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マリアナ沖海戦
第44話 逆襲の司令長官
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開戦以降における最大の勝利に、米海軍将兵らの士気は上がっている。
日本軍の最大の要衝であるトラック島に対して太平洋艦隊はこれを奇襲、大戦果を挙げたからだ。
電波傍受、それに諜報員の働きによって三隻の巡洋艦と四隻の駆逐艦、それに三〇隻を上回る商船を撃沈したことが分かっている。
また、これ以外にも複数の小型護衛艦艇の撃沈が確認されていた。
航空機のほうは七〇機あまりを撃墜、さらに二〇〇機以上を地上撃破している。
その一方で、こちらはわずかに二五機を失ったのにしか過ぎない。
彼我の損害比率を考えれば、これはもう圧勝と言ってよかった。
それと、直接の戦果ではないが、しかし一〇〇〇人を超える艦上機のクルーが実戦経験を積んだことは、間違いなく大きな成果だと言っていい。
いくら訓練で好成績を挙げたとしても、しょせん訓練は訓練だ。
今回の戦いで搭乗員らは悪意や殺意を持った相手と対峙し、そしてそういった連中に打ち勝った。
この経験は、搭乗員の血肉となって、彼らをさらなる高みへと導いてくれるはずだ。
だが、それはそれとして、太平洋艦隊司令長官のニミッツ大将は新たに発生した問題に頭を悩ませていた。
一〇月半ばまでにマリアナ諸島を攻略せよとの命令が、海軍上層部よりもたらされたからだ。
そして、それはルーズベルト大統領からの直々の命令だという。
その理由はあまりにも分かりやすい。
米国では大統領選挙が一一月に実施される、
その大統領選挙を前にルーズベルト大統領は大きな手柄が欲しいのだ。
(日本本土奇襲で味を覚え、そしてトラック奇襲でそのことが決定的となったのだろう)
開戦からこれまで、ルーズベルト大統領の支持率は戦闘の結果によって大きく上下動していた。
マーシャル沖海戦の敗北やフィリピンの失陥、それに二度にわたるミッドウェー海戦における惨敗にあたっては、当然のこととして彼の支持率は低下した。
一方で、日本本土奇襲やトラック奇襲に成功した際には、その支持率は顕著な上昇を見せている。
そして、ルーズベルト大統領は選挙を目前としている今、その再現、つまりは勝利を望んでいる。
ニミッツ長官としては、その動機はあまりにもバカバカしいものでしかなかった。
軍事的整合性を考えれば、マリアナ攻略はどんなに早くても年明けに実施すべきなのだ。
そして、その頃であれば、「エセックス」級空母も十分な数が揃っているし、「アイオワ」級戦艦の三番艦や四番艦、それに「アラスカ」級巡洋艦の一番艦や二番艦といった大型水上打撃艦艇も作戦に間に合うだろう。
そして、戦力が多ければ多いほど、逆に将兵が流す血は少なくて済むというのは戦争の真理だ。
しかし、その正論も四選を目指す今のルーズベルト大統領には通じない。
彼には枢軸国、わけてもナチス・ドイツを打倒するという野望にも近い信念があった。
そして、そのためには大統領の椅子が絶対に必要だった。
だから、当選するためであれば、彼は手段を選ばない。
実際に一〇月中のマリアナ攻略を自分たちに強要しているのだから、そのことは間違いない。
結局、そのトバッチリを食らったのが太平洋艦隊司令長官であるニミッツ大将であり、また部下の将兵たちだった。
ただ、ニミッツ長官は今回の作戦について、これが成算無しだとは考えていない。
「エセックス」級空母の大量就役が始まったことで、昨年までの絶望的な空母戦力の格差は、それこそ無視できるくらいにまで縮まったからだ。
それに、ニミッツ長官自身の矜持の問題もある。
本来であれば、第二次ミッドウェー海戦が終わった時点で自身の更迭は、これを免れないものとニミッツ長官は認識していた。
実際、米海軍上層部の中にはニミッツ長官の更迭を訴える者もいるという。
ニミッツ長官自身にしたところで、一度の海戦で空母と戦艦を合わせて一五隻も失った最高指揮官がその職を解かれないことなど、それこそあり得ないと考えていたくらいだ。
