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改造空母
第2話 海軍軍備充実計画
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航空本部長の山本中将は、帝国海軍内においてそれなりの存在感を持つ人物だった。
ことに軍政分野での活躍が際立っていたというか、目立っていたからだ。
とは言っても、しょせんは一介の中将にしか過ぎない。
そのような相手に軍令部総長がわざわざ出張ってくることなど、よほどのことがない限りあり得ない。
それになにより、現在の軍令部総長は伏見宮元帥その人だ。
帝国海軍の最高権力者であり、そのうえ宮様と呼ばれる皇族なのだから、なおのことだった。
だから、山本本部長が軍令部を訪れた際、その対応にあたったのは次長の嶋田中将だった。
「貴様の気持ちは分からんでも無い。だが、これは宮様も承認されたことなのだ。いまさら大枠を覆すことなど出来んよ」
改造空母ではなく、新造空母こそを建造すべきだという山本本部長に、しかし嶋田次長はにべもなくその要望を却下する。
山本本部長と嶋田次長は海兵の同期であり、二人だけの時は言葉を飾るようなことは無かった。
その山本本部長と嶋田次長の話し合いの俎上に上っているのは、マル三計画についてのことだった。
中でも空母の扱いに焦点が絞られていた。
そのマル三計画だが、これは軍縮条約からの脱退を見据えた建艦計画だった。
同計画において帝国海軍は二隻の戦艦と同じく二隻の空母を建造することとしていた。
しかし、それは議会に対する表向きの話であり、実際には空母の新造は成されない。
空母に関しては、特務艦やあるいは旧式戦艦を改造することで数を揃えることが帝国海軍内においてすでに決定されていたからだ。
だから、二隻の空母の新造に関しては、単に予算獲得のための方便でしかなかった。
同期にあっさりとダメ出しをされた山本本部長だったが、それならばとばかりに質問の切り口を変えた。
「空母は新規の建造はこれを実施せず、特務艦や旧式戦艦を空母へと改造する方針だと聞くが、具体的なことは何も知らされておらん。実際にはどの艦を改造するつもりなのだ」
兵力量の決定権は軍令部にある。
そして、嶋田次長は伏見宮総長に次ぐポジションであり、マル三計画についてはその概要を知る立場だ。
「『高崎』それに『剣埼』の二隻の高速給油艦とそれに潜水母艦の『大鯨』だ。中でも『高崎』と『剣埼』は横須賀で放置状態にあるから、これら二隻を有効活用するという意味においても、両艦の空母改造は合理的な判断だと俺は思う」
山本本部長は嶋田次長が挙げた三隻の特務艦を思い浮かべる。
これらはいずれも二〇〇メートルを超える船体を持ち、また空母への改造を前提とした設計が成されている。
しかし、一方で艦幅が狭く、このため十分な格納庫容積が確保できないはずだった。
だから、搭載できるのはどんなに頑張っても三〇機がせいぜいといったところだろう。
「足らん。まったく足らんな」
山本本部長がその声音に失望の色を滲ませつつ不満を訴える。
「なぜだ? 帝国海軍には現在『赤城』と『加賀』それに『龍驤』と『鳳翔』がある。それに加えて二隻の中型空母が建造中だ。これらに三隻の特務艦改造空母が加われば、万全とは言えないまでも十分な戦力ではあると思うのだが」
疑問の表情を向けてくる嶋田次長に、山本本部長は胸中で「嶋ハンはおめでたいんだから」とつぶやく。
「現在、米国は『サラトガ』と『レキシントン』それに『レンジャー』の三隻がある。これに加え、米国は残った建造枠で三隻の空母を新造中だ。これらのうちで早いものは来年にも就役すると見込まれている。つまり、米国は軍縮条約の枠内だけでも六隻の正規空母を手にするのだ。
さらに軍縮条約が明ければ米国は空母の大量建造に着手することは間違いない。彼の国であれば、それこそ一ダースの正規空母を整備するのでさえ造作もないことだろう」
山本本部長の指摘に、嶋田次長は自身の思い違いを自覚する。
自分は大小九隻の空母があれば、米空母群を相手に十分な対抗戦力になると思っていた。
