上 下
18 / 94

第11章:”勇者”を無下にあつかう奴は、俺が許さない(義憤)①

しおりを挟む
 1限目終了のチャイムが鳴り、英語教師が教室から出ていくと、俺は机の上に突っ伏した。

 心身ともに疲弊がひどい。午前中もまだはやい時間だというのに、もう風呂に入ってベッドにもぐりたい、という、若さとは無縁の思考が脳裏をよぎってしまう……

「よお、朝からくたばってんな」

 そう声をかけてくる男子があった。顔を上げると、机の横に石田いしだ時生ときおが立っていた。無駄に長い前髪が、わずかに目元にかかっている。中等部時代からの腐れ縁で、現クラスでは俺がもっともよく口をきく相手である。

「今朝はどうしたんだ? チャイムが鳴っても来ないと思ったら、ずい分遅れて、しかも泥だらけで入ってきたじゃないか」

 例の花壇で光琉ひかると別れた後、幸運にも誰の目にもとまることなく、教室までたどり着くことができた。朝のホームルームにもぎりぎりで間に合った。

 始業ベルが鳴っても、担任が顔を出すまでは教室はざわついているものだ。そのざわめきにまぎれて目立たず入室できればと思っていたのにだが、事態はそこまで都合よく推移せず、石田には気づかれてしまったようだった。

 他にも、俺が教室後方のドアをくぐった時、視線を向けてきたクラスメイトは何人かいた。途中トイレに寄って花壇で顔や服にあびた土は極力ふいてきたのだが、石田に指摘されたとおり完全に落とし切れたわけではないので、さぞ眼をひいたことだろう。

 中にはできれば見つかりたくないクラスメイトの視線も向けられていたので、「しまった……」と内心でうめいたのだが、俺が席について間もなく担任があらわれ、ホームルームをこなすとすぐさま入れ替わりで英語教師がやってきて1限目になだれ込んだので、深くなやむ暇もなかった。

「遅刻した、にしては鬼首おにこうべにしごかれた様子はないな。今朝も校門前に陣取っていたろ?」

「まあ、ちょっとな……」

 俺は言葉を濁した。まさか「転移魔法で直接校内に入りました」と、正直に言うわけにはいかない。信じてもらえないだけならまだしも、下手したら病院へ行くことを勧められてしまう。

 さいわい、石田はそれ以上追求してこなかった。

「何にせよ、お前が無事でよかったよ。姿が見えなくて心配していたんだぜ?」

 吐息まじりでそう言いながら、長い前髪を右手でかき上げ、眼を細めてみせる。ひと昔前のビジュアル系バンドがよくやってそうな(偏見)動作だ。俺を心配してくれた、というのは本心なのだろうが……ごめん、ウザい。我が妹様とは、また違った趣のうっとうしさである。

 大仰でナルシスティックな言動は、中学時代からの石田時生のくせだ。そのおかげで、当時も今も女子に敬遠されている。決して顔立ちが悪い方ではないのだが、ビジュアル系仕草が似合うほど良くもないので、チグハグで暑苦しいのだ(一部の女子からは「きもーい」という非情な声もあがっている……こわいね!)。それさえなければ普通にモテそうなのに、勿体ないというか、気の毒というか。

 俺の内心など気にする素ぶりもなく、石田は当然のように俺の前の席に腰をおろした。本人の席ではないが、本来の主であるクラスメイトは今どこかへ行って空いていたので、無断借用したのである。そして隣の机との間の通路側を向くと、足を組んで俺の机で頬杖をつき、片手でスマートフォンをいじり始めた。どうやらゲームアプリを起動したらしい。

 レトロゲー専門の俺は最近のゲーム事情に関してはとんとうといのだが、石田はソシャゲも最新機種も好んでプレイする。1つのゲームやシリーズにこだわる様子はなく、流行りものを手当たり次第に遊んでみる、いわばミーハーゲーマーである。間違っても趣味が合うとは言いがたいが、それでもこいつとの腐れ縁も結構続いているのだから、妙なものだ。

「今日は、何をやってるんだ?」

 黙ってゲームに没頭しはじめた石田に、俺は義理で声をかけた。そもそも、1人で画面に集中し出すくらいなら、何のために俺の前の席に腰を降ろしたんだか。

「まあ、◯ーファミで止まっているお前に言っても、"届かぬさけび"だろうけど」

 ぶん殴るぞ、似非えせビジュアル系。

「これは今、ネット上で大流行しているゲームなんだ。剣を振るう勇者を操作してモンスターを倒していく、アクションRPGなんだけどな」

 説明されて、内心ギクリとした。散々手垢のついた設定と言ってしまえばそれまでだが、思い出したばかりの前世と重なるようなシチュエーションを直に聞いてしまうと、やはり無関心ではいられない。

