34 / 55
34話
しおりを挟む
議事堂にクラスメイトが集合している。
不安をかかえた暗い表情。
部屋の空気はふだんの賑やかさとは違い、どこか重苦しい。
司会進行はいつものように石亀永江だ。
「第七回、クラス会議を始める。議題は出水さんの死について」
その言葉が室内に響き渡ると、一瞬、時間が止まったような静寂が広がる。
誰もがその事実を受け入れられず、ただ茫然と前を見つめた。
「先ほど、病院の自室で出水さんが死亡しているのが確認された」
すでに噂が流れているので改めて驚く人はいない。
悲しみや困惑など、さまざまな表情を浮かべていた。
「外傷はなく死因は不明。朝食の席では元気だったので病気も考えにくい。そもそも病気であれば治癒の加護で治せたはずだ」
議事堂がザワザワする。
ヒソヒソと話す声には『自殺』や『殺人』などのワードも含まれていた。
俺も殺人の線が濃厚だと思う。
もちろん犯人は新垣沙弥香だ。
出水涼音を鬼のような形相で睨んでいた。殺意は十分にあるだろう。
「机のうえに倒れたカップが残されていた。念のため、毒が混入していないか連城君に鑑定を依頼した」
「普通のお茶だったぞ」
錬金術の加護をもつ連城敏昭が答えた。
「わたしの手には負えない事件だ。なので裁判官の瀧田君に後は任せたい」
石亀永江が席に座ると、代わりに瀧田賢が前に出た。
彼は頬をポッと染めるが、クラスメイトが死んだのだ、すぐに冷静さを取り戻す。
「これより審問を始める。第一発見者、話を聞きかせてくれ」
自転車部の菊池潤奈が挙手した。
「怪我をしたから出水さんに診てもらおうとしたんだ。そしたら机のうえに突っ伏してて、寝てるのかなと思ってゆすったら床に倒れて、どうしたらいいのかわからなかったから、急いで委員長を呼びにいったんだ」
まだ動揺しているらしく、声が震えている。
「そのとき息はあったのかい?」
「わからない、あせってたし」
「菊池さん、怪我をしているようには見えないのだが」
「見えないところを怪我したんだよ」
菊池潤奈は顔を赤くした。
おそらくデリケートゾーンだろう。
自転車に乗るのは控えろと忠告したのに……。
「委員長が駆け付けたとき、息はあったのか?」
「いいえないわ」
「おおよその死亡推定時刻を知りたいのだが、お茶は冷めていたか?」
「触ってはいないけれど、湯気が出ていたから温かいと思うわ」
「となると、発見時刻と死亡時刻は近いと考えていいだろう。いまから二時間前のアリバイを確認する。まずは委員長」
「二見さん気仙君と村の工事について話をしていたわ」
瀧田賢はひとりづつ質問し、全員のアリバイを確認した。
「嘘をついている人はいないが、アリバイを証明できない人が半数以上いる。これまでの情報では誰でも犯行が可能だろう」
彼の推理を聞いたクラスメイトがふたたびザワザワし始める。
才原優斗が挙手した。
「俺も委員長と同じく毒が怪しいと思う。凶器から捜査したらどうだろうか」
「なるほど。財前、オマエは毒薬を作成できるか?」
「できるよ」
財前哲史に緊張している様子は見受けられない。
ふだんの彼らしく飄々と答える。
「作成したことはあるか?」
「あるよ」
クラスメイトがザワッとする。
「静粛に。嘘を看破するために小さな声も逃したくない。みんな発言を控えてくれ」
議事堂にふたたび静寂が戻った。
「出水さんに毒を飲ませたのは財前か?」
「ちがうよ」
みんな声には出さないが安堵の溜息を洩らした。
「店頭に並べていないよな?」
「もちろん、倉庫に保管してあるよ」
「毒薬のことを知っていたのは誰だ?」
「儀保、苦瓜、新垣さんの三人だよ」
名前を呼ばれてドキッとする。
たしかに冷やかしにいったとき儀保裕之が毒薬について質問したのだ。
作れるとは聞いているが、実際に作成したとは聞いていない。
まさか、俺か悪友に罪をなすりつけるために……、いや、考えすぎか。
「儀保、出水さんに毒を飲ませたのはオマエか?」
「ンなわけあるか」
冗談だろと言いたげに、半笑いで答えた。
「苦瓜、出水さんに毒を飲ませたのはオマエか?」
俺に彼女を殺す理由は……、ないこともないな。
出水涼音は石亀永江をワンキルしてる。
要注意人物だし、俺の秘密を知っている。
なので消しておいても……、なんてことは考えていない。
「俺じゃありません」
「新垣、出水さんに毒を飲ませたのはオマエか?」
「違います」
――えっ?! 新垣沙弥香じゃないのか? どういうことだ?
