ネトラレクラスメイト

八ツ花千代

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34話

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 議事堂にクラスメイトが集合している。
 不安をかかえた暗い表情。
 部屋の空気はふだんの賑やかさとは違い、どこか重苦しい。
 司会進行はいつものように石亀永江委員長だ。

「第七回、クラス会議を始める。議題は出水いずみさんの死について」

 その言葉が室内に響き渡ると、一瞬、時間が止まったような静寂が広がる。
 誰もがその事実を受け入れられず、ただ茫然と前を見つめた。

「先ほど、病院の自室で出水いずみさんが死亡しているのが確認された」

 すでにうわさが流れているので改めて驚く人はいない。
 悲しみや困惑など、さまざまな表情を浮かべていた。

「外傷はなく死因は不明。朝食の席では元気だったので病気も考えにくい。そもそも病気であれば治癒の加護で治せたはずだ」

 議事堂がザワザワする。
 ヒソヒソと話す声には『自殺』や『殺人』などのワードも含まれていた。

 俺も殺人の線が濃厚だと思う。
 もちろん犯人は新垣沙弥香ギャルだ。
 出水涼音令嬢を鬼のような形相で睨んでいた。殺意は十分にあるだろう。

「机のうえに倒れたカップが残されていた。念のため、毒が混入していないか連城れんじょう君に鑑定を依頼した」
「普通のお茶だったぞ」

 錬金術の加護をもつ連城敏昭野球バカが答えた。

「わたしの手には負えない事件だ。なので裁判官の瀧田たきた君に後は任せたい」

 石亀永江委員長が席に座ると、代わりに瀧田賢インテリメガネが前に出た。
 彼は頬をポッと染めるが、クラスメイトが死んだのだ、すぐに冷静さを取り戻す。

「これより審問を始める。第一発見者、話を聞きかせてくれ」

 自転車部の菊池潤奈サイクラーが挙手した。

「怪我をしたから出水いずみさんに診てもらおうとしたんだ。そしたら机のうえに突っ伏してて、寝てるのかなと思ってゆすったら床に倒れて、どうしたらいいのかわからなかったから、急いで委員長を呼びにいったんだ」

 まだ動揺しているらしく、声が震えている。

「そのとき息はあったのかい?」
「わからない、あせってたし」
菊池きくちさん、怪我をしているようには見えないのだが」
「見えないところを怪我したんだよ」

 菊池潤奈サイクラーは顔を赤くした。
 おそらくデリケートゾーンだろう。
 自転車に乗るのは控えろと忠告したのに……。

「委員長が駆け付けたとき、息はあったのか?」
「いいえないわ」
「おおよその死亡推定時刻を知りたいのだが、お茶は冷めていたか?」
「触ってはいないけれど、湯気が出ていたから温かいと思うわ」
「となると、発見時刻と死亡時刻は近いと考えていいだろう。いまから二時間前のアリバイを確認する。まずは委員長」
二見ふたみさん気仙けせん君と村の工事について話をしていたわ」



 瀧田賢インテリメガネはひとりづつ質問し、全員のアリバイを確認した。

うそをついている人はいないが、アリバイを証明できない人が半数以上いる。これまでの情報では誰でも犯行が可能だろう」

 彼の推理を聞いたクラスメイトがふたたびザワザワし始める。

 才原優斗イケメンが挙手した。

「俺も委員長と同じく毒が怪しいと思う。凶器から捜査したらどうだろうか」
「なるほど。財前ざいぜん、オマエは毒薬を作成できるか?」
「できるよ」

 財前哲史サトリに緊張している様子は見受けられない。
 ふだんの彼らしく飄々ひょうひょうと答える。

「作成したことはあるか?」
「あるよ」

 クラスメイトがザワッとする。

「静粛に。うそを看破するために小さな声も逃したくない。みんな発言を控えてくれ」

 議事堂にふたたび静寂が戻った。

出水いずみさんに毒を飲ませたのは財前ざいぜんか?」
「ちがうよ」

 みんな声には出さないが安堵の溜息ためいきを洩らした。

「店頭に並べていないよな?」
「もちろん、倉庫に保管してあるよ」
「毒薬のことを知っていたのは誰だ?」
儀保ぎぼ苦瓜にがうり新垣あらがきさんの三人だよ」

 名前を呼ばれてドキッとする。
 たしかに冷やかしにいったとき儀保裕之悪友が毒薬について質問したのだ。
 作れるとは聞いているが、実際に作成したとは聞いていない。
 まさか、俺か悪友に罪をなすりつけるために……、いや、考えすぎか。

儀保ぎぼ出水いずみさんに毒を飲ませたのはオマエか?」
「ンなわけあるか」

 冗談だろと言いたげに、半笑いで答えた。

苦瓜にがうり出水いずみさんに毒を飲ませたのはオマエか?」

 俺に彼女を殺す理由は……、ないこともないな。
 出水涼音令嬢石亀永江委員長をワンキルしてる。
 要注意人物だし、俺の秘密を知っている。
 なので消しておいても……、なんてことは考えていない。

「俺じゃありません」

新垣あらがき出水いずみさんに毒を飲ませたのはオマエか?」
「違います」

 ――えっ?! 新垣沙弥香ギャルじゃないのか? どういうことだ?

