する光が眼に届くことによって、姿かたちを認識することができるの。ここまではいい?」
「お、おお……?」
突然、光琉の口からガクジュツテキな解説が飛び出したものだから、面喰らってしまった。言っている内容は物理の初歩で、中学2年生なら知っていて当然かもしれないが、それを述べるのがアホの代名詞ともいうべき我が妹とくれば、やはり初夏の空から雪が降ってくるんじゃないかと疑ってしまう。
何せ光琉ときては、この前おこなわれた1年時最後の期末テストの結果も……いや、本人の名誉のために、あえて詳細は語るまい。
兄の内心などつゆ知らず、妹はなおも得意げにつづける。
「そしてあたしは、光を自在にあやつることができる。つまり遠くの物体に反射した光を操作して引き寄せ、自分の眼まで運ぶことによって、離れた場所の光景をいつでも"視る"ことができるのよ。光魔法に不可能はないわ!」
レクチャーを受けるうちに、俺も思い出してきた。その術の名前は、光魔法"光望"。前世でも偵察や探索などにメルティアが活用し、いく度も助けられた魔法だ。結界などで魔法の干渉そのものを妨害されなければ、何百キロ先の光景でも、メルティアは己が瞳に映し出すことができたのである。
「物体に反射した光が目に届くことによって、その対象の姿かたちを視認できる」という原理は、フェイデアでも地球と同じだった。そして光琉が理解できるくらいなのだから、サリスの時代にはとっくに著名な学者や魔導師たちによって解明され、一般知識として定着していた。
「不可能はない」と言うのはさすがに誇張だが、光魔法の汎用性が極めて高いことはまぎれもない事実である。威力そのものも含めて、さすがは極限魔法のひとつに列せられるだけはある。
だが……おい、ちょっと待てよ?
「ということは、俺が午前中に感じた、頭上からの視線は……あれはお前の仕業だったのか! 朝からずっと、俺を覗いていやがったな!?」
「あ"ッ」
光琉はつぶれたような声をあげ、右手で口元を押さえる。表情が「しまった」と語っていた。うむ、図星だったようである。
「な、ナンノコト、午前中のシセンって? あたしはわからないなあ、にいちゃんが石田さんのスマホを覗きながらツッコミを入れていたことなんて、ゼンゼンシラナイヨ?」
「もう遅いわ! あと本当に誤魔化す気なら、もうすこし考えながら口をひらけや……」
しらを切るつもりで盛大に自爆した妹を目の当たりにして、さすがに兄として心配になってきた。
これでさっき視線の気配が、授業がはじまった途端に消失した理由がわかった。何のことはない、術者の方でも休み時間が終わったから、魔法の発動を止めただけの話である。
離れた場所の反射光を自分の目元に届ける”光望”は、明るい場所で使えばその遠くからくる光が周囲の肉眼で視認されることはまずないから、光琉は休み時間に自分の机にでも座りながらこっそり発動させていたのだろう。とはいえ、術を使うには精神集中を要するし、発動している間術者の瞳には自分の近くの光景は逆に映らないこととなる。そのまま授業を受けるのはさすがにあやしまれる、と考える程度の分別は妹にもあったということか。
まあそれでも、到底褒めてやる気にはなれないけどな! 今朝「魔法は使わない」という約束を交わしたばかりで、即行反故にしおってからに。
つーか……真相がわかってみると、さっき魔力の気配にあわてて振り返った自分がめちゃくちゃ恥ずかしいんですけど! てっきり俺を監視する"謎の敵"でもあらわれたのかと思って、「ここからシリアス展開に突入するのか!?」と身構えちまったじゃねえか。なんだこのしょうもないオチは!? 俺と読者の皆様にあやまれ。
「とにかく、まずはそこから降りてこい。言いたいことが山ほどある!」
俺は頭上の妹に命じた。第三者がこの校舎裏をとおりかかって現状を目撃されたら面倒なことになるし、そもそも樹の上から落下したら一大事だ。楡の枝は結構な太さなので、小柄な妹の体重がかかっても滅多なことでは折れないだろうとは思うが、体重をかけた側がいつ手をすべらせないともかぎらない。いくら退化したといっても、本物の猿ほどに木登りの勘がそなわったわけでもあるまい。
ところが。
「……降りれない」
「はっ?」
光琉から間の抜けた返答が降ってきて、おもわず膝がくだけた。
「だって、あたし高いところはダメなんだもん。にいちゃんも知ってるでしょ!? こんなに地面からはなれた樹の上じゃ、うごけないよ~~!!」
