16 / 67
インド洋海戦
第16話 東洋艦隊司令長官
しおりを挟む
「日本軍が仕掛けた罠ではないのか」
あまりにもこちらを舐めた日本側の対応に、東洋艦隊司令長官のサマヴィル提督は少しばかりきつい口調で情報参謀を問いただす。
「間違いありません。『赤城』と『加賀』それに『蒼龍』と『飛龍』は日本本土にあることが確認されています」
努めて平坦な口調で報告を続ける情報参謀に、サマヴィル提督は自身が英国紳士にあるまじき態度になっていることを自覚する。
「すまん、少しばかり取り乱したようだ」
情報参謀に詫びを入れつつ、サマヴィル提督はこれまでの状況を頭の中で整理する。
日本が参戦して以降、英軍は押される一方だった。
自信を込めて送り出した最新鋭戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」は日本軍の陸上攻撃機によってあっさりと撃沈された。
さらに、東洋の要衝である香港やシンガポールを陥とされ、多くの英軍人や英国民が日本軍の捕虜となってしまった。
それと、同盟国の米海軍がマーシャル沖で惨敗したこともまた英側にとっては大きな痛手だった。
実際、東の脅威を取り払った日本海軍は、その矛先をインド洋へと向けてきた。
そして、今考えるべき問題はこちらに向かっている日本海軍の戦力構成を把握することだった。
その概要は掴んでいる。
戦艦は艦型不詳の新型が一隻とそれに「長門」と「陸奥」の三隻。
ただ、これについてはサマヴィル提督も納得できた。
「伊勢」型や「扶桑」型、それに「金剛」型では三八センチ砲を搭載するこちらの戦艦にはかなわない。
だから、新型戦艦とそれに「長門」と「陸奥」の参陣は当然の措置とも言える。
分からないのは空母のほうだった。
日本海軍が大勝したマーシャル沖海戦。
その立役者となったのは紛れもなく空母機動部隊だった。
だが、その中において最高戦力である「赤城」と「加賀」それに「蒼龍」と「飛龍」はいまだ日本国内に有るというのだ。
そして、こちらに向かっているのは小型空母ばかりだという。
勝ち続けているがゆえの余裕かもしれないが、しかし東洋艦隊を侮るのにもほどがある。
「思い上がった弟子たちに、きつい一発をお見舞いしてやらんといかんな」
サマヴィル提督はそう思い直し、自身が成すべきことにその思考リソースを割く。
奸計と謀略にかけては世界一を自認する英国。
その軍人として、英海軍を師と仰いでいたはずの日本海軍に一泡も二泡も吹かせてやるのだ。
だが、そうは言っても、東洋艦隊の戦力には不安があった。
なにより不足しているのは空母とその艦上機だった。
東洋艦隊に配備されているのは「インドミタブル」と「フォーミダブル」、それに「ハーミーズ」の三隻だった。
このうち、「インドミタブル」と「フォーミダブル」は英海軍でも四隻しかない最新鋭の装甲空母だ。
このうちの半数を編成に加えているのだから、ある意味において東洋艦隊は優遇されていると言ってよかった。
ただ、問題があった。
艦上機の数、それにその編成だ。
「インドミタブル」と「フォーミダブル」にはそれぞれ戦闘機が一三機に雷撃機が二五機搭載されている。
これに「ハーミーズ」の艦上機を加えたとしても全体では戦闘機が三六機に雷撃機が五七機にしか過ぎない。
日本はこの戦いには小型空母しか投入していないらしい。
それでも、劣勢なのは明らかだろう。
一方で、救いなのは搭乗員のその誰もが一騎当千のベテランであるということだった。
戦闘機隊の搭乗員らは精強なドイツ空軍を向こうに回し、そのことごとくに打ち勝ってきた猛者ばかりだ。
雷撃機隊のほうも、夜間雷撃が可能な腕利きで固めている。
(正面から殴り合うのは論外だな。なにせ、こちらが保有する戦闘機はわずかに三六機にしか過ぎないのだからな)
洋上も陸上も、空の戦いに大きな違いは無い。
戦闘機同士の戦いを制した側が制空権を握り、そして好き勝手が出来る。
その戦いに、東洋艦隊が勝利できる公算は限りなく小さい。
(そうなれば、頼れるのは夜間雷撃ということか)
一般に、夜は艦上機が活動できないものとされている。
だがしかし、英海軍にその常識は通用しない。
実際、一昨年の一一月には二一機のソードフィッシュがタラント軍港に対して夜間攻撃を敢行、三隻の伊戦艦を撃沈破するという大戦果を挙げている。
「日本海軍が採用している陣形は分かるか」
作戦の大枠を決めてしまえば、あとは情報だ。
だから、サマヴィル提督は最も気になっていることを尋ねる。
「マーシャル沖海戦ですが、当時の日本海軍は機動部隊の前面に水上打撃部隊を押し出す形を取っていました。おそらく、今回もそのやり方を踏襲するものと思われます」
