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10話

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 広いベッドで目が覚めるのは今日で二日目だ。
 今朝もエリノが俺の腕に絡まりながら寝ている。

 ティルダとアラニスは寝間着、エリノとラシアはネグリジェ姿だ。
 ネグリジェは同じデザインなのに、ラシアは幼稚園の園服、エリノは男を惑わすステージ衣装に見える。
 着る者が違うと印象もだいぶ変わるのだと実感するね。

「おはようミズキはん」
「おはよ~」
 今朝もアラニスのほうが先に目覚めていた。
「なんだか外が騒がしいね」
「もし事件なら、ミズキはんは騒動を呼び込む体質かもしれへんね」
「そんな体質願い下げだ」
「んっ……」
 エリノが目を覚ましそうだ。
 叫ばれる前に俺はベッドから降りた。

「エリノおはよう」
「おはようございます。神様、アナスタシア様、昨夜も私の貞操をお守りくださりありがとうございます」
 複雑な気分だ。
 俺はそんなに信用ないのだろうか。

 ティルダとラシアが目を覚ますまで、俺と二人は小さなテーブルを囲み雑談をする。
「今日は何をして過ごそうか」
「そうやねぇ、金を稼ぐための元手が欲しいなあ。ガツンと稼ぐ方法を探さなあかん~」
 朝から金儲けの話か、アラニスはブレないなあ。

「馬車があるんだから運搬業はどうだ?」
「あかん。時間かかるわりに儲けが少ないねん。それに持ち逃げ防止に保証金がいるねんけど、そんな金はない」
「そうか、元手なしか……。なら肉体労働しか――」
「それは思考停止。商人が選んだらダメな選択肢や。ウチらは道端の石ころを高値で売る方法を考える生き物なんやで」

「それは詐欺と言うのではないですか?」
「エロ修道女は体は柔いのに頭は固いんやなあ」
「いつ触ったんですか!」
「ミズキはんが胸を揉みながら『あ~やわらけぇ~』って言っとったで」 
 エリノが胸を隠しながら俺を睨む。
「アラニスの冗談だよ、真に受けないで」
 まあ、寝ている間に腕に押し付けられていたから柔らかさは知っているけどね。
「相手が信じたなら詐欺は成立せん、それは真実や」
「触ったんですか? 揉んだのですか?」
「なぜ『はい/いいえ』で聞かないで触れ方を聞くんだよ、俺は無実だ」
「神様、嘘つきの二人に天罰をお与え下さい」
 アラニスはエリノが騙されやすい人だと気付いたようで満面の笑みを浮かべていた。
 獲物を見つけた肉食獣の目をしている。
 何やら企んでいそうだ。

 俺たちの話し声でティルダとラシアが目を覚ました。
 服を着替えて食堂へ向かう。
 ちなみに、部屋には衝立があるので女性たちはその裏で着替えている。





 弟子たちは仕事を始めているので食堂には俺たちしかいない。

 メニューは初日と同じ。
 もしかするとこれしか出ないのかもしれない。
 アラニスは不機嫌になっていた。
「またこれかいな~、いい加減あきあきやで~」
「毎日同じ食事は体に良くない。ミズキ殿、晩飯は外で食べないか?」
「賛成だ」
「よしっ! 肉が食いたいぞ、肉汁のしたたるヤツな」
 どうやらティルダは肉が大好物のようだ。
 たしか最初に連れて行ってもらった居酒屋も肉料理が美味いと評判の店だった。

「贅沢は関心しませんが、私も賛成です」
 ラシアもコクコクと頷いた。
「ほな町へ出て旨い飯屋をさがそな。ここの連中に聞いても知らんと思うさかい」



 食事をしながら雑談していると食堂にウィリーが入って来た。
「エリノさん、ごめんなさい、彫刻は完成しません」
 酷く落ち込んでいる。
 目は充血しているし、目尻には涙の跡がある。
 もしかすると泣いていたのかもしれない。

「どうしたの?」
「製作途中の彫刻が誰かに壊されました」
「酷いですね……。気を取りなおしてまた作りましょう。私は完成を待ちますよ」
「それが無理なんです。材料となる木がありません」
「えっ? 丸太なら工房に沢山あったと思うのだけど」
「あれは普通の丸太です。コンテストには決められた丸太を使用するルールになっているんです」
「私、木の種類にうとくて。そんなに違うの?」
「見てもらうのが早いかも」
 俺たちはウィリーと一緒に工房へ移動した。





 現場はそのままの状態になっていた。
 見たらわかる、確かにその通りだった。

「白い木ですか……」
 エリノも驚いている。
 こちらの世界でも珍しい品種らしい。
 元の世界でも白樺やユーカリの木は薄茶色で色素が薄いが、この木は段違いに白い。