しかし、それは軍縮条約の縛りがあるという前提においてだ。
そして、米海軍もまた帝国海軍と同様に軍縮条約明けを見据えた建艦計画を進めているはずだ。
山本本部長の言う一ダースは大げさだとしても、しかしその半分程度は間違いなく建造するだろう。
米空母の搭載機数は多い。
一二隻の空母であれば、最低でも八〇〇機程度は運用できるはずだ。
そして、それが何を意味するのかは飛行機屋ではない嶋田次長でも容易に理解できた。
「由々しき問題だな」
山本本部長の懸念に思い至った嶋田次長が小さくつぶやく。
「ところで、旧式戦艦の空母改造はどのようなスケジュールで進めるのだ」
急に話題を変えてきた山本本部長に困惑しつつも、嶋田次長は気を取り直して説明を重ねる。
「貴様は知っているかどうかは知らんが、帝国海軍ではマル三計画とマル四計画でそれぞれ二隻、さらにマル五計画で四隻の戦艦を調達することとしている。そして新型戦艦が就役するごとに旧式戦艦を空母へと改造することになっている」
嶋田次長の説明を受けた山本本部長は、脳内で建造スケジュールを確認する。
マル三計画で建造される二隻の戦艦は順調に工事が進んだとしてもその就役は昭和一七年になるはずだ。
それから旧式戦艦を空母に改造するとなると、その完成はどんなに早く見積もっても昭和一八年末だろう。
そして、その頃には米海軍もまた複数の新型正規空母を手にしていることは間違いない。
この事実に、山本本部長の勘が盛大な警告音を発している。
これでは、何もかもが間に合わない、と。
山本本部長は日露戦争における実戦や政治の舞台で培われてきた己の勘に躊躇なく従う。
「もう俺は新型正規空母を建造してくれと口に出すことはしない。その代わりに旧式戦艦の空母改造は新型戦艦が就役したタイミングではなく、起工すると同時に実施してくれるよう貴様のほうから総長に働きかけてくれ。そうでなければ万一の事態に陥った時に、これを乗り切ることなど到底出来ん」
言葉を詰まらせ、深々と頭を下げて懇願する山本本部長にいささかばかり面食らいつつ、しかし嶋田次長はその話を請け負うことにする。
嶋田次長もまた、山本本部長と同様に戦乱の予兆のようなものを感じ取っていたからだ。
ことに軍政分野での活躍が際立っていたというか、目立っていたからだ。
とは言っても、しょせんは一介の中将にしか過ぎない。
そのような相手に軍令部総長がわざわざ出張ってくることなど、よほどのことがない限りあり得ない。
それになにより、現在の軍令部総長は伏見宮元帥その人だ。
帝国海軍の最高権力者であり、そのうえ宮様と呼ばれる皇族なのだから、なおのことだった。
だから、山本本部長が軍令部を訪れた際、その対応にあたったのは次長の嶋田中将だった。
「貴様の気持ちは分からんでも無い。だが、これは宮様も承認されたことなのだ。いまさら大枠を覆すことなど出来んよ」
改造空母ではなく、新造空母こそを建造すべきだという山本本部長に、しかし嶋田次長はにべもなくその要望を却下する。
山本本部長と嶋田次長は海兵の同期であり、二人だけの時は言葉を飾るようなことは無かった。
その山本本部長と嶋田次長の話し合いの俎上に上っているのは、マル三計画についてのことだった。
中でも空母の扱いに焦点が絞られていた。
そのマル三計画だが、これは軍縮条約からの脱退を見据えた建艦計画だった。
同計画において帝国海軍は二隻の戦艦と同じく二隻の空母を建造することとしていた。
しかし、それは議会に対する表向きの話であり、実際には空母の新造は成されない。
空母に関しては、特務艦やあるいは旧式戦艦を改造することで数を揃えることが帝国海軍内においてすでに決定されていたからだ。
だから、二隻の空母の新造に関しては、単に予算獲得のための方便でしかなかった。
同期にあっさりとダメ出しをされた山本本部長だったが、それならばとばかりに質問の切り口を変えた。
「空母は新規の建造はこれを実施せず、特務艦や旧式戦艦を空母へと改造する方針だと聞くが、具体的なことは何も知らされておらん。実際にはどの艦を改造するつもりなのだ」
兵力量の決定権は軍令部にある。
