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第6章:幽霊なんかこわくない!……今それどころじゃねーんだよ(切実)
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感情が激したあまり、光琉は無意識のうちに光魔法を発動させてしまったようだ。当然、まったく制御できていない。いわば魔力が暴走している状態なのだろう。
というか、前世の記憶と一緒に魔力まで戻っているのかよ!! 予想だにしなかった事態に、俺は瞬間思考停止におちいった。
「うわあああああああああああああああああああああああああんんんんんッッッ!!!」
なおも光琉の泣き声は高まり続け、それに比例するようにほとばしり続ける白光の輝きも威力も増していくようだった。
前世の最期の記憶にある、エルナートがサリスに放ってきた"輝玉"は、体内の魔力を掌に凝縮させるだけの魔法だった。ゆえに練り上げられた光球は、人の魔力本来の色である青白い輝きを帯びていた。
今、光琉が放っている光は、まったく性質を異にする代物だ。混じり気のない純白。フェイデアの自然界にあまねく散在し、生命をはぐくみ魔をしりぞける聖なる輝き。神の所有物であり、人の身では”光の聖女”のみが用いることを許された始原の灯。
そんな激レアな神光が、地球の一高校生の部屋の中で高密度の暴流となり、目的もなく荒れ狂っているのだ。なんという無駄遣い。
「……光琉!」
とにかく、妹を落ち着かせなければ。このまま放っておいては、室内が瓦礫と化しかねない!
俺は自失から復活し妹に駆け寄ろうとしたが……その身体から発せられる白光のあまりのまぶしさに目を開けていられず、すぐに立ち止まってしまった。くそ、目蓋を閉じているのに、なおわずかな隙間から白い煌きが侵入してくる。膨大な光量に眼球が灼かれるようで、痛みさえおぼえる。
その強烈な白光が、何だか光琉から俺へのメッセージに思えてきた。「にいちゃんなんか嫌いだ、あっちいけ!」と無言のうちに弾劾されているようで、だんだん気持ちが凹んでしまう。うう、そうなることを覚悟で突きはなしたはずなのに、俺も大概勝手なやつだなあ。
いずれにせよ、ほとばしる光の奔流の前では、目を閉じてさえ妹の方を向いていられなかった。俺は顔を背け、少しでも慣らそうとおそるおそる目を開いて……
「はっ?」
思わず、声をあげてしまった。
俺と妹しかいないはずだった部屋の中に、第三の侵入者を発見したのだ。
それは一見、人間の少女のように見えたが、全身が半透明状になっている。
黒い前髪が伸びて目元をかくし、服装は紺色の、スカート丈の長いセーラー服。半透明でも顔色の悪さがはっきり見てとれる、青白い頬。足は……うん、予想通り、ひざから下が消えている!
「ただの生命力じゃない、これは……魔力? 凄い、こんなのはじめてみる、上等な魔力、美味しそう……」
少女(仮)は光琉の方を見ながら、ぶつぶつつぶやいている。その表情は魅せられてうっとりとしているようにも、薬物に飢えたあぶない人のようにもみえる。
霊人だ。死んだ人間の生前の未練・後悔・怨念などの負の情念が収斂し、実体のない存在として顕現する魔物。
そう、フェイデア界では霊人は魔物の一種として捉えられていた。霊人が誕生する為には、情念が集積するための核となる"霊媒"が必要だが、その霊媒は魔界でのみ発生する意思を持たない精霊である。
前世では何度も霊人と遭遇したことはあったが、この地球にまで存在するとは思わなかった。これまで天代真人として生活してきた現世では、むろん遭遇したことはなかった。どうやらこの次元も魔界と近しい位相にある、という話は本当らしい。
案外、地球で目撃情報が入る幽霊や怪異の類は、みんな魔界からきた霊人やその他の魔物、だったりするのだろうか。
「だ、だからって、なんで霊人がこんな時間から現れるんだ!?」
俺は状況も忘れて大声をあげてしまった。
地球での一般的な幽霊のイメージのごとく、フェイデア界の霊人も本来は夜にあらわれる存在だった。彼・彼女たちにとって、明るさ、特に自然光は天敵なのだ。前世でも現世でも、朝と昼は基本的に生者の領分のはずである。
それがなんでこの朝、よりによってこのタイミングで、霊人が俺の部屋に出てくるんだよ! いくらなんでも展開が雑すぎだろ、おい。