瀧田たきた、ひとりずつ全員に『出水いずみさんに毒を飲ませたのはオマエか?』って聞いたらいいんじゃね?」

 儀保裕之悪友が珍しく冴えた発言をした。
 だがな、瀧田賢インテリメガネを見ろ、残念そうな顔をしてるだろ。
 アイツの夢はシャーロックホームズ。きっと名探偵気分で話をしてたはずだ。
 雰囲気も大事なんだぞ。





 推理なんて関係のない、つまらない単調な確認作業が終わった。
 やる気の失せた瀧田賢インテリメガネの目はずっと死んでいた。

 結論、誰も毒を飲ませていない。

「委員長、調査の結果、毒殺ではないと言わざるを得ないな」
「わたしの勘違いか、みんな時間を取らせて申し訳ない」
「ホームズ君、ほんとうに犯人はいないのかね?」

 俺にホームズと呼ばれ、瀧田賢インテリメガネが顔を赤くした。
 彼の夢を暴露する発言だ、さぞ恥ずかしいだろう。
 しかし、ここはあえてホームズの名前をだす。
 オマエの推理は甘いのだと印象付けるためだ。

「どうした苦瓜にがうり
「俺は毒殺だと思うぞ」

 俺は立ち上がる。

 思考の海に広がるのは、複雑に絡み合った謎の糸。
 それぞれが異なる事件の断片を繋げている。
 俺はその糸を手繰り寄せ、一つ一つ丁寧に解きほぐす。
 まるで、巧妙に組み上げられたパズルを解くようなものだ。

 頭の中では、まるで映画のようにBGMが流れ始める。
 それは緊張感を高め、集中力を増すための音楽だ。
 ピアノの音色が響き、ストリングスが高まる。

 俺はワトソン。
 主役である瀧田賢インテリメガネの窮地に颯爽と登場したのだ。

「スキルで確認したんだ。クラスメイトに犯人はいない」

 メガネの中央を中指で押す仕草。彼が自信をもって発言するときの癖だ。

「スキルを過信しすぎていないかね、ホームズ君」
「頼むから、そのホームズ君はやめてくれ……」
「あ、ごめん。――ひとつ確認させてくれ。財前ざいぜん、毒消し薬は作ってあるか?」
「あるよ。狩猟部隊にはつねに携帯してもらってるからね」
「毒薬に毒消し薬を混ぜるとどうやる?」
「えっ……、やったことないからわからないな。たぶん水になるんじゃない?」
「まさか、お茶に毒消し薬を入れたのか?」

 瀧田賢インテリメガネがいち早く気づく。

連城れんじょうに鑑定してもらわないと確かなことは言えないけど、たぶんな」

 みんな俺に注目した。
 舞台のうえで味わえる高揚感が、俺の背中をゾゾゾと駆けあがる。
 探偵役は演じたことないけれど、これは病みつきになるほど気持ちがいい。

「この村にはお茶をれるティーセットはない。お茶を作れるのは料理の加護をもつ両津りょうつさんだけだ。両津りょうつさん、出水いずみさんにお茶を作った?」
「ええ。いつも同じ時間に取りにくるわ」
「ふだんと違う出来事はなかった?」
「あっ! 才賀さいがさんに珍しいお茶の葉をもらったから、それを使ったわ」

 茶道部の才賀小夜腐女子がビクッとした。
 みんないっせいに彼女を見る。
 視線というのは故意に集めると気持ちがいい反面、ふいに向けられると緊張するのだ。

「わ、わたしわぁ、ぉ、お茶の葉の香りと風味を強くする薬ってぇいわれてぇ使っただけですぅぅぅ」

 挙動不審がMAXだ。目は泳ぎ、汗を流し、呼吸は荒い。

「その薬は誰からもらったの?」
牧瀬まきせさんですぅ」

 バレー部の牧瀬遙ミーハーが驚いた表情をした。
 みんないっせいに彼女に注目する。

「オマエ、なのか?」

 彼女と幼馴染の儀保裕之悪友が驚いた。

「ちっ、違う、わたしじゃない! わたしだって同じこと言われたんだから」

 思い人に疑われるほど辛いことはない。
 必死な形相で言い訳する。

「薬は誰からもらったんだ?」
「薬局からもってきたのよ。場所は教えてもらったから」
「その場所を教えたのはだ誰?」

 チラリとソイツに視線をうつす。
 もちろん犯人は新垣沙弥香ギャルだ。

「なにその目、ウチが犯人て言いたいワケ?」
「でもっ……」

 ボス猿に睨まれて怯える牧瀬遙ミーハー

苦瓜にがうり新垣あらがきうそをついてないぞ」

 ――なんでオマエが擁護するんだよ!