そして、嶋田次長は伏見宮総長に次ぐポジションであり、マル三計画についてはその概要を知る立場だ。
「『高崎』それに『剣埼』の二隻の高速給油艦とそれに潜水母艦の『大鯨』だ。中でも『高崎』と『剣埼』は横須賀で放置状態にあるから、これら二隻を有効活用するという意味においても、両艦の空母改造は合理的な判断だと俺は思う」
山本本部長は嶋田次長が挙げた三隻の特務艦を思い浮かべる。
これらはいずれも二〇〇メートルを超える船体を持ち、また空母への改造を前提とした設計が成されている。
しかし、一方で艦幅が狭く、このため十分な格納庫容積が確保できないはずだった。
だから、搭載できるのはどんなに頑張っても三〇機がせいぜいといったところだろう。
「足らん。まったく足らんな」
山本本部長がその声音に失望の色を滲ませつつ不満を訴える。
「なぜだ? 帝国海軍には現在『赤城』と『加賀』それに『龍驤』と『鳳翔』がある。それに加えて二隻の中型空母が建造中だ。これらに三隻の特務艦改造空母が加われば、万全とは言えないまでも十分な戦力ではあると思うのだが」
疑問の表情を向けてくる嶋田次長に、山本本部長は胸中で「嶋ハンはおめでたいんだから」とつぶやく。
「現在、米国は『サラトガ』と『レキシントン』それに『レンジャー』の三隻がある。これに加え、米国は残った建造枠で三隻の空母を新造中だ。これらのうちで早いものは来年にも就役すると見込まれている。つまり、米国は軍縮条約の枠内だけでも六隻の正規空母を手にするのだ。
さらに軍縮条約が明ければ米国は空母の大量建造に着手することは間違いない。彼の国であれば、それこそ一ダースの正規空母を整備するのでさえ造作もないことだろう」
山本本部長の指摘に、嶋田次長は自身の思い違いを自覚する。
自分は大小九隻の空母があれば、米空母群を相手に十分な対抗戦力になると思っていた。
しかし、それは軍縮条約の縛りがあるという前提においてだ。
そして、米海軍もまた帝国海軍と同様に軍縮条約明けを見据えた建艦計画を進めているはずだ。
山本本部長の言う一ダースは大げさだとしても、しかしその半分程度は間違いなく建造するだろう。
米空母の搭載機数は多い。
一二隻の空母であれば、最低でも八〇〇機程度は運用できるはずだ。
そして、それが何を意味するのかは飛行機屋ではない嶋田次長でも容易に理解できた。
「由々しき問題だな」
山本本部長の懸念に思い至った嶋田次長が小さくつぶやく。
「ところで、旧式戦艦の空母改造はどのようなスケジュールで進めるのだ」
急に話題を変えてきた山本本部長に困惑しつつも、嶋田次長は気を取り直して説明を重ねる。
「貴様は知っているかどうかは知らんが、帝国海軍ではマル三計画とマル四計画でそれぞれ二隻、さらにマル五計画で四隻の戦艦を調達することとしている。そして新型戦艦が就役するごとに旧式戦艦を空母へと改造することになっている」
嶋田次長の説明を受けた山本本部長は、脳内で建造スケジュールを確認する。
マル三計画で建造される二隻の戦艦は順調に工事が進んだとしてもその就役は昭和一七年になるはずだ。
それから旧式戦艦を空母に改造するとなると、その完成はどんなに早く見積もっても昭和一八年末だろう。
そして、その頃には米海軍もまた複数の新型正規空母を手にしていることは間違いない。
この事実に、山本本部長の勘が盛大な警告音を発している。
これでは、何もかもが間に合わない、と。
山本本部長は日露戦争における実戦や政治の舞台で培われてきた己の勘に躊躇なく従う。
「もう俺は新型正規空母を建造してくれと口に出すことはしない。その代わりに旧式戦艦の空母改造は新型戦艦が就役したタイミングではなく、起工すると同時に実施してくれるよう貴様のほうから総長に働きかけてくれ。そうでなければ万一の事態に陥った時に、これを乗り切ることなど到底出来ん」
言葉を詰まらせ、深々と頭を下げて懇願する山本本部長にいささかばかり面食らいつつ、しかし嶋田次長はその話を請け負うことにする。
嶋田次長もまた、山本本部長と同様に戦乱の予兆のようなものを感じ取っていたからだ。
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