「この付近の町ではご神木と呼ばれています。とても珍しく教会の主催するコンテストなどで使われ、作品は神殿に飾られるのです」
「神々しさを感じますね」

 しかし、人の形をしていたと思われる彫刻は無残にも破壊されていた。
 うっかり倒してしまったような過失ではない。
 明らかに故意。
 床には犯人の残したノミと木槌が落ちている。
 ここは名探偵の俺が華麗に推理し事件を解決せねばなるまい。

「主催者に頼んで新しい木を頂くことはできないの?」
「ダメです。製作途中の失敗も採点に含まれています。壊されたと言っても信じてはもらえないです」



 工房に兄弟子のモーリスが走り込んできた。
「親方、カルビンがどこにもいません」
 マルコスは頭をかきながらため息を漏らした。
「あいつか……。伸び悩んでいるのは知っていたが、まさか作品を壊すとは。もう戻ってはこないだろうな」
 推理する前に犯人が特定されてしまった。
 ならば名刑事の俺が颯爽さっそうと逮捕し事件を解決するしかないな。

「ハビエル工房のヤツがカルビンと連絡を取っていたらしいです」
「ならカルビンはそこにいるだろう。まあ証拠はないし、ハビエルも白を切るだろう」
「コンテストの主催者に訳を説明してハビエル工房のヤツを出品禁止にしてもらいましょう」
「やめとけ、こんなことで騒ぎにしたくない」
「でもっ、それじゃあウィリーが出品できません!」
 弟思いのいい兄貴だなあ。
 弟? いや妹か。

「兄貴ありがとう。ボク諦めるよ」
「ウィリー……」
 大粒の涙が頬をつたい流れ落ちた。
「あ、ごめん、顔洗ってくるね」
 ウィリーは小走りで工房から出て行った。



 エリノが俺の腕をガシッと力強く掴んだ。
 思わず、
「うわっ」と、声を漏らしてしまった。
「ミズキ様、家族会議を開催します」
「はいっ!」
 反論できないほどの気迫を感じる。





 賓客用の部屋に戻って来た。
 丸い小さなテーブルには四脚しか椅子がないのでラシアはベッドに座っている。

「ウィリーを助けたいと思いますが、反対の人はいませんか? いませんよね?」
 エリノは怒らせると怖いのだと思い出した。
 教会でティルダとアラニスが喧嘩した時も凄い剣幕で怒鳴られたのだった。

「その話はズルやって決着ついたハズやで~、また蒸し返すんか?」
「状況が違います。妨害行為は看過できません!」

「姉ちゃんは神殿騎士だったんやろ、逃げたヤツは罪に問えるんか?」
「他人の財産に損害を与えればもちろん罪になる。だがなあ、工房内、それも弟子たちのいざこざとなると親方の監督責任になる。神殿騎士が口を出すことはない」
「ほなら無罪なんか?」
「親方が犯人を捕まえて謝らせて終わりだろうな」
「ちゅうこっちゃ、エロ修道女はん、ええか?」
「その呼び方、いい加減やめてください!」
「はいっ!」
 刺殺さしころせるほどの冷たい視線で睨まれたアラニスは、背筋をピンと伸ばして固まっている。

「犯人を捕まえて謝罪させてもウィリーを助けたことにならないと思う」
「でも、それじゃあウィリーの気持ちが」
「ウィリーの気持ちはウィリーしか語れない。俺たちが推測して勝手に行動を起こすのは違うと思う」
「ならミズキ様は見て見ぬふりをしろと仰るのですか?」
「エリノ、ミズキ殿に八つ当たりするのはよすんだ。君は誰に? 何に? 怒っている。その怒りはどこから来ている? 私には玩具を壊されて怒っている子供に見えるぞ」

 室内が静まり返る。
 俺はシリアスが苦手だ。
 できれば和気あいあいとイチャイチャしながら旅がしたい。
 でも、それ以上に、エリノのお願いを聞いてあげたいのだ。

 ラシアがベッドから降りると、トトトと俺に駆け寄って来た。
 いつもの小声で耳打ちする。
「王子様、ご神木は作れませんか?」
 俺はラシアに微笑みかけ頭をなでる。
 ラシアも満足そうに笑顔になった。

 他の三人には聞こえていない。
 わけが分からずキョトンとしていた。





 俺たちは工房の裏庭に移動した。
 まだ加工されていない丸太などの資材や、木の削りカスなどの廃材が集められている。
 人通りが少なくてちょうど良い。
 俺は隅に転がっていた『じょうろ』を拾った。



 じょうろを対象に【プログラミング】を開始。
 APIの入力パラメータは2つ。
 装備者の救済したい願いと、神名ナストリッタ。
 出力は植栽の加護。
 コンパイル成功、エラーなし!