しかし、現実にはニミッツ長官の首はいまだにつながっている。
その理由をニミッツ長官は理解している。
自分を更迭すれば、それはルーズベルト大統領の責任問題に波及するからだ。
ニミッツ長官、さらには前任のキンメル提督の太平洋艦隊司令長官への就任を強く推したのは誰あろうルーズベルト大統領その人だった。
その彼が推薦した司令長官が、しかも二人も立て続けに更迭されたのであれば、国民は間違いなく任命者であるルーズベルト大統領の失態として認識するだろう。
そして、そのことを彼は恐れている。
(理由が何であれ、首がつながったというのであれば、二度にわたるミッドウェー海戦のリベンジを果たすだけだ)
そう考えて、ニミッツ長官はマリアナ攻略作戦に参加が可能な戦力を思い起こす。
主力となるのはもちろん七隻の「エセックス」級空母とそれに五隻の「インデペンデンス」級空母だ。
作戦開始があと三カ月遅ければ「シャングリラ」と「ランドルフ」それに「ボノム・リシャール」の三隻の「エセックス」級空母を戦列に加えられたはずなのだが、しかし、戦争でたらればを言い出したらきりがない。
それに、空母の数では劣勢だが、しかし肝心の艦上機の数の比較で言えば、日本海軍のそれに対して遜色は無いはずだ。
水上打撃艦艇のほうは戦艦が一〇隻も参加するから問題は無いように思える。
しかし、このうちで新型戦艦は「アイオワ」と「ニュージャージー」の二隻のみでしかない。
残りは最高速力が二〇ノット程度しか発揮できない旧式戦艦だから、こちらは船団護衛かあるいは上陸支援程度にしか使えない。
なので、艦隊決戦における戦力としてはカウントできない。
ただ、一方で補助艦艇は充実していた。
戦艦や空母に比べて巡洋艦や駆逐艦は短期間で建造できるから、その分だけ数を揃えやすいことが大きな理由だった。
ただ、これら巡洋艦や駆逐艦については、船団を護衛する部隊にも配備する必要があったから、それほど余裕があるわけでもなかった。
そのようなことを考えながら、ニミッツ長官は編成表にその視線を向ける。
そこにはマリアナ攻略作戦に参加する、つまりは連合艦隊を打ち破るために集結しつつある艨艟の名が記されていた。
日本軍の最大の要衝であるトラック島に対して太平洋艦隊はこれを奇襲、大戦果を挙げたからだ。
電波傍受、それに諜報員の働きによって三隻の巡洋艦と四隻の駆逐艦、それに三〇隻を上回る商船を撃沈したことが分かっている。
また、これ以外にも複数の小型護衛艦艇の撃沈が確認されていた。
航空機のほうは七〇機あまりを撃墜、さらに二〇〇機以上を地上撃破している。
その一方で、こちらはわずかに二五機を失ったのにしか過ぎない。
彼我の損害比率を考えれば、これはもう圧勝と言ってよかった。
それと、直接の戦果ではないが、しかし一〇〇〇人を超える艦上機のクルーが実戦経験を積んだことは、間違いなく大きな成果だと言っていい。
いくら訓練で好成績を挙げたとしても、しょせん訓練は訓練だ。
今回の戦いで搭乗員らは悪意や殺意を持った相手と対峙し、そしてそういった連中に打ち勝った。
この経験は、搭乗員の血肉となって、彼らをさらなる高みへと導いてくれるはずだ。
だが、それはそれとして、太平洋艦隊司令長官のニミッツ大将は新たに発生した問題に頭を悩ませていた。
一〇月半ばまでにマリアナ諸島を攻略せよとの命令が、海軍上層部よりもたらされたからだ。
そして、それはルーズベルト大統領からの直々の命令だという。
その理由はあまりにも分かりやすい。
米国では大統領選挙が一一月に実施される、
その大統領選挙を前にルーズベルト大統領は大きな手柄が欲しいのだ。
(日本本土奇襲で味を覚え、そしてトラック奇襲でそのことが決定的となったのだろう)
開戦からこれまで、ルーズベルト大統領の支持率は戦闘の結果によって大きく上下動していた。
マーシャル沖海戦の敗北やフィリピンの失陥、それに二度にわたるミッドウェー海戦における惨敗にあたっては、当然のこととして彼の支持率は低下した。
一方で、日本本土奇襲やトラック奇襲に成功した際には、その支持率は顕著な上昇を見せている。
