極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん

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王子様との関係

初デートの準備

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 ……緊張する日っていうのは、思っているよりも早く来てしまうようで。

 もう今日が土曜日。言い換えれば、秦斗君と遊園地に行く日だ。

 この数日間、私はそわそわと落ち着かない毎日を送っていた。

 何しろ、初めて男の子と二人きりでお出かけする。それだけでも私は緊張しまくってどうにかなりそうなんだ。

 今日のことをお母さんに話せば、『あらあら~、ついに結衣に春が来たのね~。』なんて言っていた。

 そういうのじゃないって否定してもよかったんだけど……その時はどうしても否定できなかった。

 ……否定したくなかった、のかもしれないけど。

 自分の部屋で悶々と考えながら、姿見の前で服装を整える。

「うーん……こんな可愛いの、やっぱり私には似合わないよ……。」

 紗代ちゃんに選んでもらった服は、ふんわりとした薄い桃色のフレアスカートに七分袖の白いトップス。その上には寒さ対策のカーディガンも着ていて、とてもじゃないけど似合っているようには見えなかった。

 でも紗代ちゃんは『可愛いっ! 可愛すぎるよ結衣‼ やっぱ結衣には甘々な服が似合う~っ!』とべた褒めしてくれた。

 自分で自分を可愛いとは到底思えないけど……紗代ちゃんがああ言ってることだし、私もそう思うことにしよう。

 心の中で何回もその言葉を繰り返しつつ、階段を降りて玄関に向かう。

 その時偶然、お兄ちゃんと鉢会った。

「結衣おはよう……って、何だその可愛すぎる格好は!? 今からどこか行くのか!?」

「うん、そうなのっ。」

「どこに誰と、何しに行くんだ……っ!?」

 そ、それ言わなきゃダメなのかな……。

 お兄ちゃんって過保護だなぁ。もう小さい子供じゃないんだから、そんなに焦らなくてもいいと思うのに。

 まぁだけど、余計な心配はかけたくないし一応言っておこうっ。

「えっとね、実は秦斗君と一緒に遊園地に行くんだ。暗くならない内に帰るから、心配しないで――」

「まさか……この前のあの、腹黒男とか?」

「……う、うん。多分……。」

 腹黒男、っていうのはよくわからないけど……お兄ちゃんが思い浮かべてる人は、秦斗君で間違いないだろう。
 
 この前って言ってるし、お兄ちゃんが会ったことある男の子って言えば秦斗君くらいしかいないから……おそらく合っている、と信じたい。

「行かないでくれ結衣! あの男は信用ならん! つーか可愛い俺の妹何誘ってやがんだ、あの面倒男!!」

「お、お兄ちゃん……早く行かなきゃ時間に間に合わなくなっちゃう……」

「間に合わなくていい! マジで、あの男のところに行かないでくれ~~っっ!!」

「え、えぇ……。」

 ぎゅっと強い力で引き止めてくるお兄ちゃんに、身動き一つ取れずどうすればいいのか分からない。

 いくら心配だからって、これは困るよお兄ちゃん……!

 余裕があると言えど、秦斗君を待たせてしまうわけにはいかない。

 それに私にはもう1つ予定があるから、急がなきゃなんだよね……。

 お願いをしてみても、頑としてお兄ちゃんは私の腕を離そうとしない。

 うーん、どうしよう……。

 ぐるぐる思考を巡らせて、打開策を考えた……時だった。

「もう宗大! 結衣の恋路を邪魔しないであげて!」

「かっ、母さんまでっ……! いいのかよ、結衣が親離れしても!」

「お母さんは結衣の交友関係に首を突っ込む気はありませんっ!」

「……うそ、だろ。母さんっ、この前は味方してくれただろ!?」

「それはそれ、これはこれよ!」

 絶望しているのか、失望しているのか。

 この世の終わりみたいな表情になったお兄ちゃんに、少しだけ情が湧く。

 けどこのあとの用事のために急がなきゃだったから、罪悪感を抱きながらもお兄ちゃんの手を振り払った。

「ごめんねお兄ちゃん、行ってきます!」

「あ、おい結衣っ……!!」

 強引に玄関扉を開け、外に出てバタンと閉める。

 本当ごめんね……でも、あんなに引き止められたらさすがに困っちゃうよ。

 心の片隅でそう思いながら、少し駆け足で私はある場所へと向かった。



 事前に紗代ちゃんから教えられていた住所まで行き、目的地前で足を止める。

 ここで、合ってるよね?