涙目でさけびながら、よく見れば本当に小柄な全身を小刻みにふるわせている。さっき勢いよく葉叢の中からはい出してきたじゃねえかとも思ったが、どうやらあの時は頭に血がのぼって恐怖心が麻痺していた、ということらしい。実際、妹は幼少期から高所を大の苦手にしているのだ。〇〇と煙は高いところが好きとよく聞くが、何事にも例外はあるようだ。
「うう、どんどんこわくなってきた……なんであたしがこんな目に合わなきゃいけないの? この現世にはカミもホトケもないの!?」
「100%自業自得だろうが」
恨むなら軽率に魔法を使った、数分前のおのれを恨め。
「大体、降りられないなんてことはないだろ。また瞬燐で、ここまで移動してくればいいじゃないか」
今更奥杜の眼を気にする必要はないだろう。前世では共に旅をした仲間だし、瞬燐のこともすでに知っているのだ。
「もお、にいちゃん、ほんとに何もおぼえてないのね。瞬燐は1日に2回までしか使えないんだよ?」
まだふるえているくせに、あきれたような口調で光琉が言った。
「どんなに離れた場所へでも光速で――つまり一瞬で移動できてしまう、そんな世の理を超えた魔法が無制限に発動できるわけないでしょ。神々は人の身が大きすぎる力をそなえることを決して喜ばないわ、あたしの光魔法にもそれなりの制約が課せられてる……まあそれだけ強力な、神様もおそれるほどの魔法ってことなんだけどね!」
「いや、えばれる状況か、今!?」
つまりはそんな貴重この上ない魔法を、遅刻を誤魔化すためとここへ飛んでくるためで計2回使ってしまい、本日分は打ち止めとなったというわけである。濫用にもほどがあるだろうが。
やっぱりこのアホ妹が光魔法なんてチート能力を持ったままじゃ、ろくなことにならない気がする。何とかこちらの世界からもエウレネにコンタクトを取って、はく奪してもらえないものだろうか。俺は割と真剣にそう思った。
「ね、ねえ、アレってひょっとして……メルティア、なの?」
先ほどからあっけに取られて俺と妹のやり取りをだまって聞いていた奥杜が、頭上の光琉を指し困惑の表情でたずねてきた。ちなみにもちろん、彼女は俺の手をとっくに離している。
うん、気持ちはよーーくわかる。前世のメルティアを知っていたら、今樹の上でわめいている女が"光の聖女"と同一人物だとにわかには信じがたいよな! 生き写しの外見が、余計混乱に拍車をかけていることだろう。
「ちょっと、聞こえたわよ! アレとはなによ、アレとは!!」
耳ざといアレが、抗議の声をあげてきた。
「あんた、カーシャでしょ。さっきは髪の色が亜麻色に変わっていたし、今もメガネなんかけているけど、よく見たら顔があのオジャ魔女にそっくり!」
やはり妹が持つ前世の記憶は、俺よりも大分鮮明らしい。”光望”は遠くの光を術者に届けるのみで、音までは拾えない。俺たちが交わした会話を光琉は聞いていないはずなのに、視覚情報だけで奥杜がカーシャの生まれ変わりだと気づいたのである。
それにしても"オジャ魔女"ってなんだ。多分「お邪魔虫の魔女」くらいの意味で使っているんだろうが……またぞろお叱りを受けそうな言い回しは控えてもらいたい。
「あんたも地球に転生していたのはわかったけど、一体何でこんなところにいるのよ! 前世の時と同じように、またサリス様を――にいちゃんをイロジカケでたぶらかそうってわけ!? このインラン魔女!!」
「い、インッ……!?」
「おい、失礼だろ」
俺は妹をたしなめた。初対面の――現世に限っていえば――先輩に向かってそのような口の利き方をするのは、さすがに看過できない。礼儀の教育も、兄の責務というものだろう。
そもそもイロジカケだのインランだの、一体どこから出てきた言葉だ。"生真面目"が服を着て二足歩行しているようなうちの風紀委員に向かって、言いがかりもはなはだしい。あまり適当なことばかり口にしていると、その内本当に痛い目をみるぞ? あと年頃の女の子が、そういう単語を大声でさけぶんじゃありませんって。
ともかく妹の非礼を詫びねばなるまい。そう思い奥村の方を振り向くと、
「ナナナ何言ってんのよ、イイイイ、淫乱だなんて、バババババ、バッッッカじゃないのッ!!???」
顔を真っ赤にしながら、盛大にどもっていた。
……あれ、図星をつかれた人の反応っぽいぞ、これ?
一瞬当惑をおぼえたが、だがそれもすぐに薄れていった。またしても、自身が生まれるよりも旧い記憶が、首をもたげたからである。
「そういえば」と心中でつぶやいた時には、脳裏に前世でみたフェイデアの風景が広がっていた。そして寝ぼけ眼が徐々に焦点を結ぶように、自分の中で"魔導士カーシャ"の肖像が少しずつ鮮明に浮き上がってくるのを実感した。
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