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第12章:女子から校舎裏へ呼び出されたものの、まったく喜べないんだけど(恐怖)

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「あなたたち、何をそんなに騒いでいるのかしら」

 俺と石田いしだに、冷水のような声があびせられる。

 顔をあげた石田が「ゲッ」とうめいた。失礼な反応だが、俺も内心では似たような悲鳴をあげていた。

 俺たちのかたわらで立ちどまった影におそるおそる目をやると、想像どおり奥杜おくもりかえでの姿がそこにあった。真っ黒な髪を両側でおさげに束ねて肩にかけ、制服は第一ボタンまでしめキチッと着こなしている。逆三角形を思わせるシャープな輪郭の顔にかけた眼鏡の奥から、温度の低い瞳がこちらをにらんでいた。

 クラスメイトの前に立つ時でも背筋をしゃんと伸ばし、所作にゆるみを感じさせない。外見といい立ち居振る舞いといい、「委員長」という言葉のイメージを具現化したような女子だが、実際はうちのクラスの風紀委員である。まあこの際、大した違いはないが。

「な、何だよ奥杜……今は休み時間なんだから、しゃべったって別にいいだろ?」

 石田が風紀委員に向かって言い返したが、その声は震えていた。まさに蛇ににらまれたカエルといった態である。

「ええ、別に大きな声だろうと、しゃべるのは構わないわよ。でも、」

 奥杜はおもむろに右手をのばし、石田の手からスマホを取り上げた。その画面内では、またまた勇者がキノポンの牙にかかり、この日何度目かのご臨終ゲームオーバーをむかえていた。

「な、何すんだよ! スマホは別に校則違反じゃないだろ!?」

「スマートフォン自体は違反じゃなくても、それを使って校内でゲームすることは禁止されているはずでしょ。今週はじめの朝会でも、校長が言っていたじゃない」

 奥杜はそう言いながら、スマホを持っているのとは反対の手の人差し指を、眼鏡のブリッジにあてて心持ち上げた。「くいっ」というオノマトペが浮かびあがってきそうなほど、様になった仕草である。

 たしかに生徒は授業中、休み時間を問わず、校内でスマホのゲームは(もちろん他媒体のゲームも、だが)しないようにと教師たちからは事あるごとに言われてはいる。しかしそんな話に耳を貸す者は、ほとんどいない。例外は目の前の眼鏡女子くらいだろう。

「そんなの俺だけじゃないだろ! 今だって皆やって……」

 手を振ってクラス中を示してみせた石田は、すぐに絶句した。俺も室内を見渡してみたが、スマートフォンを表に出している者は1人もいなかった。室内にいる生徒は皆、あからさまにこちらから顔をそむけている。中にはわざとらしく口笛を吹きだす男子までいた。

 先程まではたしかに、スマホをにらみながらゲームに興じたりSNSをのぞいたりしているクラスメイトも何人かいたはずだが、どうやら人のふりみて我がふりを直したらしい。彼らにとって石田は、避雷針代わりの役割を果たしたようだ。だれだって奥杜はこわい。

「は、薄情者どもめ……」

「何をブツブツ言っているの。とにかくこのスマートフォンは没収して、先生に渡しておきます。返して欲しかったら、自分で職員室へ行って弁明することね」

 普通、教師のを借りてえらぶるような生徒はクラスで軽蔑されるものだが、奥杜楓に関してはそれに当てはまらない。教師より、本人の方がよほど恐れられているからだ。いや、"敬遠されている"といった方が正しい、か?

 他のクラスの風紀委員は大抵名ばかりの存在で、校則違反を目に止めてもわざわざ注意したりはしないらしいが(まあ当然か)、奥杜は違う。クラスメイトの些細な違反――それこそ制服のボタンがひとつ外れている、というレベルのものまで――も真顔で指摘し、相手が反省の態度を見せなければ冷たい眼光をレンズ越しに光らせて、マシンガンのごとく正論をぶっ放してくる。これには普段威勢の良い男子も論破され、タジタジとなってしまう。