 私が立ち止まったのは、この辺りじゃ有名な美容室の目の前。

 大人びた雰囲気のおしゃれな外装で、一度も来たことないってのも相まって体がガチガチになるくらい緊張していた。

「あっ! 結衣おはよーっ! ここ分かった?」

「紗代ちゃんおはようっ。うんっ、すぐに分かったよ!」

 その美容室から出てきた紗代ちゃんは、いつもとは違い髪を後ろで一つにまとめて束ねている。

 いつもよりもお姉さん感が増している紗代ちゃんに、私はしばし見惚れてしまった。

「結衣何あたしのことじっと見てんの~? もしかして……惚れた?」

「うん……紗代ちゃん大人っぽくて……。」

「マジ? やー、嬉しいなぁ。」

 おぼろげだったけどそう答えると、「ふふ……。」と嬉しそうに微笑む紗代ちゃん。

 でも紗代ちゃんはすぐキリッとした表情へと変わって、ぐいっと私の腕を組んだ。

 そのまま半ば強引に美容室の中へと連行される。

 カランカランッ……と軽快な鐘の音が鳴り響き、ベルガモットの落ち着く香りに包まれた。

 わ……すっごく綺麗なお店だ。

 清潔感のある内装や大人びた小物が多く、薄い色で統一されているからか清涼感も感じられる。

「紗代、その子が言ってた子?」

「うんっ! っていうか可愛いでしょーっ、私の結衣っ。」

「あんたの結衣ちゃんじゃないでしょ。」

 その時奥から、ハスキーな声色の女性が姿を見せた。

 背の高い美人さんで、大人の女性ってすぐに伝わってきた。

 どことなく雰囲気が紗代ちゃんに似ていて、さっきみたいにちょっと見惚れる。

 でも紗代ちゃんが声をかけてくれたことで、はっと我に返った。

「結衣紹介するねっ! こっちは私の姉さん! 今日のヘアセットねぇ、姉さんがしてくれるってことになったんだ~!」

「どーも結衣ちゃん。紗代の姉で紗千さちって言いますっ。気軽に呼んでくれたら嬉しいなぁ。」

 にこっと微笑みながら手を差し出してきた紗千さんに、慌てて私も会釈して手を出す。

「は、初めましてっ、湖宮結衣です! 今日はよろしくお願いします……!」

 重なった手は温かくて、やっぱり紗代ちゃんを感じずにはいられなかった。

 そうだよね、姉妹だったら当然雰囲気だって似るよね……。

 緊張できょどってしまう私に紗千さんは軽く笑いつつも、ヘアセットをしてくれるセットチェアまで案内してくれた。

「それじゃあ早速だけど始めちゃおうかなっ。この椅子座ってね。」

「はいっ!」

 言われるがまま少し高い位置にあるセットチェアに座ると、ふわふわの質感を直に感じた。

 私がよくお世話になってる美容室の椅子よりもふわふわしてるような気がするっ……。

 そして完全に座りきったことを確認して、紗千さんはゆっくりと私の髪を取った。

「結衣ちゃん、希望とかってあるかな?」

「特にはないです……! 私こういうの疎くて、紗千さんにお任せします!」

「りょーかい。んじゃ一回眼鏡外させてね~。」

「分かりましたっ。」

 紗千さんにそう言われてから眼鏡を外される。

 ……その瞬間、一気に目元が軽くなった。

 視界もぐっと広くなり、メガネがないほうが楽だと改めて感じる。

 けど一方で紗千さんは驚いたように目を見開いていた。

「結衣ちゃん……メガネ外したら超絶美少女じゃん! メガネなくっても可愛いのは分かってたけど、やっぱ外してるほうが断然いいよ。」

「ちょ、姉さん! それ言っちゃダメだって!」

 口元に手を当てながら未だ驚いてる紗千さんに、紗代ちゃんが軽く叩く。

 紗代ちゃん、気を遣ってくれてる……。

 踏み込んだ話題だし、正直触れてほしくなかったものだから返す言葉が見つからない。

 でも何か言わなきゃと思い、慌てて口を開いた。

「……紗代ちゃんありがとう。確かに私も、外したほうがいいのかなって思うけど……まだ、外す勇気が出ないんです。紗千さんのお気持ちは嬉しいんですけど、私は付けていきたいです。」

