超克の艦隊

蒼 飛雲

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誤謬戦艦「大和」

第1話 新型戦艦

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 海軍列強はロンドン海軍軍縮条約の失効を見据え、すでに動き出していた。
 もちろん、帝国海軍もまたその例外ではない。
 組織の全力を挙げて新型戦艦をはじめとした新鋭艦の設計を推し進めている。
 その帝国海軍の軍備計画は、関係者の間ではマル三計画と呼称されていた。
 同計画において新型戦艦は二隻の調達が予定されていた。

 建造されるはずの新型戦艦の設計案は実に二〇以上にも及んだ。
 その中でも特にA140-F案が有力視されていた。
 同案は三連装砲塔を前部に二基、後部に一基搭載するもので、その主砲口径は四六センチという巨大なものだった。

 新型戦艦計画が進む中、しかしそこへ米国の駐在武官より衝撃のニュースがもたらされる。
 米国が新たに二種類の新型戦艦の整備を計画しているというのだ。
 しかも、そのうちの一つは四五〇〇〇トンの船体に九門の四〇センチ砲を搭載したもので、三三ノットという破格の高速性能を備えているという。
 残る一つは六〇〇〇〇トンの船体に一二門の四〇センチ砲を装備するという、こちらはまさに超ヘビー級とも言える戦艦だった。

 帝国海軍としても米国が四五〇〇〇トン程度の戦艦を建造することは織り込み済みだった。
 四五〇〇〇トン級戦艦であれば、パナマ運河の通航はこれが可能だからだ。
 しかし六〇〇〇〇トン級戦艦であればそうはいかない。
 それほどの巨艦であれば、全幅三三メートル以内というパナマ運河の通航要件をクリアすることなどまず不可能だからだ。
 あるいは、六〇〇〇〇トン級戦艦の建造は、つまりは米海軍がパナマックス政策を放棄したとも言えた。

 この重大情報に対する帝国海軍の動きは迅速だった。
 海軍大臣と軍令部総長ならびに連合艦隊司令長官の海軍三顕職、それに艦政本部長を加えた重鎮らがただちに会合を持ったのだ。

 「米国が六〇〇〇〇トン級の戦艦を計画しているとのことだが、しかしこの情報は真なのか」

 軍令部総長の伏見宮元帥が海軍大臣の永野修身大将を見据え、端的に問いかける。
 軍政や人事に関する職掌、その権限は海軍省にある。

 「米国には特に優秀な者を武官として送り込んでおりますから、確度は高いものと思われます」

 永野大臣自身は確信こそ持てないものの、しかしみだりに部下を疑うわけにもいかない立場だ。
 海軍大臣の言葉は当事者だけでなく、組織全体にも大きな影響を及ぼす。
 情報を否定する根拠が無い以上、トップの責任者としてはこう答えざるを得なかった。

 「仮に六〇〇〇〇トン級戦艦を米海軍が建造するとして、我が方の新型戦艦との力関係はどのようなものになるか」

 今度は艦政本部長の中村良三大将に視線を向け、伏見宮総長が問いを重ねる。

 「こちらが計画している新型戦艦は六四〇〇〇トンで四六センチ砲を九門装備しています。一方で米側は同じく六〇〇〇〇トン級で四〇センチ砲が一二門。これを現行の戦艦に当てはめるとすれば、英国の『ネルソン』級と米国の『テネシー』級がこれと似たような関係だと言えるでしょう」

 「ネルソン」級戦艦は四〇センチ砲を九門、「テネシー」級戦艦は長砲身の三六センチ砲を一二門装備する。
 基準排水量の比較で言えば、「ネルソン」級のほうがわずかに大きいから、帝国海軍の新型戦艦と米国の六〇〇〇〇トン級戦艦の関係とほぼ合致している。

 「仮に艦政本部長の言う通りだとして、『ネルソン』級戦艦と『テネシー』級戦艦が戦えばどうなる」

 中村本部長から、今度は連合艦隊司令長官の高橋三吉大将に視線を移した伏見宮総長が興味の色をその瞳に滲ませながら問いかける。

 「ふつうに戦えば四〇センチ砲を搭載した『ネルソン』級のほうが有利だと言えます。しかし、その差はわずかでしかないでしょう。指揮官の能力や将兵の練度、それに射撃照準装置の優劣でその力関係は容易に覆ります」

