超克の艦隊

蒼 飛雲

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マーシャル沖海戦

第8話 第一次攻撃隊

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 第一航空艦隊の「赤城」と「加賀」それに「蒼龍」と「飛龍」から発進した第一次攻撃隊は太平洋艦隊を視認しないうちから敵戦闘機の迎撃を受けた。
 一〇機あまりのずんぐりとした、流麗とは言い難い武骨な機体が迫ってくる。
 米軍が言うところのF4Fワイルドキャット戦闘機が第一次攻撃隊の前にその姿を現したのだ。
 そこへ「加賀」戦闘機隊が斬り込んでいき、わずかに遅れて「飛龍」戦闘機隊がそれに続く。
 「赤城」戦闘機隊は九九艦爆や九七艦攻のそばを離れず、絶対防衛の姿勢を崩さない。

 先手を取ったのはF4Fだった。
 数的劣勢の不利を覆すべく、先手必勝とばかりに両翼から四条の火箭を吐き出す。
 だが、その弾幕に捉えられる零戦は皆無だった。
 零戦の搭乗員はその誰もが米戦闘機が低伸性に優れた高性能機銃を備えていることを知っていたからだ。
 これは、開戦劈頭のフィリピン航空戦で米戦闘機と干戈を交えた基地航空隊の零戦搭乗員からの報告によるものだった。
 海軍甲事件以降、情報を重視するようになった帝国海軍は空の戦いにおいてもその例外ではなく、同航空戦で得た戦訓は他の部隊にも十分過ぎるほどにフィードバックされていた。

 二四機の零戦はF4Fと交錯すると同時に急旋回をかける。
 F4Fのほうもまた旋回するが、しかしその機動は零戦を相手取るにはあまりにも緩慢過ぎた。
 あるいは、零戦からのドッグファイトの挑戦を受けた時点でF4Fとその搭乗員の運命はすでに決定づけられていたのかもしれない。

 F4Fの背後を取った零戦が両翼から二〇ミリ弾を吐き出していく。
 銃身が短く、それゆえに初速が遅く貫徹力に難があるとされる二〇ミリ弾も、相手が単発戦闘機であればその欠点が露呈することはほとんどない。
 F4Fは胴体や翼、あるいはエンジンやコクピットに大穴を穿たれ次々に撃破されていく。
 そして、その多くは致命的打撃を被っており、そのままマーシャル沖の海へと吸い込まれていった。

 F4Fの阻止線を突破した九九艦爆と九七艦攻は「赤城」戦闘機隊の護衛のもとそのまま進撃、ほどなく眼下に太平洋艦隊の姿を捉える。
 前衛に八隻の戦艦を中心とした水上打撃部隊、そしてその後方に三群からなる機動部隊。
 このうち、一航艦が攻撃するのは最も北に位置する機動部隊だ。
 一隻の空母を中心に、三隻の大型艦と六隻の小型艦がその周囲を固めている。
 小型艦は駆逐艦、大型艦のほうは重巡かもしくは「ブルックリン」級軽巡だろう。

 「『蒼龍』隊目標巡洋艦、『加賀』隊目標駆逐艦。艦爆隊の攻撃終了後『赤城』隊は左舷から、『飛龍』隊は右舷から空母を攻撃せよ」

 攻撃隊指揮官兼「赤城」艦攻隊長の村田少佐の命令一下、それぞれ三六機の九九艦爆と九七艦攻が緊密な編隊を解き、目標へ向かって加速する。
 このうち「蒼龍」隊は二手に分かれ、それぞれ左右に位置する大型艦に向かって降下を開始する。
 真っ先に攻撃を仕掛けたのは江草少佐率いる「蒼龍」第一中隊だった。
 同中隊が狙うのは右翼を固める巡洋艦だ。
 その巡洋艦から吐き出される火弾や火箭の量は凄まじい。
 高角砲弾の至近爆発に巻き込まれた九九艦爆が煙を吐き出しながら後落し、さらに機関砲弾かあるいは機銃弾の直撃を食らった別の一機が爆散する。
 しかし、残る七機は動揺した様子もなく巡洋艦に肉薄、次々に腹に抱えていた二五番を投じていく。

