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第11章:”勇者”を無下にあつかう奴は、俺が許さない(義憤)①
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1限目終了のチャイムが鳴り、英語教師が教室から出ていくと、俺は机の上に突っ伏した。
心身ともに疲弊がひどい。午前中もまだはやい時間だというのに、もう風呂に入ってベッドにもぐりたい、という、若さとは無縁の思考が脳裏をよぎってしまう……
「よお、朝からくたばってんな」
そう声をかけてくる男子があった。顔を上げると、机の横に石田時生が立っていた。無駄に長い前髪が、わずかに目元にかかっている。中等部時代からの腐れ縁で、現クラスでは俺がもっともよく口をきく相手である。
「今朝はどうしたんだ? チャイムが鳴っても来ないと思ったら、ずい分遅れて、しかも泥だらけで入ってきたじゃないか」
例の花壇で光琉と別れた後、幸運にも誰の目にもとまることなく、教室までたどり着くことができた。朝のホームルームにもぎりぎりで間に合った。
始業ベルが鳴っても、担任が顔を出すまでは教室はざわついているものだ。そのざわめきにまぎれて目立たず入室できればと思っていたのにだが、事態はそこまで都合よく推移せず、石田には気づかれてしまったようだった。
他にも、俺が教室後方のドアをくぐった時、視線を向けてきたクラスメイトは何人かいた。途中トイレに寄って花壇で顔や服にあびた土は極力ふいてきたのだが、石田に指摘されたとおり完全に落とし切れたわけではないので、さぞ眼をひいたことだろう。
中にはできれば見つかりたくないクラスメイトの視線も向けられていたので、「しまった……」と内心でうめいたのだが、俺が席について間もなく担任があらわれ、ホームルームをこなすとすぐさま入れ替わりで英語教師がやってきて1限目になだれ込んだので、深くなやむ暇もなかった。
「遅刻した、にしては鬼首にしごかれた様子はないな。今朝も校門前に陣取っていたろ?」
「まあ、ちょっとな……」
俺は言葉を濁した。まさか「転移魔法で直接校内に入りました」と、正直に言うわけにはいかない。信じてもらえないだけならまだしも、下手したら病院へ行くことを勧められてしまう。
さいわい、石田はそれ以上追求してこなかった。
「何にせよ、お前が無事でよかったよ。姿が見えなくて心配していたんだぜ?」
吐息まじりでそう言いながら、長い前髪を右手でかき上げ、眼を細めてみせる。ひと昔前のビジュアル系バンドがよくやってそうな(偏見)動作だ。俺を心配してくれた、というのは本心なのだろうが……ごめん、ウザい。我が妹様とは、また違った趣のうっとうしさである。
大仰でナルシスティックな言動は、中学時代からの石田時生のくせだ。そのおかげで、当時も今も女子に敬遠されている。決して顔立ちが悪い方ではないのだが、ビジュアル系仕草が似合うほど良くもないので、チグハグで暑苦しいのだ(一部の女子からは「きもーい」という非情な声もあがっている……こわいね!)。それさえなければ普通にモテそうなのに、勿体ないというか、気の毒というか。
俺の内心など気にする素ぶりもなく、石田は当然のように俺の前の席に腰をおろした。本人の席ではないが、本来の主であるクラスメイトは今どこかへ行って空いていたので、無断借用したのである。そして隣の机との間の通路側を向くと、足を組んで俺の机で頬杖をつき、片手でスマートフォンをいじり始めた。どうやらゲームアプリを起動したらしい。
レトロゲー専門の俺は最近のゲーム事情に関してはとんと疎いのだが、石田はソシャゲも最新機種も好んでプレイする。1つのゲームやシリーズにこだわる様子はなく、流行りものを手当たり次第に遊んでみる、いわばミーハーゲーマーである。間違っても趣味が合うとは言いがたいが、それでもこいつとの腐れ縁も結構続いているのだから、妙なものだ。