「瀧田、ひとりずつ全員に『出水さんに毒を飲ませたのはオマエか?』って聞いたらいいんじゃね?」
儀保裕之が珍しく冴えた発言をした。
だがな、瀧田賢を見ろ、残念そうな顔をしてるだろ。
アイツの夢はシャーロックホームズ。きっと名探偵気分で話をしてたはずだ。
雰囲気も大事なんだぞ。
推理なんて関係のない、つまらない単調な確認作業が終わった。
やる気の失せた瀧田賢の目はずっと死んでいた。
結論、誰も毒を飲ませていない。
「委員長、調査の結果、毒殺ではないと言わざるを得ないな」
「わたしの勘違いか、みんな時間を取らせて申し訳ない」
「ホームズ君、ほんとうに犯人はいないのかね?」
俺にホームズと呼ばれ、瀧田賢が顔を赤くした。
彼の夢を暴露する発言だ、さぞ恥ずかしいだろう。
しかし、ここはあえてホームズの名前をだす。
オマエの推理は甘いのだと印象付けるためだ。
「どうした苦瓜」
「俺は毒殺だと思うぞ」
俺は立ち上がる。
思考の海に広がるのは、複雑に絡み合った謎の糸。
それぞれが異なる事件の断片を繋げている。
俺はその糸を手繰り寄せ、一つ一つ丁寧に解きほぐす。
まるで、巧妙に組み上げられたパズルを解くようなものだ。
頭の中では、まるで映画のようにBGMが流れ始める。
それは緊張感を高め、集中力を増すための音楽だ。
ピアノの音色が響き、ストリングスが高まる。
俺はワトソン。
主役である瀧田賢の窮地に颯爽と登場したのだ。
「スキルで確認したんだ。クラスメイトに犯人はいない」
メガネの中央を中指で押す仕草。彼が自信をもって発言するときの癖だ。
「スキルを過信しすぎていないかね、ホームズ君」
「頼むから、そのホームズ君はやめてくれ……」
「あ、ごめん。――ひとつ確認させてくれ。財前、毒消し薬は作ってあるか?」
「あるよ。狩猟部隊にはつねに携帯してもらってるからね」
「毒薬に毒消し薬を混ぜるとどうやる?」
「えっ……、やったことないからわからないな。たぶん水になるんじゃない?」
「まさか、お茶に毒消し薬を入れたのか?」
瀧田賢がいち早く気づく。
「連城に鑑定してもらわないと確かなことは言えないけど、たぶんな」
みんな俺に注目した。
舞台のうえで味わえる高揚感が、俺の背中をゾゾゾと駆けあがる。
探偵役は演じたことないけれど、これは病みつきになるほど気持ちがいい。
「この村にはお茶を淹れるティーセットはない。お茶を作れるのは料理の加護をもつ両津さんだけだ。両津さん、出水さんにお茶を作った?」
「ええ。いつも同じ時間に取りにくるわ」
「ふだんと違う出来事はなかった?」
「あっ! 才賀さんに珍しいお茶の葉をもらったから、それを使ったわ」
茶道部の才賀小夜がビクッとした。
みんないっせいに彼女を見る。
視線というのは故意に集めると気持ちがいい反面、ふいに向けられると緊張するのだ。
「わ、わたしわぁ、ぉ、お茶の葉の香りと風味を強くする薬ってぇいわれてぇ使っただけですぅぅぅ」
挙動不審がMAXだ。目は泳ぎ、汗を流し、呼吸は荒い。
「その薬は誰からもらったの?」
「牧瀬さんですぅ」
バレー部の牧瀬遙が驚いた表情をした。
みんないっせいに彼女に注目する。
「オマエ、なのか?」
彼女と幼馴染の儀保裕之が驚いた。
「ちっ、違う、わたしじゃない! わたしだって同じこと言われたんだから」
思い人に疑われるほど辛いことはない。
必死な形相で言い訳する。
「薬は誰からもらったんだ?」
「薬局からもってきたのよ。場所は教えてもらったから」
「その場所を教えたのはだ誰?」
チラリとソイツに視線をうつす。
もちろん犯人は新垣沙弥香だ。
「なにその目、ウチが犯人て言いたいワケ?」
「でもっ……」
ボス猿に睨まれて怯える牧瀬遙。
「苦瓜、新垣は嘘をついてないぞ」
――なんでオマエが擁護するんだよ!