 数瞬後、巡洋艦の左右にそれぞれ二本の水柱が立ちのぼり、さらに三つの爆煙が艦上に沸き立つ。
 その頃には「蒼龍」第二中隊の攻撃も終了しており、こちらもまた目標とした艦に三発の直撃弾を食らわせていた。

 「蒼龍」艦爆隊にわずかに遅れて攻撃を開始した「加賀」艦爆隊もまた戦果を挙げた。
 小隊ごとに駆逐艦を攻撃した「加賀」艦爆隊は、そのいずれにも一発以上の直撃弾を与えていた。

 九隻あった護衛艦艇のうちの八隻が被弾したことで米機動部隊が形成していた輪形陣は完全に崩壊する。
 米機動部隊の対空火力の減衰を見て取った「赤城」艦攻隊と「飛龍」艦攻隊が空母を挟撃すべく急迫する。

 (「レキシントン」級だな)

 狙いをつけた空母はその艦上にそれぞれ独立した艦橋と煙突を設けていた。
 艦橋に比べて煙突のほうはあまりにも巨大だ。
 このようなスタイルを持つ空母はこの世に二隻しか存在しない。
 「レキシントン」級のネームシップの「レキシントン」とそれに姉妹艦の「サラトガ」だ。

 その「レキシントン」級空母が取り舵を切ったのだろう、艦首を自分たちの方に向けてくる。
 右舷から迫る「飛龍」隊が一五機なのに対して左舷から突撃をかける「赤城」隊は二一機だから、おそらく米空母の艦長は数の多い「赤城」隊への対処を優先させたのだろう。
 これを見た村田少佐は敵の回避機動を無効化すべく機首をわずかに右に、そして次に左へと向ける

 「レキシントン」級空母から吐き出される対空砲火は凄まじかった。
 しかし、回頭しながらの射撃となるために正確な狙いをつけることが出来ないのだろう。
 被弾する機体はさほど多くない。
 それでも接近するにつれて相手の狙いも正確となり投雷前に一機、さらに投雷直後にも同じく一機が機関砲弾かあるいは機銃弾に絡めとられて撃ち墜とされる。

 腹にかかえてきた魚雷を投下すれば後は一目散に逃げるだけだ。
 「レキシントン」級空母の艦首や艦尾を躱し、九七艦攻が超低空飛行のまま離脱を図る。
 そこへ追撃の火箭が放たれ、運の悪い機体がマーシャル沖の海へと叩き落される。

 敵対空砲火の有効射程圏を抜け、上昇に転じるとともに後席の部下から歓喜交じりの声が村田少佐の耳に飛び込んでくる。

 「敵空母の左舷に水柱! さらに一本、二本、三本。右舷にも一本、二本、三本、四本、五本!」

 数の少ない「飛龍」隊のほうが命中本数が多かったのは「レキシントン」級空母が「赤城」隊の攻撃を優先して回避運動を試みたからだろう。
 逆に「飛龍」隊からみれば、同空母が自ら率先して大きな横腹をさらけ出すような動きに映ったはずだ。
 いずれにせよ、巡洋戦艦改造の大型空母とはいえ、それでも短時間に九本もの魚雷を横腹に突きこまれてはさすがに助からない。
 実際、眼下の「レキシントン」級空母は洋上停止し、その喫水を急速に深めつつあった。
 その頃には甲二を攻撃した二航艦攻撃隊からの戦果報告も上がってきている。

 「『ヨークタウン』級空母を撃沈。さらに三隻の巡洋艦と六隻の駆逐艦を撃破」

 二航艦攻撃隊は艦攻の数こそ同じだが、一方で艦爆のほうは一航艦のそれより五割も多い。
 そのことで、甲二の巡洋艦や駆逐艦に与えた痛撃も一航艦のそれを上回ったのだろう。

 (もはや、甲三の空母を撃ち漏らすことはあり得ないだろう)

 甲三の攻撃を担当する一航艦の第二次攻撃隊は零戦が二四機に九九艦爆とそれに九七艦攻がそれぞれ三六機の合わせて九六機からなる。
 第一次攻撃隊に比べて零戦の数は少ないが、しかし九九艦爆と九七艦攻は同等だ。
 手練れの彼らであれば、間違いなく最後の一隻を始末してくれるだろう。
 村田少佐は胸中でそう確信する。
 彼は完全に正しかった。
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