「今日は、何をやってるんだ?」
黙ってゲームに没頭しはじめた石田に、俺は義理で声をかけた。そもそも、1人で画面に集中し出すくらいなら、何のために俺の前の席に腰を降ろしたんだか。
「まあ、◯ーファミで止まっているお前に言っても、"届かぬさけび"だろうけど」
ぶん殴るぞ、似非ビジュアル系。
「これは今、ネット上で大流行しているゲームなんだ。剣を振るう勇者を操作してモンスターを倒していく、アクションRPGなんだけどな」
説明されて、内心ギクリとした。散々手垢のついた設定と言ってしまえばそれまでだが、思い出したばかりの前世と重なるようなシチュエーションを直に聞いてしまうと、やはり無関心ではいられない。
「……ほう、ちなみにタイトルは?」
「『魔滅の刃』」
「アウトじゃねーか」
流行に便乗するにしても、もうすこし取りつくろい様があるだろうが! ”刃”にカタカナでルビを振っているのがまた、「こうしておけば言い逃れできるだろ♪」という供給側の底の浅い姑息さが透けてみえて、余計イラっとさせられる。
というか、作者もいまだに『○滅の刃』よく知らないんだから、無理にこの小説中にエッセンスをねじ込もうとするなよ。ただでさえリアルで酷似したゲームが騒動になってて、際どいネタなんだからさあ……
「まあタイトルだけはちょっとあれかもしれないけど、中身は中々にやり応えのある神ゲーだよ、この魔滅は」
すでに若干(いや、かなり)引いている俺に向かって、石田が”魔滅”を擁護すべく熱弁をふるってきた。いいのか、その略称?
「一番の売りは、なんと言ってもリアリティを追求しているところだね」
「リアリティねえ……」
熱のない相づちを聞き流して、石田が俺の方に身体を寄せてくる。どうやらスマホのプレイ画面を見ろ、という意思表示らしい。肩と肩が密着した形になるが、この作中世界では某ウイルスが蔓延していない設定だからこそ可能な態様である。読者の皆さんはこのご時世、くれぐれも距離感には気をつけていただきたい、と念のため付け加えておこう。内容はいい加減でも配慮は欠かさないこの小説を、今後ともよろしくお願いします、はい。
話を戻して。石田がこちらに突き出したスマホ画面の中には、3Dグラフィックで再現された平原のフィールドマップが広がっていた。画面手前の中央には、やや低頭身にデフォルメされた人物が、手に剣を下げながら後ろ向きで立っている。これがプレイヤーが操作する"勇者"なのだろう。
どうやら、オーソドックスな3Dアクションものらしい。主人公の装いも洋風だ。例の問題になったゲームはたしか2Dアクションで和物だったから、その点では重なってないから大丈夫だな、やれやれ……って、なんで俺がそんな点まで気を使わなきゃいかんのだ?
画面中に広がる3Dグラフィックは、かなり美麗だった。平原各所に散在する岩や木には本物と見紛うばかりの質感があり、画面上部の空は眼にやさしい柔らかな明るさを発している。"勇者"の輪郭もなめらかで、3Dモデルの不自然さはほとんど感じられなかった。
なるほど、たしかにこのグラフィックなら、”リアリティを追求した”と言われても納得できてしまう。普段16ビットの世界にひたっているから余計そう感じるのかもしれないが、タイトルを聞いた時の嫌な予感は、ほとんど払拭されかけていた。この時点では。
「ここはまだスタート地点の城下町を出てすぐの平原マップでな、敵も一番弱いのが出てくる」
石田がそう説明する間にも、画面の中でキノコをデフォルメしたようなモンスターが勇者に近づいてきた。眼がクリクリしていて愛嬌がある。子供に人気が出そうだ。
「キノコ型モンスター、"キノポン"だ」
やはりネーミングセンスは、期待しない方がいいらしい。
石田が指をすべらせ、敵を迎撃する。勇者が剣を振り上げ、キノポンに斬りかかった。派手なダメージエフェクトが発生する。石田は攻撃ボタンを連打し、次々と斬撃をヒットさせていくが……キノポンは一向に倒れない。よく見ると、モンスターの頭の上に表示されている敵ライフゲージも、ほとんど減っていない。
心身ともに疲弊がひどい。午前中もまだはやい時間だというのに、もう風呂に入ってベッドにもぐりたい、という、若さとは無縁の思考が脳裏をよぎってしまう……
「よお、朝からくたばってんな」
そう声をかけてくる男子があった。顔を上げると、机の横に石田時生が立っていた。無駄に長い前髪が、わずかに目元にかかっている。中等部時代からの腐れ縁で、現クラスでは俺がもっともよく口をきく相手である。
「今朝はどうしたんだ? チャイムが鳴っても来ないと思ったら、ずい分遅れて、しかも泥だらけで入ってきたじゃないか」
例の花壇で光琉と別れた後、幸運にも誰の目にもとまることなく、教室までたどり着くことができた。朝のホームルームにもぎりぎりで間に合った。
始業ベルが鳴っても、担任が顔を出すまでは教室はざわついているものだ。そのざわめきにまぎれて目立たず入室できればと思っていたのにだが、事態はそこまで都合よく推移せず、石田には気づかれてしまったようだった。
他にも、俺が教室後方のドアをくぐった時、視線を向けてきたクラスメイトは何人かいた。途中トイレに寄って花壇で顔や服にあびた土は極力ふいてきたのだが、石田に指摘されたとおり完全に落とし切れたわけではないので、さぞ眼をひいたことだろう。
中にはできれば見つかりたくないクラスメイトの視線も向けられていたので、「しまった……」と内心でうめいたのだが、俺が席について間もなく担任があらわれ、ホームルームをこなすとすぐさま入れ替わりで英語教師がやってきて1限目になだれ込んだので、深くなやむ暇もなかった。
「遅刻した、にしては鬼首にしごかれた様子はないな。今朝も校門前に陣取っていたろ?」
「まあ、ちょっとな……」
俺は言葉を濁した。まさか「転移魔法で直接校内に入りました」と、正直に言うわけにはいかない。信じてもらえないだけならまだしも、下手したら病院へ行くことを勧められてしまう。
さいわい、石田はそれ以上追求してこなかった。
「何にせよ、お前が無事でよかったよ。姿が見えなくて心配していたんだぜ?」
吐息まじりでそう言いながら、長い前髪を右手でかき上げ、眼を細めてみせる。ひと昔前のビジュアル系バンドがよくやってそうな(偏見)動作だ。俺を心配してくれた、というのは本心なのだろうが……ごめん、ウザい。我が妹様とは、また違った趣のうっとうしさである。
大仰でナルシスティックな言動は、中学時代からの石田時生のくせだ。そのおかげで、当時も今も女子に敬遠されている。決して顔立ちが悪い方ではないのだが、ビジュアル系仕草が似合うほど良くもないので、チグハグで暑苦しいのだ(一部の女子からは「きもーい」という非情な声もあがっている……こわいね!)。それさえなければ普通にモテそうなのに、勿体ないというか、気の毒というか。
俺の内心など気にする素ぶりもなく、石田は当然のように俺の前の席に腰をおろした。本人の席ではないが、本来の主であるクラスメイトは今どこかへ行って空いていたので、無断借用したのである。そして隣の机との間の通路側を向くと、足を組んで俺の机で頬杖をつき、片手でスマートフォンをいじり始めた。どうやらゲームアプリを起動したらしい。
レトロゲー専門の俺は最近のゲーム事情に関してはとんと疎いのだが、石田はソシャゲも最新機種も好んでプレイする。1つのゲームやシリーズにこだわる様子はなく、流行りものを手当たり次第に遊んでみる、いわばミーハーゲーマーである。間違っても趣味が合うとは言いがたいが、それでもこいつとの腐れ縁も結構続いているのだから、妙なものだ。
「今日は、何をやってるんだ?」
黙ってゲームに没頭しはじめた石田に、俺は義理で声をかけた。そもそも、1人で画面に集中し出すくらいなら、何のために俺の前の席に腰を降ろしたんだか。