機動部隊の前衛に水上打撃部隊を置くのは常識的、まさに教科書通りとも言える。
よほど頭の悪い海軍でない限り、この逆の配置はあり得ない。
(夜間雷撃で敵の小型空母のあらかたを刈り取る。そうしておいてこちらの戦艦を突っ込ませる)
日本海軍は新型戦艦を擁しているというが、しかしそれもわずかに一隻のみだ。
残る「長門」と「陸奥」もまた四〇センチ砲を装備する強敵だが、それでもこちらには五隻の戦艦がある。
数の優位を生かして戦えば、多少の質の差などいくらでも覆すことができる。
戦は数なのだ。
胸中でサマヴィル提督は勝利の方程式が完成しつつあることを自覚する。
作戦の要諦は雷撃機の奇襲が成立するか否かだ。
その奇襲を成功させるためには完璧な情報、特に敵の所在の把握が必要となる。
そして、情報戦こそが英国が最も得意とする分野だ。
敵の位置さえつかめれば、自分たちは韜晦航路を進み、そして時宜を見計らって連中の側背を突くことができる。
(これなら、勝てる)
そう確信したサマヴィル提督は幕僚たちを招集することを命じる。
彼らに細部を詰めさせ、そしてこの計画を完璧なものにするのだ。
あまりにもこちらを舐めた日本側の対応に、東洋艦隊司令長官のサマヴィル提督は少しばかりきつい口調で情報参謀を問いただす。
「間違いありません。『赤城』と『加賀』それに『蒼龍』と『飛龍』は日本本土にあることが確認されています」
努めて平坦な口調で報告を続ける情報参謀に、サマヴィル提督は自身が英国紳士にあるまじき態度になっていることを自覚する。
「すまん、少しばかり取り乱したようだ」
情報参謀に詫びを入れつつ、サマヴィル提督はこれまでの状況を頭の中で整理する。
日本が参戦して以降、英軍は押される一方だった。
自信を込めて送り出した最新鋭戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」は日本軍の陸上攻撃機によってあっさりと撃沈された。
さらに、東洋の要衝である香港やシンガポールを陥とされ、多くの英軍人や英国民が日本軍の捕虜となってしまった。
それと、同盟国の米海軍がマーシャル沖で惨敗したこともまた英側にとっては大きな痛手だった。
実際、東の脅威を取り払った日本海軍は、その矛先をインド洋へと向けてきた。
そして、今考えるべき問題はこちらに向かっている日本海軍の戦力構成を把握することだった。
その概要は掴んでいる。
戦艦は艦型不詳の新型が一隻とそれに「長門」と「陸奥」の三隻。
ただ、これについてはサマヴィル提督も納得できた。
「伊勢」型や「扶桑」型、それに「金剛」型では三八センチ砲を搭載するこちらの戦艦にはかなわない。
だから、新型戦艦とそれに「長門」と「陸奥」の参陣は当然の措置とも言える。
分からないのは空母のほうだった。
日本海軍が大勝したマーシャル沖海戦。
その立役者となったのは紛れもなく空母機動部隊だった。
だが、その中において最高戦力である「赤城」と「加賀」それに「蒼龍」と「飛龍」はいまだ日本国内に有るというのだ。
そして、こちらに向かっているのは小型空母ばかりだという。
勝ち続けているがゆえの余裕かもしれないが、しかし東洋艦隊を侮るのにもほどがある。
「思い上がった弟子たちに、きつい一発をお見舞いしてやらんといかんな」
サマヴィル提督はそう思い直し、自身が成すべきことにその思考リソースを割く。
奸計と謀略にかけては世界一を自認する英国。
その軍人として、英海軍を師と仰いでいたはずの日本海軍に一泡も二泡も吹かせてやるのだ。
だが、そうは言っても、東洋艦隊の戦力には不安があった。
なにより不足しているのは空母とその艦上機だった。
東洋艦隊に配備されているのは「インドミタブル」と「フォーミダブル」、それに「ハーミーズ」の三隻だった。
このうち、「インドミタブル」と「フォーミダブル」は英海軍でも四隻しかない最新鋭の装甲空母だ。
このうちの半数を編成に加えているのだから、ある意味において東洋艦隊は優遇されていると言ってよかった。
ただ、問題があった。
艦上機の数、それにその編成だ。
「インドミタブル」と「フォーミダブル」にはそれぞれ戦闘機が一三機に雷撃機が二五機搭載されている。
これに「ハーミーズ」の艦上機を加えたとしても全体では戦闘機が三六機に雷撃機が五七機にしか過ぎない。
日本はこの戦いには小型空母しか投入していないらしい。
それでも、劣勢なのは明らかだろう。
一方で、救いなのは搭乗員のその誰もが一騎当千のベテランであるということだった。