「あなた、私が見えるの?」
霊人の少女が、おびえたように顔をこちらに向けてきた。もっとも、相変わらず眼が前髪で隠れたままなので、本当に俺を見ているのか、いまいち自信が持てない。
「……どうやら、そうみたいだな」
普通の人間に霊人はみえない。俺も"天代真人"として生きてきて、これまでその存在に気づいたことはなかった。
霊的存在を認識するためには、魔を感知する特殊な感覚・"魔覚"を持っていなければならない。これは地球で使われている、"霊感"と言い換えても大差ないだろう。どうやら前世の記憶とともに、その特殊感覚も俺の中に蘇ったらしい。
「ふうん、退魔士というわけでもなさそうだけど……めずらしい生者もいるのね」
幽霊にめずらしがられてしまった。
「そんなことはどうでもいい。一体霊人が、朝っぱらから我が家に何しにきたんだ?」
「だって……こんな美味しそうな魔力の波動感じたら、放っておけないでしょう」
のほほんと会話しているようにみえるかもしれないが、我が妹様は依然、絶賛魔力暴走中である。
「昨日の夜は魔力はおろか正者の生命力を全然取れなくて、腹ペコなのよ……もう生者じゃない私が腹ペコというのもおかしいけど、感覚としてはまったくおなじ」
霊人は生者の生命力を吸いとる、ということはフェイデア界でも知られていた。そして魔力とは、先天的に魔の資質をそなえた特殊な生命力のことである。それは霊にとっては通常の生命力より上等な摂取物であるらしく、魔力を持つ者は霊に狙われやすい。魔導士や司祭が霊人に取り憑かれてありったけの魔力を吸われ、干からびたような姿になって死ぬという事件は頻繁に起こっていた。
この幽霊少女(仮名)は魔力の存在を知っている。そのことに俺は、少なからずおどろいていた。
つまりこちらの世界にも、魔力をそなえ魔法を行使する人間が存在するということだ。先ほどちらと言っていた”退魔士”というのが、それにあたるのだろうか。むろん地球上では、まだ魔法文明は表立って登場していないが……案外一般人が知らないところで、ひそかに発展しているのかもしれない。
「ぐす……夕べも美味しそうな生者を見つけて、ほんの少し生命力をいただこうと思っただけなのに、この辺を縄張りにしている霊人グループに邪魔されて結局すこしも吸えなかった。「新参者に喰わせる生命力はねえ!」って、河本〇一似の顔をしたリーダーのおばちゃん霊人が怖い顔でおどしつけてきて……私って元々、学生時代いじめを受けて、それで生きるのが嫌になってリストカットしたのに、なんで死んでまでこんな扱い受けるの? 生きてる時は「お前幽霊みてーだな」って散々言われてたのに、幽霊になったらなったで仲間はずれにされるなんて聞いてない」
何やら愚痴りはじめた。新参者、ということは最近死んで霊人化した、ということだろうか。どの界隈にも世知辛い事情があるようだ。
気の毒な話とは思ったが、正直朝っぱらから聞くには重すぎる内容なのでスルーさせてもらうことにした。薄情と言わば言え。
そもそも、今はあったばかりの霊人の境遇に同情している余裕は、こちらにもないのだ。
「だから腹ペコで、朝になっても眠れずに太陽の光がチクチクする中を彷徨っていたけど……そしたらこんなに上質な魔力に出会えるなんて! こんな嬉しいこと生まれてはじめて……生きててよかった……あ、死んでたんだっけ」
つまり生きてる間は良いことはひとつもなかったのか……さすがに泣けてきたぞ、ちくしょー。
「見たところあの娘、術式も組まずにただ魔力を垂れ流しているだけ……こんな上等な力を持っているのに、その使い方もしらないの? 退魔師の卵だとしても、これなら怖くない。安心して、いただきまーす……」
幽霊少女は恍惚の表情を浮かべながら、光琉へと近づいていく。取り憑いて、魔力を吸収するつもりだろう。
「おい、やめろ!」
俺は目を細めつつ、なおかつ手で庇を作りながら、幽霊少女を静止した。妹の身を案じて……と、いうわけではない。
そもそも、一介の霊人風情に、"光の聖女"をどうこうできるわけもないのだ。
「いや、やめとけって。だって……」
俺が続ける前に、霊人は自分の状況に気づいたようだ。
「あれ、私の身体どろどろになってる……なんで?」
そう、白い光を浴び続けているうちに、幽霊少女の姿は崩れはじめていたのだ。というかぶっちゃけ、さっき俺がその存在に気付いた時には、もう所々溶け落ちそうだったけどな!
少女は光琉が発する輝きを、単なる魔力のそれと勘違いしていたようだ。無理もない、自然光と同じ聖属性を内包する光を扱える人間など、これまでお目にかかったこともないだろうし。
先ほど霊人がちらりと言ったように、人間が魔力を用いなんらかの現象を引き起こすには、通常”術式”が必要になる。この点も、現世とフェイデア界で違いはないようだ。術式は呪文の詠唱であったり、複雑な印を結ぶことだったり、人や流派によって様々な形式が存在する。
確かに今、光琉はなんの術式も組んでいない。しかし妹の前世・聖女メルティアは、術式を組まずに意志の力だけで聖光を顕現できるというチート仕様だったのだ。だからこそその力を受け継いだらしい光琉は、感情が激しただけで神の灯を暴走させてしまったのである。
"聖女"の魔力は、魔物や霊人にとってよほど魅力的なものらしい。幽霊少女は自分が溶け始めているのにも気づかないほど、その魔力に夢中で引き寄せられていたのだ。
前世のフェイデア界でも、メルティアの特上の魔力を吸わんと襲ってくる魔族は数知れずいたが、メルティアは歯牙にもかけず撃退していた。その生み出す聖光は、収斂すれば魔の首領たる魔王に致命傷をあたえる程の力を宿しているのだ。現在のようにただ無作為に垂れ流されているだけでも、霊人が近づけば実体を保てるものではないだろう。
「何これ、私の身体が消えていく……何だかだんだん意識も薄れていくみたい……でもほわほわして、とってもいい気分……ああ、眠くなってきちゃった。死んでからはじめて、眠れそう……」
幽霊少女は安らかな表情のまま目をつぶり、そのまま霧散していった。
というか、前世の記憶と一緒に魔力まで戻っているのかよ!! 予想だにしなかった事態に、俺は瞬間思考停止におちいった。
「うわあああああああああああああああああああああああああんんんんんッッッ!!!」
なおも光琉の泣き声は高まり続け、それに比例するようにほとばしり続ける白光の輝きも威力も増していくようだった。
前世の最期の記憶にある、エルナートがサリスに放ってきた"輝玉"は、体内の魔力を掌に凝縮させるだけの魔法だった。ゆえに練り上げられた光球は、人の魔力本来の色である青白い輝きを帯びていた。
今、光琉が放っている光は、まったく性質を異にする代物だ。混じり気のない純白。フェイデアの自然界にあまねく散在し、生命をはぐくみ魔をしりぞける聖なる輝き。神の所有物であり、人の身では”光の聖女”のみが用いることを許された始原の灯。
そんな激レアな神光が、地球の一高校生の部屋の中で高密度の暴流となり、目的もなく荒れ狂っているのだ。なんという無駄遣い。
「……光琉!」
とにかく、妹を落ち着かせなければ。このまま放っておいては、室内が瓦礫と化しかねない!
俺は自失から復活し妹に駆け寄ろうとしたが……その身体から発せられる白光のあまりのまぶしさに目を開けていられず、すぐに立ち止まってしまった。くそ、目蓋を閉じているのに、なおわずかな隙間から白い煌きが侵入してくる。膨大な光量に眼球が灼かれるようで、痛みさえおぼえる。
その強烈な白光が、何だか光琉から俺へのメッセージに思えてきた。「にいちゃんなんか嫌いだ、あっちいけ!」と無言のうちに弾劾されているようで、だんだん気持ちが凹んでしまう。うう、そうなることを覚悟で突きはなしたはずなのに、俺も大概勝手なやつだなあ。
いずれにせよ、ほとばしる光の奔流の前では、目を閉じてさえ妹の方を向いていられなかった。俺は顔を背け、少しでも慣らそうとおそるおそる目を開いて……
「はっ?」
思わず、声をあげてしまった。
俺と妹しかいないはずだった部屋の中に、第三の侵入者を発見したのだ。
それは一見、人間の少女のように見えたが、全身が半透明状になっている。
黒い前髪が伸びて目元をかくし、服装は紺色の、スカート丈の長いセーラー服。半透明でも顔色の悪さがはっきり見てとれる、青白い頬。足は……うん、予想通り、ひざから下が消えている!
「ただの生命力じゃない、これは……魔力? 凄い、こんなのはじめてみる、上等な魔力、美味しそう……」
少女(仮)は光琉の方を見ながら、ぶつぶつつぶやいている。その表情は魅せられてうっとりとしているようにも、薬物に飢えたあぶない人のようにもみえる。
霊人だ。死んだ人間の生前の未練・後悔・怨念などの負の情念が収斂し、実体のない存在として顕現する魔物。
そう、フェイデア界では霊人は魔物の一種として捉えられていた。霊人が誕生する為には、情念が集積するための核となる"霊媒"が必要だが、その霊媒は魔界でのみ発生する意思を持たない精霊である。
前世では何度も霊人と遭遇したことはあったが、この地球にまで存在するとは思わなかった。これまで天代真人として生活してきた現世では、むろん遭遇したことはなかった。どうやらこの次元も魔界と近しい位相にある、という話は本当らしい。
案外、地球で目撃情報が入る幽霊や怪異の類は、みんな魔界からきた霊人やその他の魔物、だったりするのだろうか。
「だ、だからって、なんで霊人がこんな時間から現れるんだ!?」
俺は状況も忘れて大声をあげてしまった。
地球での一般的な幽霊のイメージのごとく、フェイデア界の霊人も本来は夜にあらわれる存在だった。彼・彼女たちにとって、明るさ、特に自然光は天敵なのだ。前世でも現世でも、朝と昼は基本的に生者の領分のはずである。
それがなんでこの朝、よりによってこのタイミングで、霊人が俺の部屋に出てくるんだよ! いくらなんでも展開が雑すぎだろ、おい。
「あなた、私が見えるの?」
霊人の少女が、おびえたように顔をこちらに向けてきた。もっとも、相変わらず眼が前髪で隠れたままなので、本当に俺を見ているのか、いまいち自信が持てない。
「……どうやら、そうみたいだな」
普通の人間に霊人はみえない。俺も"天代真人"として生きてきて、これまでその存在に気づいたことはなかった。
霊的存在を認識するためには、魔を感知する特殊な感覚・"魔覚"を持っていなければならない。これは地球で使われている、"霊感"と言い換えても大差ないだろう。どうやら前世の記憶とともに、その特殊感覚も俺の中に蘇ったらしい。
「ふうん、退魔士というわけでもなさそうだけど……めずらしい生者もいるのね」
幽霊にめずらしがられてしまった。
「そんなことはどうでもいい。一体霊人が、朝っぱらから我が家に何しにきたんだ?」
「だって……こんな美味しそうな魔力の波動感じたら、放っておけないでしょう」
のほほんと会話しているようにみえるかもしれないが、我が妹様は依然、絶賛魔力暴走中である。
「昨日の夜は魔力はおろか正者の生命力を全然取れなくて、腹ペコなのよ……もう生者じゃない私が腹ペコというのもおかしいけど、感覚としてはまったくおなじ」
霊人は生者の生命力を吸いとる、ということはフェイデア界でも知られていた。そして魔力とは、先天的に魔の資質をそなえた特殊な生命力のことである。それは霊にとっては通常の生命力より上等な摂取物であるらしく、魔力を持つ者は霊に狙われやすい。魔導士や司祭が霊人に取り憑かれてありったけの魔力を吸われ、干からびたような姿になって死ぬという事件は頻繁に起こっていた。
この幽霊少女(仮名)は魔力の存在を知っている。そのことに俺は、少なからずおどろいていた。
つまりこちらの世界にも、魔力をそなえ魔法を行使する人間が存在するということだ。先ほどちらと言っていた”退魔士”というのが、それにあたるのだろうか。むろん地球上では、まだ魔法文明は表立って登場していないが……案外一般人が知らないところで、ひそかに発展しているのかもしれない。