「まあ、◯ーファミで止まっているお前に言っても、"届かぬさけび"だろうけど」
ぶん殴るぞ、似非ビジュアル系。
「これは今、ネット上で大流行しているゲームなんだ。剣を振るう勇者を操作してモンスターを倒していく、アクションRPGなんだけどな」
説明されて、内心ギクリとした。散々手垢のついた設定と言ってしまえばそれまでだが、思い出したばかりの前世と重なるようなシチュエーションを直に聞いてしまうと、やはり無関心ではいられない。
「……ほう、ちなみにタイトルは?」
「『魔滅の刃』」
「アウトじゃねーか」
流行に便乗するにしても、もうすこし取りつくろい様があるだろうが! ”刃”にカタカナでルビを振っているのがまた、「こうしておけば言い逃れできるだろ♪」という供給側の底の浅い姑息さが透けてみえて、余計イラっとさせられる。
というか、作者もいまだに『○滅の刃』よく知らないんだから、無理にこの小説中にエッセンスをねじ込もうとするなよ。ただでさえリアルで酷似したゲームが騒動になってて、際どいネタなんだからさあ……
「まあタイトルだけはちょっとあれかもしれないけど、中身は中々にやり応えのある神ゲーだよ、この魔滅は」
すでに若干(いや、かなり)引いている俺に向かって、石田が”魔滅”を擁護すべく熱弁をふるってきた。いいのか、その略称?
「一番の売りは、なんと言ってもリアリティを追求しているところだね」
「リアリティねえ……」
熱のない相づちを聞き流して、石田が俺の方に身体を寄せてくる。どうやらスマホのプレイ画面を見ろ、という意思表示らしい。肩と肩が密着した形になるが、この作中世界では某ウイルスが蔓延していない設定だからこそ可能な態様である。読者の皆さんはこのご時世、くれぐれも距離感には気をつけていただきたい、と念のため付け加えておこう。内容はいい加減でも配慮は欠かさないこの小説を、今後ともよろしくお願いします、はい。
話を戻して。石田がこちらに突き出したスマホ画面の中には、3Dグラフィックで再現された平原のフィールドマップが広がっていた。画面手前の中央には、やや低頭身にデフォルメされた人物が、手に剣を下げながら後ろ向きで立っている。これがプレイヤーが操作する"勇者"なのだろう。
どうやら、オーソドックスな3Dアクションものらしい。主人公の装いも洋風だ。例の問題になったゲームはたしか2Dアクションで和物だったから、その点では重なってないから大丈夫だな、やれやれ……って、なんで俺がそんな点まで気を使わなきゃいかんのだ?
画面中に広がる3Dグラフィックは、かなり美麗だった。平原各所に散在する岩や木には本物と見紛うばかりの質感があり、画面上部の空は眼にやさしい柔らかな明るさを発している。"勇者"の輪郭もなめらかで、3Dモデルの不自然さはほとんど感じられなかった。
なるほど、たしかにこのグラフィックなら、”リアリティを追求した”と言われても納得できてしまう。普段16ビットの世界にひたっているから余計そう感じるのかもしれないが、タイトルを聞いた時の嫌な予感は、ほとんど払拭されかけていた。この時点では。
「ここはまだスタート地点の城下町を出てすぐの平原マップでな、敵も一番弱いのが出てくる」
石田がそう説明する間にも、画面の中でキノコをデフォルメしたようなモンスターが勇者に近づいてきた。眼がクリクリしていて愛嬌がある。子供に人気が出そうだ。
「キノコ型モンスター、"キノポン"だ」
やはりネーミングセンスは、期待しない方がいいらしい。
石田が指をすべらせ、敵を迎撃する。勇者が剣を振り上げ、キノポンに斬りかかった。派手なダメージエフェクトが発生する。石田は攻撃ボタンを連打し、次々と斬撃をヒットさせていくが……キノポンは一向に倒れない。よく見ると、モンスターの頭の上に表示されている敵ライフゲージも、ほとんど減っていない。
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