戦闘機隊の搭乗員らは精強なドイツ空軍を向こうに回し、そのことごとくに打ち勝ってきた猛者ばかりだ。
雷撃機隊のほうも、夜間雷撃が可能な腕利きで固めている。
(正面から殴り合うのは論外だな。なにせ、こちらが保有する戦闘機はわずかに三六機にしか過ぎないのだからな)
洋上も陸上も、空の戦いに大きな違いは無い。
戦闘機同士の戦いを制した側が制空権を握り、そして好き勝手が出来る。
その戦いに、東洋艦隊が勝利できる公算は限りなく小さい。
(そうなれば、頼れるのは夜間雷撃ということか)
一般に、夜は艦上機が活動できないものとされている。
だがしかし、英海軍にその常識は通用しない。
実際、一昨年の一一月には二一機のソードフィッシュがタラント軍港に対して夜間攻撃を敢行、三隻の伊戦艦を撃沈破するという大戦果を挙げている。
「日本海軍が採用している陣形は分かるか」
作戦の大枠を決めてしまえば、あとは情報だ。
だから、サマヴィル提督は最も気になっていることを尋ねる。
「マーシャル沖海戦ですが、当時の日本海軍は機動部隊の前面に水上打撃部隊を押し出す形を取っていました。おそらく、今回もそのやり方を踏襲するものと思われます」
機動部隊の前衛に水上打撃部隊を置くのは常識的、まさに教科書通りとも言える。
よほど頭の悪い海軍でない限り、この逆の配置はあり得ない。
(夜間雷撃で敵の小型空母のあらかたを刈り取る。そうしておいてこちらの戦艦を突っ込ませる)
日本海軍は新型戦艦を擁しているというが、しかしそれもわずかに一隻のみだ。
残る「長門」と「陸奥」もまた四〇センチ砲を装備する強敵だが、それでもこちらには五隻の戦艦がある。
数の優位を生かして戦えば、多少の質の差などいくらでも覆すことができる。
戦は数なのだ。
胸中でサマヴィル提督は勝利の方程式が完成しつつあることを自覚する。
作戦の要諦は雷撃機の奇襲が成立するか否かだ。
その奇襲を成功させるためには完璧な情報、特に敵の所在の把握が必要となる。
そして、情報戦こそが英国が最も得意とする分野だ。
敵の位置さえつかめれば、自分たちは韜晦航路を進み、そして時宜を見計らって連中の側背を突くことができる。
(これなら、勝てる)
そう確信したサマヴィル提督は幕僚たちを招集することを命じる。
彼らに細部を詰めさせ、そしてこの計画を完璧なものにするのだ。
133
お気に入りに追加
229
あなたにおすすめの小説

幕府海軍戦艦大和
みらいつりびと
歴史・時代
IF歴史SF短編です。全3話。
ときに西暦1853年、江戸湾にぽんぽんぽんと蒸気機関を響かせて黒船が来航したが、徳川幕府はそんなものへっちゃらだった。征夷大将軍徳川家定は余裕綽々としていた。
「大和に迎撃させよ!」と命令した。
戦艦大和が横須賀基地から出撃し、46センチ三連装砲を黒船に向けた……。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

【架空戦記】炎立つ真珠湾
糸冬
歴史・時代
一九四一年十二月八日。
日本海軍による真珠湾攻撃は成功裡に終わった。
さらなる戦果を求めて第二次攻撃を求める声に対し、南雲忠一司令は、歴史を覆す決断を下す。
「吉と出れば天啓、凶と出れば悪魔のささやき」と内心で呟きつつ……。
勇者の如く倒れよ ~ ドイツZ計画 巨大戦艦たちの宴
もろこし
歴史・時代
とある豪華客船の氷山事故をきっかけにして、第一次世界大戦前にレーダーとソナーが開発された世界のお話です。
潜水艦や航空機の脅威が激減したため、列強各国は超弩級戦艦の建造に走ります。史実では実現しなかったドイツのZ計画で生み出された巨艦たちの戦いと行く末をご覧ください。
戦神の星・武神の翼 ~ もしも日本に2000馬力エンジンが最初からあったなら
もろこし
歴史・時代
架空戦記ファンが一生に一度は思うこと。
『もし日本に最初から2000馬力エンジンがあったなら……』
よろしい。ならば作りましょう!
史実では中途半端な馬力だった『火星エンジン』を太平洋戦争前に2000馬力エンジンとして登場させます。そのために達成すべき課題を一つ一つ潰していく開発ストーリーをお送りします。
そして火星エンジンと言えば、皆さんもうお分かりですね。はい『一式陸攻』の運命も大きく変わります。
しかも史実より遙かに強力になって、さらに1年早く登場します。それは戦争そのものにも大きな影響を与えていきます。
え?火星エンジンなら『雷電』だろうって?そんなヒコーキ知りませんw
お楽しみください。

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる