上 下
16 / 94

第9章:……やっぱもうちょい大人しくしてくんねえかなあ(変節)

しおりを挟む
 一瞬、「俺はいつの間にマリー・セレスト号に迷いこんだんだっけ?」とか考えてしまった。信じがたい光景が目の前に広がっているという点においては、怪奇譚かいきたんと大差ない事態である。

「さ、時間ないからはやく食べちゃったね! ミルクあっためたけど、コーヒーとどっちにする?」

「じゃあせっかくだから、今日はミルクを……って、待てやコラ!」

 さも当然のように問いかけてくる光琉アホの子に、思わずノリツッコミでかえす。というか、一応"時間がない"という認識はあるんだな……ありつつ朝食の支度したくを済ませてしまったのなら、そっちの方が問題な気もするが。

「なに気合い入れて朝飯の準備しちゃってるの!? TPOをわきまえろ、あと時計をみろ! この時間からのんびりミルクをすすってたら、間違いなく遅刻しちゃうだろッ!!」

 すでに朝食をスルーしても間違いなく遅刻する段階である、という事実は、この際黙殺しておく。

「大丈夫、わかってるって。にいちゃん、朝からそんなツッコミ全開だとつかれちゃうよ? まずは落ち着こーよ」

 光琉ひかるは不敵な笑みを浮かべながら、湯気をあげる鍋をキッチンから手に持ってくると、俺の前のカップに、中のホットミルクを直接そそぎ入れた。

 今の状況であわてる素振りさえ見せない妹に、俺はめんくらった。なんだ、この無断で◯京院の魂をかけてしまいそうなほど、余裕に満ちた態度は?

 あるいは、「遅刻したって別にいいや」と開き直っているのだろうか。

 俺のクラスにもしょっちゅう遅れて登校してくる常習犯のような生徒がひとりふたりいて、そいつらは教師にしかられようが風紀委員に小言をあびせられようが、どこ吹く風といった顔をして一向に反省する気配もない。そのタフさは見習うべきところもあると思わないでもないが、保護者代理としては、妹がそこまでやさぐれてしまうのを黙って見過ごすわけにはいかんぞ?

「よーするに、始業チャイムに間に合わなくても、ホームルームまでに教室に入っちゃえばいいわけでしょ?」

「その認識もどうかと思うが……第一、今は教師陣が校門前に張りついているんだから、チャイムに遅れたらごまかしはきかんぞ。それは中等部も同じだろ」

 ”遅刻予防強化月間”は高等部に限らず、学園全体でおこなわれているキャンペーンなのだ。

「ふっふっふ……にいちゃん、このあたしを誰だとおもってるわけ?」

 光琉は腰に手を当て、上体をらし、三次元的存在感のうすい胸を突き出してきた。どうやらつもりのようである。

「……猿女?」

「今度こそ両眼ともつぶされたいの!? あと"猿"を引っ張りすぎ!!」

 そこは作者の語彙ごいが貧困なせいなので、勘弁してもらおう。

「あたしは聖女でしょ、せ・い・じょ! エウレネ様と同じ光魔法を使える唯一の人間、光の聖女様とはあたしのことよ! 前世のメルティアはあっちの世界でと~~~~~っても貴重な存在だったんだから、にいちゃんだってもう少しあたしをテーチョーにあつかうべきじゃない? 何ならおがんでくれてもいいわよ、エッヘン!」

 俺の知ってる光の聖女はそんなこと言わない! 「エッヘン」とか、メルティアは死んでも言わない!……いや、死んで生まれ変わったから、こんな性格になってしまったのか?

 それにしても、ついさっき意気消沈していたのが嘘のように、すっかりいつも通りのやかましい妹にもどっている。結構なことなのだが……こうなると、しおらしくいかにも"聖女"然としていた光琉の姿が、はやくも懐かしく思えてくる。俺はわがままだろうか?

「そしてあ・た・しが使える(強調)光魔法の中には、瞬間移動の魔法もあるんだよ! にいちゃんも知ってるでしょ?」

 言われると、心当たりがあった。前世の記憶を手繰たぐってみる。

 光魔法"瞬燐しゅんりん"。

 術者と術者に触れた数名を光の粒子に変え、瞬時に目的地へとはこぶ転移魔法。前世でも魔王討伐の旅やメルティアと2人での逃避行の間、幾度となく世話になった魔法だ。

「あの魔法で、この家から学校の中まで飛んでしまおうってことか?」

 たしかに瞬燐を使えば、一瞬で、しかも校門に陣取る教師たちに気づかれることなく、学園の敷地内へ行けるだろう。

 ……というか、さっきの"慈光じこう"といい、前世の記憶がもどったばかりでもう光魔法を自在にあつかえるのか、こいつ? 一方で俺は、今朝以来特に筋力や瞬発力が増した実感はないし、魔法に関してはそもそも前世のサリスからして使えなかった。変化といえば魔覚を取り戻して、幽霊が見えるようになったくらいである(まったくうれしくない!)。チート能力がよみがえった妹と比べると、どうしても不公平を感じてしまうなあ。

「そ、だからあたしは、全然遅刻を心配する必要なんてないの。あたしは、ね?」

 パジャマ姿で椅子に座りながら、腕を組んでふんぞりかえってやがる。ウゼえ。

「……まさか、自分は転移魔法でさっさと行ってしまって、俺だけあるいて登校しろってのか?」

「だってえ、唯で送ってあげたんじゃあ、あたしにがないじゃないですかあ~?」

 ちゃんと「メリット」の意味わかって使ってんだろうな。シャンプーじゃねえぞ?

「にいちゃんも一緒に転送して欲しいなら、こっちの条件をのんでもらわないとね!」

「条件?」

 光琉はますます首を反りかえらせて、唇を片方だけゆがめながら、俺を見くだそうとしてくる。本人は不敵さを演出しているつもりだろうが、お前の身長じゃ俺を見おろすの、どうやってもむずかしいからね? 現にすでにふんぞり返りすぎて、そろそろ椅子ごと後ろにたおれそうになっている。あと疲れてきたのか、首のあたりがぷるぷる震えてんじゃねえか!

「そ、条件。さっきはできなかったけど、今度こそあたしとキスをしてもら」

「よし、腹をくくった。いさぎよく遅刻して折檻せっかんをうけるか」

「いさぎよすぎじゃないっ!?」

 光琉がふんぞり返っていた状態から一転、のような勢いで俺の方に身を乗り出してきた。うん、交渉事にまるで向いてないわ、こいつ。

「なんでそんな簡単にあきらめちゃうの!? もう少しねばって、寝過ごしメイドしてよ!!」

「"ネゴシエイト"な。メイドさんが寝過ごしてどうする」

「キスなんて唇と唇をくっつけるだけだよ、それで遅刻をしなくて済むなら安いものじゃない!!」

「だからそういう考え方はやめろ! お前はもう少し貞操観念てーそーかんねんを持て!!」

 こいつ、将来彼氏とかできたら、簡単に一線越えを許しそうでこわいなあ。

 ……光琉の彼氏か……想像しただけでムカつくな、なんか。まあ俺の目の黒いうちは、他所よその男が妹に不埒ふらちな真似をするなんぞ断じて許さんけどな。兄の責務として!!

