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第3章:僕は妹に恋をしそうになっても常識とモラルにしがみつく(必死)

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 妹に対して「可愛い」という感情がわき起こること自体おかしいのだ。昨日まではそんな風に思ったことは1度もなかった。光琉ひかるはよく言えば天真爛漫てんしんらんまんな性格、ストレートに言えばアホの子であり、人生を本能だけでおくっているような女なのだ。

 例えば昨日の夜も2人で格ゲー対戦をしていたのだが(◯ーファミの某超有名ソフトである。今時スー◯ァミで対戦するティーンズ兄妹なんて俺らくらいじゃないだろうか?)、俺に15連敗したあたりでわれを忘れた妹が、コントローラーを投げ出したかと思うと鬱憤うっぷんのおもむくまま俺にリアル◯マーソルトキックをかまそうとしてきて、盛大に空振からぶりして床に頭を直撃させたりしていた。その後しばらく、頭を抱えてうずくまっていたっけ。

 ……改めてふりかえると、100年の恋も冷めるようなアホさ加減である。◯マーソルトキックの失敗経験を持つ中学生女子なんて、うちの妹の他にだれかいるのだろうか。

 万事ばんじがそんな感じの妹なので、今まで異性として意識したことなどカケラもなかった。まあ大抵の兄妹は、そんなものだろうが。

 兄妹仲は決して悪いわけではない。悪かったら肩をならべて格ゲーで対戦なんかしないだろう。しかし女性としては、「服を着たアウストラロピテクス」ていどの評価しかくだしてなかった。光琉は男子からは人気があり、俺も「妹さんを紹介してくれよ」と同級生などに頼まれたことも何度かあるのだが、その都度つど「やめとけよ、あれはまだ人間に進化前だ」と流しては相手から白い目を向けられたりしていた。その時は、なぜ俺が白眼視はくがんしされねばならないのかまるでわからなかったのだが……

 今ならわかる。俺の妹、めちゃくちゃ美少女だ。黙っていれば西洋人形せいようにんぎょうと見間違えかねない、ちょっと非常識な美貌びぼうを所持してやがる。中身が猿なみだとしらない他家よその男子が、胸をがすのも当然である。

 前世ぜんせの記憶を大雑把にでも取り戻したせいで、光琉を異性として意識するようになってしまったらしい。たった1日で、類人猿るいじんえんが見違えるようである。仕方がない、だって前世の恋人だもん。

 しかも前世のサリスもメルティアも、勇者と聖女である以前に年の若い一対いっついの男女だった。そんな2人が恋に落ちて同棲どうせいまでしていたのだから、夜に何も起きないはずがなく……その、恋愛経験なしの〇貞には少々刺激の強すぎるその手の記憶も、ばっちり頭の中に焼きついているのである。

 そんな相手にタックルもとい抱擁ほうようされて、理性をたもっていられただけでも立派なものだと、自分で自分を褒めてやりたくなる。

 だがいかん、いかんぞ!

 俺は妹に見惚みほれそうになっている自分にかつを入れた。

 前世は前世、現世げんせは現世。現在の光琉は、俺にとって血のつながった妹だ。髪や瞳の色は大分違うが、これは疑う余地よちのない事実である。

 というのも、以前にとある事情から、今はき母に我が家の戸籍謄本こせきとうほんをみせられ、更には2人でDNA鑑定かんていまで受けさせられたという経緯けいいがあるのだ。それらによって、俺と光琉の間には間違いなく血縁けつえんが存在することを、確認みなのである。

 例えヨルノセイカツの記憶があろうと、間違っても現世で同じ関係になるわけにはいかない。倫理りんり的にも世間体せけんてい的にも、民法の家族法的に考えてもまずい。俺は常識人だ。すくなくとも、自分ではそう思っている。

 断じてこの気分に流されるわけにはいかない、と自分に言い聞かせて意識を現実にもどすと……俺を見上げる妹の表情が変化していた。

 ほおを赤らめたまま目を閉じ、くちびるを突きだしている。おい、まさかこの仕草しぐさは……

「ひ、光琉さん、そのポーズはどういうことで?」

「いやんですわ、言わせないでくださいましましよ」

 もう丁寧ていねい語はあきらめろ。

「もちろん……再会した恋人同士の、でんぷんですわ」

接吻せっぷんな……って、できるか!」

 俺は思わず大声をあげた。

 こ、このアホ妹、まったく躊躇ちゅうちょがねえ!人の気も知らんとぐいぐいせまってきよる。こわッ。

「え、なんで? ひょっとしてにいちゃん、れてるのですわ?」

 光琉は心底不思議そうに小首をかしげる。俺、そんなにおかしいこと言ったかなあ?

