上 下
25 / 94

第17章:アホの子が、文字どおり光の速さで飛んでくる(溜息)

しおりを挟む
 手持ち無沙汰のまま黙っていると、ややあって奥杜おくもりが顔をあげ、悪戯っぽい笑みをうかべた。

「それにしても、さっきから散文的な質問ばかりねえ。天代くんは私がカーシャだとわかっても、あまり感動していないみたい。前世の相棒だっていうのに」

「え……い、いや、そんなことはないぞ? うれしいよ、カーシャと、君と再会できて」

「ほんとにぃ? なんか言わされている感じに聞こえるけど。あーあ、サリスにとってカーシャって、そんなに軽い存在だったのかなあ」

 もちろん本気で責めているわけではなく、冗談だとはその口調でわかる。しかし”冗談”を言うこと自体、これまで俺が抱いてきた風紀委員殿のイメージからはだいぶかけ離れたふるまいだった。俺がサリスだと判明したことで、気を許してくれているのだろうか。それとも普段は強いて肩肘を張っているだけで、むしろ今の様子の方が奥杜かえでという高1女子の自然体とみるべきか。

「私は心から、感激しているわよ。この地球で、再びあなたとめぐり逢えて」

 俺の両の眼におのれの焦点を据えると、奥杜は真剣みを増したトーンでそう、噛みしめるように告げた。心なしか、頬が紅色にそまっている。まるで俺の奥底までのぞき込もうとするかのようなゆるぎない視線に見つめられ、こちらも眼を逸らすことができなかった。

「奥杜……」

「ずっとこの日を待っていたわ。これからまた、相棒としてあなたと共に戦えるのね」

「……ん? た、たたかう!?」

 奥杜の口から洩れた言葉があまりに唐突だったので、しんみりした場面にもかかわらず、俺は調子はずれの声を出してしまった。

 "共に戦える"と、たしかに奥杜は言った。一体、何と? 今のところ俺には、迫り来る妹の欲望と非常識くらいしか、迎え撃つ対象には心当たりがないが。

「あら、女神エウレネから聞いてない? それともまだ、思い出さないだけかしら。この地球はフェイデアと同じく、魔界と近しい位相に存在する世界で、度々次元の狭間から魔物が侵入してくるのよ」

 そのようなことを転生前に、エウレネから軽~~~い調子で説明されたのは、ぼんやりと覚えている(やっぱり思い違いじゃなかったのか、あれ……)。そして俺自身、今朝魔物の一種である霊人レイスと、実際に遭遇したばかりでもあった。

「フェイデアへの侵攻を断念した邪神たちは、今度は遠からず地球に狙いを定めるはず。魔物たちによる地球での蠢動しゅんどうは以前の比ではないほど活発に、また組織立ったものへとなっていくだろう……転生前、女神エウレネは私にこのように告げられたわ。そして最後に、おごそかに使命をくだされた。「魔術師カーシャ、あなたは次の世でもいずれ、勇者サリスの転生体とめぐり逢う宿縁さだめ。どうか力をあわせ、魔族の脅威から地球を守ってください」、と」

 エウレネのキャラ、何か違くね? 奥杜の話に出てくる女神様、口調といいすごく品格高そうなんだけど。とても俺が接した、語尾に❤️と♪を乱舞させているような頭の緩いお姉さんとは、同一人物もとい同一神とは思えない。

 それはともかく。

 奥杜の言うとおりだとしたら、俺たちがこうも身近に転生し再開を遂げたのも、すべてエウレネが意図したということになるのだろうか。作者が適当に筆を滑らせた結果ではないのか。あやしいものだが。

「私は前世の魔法を取りもどしてから、その力でこの世界にはびこる魔物たちを退治してきたわ。もっとも、やつらはこちらの世界では"霊"や"あやかし"として認識されているけど。でも女神がおっしゃっていたとおり、年々"魔"の出現頻度は増していて、しかも何者かに統制されているかのように、動きが狡猾になっているの。私も"退魔"の組織に参加して仲間たちと協力しながら戦っているけど、近頃はかんばしくない情勢がつづいている……」

 話が意想外の方向に進み、困惑を禁じえなかった。奥杜が今まで、この現世においても魔物たちと戦ってきたって? クラスの怖い風紀委員が人知れず異形を退治する魔法少女だったとは、まるで日曜朝8時台の世界ではないか……いや、違うか。

 朝の幽霊少女が言っていた"退魔士"という言葉が、記憶によみがえる。奥杜の口から出た"退魔"の組織というのも、そういった人間たちで構成されているのだろうか。となると奥杜自身、今は"退魔士"の1人ということになるのか? 話を聞くかぎりでは彼女が魔との戦いで用いているのは今でも、こちらの世界で構築された方術や悪魔祓いの術のたぐいではなく、前世で修得したフェイデアの魔法のようだが。

 暫時おのれの考えに沈んでいると、ふいに奥杜が距離を詰めてきて、両手で俺の右手を取った。

 鬼の風紀委員といえど(失礼)、やはり女子である。しかも実は結構な美少女だということが、判明したばかりだ。右手を柔らかい感触に包まれた俺がドギマギしてしまったとしても、無理からぬことではないか?