 高橋長官の直截な言に、伏見宮総長のみならず永野大臣や中村本部長も黙り込む。
 帝国海軍の新型戦艦は数に勝る米戦艦をその圧倒的な戦力、つまりは質で補うことがそのコンセプトのはずだった。
 しかし、高橋長官によれば、米国の六〇〇〇〇トン級戦艦はこちらの新型戦艦に迫る戦闘力を持つという。
 このままでは、帝国海軍の新型戦艦は米新型戦艦に対して大きなアドバンテージを持つこともなく、逆に米軍が得意とする数の暴力の渦にたちまちのうちに飲み込まれてしまうだろう。

 「打開策はあるか」

 伏見宮総長が高橋長官に向けて短い問いを発する。

 「方法は二つ。こちらも数を揃えるか、あるいは個艦の性能を引き上げるかのいずれかです」

 高橋長官から返ってきた言葉はいたって常識的なものだった。
 ここで、伏見宮総長は少しばかり考える。
 兵力量の決定権、つまりは軍備は軍令部のマターだ。
 そして、伏見宮総長はその軍令部のトップでもある。
 これは、伏見宮総長自身が責任を持って考えるべき事柄だ。

 「日本の国力を考えれば、米軍並みに数を揃えることは不可能だ。そうなれば個艦の性能を引き上げるしかない。しかし、それは可能か」

 伏見宮総長はすがるような思いで中村本部長に向き直る。

 「四六センチ砲を超える大口径砲はまだ完成しておりません。そうなれば、門数を増やすことになります。新型戦艦の主砲塔を一基増やし、九門から一二門にするのが至当あるいは現実的と考えます」

 中村本部長の提言を受け、伏見宮総長は新型戦艦の模型を思い起こす。
 そして、一基有る後部砲塔を二基に増やす。
 脳内に描かれたイメージは悪くない。
 しかし、一方ですぐに問題があることに思い至る。
 A140-F案はその全長が二六〇メートルを超える。
 これに四六センチ三連装砲塔をそのまま追加すれば、おそらく三〇〇メートル近くに達するだろう。
 そうなれば、建造費は爆上がりし、他の建艦計画に悪影響を及ぼしてしまう。

 「仮に主砲塔を一基増やすとして、なんとか全長を二八〇メートル程度、それに排水量を七〇〇〇〇トン台に収めることはできんか」

 懇願するような伏見宮総長に、しかし中村本部長は言葉を飾らない。

 「不可能です。艦の中心線上に四基の主砲塔と二基の副砲塔を装備すれば、どうしても三〇〇メートル近い全長が必要となります。もし、短くしたいのであれば、艦の中心線上にある二基の副砲塔を撤去することです。そうすれば最低でも一〇メートル、うまくいけば二〇メートル程度は短くすることが出来るでしょう。そしてそれは、大幅な排水量の低減にもつながります」

 中村本部長の説明を受け、伏見宮総長は永野大臣それに高橋長官に意見を求める。

 「帝国海軍の予算に責任を持つ海軍大臣としては、新型戦艦はこれを極力コンパクトにしていただいたほうが助かります。予算を必要としているのはなにも戦艦だけではありませんので」

 「副砲は無くても構わないのではありませんか。そもそも、A140-F案の戦艦は片舷に指向できる一五・五センチ砲のそれが九門のみです。しかし、これは『最上』型巡洋艦の六割にしか過ぎません。この程度の火力では敵の補助艦艇に対してたいした抑止力にはなり得ないでしょう。むしろ副砲などは搭載せずに高角砲を増載して、その発達が著しい経空脅威に備えるべきだと考えます」

 永野大臣それに高橋長官の意見に、伏見宮総長は副砲撤去の方針を固める。
 あれもこれも欲しがっていては、艦体は肥大化する一方だ。
 逆に言えば、艦体をコンパクト化するには何かを削るしかない。

 「副砲はこれを諦めるしかなさそうだな。それよりも設計のほうが一からとなるが、それは大丈夫か」

 伏見宮総長がその懸念の表情を中村本部長に向ける。

 「問題ありません。新型戦艦の設計案には連装砲塔と三連装砲塔をそれぞれ二基、つまりは合わせて四基搭載するものがありました。これを流用すれば、さほど時間をかけずに纏め上げることができるでしょう」
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