「そっかぁ~。もったいない気もするけど、結衣ちゃんがそうしたいのなら何も言えないね。まぁメガネ付けてたって結衣ちゃんは可愛いし、大丈夫だと思うけどっ。」

「ごめんなさい、せっかく提案してくださったのに……」

「いいよいいよ、謝らないで? ……よーっし、それじゃほんとに始めちゃいますか!」

 紗千さんに変な気を遣わせてしまったかと心配になったけど、どうやらそんなに気にしていないみたい。

 よかった……とほっとしながら、私も鏡と向き合う。

「お、お願いしますっ。」

「ふふんっ、この私にドーンと任せちゃって!」

 本当にドンッと音が聞こえそうな勢いで胸を叩いた紗千さんに、意図せず頬が綻ぶ。

 さすが姉妹、とことん似てるなぁって。

 紗代ちゃんも紗千さんと同じことを言ってくれてたし、姉妹って偉大だ。



「よしっ、こんな感じでどうかな?」

「姉さん天才っ……ねぇ結衣、ちょっと写真撮っていい?」

 約20分後、セットが終わったらしく紗千さんがカットクロスを外してくれた。

 ……す、すごい。

 目の前にいる反転した私は、見違えるほど変わっていた。

 ゆるいパーマがかかっていて、前髪も整えてケープもしてもらって、おまけにハーフアップだ。

 後れ毛も可愛くて、花形のピンだって付けてもらえて……感嘆の声が洩れた。

「紗千さん、すごいですっ……私、この髪型気に入ったかもです……!」

「それならよかった。結衣ちゃんは癖っ毛だからいっそのことウェーブにしたほうがより引き立つと思ったんだよね~。結衣ちゃんの元々のふわふわな雰囲気とマッチしてて、うち的には百点満点!」

「さっすが姉さんっ、さすがおしゃれ番長! まぁあたしに言われれば、今の結衣は千点だけど。」

 千点……聞いたことない点数だ、あはは。

 自分では点数をつけられないけど、紗代ちゃんや紗千さんがそう言ってくれるってことはきっとそれくらい変わっているということだろう。

 二人には感謝の気持ちでいっぱいだよ……。

「あ、そういえばお金っていくらですかっ?」

「ん? お金?」

「はいっ、だってここ美容室で、ここまでやってもらえたから……」

 今の時間帯はまだ開店していないらしく、お客さんが一人もいない。

 たぶん、紗代ちゃんが紗千さんにお願いしてくれたんだと思う。しかもここまでしてもらってるから、それなりの代金は払いたい。

 ……だけど、私の言葉に紗千さんは急いで手を振った。

「そんなの気にしないで。紗代と仲良くしてくれてる結衣ちゃんには感謝してるから、お金なんて要らない。そのお金はデートのために取っておいて。」

「で、でもそれは申し訳ないですよ……。」

 そんな贔屓みたいな、図々しいことは……あんまり、好きじゃない。

 けど紗代ちゃんは私を後ろから抱きしめて、はっきりと言ってくれた。

「結衣はそんなこと思わなくていーの。これはあたしがしたかったことだし、姉さんだってノリノリだし。だから結衣は今日のデートのことだけ考えなさいっ!」

「紗代ちゃん……うん、ありがとう。」

「うんうん、紗代の言う通り。結衣ちゃんが気にすることじゃないし、うち的にはこれからも紗代と仲良くしてくれるだけでこれ以上ないお代になってるからさ。」

「紗千さんも……。」

 嬉しい、そう言ってもらえるなんて。

 そう思うと同時に、ここまで言わせてしまった罪悪感が私を苛む。

 でも今度は、口に出さない。

 余計に心配をかけてしまいそうだし、また気を遣わせてしまうだろう。

 ……これなら少しは、秦斗君の隣にいても恥ずかしくないかな。

「あ、結衣そろそろ行ったほうがいいんじゃない?」

「えっ、ほ、本当だ……っ!」

 紗代ちゃんに教えてもらって時計を確認すると、もうそろそろ待ち合わせの時間になりそうだった。

 早く行かなきゃ!

「わ、私失礼します! 紗千さん、本当にありがとうございます! 紗代ちゃんもっ、何から何までありがとうっ……!!」

「ふふ、結衣楽しんでね~。」

「行ってらっしゃ~い結衣ちゃ~ん!」

 最後にメガネをかけ直し、手を振って美容室を出る。

 そして急いで、秦斗君との待ち合わせ場所に向かった。

 ……空はすっかり水色がかっていて、まるで私の心模様だった。
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