そして、ルーズベルト大統領は選挙を目前としている今、その再現、つまりは勝利を望んでいる。
ニミッツ長官としては、その動機はあまりにもバカバカしいものでしかなかった。
軍事的整合性を考えれば、マリアナ攻略はどんなに早くても年明けに実施すべきなのだ。
そして、その頃であれば、「エセックス」級空母も十分な数が揃っているし、「アイオワ」級戦艦の三番艦や四番艦、それに「アラスカ」級巡洋艦の一番艦や二番艦といった大型水上打撃艦艇も作戦に間に合うだろう。
そして、戦力が多ければ多いほど、逆に将兵が流す血は少なくて済むというのは戦争の真理だ。
しかし、その正論も四選を目指す今のルーズベルト大統領には通じない。
彼には枢軸国、わけてもナチス・ドイツを打倒するという野望にも近い信念があった。
そして、そのためには大統領の椅子が絶対に必要だった。
だから、当選するためであれば、彼は手段を選ばない。
実際に一〇月中のマリアナ攻略を自分たちに強要しているのだから、そのことは間違いない。
結局、そのトバッチリを食らったのが太平洋艦隊司令長官であるニミッツ大将であり、また部下の将兵たちだった。
ただ、ニミッツ長官は今回の作戦について、これが成算無しだとは考えていない。
「エセックス」級空母の大量就役が始まったことで、昨年までの絶望的な空母戦力の格差は、それこそ無視できるくらいにまで縮まったからだ。
それに、ニミッツ長官自身の矜持の問題もある。
本来であれば、第二次ミッドウェー海戦が終わった時点で自身の更迭は、これを免れないものとニミッツ長官は認識していた。
実際、米海軍上層部の中にはニミッツ長官の更迭を訴える者もいるという。
ニミッツ長官自身にしたところで、一度の海戦で空母と戦艦を合わせて一五隻も失った最高指揮官がその職を解かれないことなど、それこそあり得ないと考えていたくらいだ。
しかし、現実にはニミッツ長官の首はいまだにつながっている。
その理由をニミッツ長官は理解している。
自分を更迭すれば、それはルーズベルト大統領の責任問題に波及するからだ。
ニミッツ長官、さらには前任のキンメル提督の太平洋艦隊司令長官への就任を強く推したのは誰あろうルーズベルト大統領その人だった。
その彼が推薦した司令長官が、しかも二人も立て続けに更迭されたのであれば、国民は間違いなく任命者であるルーズベルト大統領の失態として認識するだろう。
そして、そのことを彼は恐れている。
(理由が何であれ、首がつながったというのであれば、二度にわたるミッドウェー海戦のリベンジを果たすだけだ)
そう考えて、ニミッツ長官はマリアナ攻略作戦に参加が可能な戦力を思い起こす。
主力となるのはもちろん七隻の「エセックス」級空母とそれに五隻の「インデペンデンス」級空母だ。
作戦開始があと三カ月遅ければ「シャングリラ」と「ランドルフ」それに「ボノム・リシャール」の三隻の「エセックス」級空母を戦列に加えられたはずなのだが、しかし、戦争でたらればを言い出したらきりがない。
それに、空母の数では劣勢だが、しかし肝心の艦上機の数の比較で言えば、日本海軍のそれに対して遜色は無いはずだ。
水上打撃艦艇のほうは戦艦が一〇隻も参加するから問題は無いように思える。
しかし、このうちで新型戦艦は「アイオワ」と「ニュージャージー」の二隻のみでしかない。
残りは最高速力が二〇ノット程度しか発揮できない旧式戦艦だから、こちらは船団護衛かあるいは上陸支援程度にしか使えない。
なので、艦隊決戦における戦力としてはカウントできない。
ただ、一方で補助艦艇は充実していた。
戦艦や空母に比べて巡洋艦や駆逐艦は短期間で建造できるから、その分だけ数を揃えやすいことが大きな理由だった。
ただ、これら巡洋艦や駆逐艦については、船団を護衛する部隊にも配備する必要があったから、それほど余裕があるわけでもなかった。
そのようなことを考えながら、ニミッツ長官は編成表にその視線を向ける。
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