「なんでって、俺たちは兄妹きょうだいだろ! 兄妹同士は普通、そういうことしないだろ」

「でも、恋人同士だよですわよ?」

「それは前世の話! 今は俺がサリスでも、お前がメルティアでもないの。恋人同士にはならないし、なれません」

 というかいくら記憶がもどったからって、実の兄貴にいきなりここまであけすけに迫れるものか? 昨日まで◯マーソルトキックくらわせようとしていた相手だぞ?

「え……ええええええええええええええええっっっ!!??」

 俺の返答を聞いた妹が、驚愕きょうがくのさけび声をあげた。これまでで最大の音声が部屋中にひびき、ガラス窓がびりびり振動する。何より、至近距離しきんきょりでさけばれた俺の耳が痛え!

「う、うっそだああ! 嘘でございましょうのことよですわざま……びゅしゅ!?」

 あ、舌んだ。

 慣れない丁寧語の連発に、とうとう光琉の口の可動域かどういきが限界を迎えたらしい。というかとっくに丁寧語はおろか、意味をなす言葉のていはなしてなかったけどな!

「まずは落ち着け、そして言葉づかいは今までどおりに戻せ、いいな?」

 妹の舌を守るため、兄として忠告する。

「……(こくこく)」

 光琉は涙目になって両手で口を押さえながらも、2度3度と小さくうなずく。昨日まで類人猿だった妹の仕草から、今日は森のアイドル・リスを連想させられる。ああ、可愛い……っていかんいかん! 前世に流されるな、俺。目の前にいるのはアウストラロピテクスだと思え。

「じ、じゃあ……にいちゃん、あたしの恋人やめちゃうの? なんで? あたしと、メルティアと再会できてうれしくないの!?」

 だから今までもずっと顔を合わせていただろう、というツッコミはさすがに的外まとはずれなのでひかえておく。

「あのなあ、り返すけど現世の俺たちは実の兄妹なんだよ。前世の関係を続けるわけにはいかないじゃないか」

「兄妹で付き合っちゃだめって、誰が決めたの?」

「一般常識だよ! あといていえば、法律に書かれている!!」

「じょーしきにとらわれてちゃいけないし、ほーりつなんて無視しちゃえばいいじゃない!」

「前者はともかく後者は駄目だよ!!」

 いよいよ聖女にあるまじきことを言いだしたぞ、このアマ!? 

 まあより正確にいえば、民法の家族法で禁止されているのは親子やきょうだい間で結婚することで、恋愛したり近親相◯したりすることを禁じる法律はないとどこかで聞いた気もする。でも話がややこしくなるので、ここでは黙っていよう。

 とにもかくにも妹は、世間体もモラルも無視して前世からの俺との恋愛関係を継続する気満々らしい。というか、はなからそういうことはまるで考えてないんだろうなあ。しかも若干じゃっかん、いやかなり暴走しておられる。

 まったく、前世の記憶が戻っても、相変わらず本能のまま動くやつなのだ。聡明でつつしみ深かった聖女メルティアとは、性格面は似ても似つかない。霊格れいかく高い聖女の魂も、性格までは現世に引きげなかった、ということだろうか……

「やっぱ別人じゃねえかなあ、こいつ」と内心でつぶやきつつ……白状すると、俺もそろそろ限界だった。

 だってさっきから、急に気になりだした美少女(妹)に密着みっちゃくされ続けてるんだぜ!? しかも前世で、アンナコトやコンナコトをした記憶まである相手だぜ!? 平静へいせいよそおってツッコミ連発してるけど、ずっと心臓バックバクだからね! この状況でテンパらないとか無理だろ。だって俺、彼女いない歴=年齢だもん!

 人の気も知らないで、光琉はなおも無防備むぼうびにギャーギャーと俺のくちびるを狙ってくる。そんな妹を必死にとどめながら、俺は密着し続けるこの可愛い(ちくしょう!)生物に自分の心拍しんぱく音が聞こえてしまわないか、終始気が気ではないのだった。もっとも聖女(元)の方は自分がさわぐのに夢中で、そんなことに気づくそぶりさえなかったが。

「兄妹でもいいじゃん、関係ないじゃん! にいちゃん別に今、好きなとかいないんでしょ!?」

「だから、そういう問題じゃないんだって……」

「それとも小5の時、放課後こっそりリコーダーをめたサエちゃんのことが、いまだに忘れられないの?」

「どさくさまぎれに、人の黒歴史を読者にバラしてんじゃねえッ!!」

 ……そんなこんなで俺と妹の攻防は延々えんえんと続き、以下冒頭へとつながるのだった。
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