「……ほう、ちなみにタイトルは?」

「『魔滅のブレード』」

「アウトじゃねーか」

 流行に便乗するにしても、もうすこし取りつくろい様があるだろうが! ”刃”にカタカナでルビを振っているのがまた、「こうしておけば言い逃れできるだろ♪」という供給側の底の浅い姑息こそくさが透けてみえて、余計イラっとさせられる。

 というか、作者もいまだに『○滅の刃』よく知らないんだから、無理にこの小説中にエッセンスをねじ込もうとするなよ。ただでさえリアルで酷似したゲームが騒動になってて、際どいネタなんだからさあ……

「まあタイトルだけはちょっとあれかもしれないけど、中身は中々にやり応えのある神ゲーだよ、この魔滅まめつは」

 すでに若干(いや、かなり)引いている俺に向かって、石田が”魔滅”を擁護すべく熱弁をふるってきた。いいのか、その略称?

「一番の売りは、なんと言ってもリアリティを追求しているところだね」

「リアリティねえ……」

 熱のない相づちを聞き流して、石田が俺の方に身体を寄せてくる。どうやらスマホのプレイ画面を見ろ、という意思表示らしい。肩と肩が密着した形になるが、この作中世界では某ウイルスが蔓延まんえんしていない設定だからこそ可能な態様である。読者の皆さんはこのご時世、くれぐれも距離感には気をつけていただきたい、と念のため付け加えておこう。内容はいい加減でも配慮は欠かさないこの小説を、今後ともよろしくお願いします、はい。

 話を戻して。石田がこちらに突き出したスマホ画面の中には、3Dグラフィックで再現された平原のフィールドマップが広がっていた。画面手前の中央には、やや低頭身にデフォルメされた人物が、手に剣を下げながら後ろ向きで立っている。これがプレイヤーが操作する"勇者"なのだろう。

 どうやら、オーソドックスな3Dアクションものらしい。主人公の装いも洋風だ。例の問題になったゲームはたしか2Dアクションで和物だったから、その点では重なってないから大丈夫だな、やれやれ……って、なんで俺がそんな点まで気を使わなきゃいかんのだ?

 画面中に広がる3Dグラフィックは、かなり美麗だった。平原各所に散在する岩や木には本物と見紛うばかりの質感があり、画面上部の空は眼にやさしい柔らかな明るさを発している。"勇者"の輪郭もなめらかで、3Dモデルの不自然さはほとんど感じられなかった。

 なるほど、たしかにこのグラフィックなら、”リアリティを追求した”と言われても納得できてしまう。普段16ビットの世界にひたっているから余計そう感じるのかもしれないが、タイトルを聞いた時の嫌な予感は、ほとんど払拭されかけていた。この時点では。

「ここはまだスタート地点の城下町を出てすぐの平原マップでな、敵も一番弱いのが出てくる」

 石田がそう説明する間にも、画面の中でキノコをデフォルメしたようなモンスターが勇者に近づいてきた。眼がクリクリしていて愛嬌がある。子供に人気が出そうだ。

「キノコ型モンスター、"キノポン"だ」

 やはりネーミングセンスは、期待しない方がいいらしい。

 石田が指をすべらせ、敵を迎撃する。勇者が剣を振り上げ、キノポンに斬りかかった。派手なダメージエフェクトが発生する。石田は攻撃ボタンを連打し、次々と斬撃をヒットさせていくが……キノポンは一向に倒れない。よく見ると、モンスターの頭の上に表示されている敵ライフゲージも、ほとんど減っていない。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

虚弱な兄と比べて蔑ろにして来たクセに、親面してももう遅い

月白ヤトヒコ
恋愛
毒親に愛されなくても、幸せになります! 「わたしの家はね、兄上を中心に回っているんだ。ああ、いや。正確に言うと、兄上を中心にしたい母が回している、という感じかな?」 虚弱な兄上と健康なわたし。 明確になにが、誰が悪かったからこうなったというワケでもないと思うけど……様々な要因が積み重なって行った結果、気付けば我が家でのわたしの優先順位というのは、そこそこ低かった。 そんなある日、家族で出掛けたピクニックで忘れられたわたしは置き去りにされてしまう。 そして留学という体で隣国の親戚に預けられたわたしに、なんやかんや紆余曲折あって、勘違いされていた大切な女の子と幸せになるまでの話。 『愛しいねえ様がいなくなったと思ったら、勝手に婚約者が決められてたんですけどっ!?』の婚約者サイドの話。彼の家庭環境の問題で、『愛しいねえ様がいなくなったと思ったら、勝手に婚約者が決められてたんですけどっ!?』よりもシリアス多め。一応そっちを読んでなくても大丈夫にする予定です。 設定はふわっと。 ※兄弟格差、毒親など、人に拠っては地雷有り。 ※ほのぼのは6話目から。シリアスはちょっと……という方は、6話目から読むのもあり。 ※勘違いとラブコメは後からやって来る。 ※タイトルは変更するかもしれません。 表紙はキャラメーカーで作成。

処理中です...