 おそろしく謹厳きんげん、というかお堅い性分で、噂では生徒手帳内に記されている校則を丸暗記しているとか……俺はそんなものに目をとおしたことすらないが。とにかく、そんな風紀委員につかまったらたまったものではないから、生徒は皆彼女に目をつけられないように気を配っている。結果的にクラスの風紀は改善したとも言えるが、一種の恐怖政治下にも似た秩序の到来は、正直あまり歓迎できるものではなかった。フェイデアの記憶を取り戻した今は、一層そう思う。サリス光琉メルティアも、「人類社会の"秩序"を守るため」というお題目によって追い詰められ、一度生を終えることとなったのだから。

 先程、俺が遅刻して教室に入った時に"見つかりたくないクラスメイト"に視線を向けられたと言ったが、それこそ奥杜のことである。彼女もしっかり、俺がHR直前に教室へ来たことには気づいているはずだ。奥杜は無暗に教師に告げ口をするような性格でもないが(告げ口=かっこわるいという価値観は、彼女とて俺たちと共有しているようだった)、遅刻の件となれば風紀委員としての使命感からご注進することだろう。いや、それ以前に、彼女直々の説教はある意味鬼首おにこうべの折檻よりもこわい。春先に遅刻常連だった男子生徒は、とある放課後、1時間にわたって奥杜から小言の雨をあびせられ、終わったときは燃え尽きたロウソクのようになっていたとか。後で俺も同じ目に合うのではないか、と内心1限の間ずっと頭を痛めていたのだが……

 石田避雷針への口撃を一段落させた奥杜が、俺へと視線を転じてきた。冷や汗が背中を流れる。

天代あましろくん、あなたにも話があります。昼休み、校舎裏に付き合ってちょうだい」

 ぐえ、懸念が的中してお呼び出しがかかってしまった! どうやら石田よりもきびしい処遇が待っているらしい。やはり俺もロウソクと化す運命だろうか。

「返事は?」

「……はい」

 前世で魔王と対峙したこともあるはずの俺は、風紀委員女子が放つプレッシャーに負けて情けない声を出した。

 通常なら、女子から人気ひとけのない場所へ誘われれば甘酸っぱい想像をしてしまうのが男の性というものだが、生憎と今は番長に因縁をつけられ、校舎裏へ引きずられていくような気分しか沸いてこなかった。この年まで生きてきて、本物の”番長”などという存在には、ついぞお目にかかったことがないが。

 ただ……俺に向けられる風紀委員の瞳に、憤懣ふんまんや軽蔑とは違う、探るような色が宿っているのが、少し奇妙だった。

 奥杜は俺に対して、何か疑いをいだいているのだろうか? この教室からはどうやっても例の花壇は見えないので、閃光と化して到着した現場は目撃されたはずはないのだが……

 あるいは、いかにして校門に陣取る教師たちの目をかいくぐったのか、その点をいぶかしんでいるのかもしれない。だとしたら、昼休みまでに何か適当な言い訳を考えておかなければ。

 俺の返事を聞くともう用は済んだとばかりに、奥杜はきびすを返して自分の席へ戻ろうとした。無論、石田のスマホは手に持ったままである。

「ま、待ってくだせえ、お代官さま! スマホを持っていくのは勘弁してくだせえ! それがないと勇者を動かせねえんです、勇者は相手してやらんと寂しくて死んじまうんです!」

 テンパった石田がわけわからんことをほざき始めた。いや、何で年貢を押収される農民口調? 登場3回目にして、はやくもキャラ崩壊か?

 あと、そんな軟弱なもんじゃねえよ、勇者なんてのは!

「勇者は、そんな軟弱ではないわ」

 唐突に、俺が内心思ったのと同じことを奥杜が口にしたので、心臓が飛び出しそうになった。

 反射的に風紀委員の背中へマジマジと目を向けるが、もうこちらを振り返ることもなく、歩いていってしまう。

「……奥杜も実は、『魔滅まめつ』のファンなのかな」

 風紀委員の一言は石田にとっても意外なものだったのだろう、先刻までの悲嘆も吹き飛んだように、狐につままれた顔をしている。

「いや、さすがにそれはないと思うぞ」

 だが、別のアニメかゲームか何かに出てくる架空の勇者のファン、ということは十分あり得るかもしれない。今の世の中、"勇者"はあらゆるコンテンツの中に散在している、お約束のようなものだ。

 ”堅物”の代名詞ともいうべき奥杜楓がそういったことに興味を示すのだとしたら、意外な感はあるが。
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