「ぐす……夕べも美味しそうな生者を見つけて、ほんの少し生命力をいただこうと思っただけなのに、この辺を縄張りにしている霊人グループに邪魔されて結局すこしも吸えなかった。「新参者に喰わせる生命力はねえ!」って、河本〇一似の顔をしたリーダーのおばちゃん霊人が怖い顔でおどしつけてきて……私って元々、学生時代いじめを受けて、それで生きるのが嫌になってリストカットしたのに、なんで死んでまでこんな扱い受けるの? 生きてる時は「お前幽霊みてーだな」って散々言われてたのに、幽霊になったらなったで仲間はずれにされるなんて聞いてない」
何やら愚痴りはじめた。新参者、ということは最近死んで霊人化した、ということだろうか。どの界隈にも世知辛い事情があるようだ。
気の毒な話とは思ったが、正直朝っぱらから聞くには重すぎる内容なのでスルーさせてもらうことにした。薄情と言わば言え。
そもそも、今はあったばかりの霊人の境遇に同情している余裕は、こちらにもないのだ。
「だから腹ペコで、朝になっても眠れずに太陽の光がチクチクする中を彷徨っていたけど……そしたらこんなに上質な魔力に出会えるなんて! こんな嬉しいこと生まれてはじめて……生きててよかった……あ、死んでたんだっけ」
つまり生きてる間は良いことはひとつもなかったのか……さすがに泣けてきたぞ、ちくしょー。
「見たところあの娘、術式も組まずにただ魔力を垂れ流しているだけ……こんな上等な力を持っているのに、その使い方もしらないの? 退魔師の卵だとしても、これなら怖くない。安心して、いただきまーす……」
幽霊少女は恍惚の表情を浮かべながら、光琉へと近づいていく。取り憑いて、魔力を吸収するつもりだろう。
「おい、やめろ!」
俺は目を細めつつ、なおかつ手で庇を作りながら、幽霊少女を静止した。妹の身を案じて……と、いうわけではない。
そもそも、一介の霊人風情に、"光の聖女"をどうこうできるわけもないのだ。
「いや、やめとけって。だって……」
俺が続ける前に、霊人は自分の状況に気づいたようだ。
「あれ、私の身体どろどろになってる……なんで?」
そう、白い光を浴び続けているうちに、幽霊少女の姿は崩れはじめていたのだ。というかぶっちゃけ、さっき俺がその存在に気付いた時には、もう所々溶け落ちそうだったけどな!
少女は光琉が発する輝きを、単なる魔力のそれと勘違いしていたようだ。無理もない、自然光と同じ聖属性を内包する光を扱える人間など、これまでお目にかかったこともないだろうし。
先ほど霊人がちらりと言ったように、人間が魔力を用いなんらかの現象を引き起こすには、通常”術式”が必要になる。この点も、現世とフェイデア界で違いはないようだ。術式は呪文の詠唱であったり、複雑な印を結ぶことだったり、人や流派によって様々な形式が存在する。
確かに今、光琉はなんの術式も組んでいない。しかし妹の前世・聖女メルティアは、術式を組まずに意志の力だけで聖光を顕現できるというチート仕様だったのだ。だからこそその力を受け継いだらしい光琉は、感情が激しただけで神の灯を暴走させてしまったのである。
"聖女"の魔力は、魔物や霊人にとってよほど魅力的なものらしい。幽霊少女は自分が溶け始めているのにも気づかないほど、その魔力に夢中で引き寄せられていたのだ。
前世のフェイデア界でも、メルティアの特上の魔力を吸わんと襲ってくる魔族は数知れずいたが、メルティアは歯牙にもかけず撃退していた。その生み出す聖光は、収斂すれば魔の首領たる魔王に致命傷をあたえる程の力を宿しているのだ。現在のようにただ無作為に垂れ流されているだけでも、霊人が近づけば実体を保てるものではないだろう。
「何これ、私の身体が消えていく……何だかだんだん意識も薄れていくみたい……でもほわほわして、とってもいい気分……ああ、眠くなってきちゃった。死んでからはじめて、眠れそう……」
幽霊少女は安らかな表情のまま目をつぶり、そのまま霧散していった。
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