「だから過信と言ったんだ。オマエの質問じゃあ犯人は特定できない」
「なにっ?」
「まあ見てろ。新垣、出水さんを殺したいほど憎んでいるか?」
「ムカつく! なんでアンタの質問に答えなきゃイケないワケ?」
「逃げるなよ。一言だろ? イエスかノーだ」
「ノー!!!」
瀧田賢が驚愕の表情になる。
「えっ?! 偽りだ……」
犯人の表情が険しくなる。
信じられないという表情でクラスメイトが息をのむ。
「毒薬と知っていて牧瀬に薬を運ばせたか?」
「ノー!!!」
「偽りだ」
犯人の額に血管が浮き出た。
「毒殺を計画したのはオマエか?」
「ノー!!!」
「偽りだ」
犯人の目が俺に激しい殺意をむける。
耳や首は赤くなり、クチは震え、目は血走り、拳は固く握られた。
今にも爆発しそうな感情が犯人の表情から滲みでている。
「わかるか瀧田。コイツは毒薬を直接飲ませていないんだ。毒素の付いた葉が偶然お茶になって出水のクチに入った、そう思いこんでいる」
「なんてことだ……」
「穴だらけの計画だよ。牧瀬が薬を間違えるかもしれない。才賀がお茶を飲んでしまうかもしれない。両津がいつもの葉を使うかもしれない。まるで綱渡りだ」
「わたしがそのお茶を飲んだかもしれないの?」
両津朱莉が怯えた表情で震えた。
「ああ。出水さんの友達だから、キミもターゲットなのかもしれない」
「うそっ……」
クチを押さえ信じられないという表情で犯人を見た。
「わ、わたしっ、関係ないよっ」
才賀小夜が泣きそうだ。
「出水と楽しそうに銭湯にいっただろ。遠征で仲良くなったと思われたのかもな」
半泣きの彼女は犯人にむかって
「酷いっ!!」と叫んだ。
「オマエ、オマエだ! いつもいつもいつもいつも、ウチの邪魔ばっか!」
殺し屋の目だ。
女の子に殺意を向けられるなんて人生で初めての経験。
味わいたくなかったな……。
「怖っ! 暴れるかもしれないからさ、狛、捕まえてて欲しい」
「いいぞ」
空手部の太い拳が犯人の手首をしっかりと掴む。
「瀧田、あとはよろしく」
俺は脱力しながら椅子に座った。
「ここで俺に振るのか、オマエもたいがい酷いな」
「悪いね、精神的に限界なんですよ」
やっぱりなれないことはしないほうがいい。
精神的に凄い疲れた。
「そうだな……。犯人は確定した。これより裁判員制度によって刑罰を決める。初回ということもあり、今回は全員参加にしたいと思う。意見のある人は発言を頼む」
議事堂が静まり返った。
あたりまえだ。
誰だって人を裁きたいなんて思ってないんだよ。
けれど、誰かに責任をなすりつけるのは間違えている。
痛みは分かち合うべきだ。
「遙を計画に使ったのは許せない。死刑でいいぞ」
儀保裕之は凄いな。
俺にその決断はできないし、ましてやクラスメイトの前で言い切るなんて無理だ。
「わたしも殺そうとしたんでしょ、死刑にしてよ」
「わ、わたしも同じ意見ですっ」
両津朱莉と才賀小夜はしかたない。
とばっちり被害者なのだから。
「死には死を。俺も死刑でいいと思う」
才原優斗が過激なことをいうのを初めて聞いた。
交際中の彼女が殺されたんだ、あたりまえだろう。
ふだんの温厚な彼とは思えない意見に、クラスメイトが驚く。
二人の関係を知らないのだから無理はない。
「死刑には反対だ。罪は裁くものではなく、償うものだ」
きれいごとだ石亀永江。
いや、本心じゃないのかもしれない。
才原優斗が死刑と発言したため、バイアスが傾いた。
それを回避するために逆の意見を出したのかもしれない。
あくまで中立を保つ気なのか……。
「委員長、いまは私見を述べるのではなく、刑罰を決めるときだ。具体的にどう償わせる」
苦渋の発言なのだろう。石亀永江はもの凄く辛い表情をした。
「村から追放で」
このような状況で発言できるほど勇気のあるヤツは少ない。
もう当事者たちの気持ちは聞けたはずだ。
「意見は出そろったようだ。本来ならば意見が一致するまで話し合う。しかし、今回は特別に全員参加にした。意見が一致するのはむずかしい。よって多数決とする。死刑か追放、必ず挙手すること。――死刑に賛成の人、挙手。――追放に賛成の人、挙手」
三十票中、死刑は四人、追放が二十六人だった。
「判決、新垣沙弥香を村から追放処分とする。これにて閉廷!」
不安をかかえた暗い表情。
部屋の空気はふだんの賑やかさとは違い、どこか重苦しい。
司会進行はいつものように石亀永江だ。
「第七回、クラス会議を始める。議題は出水さんの死について」
その言葉が室内に響き渡ると、一瞬、時間が止まったような静寂が広がる。
誰もがその事実を受け入れられず、ただ茫然と前を見つめた。
「先ほど、病院の自室で出水さんが死亡しているのが確認された」
すでに噂が流れているので改めて驚く人はいない。
悲しみや困惑など、さまざまな表情を浮かべていた。
「外傷はなく死因は不明。朝食の席では元気だったので病気も考えにくい。そもそも病気であれば治癒の加護で治せたはずだ」
議事堂がザワザワする。
ヒソヒソと話す声には『自殺』や『殺人』などのワードも含まれていた。
俺も殺人の線が濃厚だと思う。
もちろん犯人は新垣沙弥香だ。
出水涼音を鬼のような形相で睨んでいた。殺意は十分にあるだろう。
「机のうえに倒れたカップが残されていた。念のため、毒が混入していないか連城君に鑑定を依頼した」
「普通のお茶だったぞ」
錬金術の加護をもつ連城敏昭が答えた。
「わたしの手には負えない事件だ。なので裁判官の瀧田君に後は任せたい」
石亀永江が席に座ると、代わりに瀧田賢が前に出た。
彼は頬をポッと染めるが、クラスメイトが死んだのだ、すぐに冷静さを取り戻す。
「これより審問を始める。第一発見者、話を聞きかせてくれ」
自転車部の菊池潤奈が挙手した。
「怪我をしたから出水さんに診てもらおうとしたんだ。そしたら机のうえに突っ伏してて、寝てるのかなと思ってゆすったら床に倒れて、どうしたらいいのかわからなかったから、急いで委員長を呼びにいったんだ」
まだ動揺しているらしく、声が震えている。
「そのとき息はあったのかい?」
「わからない、あせってたし」
「菊池さん、怪我をしているようには見えないのだが」
「見えないところを怪我したんだよ」
菊池潤奈は顔を赤くした。
おそらくデリケートゾーンだろう。
自転車に乗るのは控えろと忠告したのに……。
「委員長が駆け付けたとき、息はあったのか?」
「いいえないわ」
「おおよその死亡推定時刻を知りたいのだが、お茶は冷めていたか?」
「触ってはいないけれど、湯気が出ていたから温かいと思うわ」
「となると、発見時刻と死亡時刻は近いと考えていいだろう。いまから二時間前のアリバイを確認する。まずは委員長」
「二見さん気仙君と村の工事について話をしていたわ」
瀧田賢はひとりづつ質問し、全員のアリバイを確認した。
「嘘をついている人はいないが、アリバイを証明できない人が半数以上いる。これまでの情報では誰でも犯行が可能だろう」
彼の推理を聞いたクラスメイトがふたたびザワザワし始める。
才原優斗が挙手した。
「俺も委員長と同じく毒が怪しいと思う。凶器から捜査したらどうだろうか」
「なるほど。財前、オマエは毒薬を作成できるか?」
「できるよ」
財前哲史に緊張している様子は見受けられない。
ふだんの彼らしく飄々と答える。
「作成したことはあるか?」
「あるよ」
クラスメイトがザワッとする。
「静粛に。嘘を看破するために小さな声も逃したくない。みんな発言を控えてくれ」
議事堂にふたたび静寂が戻った。
「出水さんに毒を飲ませたのは財前か?」
「ちがうよ」
みんな声には出さないが安堵の溜息を洩らした。
「店頭に並べていないよな?」
「もちろん、倉庫に保管してあるよ」
「毒薬のことを知っていたのは誰だ?」
「儀保、苦瓜、新垣さんの三人だよ」
名前を呼ばれてドキッとする。
たしかに冷やかしにいったとき儀保裕之が毒薬について質問したのだ。
作れるとは聞いているが、実際に作成したとは聞いていない。
まさか、俺か悪友に罪をなすりつけるために……、いや、考えすぎか。
「儀保、出水さんに毒を飲ませたのはオマエか?」
「ンなわけあるか」
冗談だろと言いたげに、半笑いで答えた。
「苦瓜、出水さんに毒を飲ませたのはオマエか?」
俺に彼女を殺す理由は……、ないこともないな。
出水涼音は石亀永江をワンキルしてる。
要注意人物だし、俺の秘密を知っている。
なので消しておいても……、なんてことは考えていない。
「俺じゃありません」
「新垣、出水さんに毒を飲ませたのはオマエか?」
「違います」
――えっ?! 新垣沙弥香じゃないのか? どういうことだ?
「瀧田、ひとりずつ全員に『出水さんに毒を飲ませたのはオマエか?』って聞いたらいいんじゃね?」
儀保裕之が珍しく冴えた発言をした。
だがな、瀧田賢を見ろ、残念そうな顔をしてるだろ。
アイツの夢はシャーロックホームズ。きっと名探偵気分で話をしてたはずだ。
雰囲気も大事なんだぞ。
推理なんて関係のない、つまらない単調な確認作業が終わった。
やる気の失せた瀧田賢の目はずっと死んでいた。
結論、誰も毒を飲ませていない。
「委員長、調査の結果、毒殺ではないと言わざるを得ないな」
「わたしの勘違いか、みんな時間を取らせて申し訳ない」
「ホームズ君、ほんとうに犯人はいないのかね?」
俺にホームズと呼ばれ、瀧田賢が顔を赤くした。
彼の夢を暴露する発言だ、さぞ恥ずかしいだろう。
しかし、ここはあえてホームズの名前をだす。
オマエの推理は甘いのだと印象付けるためだ。
「どうした苦瓜」
「俺は毒殺だと思うぞ」
俺は立ち上がる。
思考の海に広がるのは、複雑に絡み合った謎の糸。
それぞれが異なる事件の断片を繋げている。
俺はその糸を手繰り寄せ、一つ一つ丁寧に解きほぐす。
まるで、巧妙に組み上げられたパズルを解くようなものだ。
頭の中では、まるで映画のようにBGMが流れ始める。
それは緊張感を高め、集中力を増すための音楽だ。
ピアノの音色が響き、ストリングスが高まる。
俺はワトソン。
主役である瀧田賢の窮地に颯爽と登場したのだ。
「スキルで確認したんだ。クラスメイトに犯人はいない」
メガネの中央を中指で押す仕草。彼が自信をもって発言するときの癖だ。
「スキルを過信しすぎていないかね、ホームズ君」
「頼むから、そのホームズ君はやめてくれ……」
「あ、ごめん。――ひとつ確認させてくれ。財前、毒消し薬は作ってあるか?」
「あるよ。狩猟部隊にはつねに携帯してもらってるからね」
「毒薬に毒消し薬を混ぜるとどうやる?」
「えっ……、やったことないからわからないな。たぶん水になるんじゃない?」
「まさか、お茶に毒消し薬を入れたのか?」
瀧田賢がいち早く気づく。
「連城に鑑定してもらわないと確かなことは言えないけど、たぶんな」
みんな俺に注目した。
舞台のうえで味わえる高揚感が、俺の背中をゾゾゾと駆けあがる。
探偵役は演じたことないけれど、これは病みつきになるほど気持ちがいい。
「この村にはお茶を淹れるティーセットはない。お茶を作れるのは料理の加護をもつ両津さんだけだ。両津さん、出水さんにお茶を作った?」
「ええ。いつも同じ時間に取りにくるわ」
「ふだんと違う出来事はなかった?」
「あっ! 才賀さんに珍しいお茶の葉をもらったから、それを使ったわ」
茶道部の才賀小夜がビクッとした。
みんないっせいに彼女を見る。
視線というのは故意に集めると気持ちがいい反面、ふいに向けられると緊張するのだ。
「わ、わたしわぁ、ぉ、お茶の葉の香りと風味を強くする薬ってぇいわれてぇ使っただけですぅぅぅ」
挙動不審がMAXだ。目は泳ぎ、汗を流し、呼吸は荒い。
「その薬は誰からもらったの?」
「牧瀬さんですぅ」
バレー部の牧瀬遙が驚いた表情をした。
みんないっせいに彼女に注目する。
「オマエ、なのか?」
彼女と幼馴染の儀保裕之が驚いた。
「ちっ、違う、わたしじゃない! わたしだって同じこと言われたんだから」
思い人に疑われるほど辛いことはない。
必死な形相で言い訳する。
「薬は誰からもらったんだ?」
「薬局からもってきたのよ。場所は教えてもらったから」
「その場所を教えたのはだ誰?」
チラリとソイツに視線をうつす。
もちろん犯人は新垣沙弥香だ。
「なにその目、ウチが犯人て言いたいワケ?」
「でもっ……」
ボス猿に睨まれて怯える牧瀬遙。
「苦瓜、新垣は嘘をついてないぞ」
――なんでオマエが擁護するんだよ!