「……にいちゃん、顔こわい。どうしたの?」

「何でもない、前世の古傷ふるきずうずいただけだ」

「前世の古傷、今生こんじょうに残ってないと思うけど……」

 ですよねー。言い訳に使ってすまん、サリス。

「とにかく、その条件はのめん! 俺を置いていくなり何なり、勝手にしろ」

 光琉のためにも、そこをゆずるわけにはいかない。こっちは鋼鉄の意志で己を律しているのだ、グラつかせにくるんじゃあない。

「もう、頑固なんだから……わかったわよ、ジョーホしてあげる」

 あくまで上から目線で交渉を継続しようとする妹様は、右手の人差し指を一本立てると、こちらへ向けて突き出してきた。

「デート1回! 今日学校が終わったら、近くでいいから一緒に遊びに行こうよ。それならいいでしょ?」

 今度は俺は即答しなかった。光琉の提案に、一考の余地を感じたからである。

「デート」と呼んでしまうと引っかかりをおぼえるが、たしかに妹と出かけるなんてことは普段からやっていることである。いや、近頃は友人や家族と一緒に遊ぶことも軽い気持ちで「デート」と呼ぶ風習もあるようだし、そんなに固く考える必要もないか? もちろん遅刻して折檻を受けるなんて事態は、極力避けるに越したことはないわけだし。

 ……念のために言っておくけど、別に「光琉とデートをする」ということ自体に魅力を感じているわけじゃないからな? 決して!

「……わかったよ、その条件ならのもう。今日の放課後、お前と遊びに行ってやるよ」

「やた!」

 俺がこたえ終わるよりもはやく、光琉が奇声を発して飛び上がった。パジャマ姿のまま、2度3度とぴょんぴょん跳ねる。ウサギか、おのれは。

「にいちゃんとデートだ! 初デートだ! きゃほぅ!!」

「デートって言うな、単に一緒に出かけるだけなんだから。大体そんなの、今までも腐るほどやってきただろ。特に深い意味は」

「デート、デート、初デート!2人のメモリアル記念日(意味重複)よ、日記につけておこっと」

「つけんでいい、んなもん!!」

 俺がいくら言ってももはや聞く耳を持たず、はしゃぎ続けている。というか、日記なんかつけてたのか? 普段超がつくほどズボラなくせに。

「さ、そうと決まったら早く朝ご飯食べちゃおうよ! 始業チャイムにはもう間に合わないとして、ホームルームまでだってそんなに時間があるわけじゃないんだからね」

 フリーダムすぎる元聖女は突然飛び跳ねるのをやめると、席についてさっさと食事をはじめやがった。誰のせいで無駄な時間を消費したと思ってんだ! とツッコむ間も惜しい。たしかに時間は差し迫っているのだ。

 俺は自らも椅子に腰を落ち着かせ、ぬるくなりかけたカップ内のミルクをすすった。こうなったらもう光琉の"瞬燐"だけが頼りなのだ、こちらもペースを合わせるしかない。

 それに、やはり朝食は、なるべくなら摂っておいた方がいいだろう。成長期の身体をかかえる身としては、空腹のまま学校へ行き昼まで耐えるなどというのは、想像するだにゾッとしない話だった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

虚弱な兄と比べて蔑ろにして来たクセに、親面してももう遅い

月白ヤトヒコ
恋愛
毒親に愛されなくても、幸せになります! 「わたしの家はね、兄上を中心に回っているんだ。ああ、いや。正確に言うと、兄上を中心にしたい母が回している、という感じかな?」 虚弱な兄上と健康なわたし。 明確になにが、誰が悪かったからこうなったというワケでもないと思うけど……様々な要因が積み重なって行った結果、気付けば我が家でのわたしの優先順位というのは、そこそこ低かった。 そんなある日、家族で出掛けたピクニックで忘れられたわたしは置き去りにされてしまう。 そして留学という体で隣国の親戚に預けられたわたしに、なんやかんや紆余曲折あって、勘違いされていた大切な女の子と幸せになるまでの話。 『愛しいねえ様がいなくなったと思ったら、勝手に婚約者が決められてたんですけどっ!?』の婚約者サイドの話。彼の家庭環境の問題で、『愛しいねえ様がいなくなったと思ったら、勝手に婚約者が決められてたんですけどっ!?』よりもシリアス多め。一応そっちを読んでなくても大丈夫にする予定です。 設定はふわっと。 ※兄弟格差、毒親など、人に拠っては地雷有り。 ※ほのぼのは6話目から。シリアスはちょっと……という方は、6話目から読むのもあり。 ※勘違いとラブコメは後からやって来る。 ※タイトルは変更するかもしれません。 表紙はキャラメーカーで作成。

処理中です...