 ティルダにお願いしてじょうろに水を入れてもらった。
 俺が走るよりも彼女のほうが早いのだ。

 腰の高さほどの雑木ぞうきが生えている。
 俺はその前へ移動した。

「エリノ頼みがある。神に祈ってくれないか」
「私は修道女です、神様への祈りは欠かしたことはありませんが?」
「そうじゃない、神の妹、自然の神ナストリッタにだ。祈りを捧げながら、そこに生えている雑木ぞうきに水を与えてくれ。ウィリーを助けたい、彼女のためにご神木を授けたい、そう願ってくれないか」
「ミズキ様!」
 ぱっと花が咲いたように笑顔になる。
 エリノは片膝をつくと、両手でじょうろを受け取った。

 目を閉じ神へ祈りを捧げている。
「自然の神ナストリッタ様、どうかご神木をお与え下さい」
 じょうろから水が流れ落ちるが雑木ぞうきに変化はない。
「ミズキ様、ご神木になりません、私、どうすれば良いのでしょう?」

 どういうことだ?
 入力データが不足しているのだろうか。
 それとも救済したい願いが弱いのか?

「ナストリッタ様は信仰心では働いてくれない。慈愛の心が必要なんだ。エリノ、ウィリーを助けたいのか?」
「もちろんです!」
「修道女だから助けないといけない。それが務めだから助ける。そう思っていないか?」
「それは……」
「どうして助けたい? 完成した彫刻を見たいから? コンテストに負けると工房が困るから? ウィリーが泣いたから?」
「彫刻は見たいです、けれど助けたい理由じゃありません。工房も関係ありません、勝敗はウィリーの実力で勝ち取るほうが良いと思います。ウィリーの涙……確かにそれが一番の理由かもしれません」
「ならウィリーの涙を思い浮かべながら、助けたいと願うんだ」

 エリノは再び目を閉じると深く祈りを捧げる。
「自然の神ナストリッタ様。ウィリーは彫刻を破壊され傷ついています。彼女は悪いことをしていません、理不尽な力で夢を壊されたのです。私は彼女を助けたい、彼女が受けた心の傷を癒したい、どうか彼女にご神木を、再び立ち上がるための希望を与えてください!」

 じょうろの中の水が緑色に輝いた。
 エリノが雑木ぞうきに水を与えると、みるみるうちに成長する。
 ミシミシと軋みならが枝が伸び、根が土を押し上げる。
 茶色だった樹皮は白く染まり、数秒ほどで大木と呼べるほどまで大きくなった。

「ほほぅ」と感心するティルダ。
「うひっ」と言いながらいやらしい表情のアラニス。
 ラシアが俺に向かって微笑むので頭を優しくなでた。

「ミズキ様! ナストリッタ様! ありがとうございます!!」
「はいはい撤収! 誰にも見つからないように部屋に戻るぞ」
 感動で泣いているエリノをティルダが引きずりながら部屋に戻ったのだった。





 マルコス工房は大騒ぎになっていた。
 もちろん裏庭にご神木が生えたからだ。
 俺たちは騒動に巻き込まれないよう賓客用の部屋で静かにしていた。

「なあミズキはん、エリノが木生やした言うて報酬もろたらあかんの?」
「コンテストの主催者は教会なんだろ、噂が広まって命を狙われるかもしれない。なるべく目立つ行動は避けたいんだ」
「せやかて、まさに金のなる木を生やせるのに……」
「そこだよアラニス君!」
「君?」
「元手のいらない商売がしたいんだろ。話ではご神木は貴重らしいじゃないか」
「なるほど、この町で伐採した言うて他の町へ売りに行くっちゅうことやね」
「正解だよアラニス君!」
「そんな、神聖なるご神木で商売なんて」
 やはりエリノは反対したか。
 どうにか説得しないと俺たちの財政は破綻する。

「私は肉が食べたい。だが収入のない我々ではそれは夢幻だ。ミズキ殿が商売のアイデアを考えてくれたのだ。反対すると言うのならエリノが代案を出せ」
「代案なんて、そんなすぐには……」
「ならば代案が思い浮かぶまではミズキ殿の案で一時的に凌ぐのはどうだ。それに、ご神木を必要とする者もいるだろう。神が休憩しているなら、もうご神木は生えてこないのだろう?」
「あっ!」
 エリノはご神木が生えてこないとは想像していなかったようだ。

「ミズキ様どうなのでしょう」
「難しいな。ここの住人がご神木と呼んでいるだけで、本当に神の加護が与えられた木なのか判断できないからね」
「でも私の祈りでご神木が生えたのですから無関係というわけでは」
「そうだね。少なくともナストリッタ様はエリノの願いを聞き届けてくれたからあの木だけはご神木と思うよ」
 まあ、そんな神はいないんだけどね。

「わかりました。ナストリッタ様に祈りを捧げ、ご神木を与えて下さるのなら、それは神意に違いありません。ご神木を売るのは神様が戻られるまでの救済措置だと判断します」

 ふぅ~。
 一時はどうなるかと思ったが、無事にエリノを説得することができた。
 まだ卸先を見つけるという問題がある。
 しかしアラニスもいることだし、そこは任せても大丈夫だろう。
 路銀を心配しなくて良いのは助かる。

 あとはウィリーが彫刻を完成さてコンテストに出場できれば問題解決だ。
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