「だから過信と言ったんだ。オマエの質問じゃあ犯人は特定できない」
「なにっ?」
「まあ見てろ。新垣あらがき出水いずみさんを殺したいほど憎んでいるか?」
「ムカつく! なんでアンタの質問に答えなきゃイケないワケ?」
「逃げるなよ。一言だろ? イエスかノーだ」
「ノー!!!」

 瀧田賢インテリメガネが驚愕の表情になる。

「えっ?! 偽りだフォルス……」

 犯人の表情が険しくなる。
 信じられないという表情でクラスメイトが息をのむ。

「毒薬と知っていて牧瀬まきせに薬を運ばせたか?」
「ノー!!!」
偽りだフォルス

 犯人の額に血管が浮き出た。

「毒殺を計画したのはオマエか?」
「ノー!!!」
偽りだフォルス

 犯人の目が俺に激しい殺意をむける。
 耳や首は赤くなり、クチは震え、目は血走り、拳は固く握られた。
 今にも爆発しそうな感情が犯人の表情からにじみでている。

「わかるか瀧田たきた。コイツは毒薬を直接飲ませていないんだ。毒素の付いた葉が偶然お茶になって出水いずみのクチに入った、そう思いこんでいる」
「なんてことだ……」
「穴だらけの計画だよ。牧瀬まきせが薬を間違えるかもしれない。才賀さいががお茶を飲んでしまうかもしれない。両津りょうつがいつもの葉を使うかもしれない。まるで綱渡りだ」
「わたしがそのお茶を飲んだかもしれないの?」

 両津朱莉ママが怯えた表情で震えた。

「ああ。出水いずみさんの友達だから、キミもターゲットなのかもしれない」
「うそっ……」

 クチを押さえ信じられないという表情で犯人を見た。

「わ、わたしっ、関係ないよっ」

 才賀小夜腐女子が泣きそうだ。

出水いずみと楽しそうに銭湯にいっただろ。遠征で仲良くなったと思われたのかもな」

 半泣きの彼女は犯人にむかって
「酷いっ!!」と叫んだ。

「オマエ、オマエだ! いつもいつもいつもいつも、ウチの邪魔ばっか!」

 殺し屋の目だ。
 女の子に殺意を向けられるなんて人生で初めての経験。
 味わいたくなかったな……。

「怖っ! 暴れるかもしれないからさ、こま、捕まえてて欲しい」
「いいぞ」

 空手部の太い拳が犯人の手首をしっかりと掴む。

瀧田たきた、あとはよろしく」

 俺は脱力しながら椅子に座った。

「ここで俺に振るのか、オマエもたいがい酷いな」
「悪いね、精神的に限界なんですよ」

 やっぱりなれないことはしないほうがいい。
 精神的に凄い疲れた。

「そうだな……。犯人は確定した。これより裁判員制度によって刑罰を決める。初回ということもあり、今回は全員参加にしたいと思う。意見のある人は発言を頼む」

 議事堂が静まり返った。

 あたりまえだ。
 誰だって人を裁きたいなんて思ってないんだよ。
 けれど、誰かに責任をなすりつけるのは間違えている。
 痛みは分かち合うべきだ。

はるかを計画に使ったのは許せない。死刑でいいぞ」

 儀保裕之悪友は凄いな。
 俺にその決断はできないし、ましてやクラスメイトの前で言い切るなんて無理だ。

「わたしも殺そうとしたんでしょ、死刑にしてよ」
「わ、わたしも同じ意見ですっ」

 両津朱莉ママ才賀小夜腐女子はしかたない。
 とばっちり被害者なのだから。

「死には死を。俺も死刑でいいと思う」

 才原優斗イケメンが過激なことをいうのを初めて聞いた。
 交際中の彼女が殺されたんだ、あたりまえだろう。
 ふだんの温厚な彼とは思えない意見に、クラスメイトが驚く。
 二人の関係を知らないのだから無理はない。

「死刑には反対だ。罪は裁くものではなく、償うものだ」

 きれいごとだ石亀永江委員長
 いや、本心じゃないのかもしれない。
 才原優斗イケメンが死刑と発言したため、バイアスが傾いた。
 それを回避するために逆の意見を出したのかもしれない。
 あくまで中立を保つ気なのか……。

「委員長、いまは私見を述べるのではなく、刑罰を決めるときだ。具体的にどう償わせる」

 苦渋の発言なのだろう。石亀永江委員長はもの凄く辛い表情をした。

「村から追放で」



 このような状況で発言できるほど勇気のあるヤツは少ない。
 もう当事者たちの気持ちは聞けたはずだ。

「意見は出そろったようだ。本来ならば意見が一致するまで話し合う。しかし、今回は特別に全員参加にした。意見が一致するのはむずかしい。よって多数決とする。死刑か追放、必ず挙手すること。――死刑に賛成の人、挙手。――追放に賛成の人、挙手」

 三十票中、死刑は四人、追放が二十六人だった。

「判決、新垣沙弥香あらがきさやかを村から追放処分とする。これにて閉廷!」
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