「今やこの地域でも被害や目撃情報が後を絶たなくなり、魔の脅威は着実に迫っているの。お願い天代くん、協力して! あなたが――勇者サリスが私たちの組織に加わってくれれば、必ず今の難局を乗り切ることができるわ。それにメルティアももう、あなたの側にいることだし……彼女にもあなたの口から、助力を頼んでおいてほしいの。また前世のように、共に魔物から人間の世界を守りましょう!」

 奥杜はそう訴えかけながら、こちらにずいっと身を乗り出してくる。おいおい、顔が近いって……俺は可能なかぎり背中をのけぞらせて距離をとった。

 それにしても、やはりそうきたか。地球にも魔物が出没する云々に話がおよんだあたりから、このような流れになるのではないかと予測はしていた。奥杜は魔物を退治するための戦力として俺の、いや、サリスの力を欲しているのだ。しかし。

 奥杜の口調が熱を帯びるにつれ、逆に俺の内心は冷めていった。前世の相棒に対して心苦しいが、彼女の期待に応えることはできない。

「ええと、あのな、奥杜。協力したいのは山々なんだが、その……俺はたしかに前世の記憶は取りもどしたけど、勇者の能力までもどったわけじゃ」

 俺がなんとか角を立てずに奥杜の申し出を辞退しようとした、その時。

 視界の隅で、きらめくものがあった。

 その小さな輝きは、東の方角から届いたようであった。中等部の校舎がある方向である。同時に俺の魔覚が、微かな魔力の波動を感知する……

「まさか」と嫌な予感をおぼえる暇もなかった。一瞬と間をおかず、小さな輝きはまばゆい閃光と化し、一直線にこちら目がけて伸びてきた。その閃光は、正午の陽光が降りそそぐ校舎裏を、さらに明るく照らし出し、

 ドゴオオオオン!!

 轟音と共に、にれの樹上部の葉叢はむらに突き刺さった。幹は揺れ、緑葉がハラハラと舞い散る。

「な、何!? まさか、魔族の襲撃!?」

 奥杜が真剣な顔で楡の樹を見あげたが、よほどあわてているのか、閃光から発散された魔力の質にも気が回らないようだ。そんなシリアスな展開にはならないだろうなあ、と俺は内心で独りごちる。まあ今襲来した奴は、ある意味魔族より厄介かもしれないが。

 やがて生い茂った緑葉の一部がこんもり盛りあがり、内側から小さな影が勢いよくはいでてくる。

「ぺっぺっ、もー口の中に葉っぱがはいっちゃった……って、そんなこと言っている場合じゃなかった!」

 何やら1人でブツブツ言っていたかと思うと、キッと下方――つまり俺たちの方をにらんできた。

「そこの2人、そこまでよ! 浮気のゲンコーハン、言いのがれはできないんだからね。観念して両手をあげて……ていうか、その握った手をさっさと離しなさーーーーいッッ!!!」

 楡の枝に両手両足でしがみついたまま、ワケのわからんことを上からさけんでいるのは……今更説明するまでもないだろう、予測違わず我が妹様なのであった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

虚弱な兄と比べて蔑ろにして来たクセに、親面してももう遅い

月白ヤトヒコ
恋愛
毒親に愛されなくても、幸せになります! 「わたしの家はね、兄上を中心に回っているんだ。ああ、いや。正確に言うと、兄上を中心にしたい母が回している、という感じかな?」 虚弱な兄上と健康なわたし。 明確になにが、誰が悪かったからこうなったというワケでもないと思うけど……様々な要因が積み重なって行った結果、気付けば我が家でのわたしの優先順位というのは、そこそこ低かった。 そんなある日、家族で出掛けたピクニックで忘れられたわたしは置き去りにされてしまう。 そして留学という体で隣国の親戚に預けられたわたしに、なんやかんや紆余曲折あって、勘違いされていた大切な女の子と幸せになるまでの話。 『愛しいねえ様がいなくなったと思ったら、勝手に婚約者が決められてたんですけどっ!?』の婚約者サイドの話。彼の家庭環境の問題で、『愛しいねえ様がいなくなったと思ったら、勝手に婚約者が決められてたんですけどっ!?』よりもシリアス多め。一応そっちを読んでなくても大丈夫にする予定です。 設定はふわっと。 ※兄弟格差、毒親など、人に拠っては地雷有り。 ※ほのぼのは6話目から。シリアスはちょっと……という方は、6話目から読むのもあり。 ※勘違いとラブコメは後からやって来る。 ※タイトルは変更するかもしれません。 表紙はキャラメーカーで作成。

処理中です...