「だから過信と言ったんだ。オマエの質問じゃあ犯人は特定できない」
「なにっ?」
「まあ見てろ。新垣、出水さんを殺したいほど憎んでいるか?」
「ムカつく! なんでアンタの質問に答えなきゃイケないワケ?」
「逃げるなよ。一言だろ? イエスかノーだ」
「ノー!!!」
瀧田賢が驚愕の表情になる。
「えっ?! 偽りだ……」
犯人の表情が険しくなる。
信じられないという表情でクラスメイトが息をのむ。
「毒薬と知っていて牧瀬に薬を運ばせたか?」
「ノー!!!」
「偽りだ」
犯人の額に血管が浮き出た。
「毒殺を計画したのはオマエか?」
「ノー!!!」
「偽りだ」
犯人の目が俺に激しい殺意をむける。
耳や首は赤くなり、クチは震え、目は血走り、拳は固く握られた。
今にも爆発しそうな感情が犯人の表情から滲みでている。
「わかるか瀧田。コイツは毒薬を直接飲ませていないんだ。毒素の付いた葉が偶然お茶になって出水のクチに入った、そう思いこんでいる」
「なんてことだ……」
「穴だらけの計画だよ。牧瀬が薬を間違えるかもしれない。才賀がお茶を飲んでしまうかもしれない。両津がいつもの葉を使うかもしれない。まるで綱渡りだ」
「わたしがそのお茶を飲んだかもしれないの?」
両津朱莉が怯えた表情で震えた。
「ああ。出水さんの友達だから、キミもターゲットなのかもしれない」
「うそっ……」
クチを押さえ信じられないという表情で犯人を見た。
「わ、わたしっ、関係ないよっ」
才賀小夜が泣きそうだ。
「出水と楽しそうに銭湯にいっただろ。遠征で仲良くなったと思われたのかもな」
半泣きの彼女は犯人にむかって
「酷いっ!!」と叫んだ。
「オマエ、オマエだ! いつもいつもいつもいつも、ウチの邪魔ばっか!」
殺し屋の目だ。
女の子に殺意を向けられるなんて人生で初めての経験。
味わいたくなかったな……。
「怖っ! 暴れるかもしれないからさ、狛、捕まえてて欲しい」
「いいぞ」
空手部の太い拳が犯人の手首をしっかりと掴む。
「瀧田、あとはよろしく」
俺は脱力しながら椅子に座った。
「ここで俺に振るのか、オマエもたいがい酷いな」
「悪いね、精神的に限界なんですよ」
やっぱりなれないことはしないほうがいい。
精神的に凄い疲れた。
「そうだな……。犯人は確定した。これより裁判員制度によって刑罰を決める。初回ということもあり、今回は全員参加にしたいと思う。意見のある人は発言を頼む」
議事堂が静まり返った。
あたりまえだ。
誰だって人を裁きたいなんて思ってないんだよ。
けれど、誰かに責任をなすりつけるのは間違えている。
痛みは分かち合うべきだ。
「遙を計画に使ったのは許せない。死刑でいいぞ」
儀保裕之は凄いな。
俺にその決断はできないし、ましてやクラスメイトの前で言い切るなんて無理だ。
「わたしも殺そうとしたんでしょ、死刑にしてよ」
「わ、わたしも同じ意見ですっ」
両津朱莉と才賀小夜はしかたない。
とばっちり被害者なのだから。
「死には死を。俺も死刑でいいと思う」
才原優斗が過激なことをいうのを初めて聞いた。
交際中の彼女が殺されたんだ、あたりまえだろう。
ふだんの温厚な彼とは思えない意見に、クラスメイトが驚く。
二人の関係を知らないのだから無理はない。
「死刑には反対だ。罪は裁くものではなく、償うものだ」
きれいごとだ石亀永江。
いや、本心じゃないのかもしれない。
才原優斗が死刑と発言したため、バイアスが傾いた。
それを回避するために逆の意見を出したのかもしれない。
あくまで中立を保つ気なのか……。
「委員長、いまは私見を述べるのではなく、刑罰を決めるときだ。具体的にどう償わせる」
苦渋の発言なのだろう。石亀永江はもの凄く辛い表情をした。
「村から追放で」
このような状況で発言できるほど勇気のあるヤツは少ない。
もう当事者たちの気持ちは聞けたはずだ。
「意見は出そろったようだ。本来ならば意見が一致するまで話し合う。しかし、今回は特別に全員参加にした。意見が一致するのはむずかしい。よって多数決とする。死刑か追放、必ず挙手すること。――死刑に賛成の人、挙手。――追放に賛成の人、挙手」
三十票中、死刑は四人、追放が二十六人だった。
「判決、新垣沙弥香を村から追放処分とする。これにて閉廷!」
1
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい
一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。
しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。
家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。
そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。
そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。
……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
大好きな彼女を学校一のイケメンに寝取られた。そしたら陰キャの僕が突然モテ始めた件について
ねんごろ
恋愛
僕の大好きな彼女が寝取られた。学校一のイケメンに……
しかし、それはまだ始まりに過ぎなかったのだ。
NTRは始まりでしか、なかったのだ……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる