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ジルベルト・オルヴェノクー思春期男子の憂鬱ー

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俺が従妹であるミーティアの付き添いで登城してから何日か過ぎた。

ミーティアは俺と一切接触してこない。ダンスを習いたいなら、俺に言えばいいものを、いつの間にかダンス・クラブとやらに入って、ちゃっかりダンスを練習しているようだ。

二学年下のミーティアとは、会おうと努力しない限り、会うことはほとんどない。あいつは俺が会いに行かなくて平気なのだろうか。恐らく平気だから、会いに来ようともしないのだろう。

母にはきちんと礼の手紙を書いて寄越したようだが、俺には礼の一つもなしだ。あの場で『ありがとう』と言ってはいたが、手紙ぐらい寄越しても罰は当たらないと思うのだが。

俺はイライラして剣術の実技試験で対戦相手をボコボコにしたら、先生に叱られた。叱られついでに扱かれ、散々な目にあった俺は、医務室で治療を受けている真っ最中だ。

「痛っ……」

脱脂綿を手にした先生が、気の毒そうな顔をしていた。

「オルヴェノク卿、随分派手にやられましたね……君、剣術は『優』じゃなかった?」
「……って……」
アルコールが傷に染みる、俺は顔を思い切り顰めた。
「ウォルフ先生に扱かれました」
「ウォルフ先生に?……何かやったんですか?」
傷薬を縫った後、清潔な布を当てながら先生はなぜか面白そうな表情をしていた。

「別に……」
まくられていたシャツの袖を戻し、手首のボタンを嵌めながら、俺は疑問に答える気はないとばかりに、さっさと椅子から立ち上がる。

「ありがとうございました!」
「はいはい、お大事にね」
先生は俺を見ずにヒラヒラと手を振って、治療に使った脱脂綿や布を片付け始めた。それを横目で見た俺は、さっさと医務室の扉を開けて廊下に出る。

医務室を出て、教室へ向かうと、トビアスが俺を待っていた。

「どうしたの?珍しいね、ここまでやられるなんて」
「うるさい……」
トビアスの視線を無視して、俺は席まで行って鞄を手に持つ。

「何をイラついているのさ?……そうだ、王都で流行っている菓子があるらしいよ?どう、一緒に行ってみない?ミーティア嬢に持っていったら喜びそうだし」
「……あいつの名前は出すな」
ギロリと睨みつけると、わざとらしく驚いた顔をするトビアス。

「おお、怖……なに、また喧嘩でもしたの?」
「していない」
「その割には物凄く機嫌が悪そうだけど?」
「とにかく、あいつの名前は出すな」
俺が低い声音でそう言うと、ようやくトビアスは口を閉じることにしたようだ。軽く肩を竦めると、じゃあ、お先にと告げて教室を出て行った。

あいつに会わないだけで、どうしてこうもイラつくのか、俺にもよくわからなかった。ただただ、この気持ちを持て余していた。


ーーーそれからも、あいつはまるで気配を消したかのように、俺の前に現れることはなかった。もちろん、同じ学園に通っているのだから、見かけるぐらいはあったが、そのたびに友人であるアリスン嬢や、同じダンス・クラブの仲間なのか、俺の知らない令嬢と一緒にいるようだった。

何人かの令嬢と一緒にいるところに、割って入って話しかけるほど、俺は空気が読めない人間じゃない。学園に入ってすぐは、例の噂のせいで遠巻きに眺められることが多かったミーティアだが、元来、大人しいとは程遠い性格だ、今では友人に囲まれていることも多いようだ。

それはそれで安心ではあるが、こうも話が出来ないと思わなかった。
それに、学園祭でダンス・クラブの男子生徒にリードされて、ダンスの発表会で踊っていた姿を見た時、確かに上達していたからあいつなりに努力していたのは間違いない。

実技試験も成績に反映するから、身を入れて練習したのだというのはわかっていたが、俺は面白くはなかった。
だから、ますます意地になって、あいつから話しかけてくるまで、絶対話さないと決めた。

だから、きっと。

そんな素直になれない俺に、神様は罰を与えたのかもしれない。

「お前の言葉を信じて待っていたが、一向に決まらないではないか」
昨夜、父の書斎に呼ばれた俺は、いい加減なんとかしろと父にきつく言われていた。

「なんのことです?」
俺はとぼけたが、そんなことを許してくれるような父ではない。

「婚約者だ、いくつも姿絵を見せただろう、何が気に入らない?」
「何がと言われましても」
俺はもうすぐ16になる、後二年で成人を迎える。

「もういい、お前の婚約者は私が決めてやろう」
「父上!」
「お前の言葉を信じた私がいけなかった。成人してから相手を探すつもりか?」
「そ、そうです、成人してからでも遅くは……」
「馬鹿者!」
久しぶりに父の罵声が書斎に響いた。

「よいか、貴族の婚姻は家の為、そして領民の為でもある。いずれお前は私の後を継いで辺境伯となるのだ。その意味がわからないほど、お前は子供ではないだろう」
父の眉間の皺が更に深くなる。

「成人し、卒業したら専科へ行きたいというお前の希望は叶えてやる。その代わり、私が決めた令嬢と婚約を交わすのだ、わかったな。話は以上だ、行ってよい」
「父上、お待ちください、俺は……」
「もうよいと言っているのだ、くどい」
俺を睨みつけると、父はペンを握って、紙の上に走らせる。これ以上は聞く耳持たずと態度で示された俺は、仕方なく父の書斎を出た。

*****

俺とミーティアの出会いは最悪だった。

オルヴェノクの屋敷に、貧乏伯爵の娘である従妹が居座っていると聞いて、さっさと追い出してやろうと思ったのに、爺さんに宥められ、その時は大人しく引き下がった。

俺は、王女殿下や王子殿下の遊び相手として、王城へ伺ったこともある、貴族令息だ。だから田舎娘のミーティアを馬鹿にしていたし、早く追い出そうと様々な嫌がらせをした。

あいつが図書室で本を読んでいる時、そっと近づいてトカゲを落としてやったり。祖父に剣術の稽古を一緒につけてもらっている時、あいつの足を引っかけて転ばせたり。
今思えば、酷いことをしたと思うが、あの時は一日でも早くあいつを追い出そうとしていたのだから、仕方ない。

そんなある日。

ミーティアに仕掛けていた嫌がらせの数々を祖父に咎められ、俺は仕置きと称して物置小屋に一晩閉じ込められた。
もちろん食事も抜かれ、空腹を紛らわせようと床にゴロリと横になっていたが、忍び寄ってくる暗闇に押しつぶされそうで、恐怖を感じ始めていた時ーーー。

物置の扉が開かれ、明かりを手にしたミーティアが小屋に入ってきた。

「なんだよ……お、俺を馬鹿にしにきたのか?」
我ながら情けない声しか出せなかった俺に、ミーティアは近付くと腰に手をあて、一つため息を零した。

「……ほら、食べて。パンしか持ってこれなかったけど」
そう言うと、籠からパンを取り出した。
「あ、そうだ、お水もあるのよ」
びんを取り出して、パンと水を差し出す。

俺はフンと顔を横に背けるが、ミーティアは差し出した手を引っ込める気配はなかった。

「意地っ張りねぇ……」
そう言うと、俺の隣にすっとしゃがんだ。
「な、なんだよ」
「お腹空いてるでしょ?お夕食のパンをくすねてきちゃった」
フフフと笑うミーティア。
「それに、腹が減っては戦が出来ぬというものよ」
「……なんだ、それ?」
「お腹が空いていてはいい結果は出ない、っていう意味、だったっけ……?」
と首を傾げる。

偉そうに説教めいたことを言った割に、自信が無さそうなその様子に俺は吹き出した。
「自分で言ったくせに……」
「や、やぁね、忘れちゃったのよ、だいぶ前だし……」
ブツブツと言い訳するミーティアは、意味あってるよね、あれ、間違えた?とまだ何やら呟いていた。

そんな時、俺の腹の虫が空腹を告げる。

「ほら、食べてってば」
ミーティアは笑いながらパンを差し出したので、俺はそれをひったくるように受け取ると、口へ運ぶ。
俺がパンを頬ばっていると、隣に座っていたミーティアは俺に話しかけてきた。

「あの、私、お祖父さまには何も言ってないよ?」

ミーティアは俺の嫌がらせについて、祖父に言い付けてはいないことを言っているのだとすぐにわかった。

「知っている」

泣きながら祖父に訴えるだろうと予想していたのに、泣きもせず、平然ととかげの尻尾を掴んで窓から投げるのを見ていた俺は、言い付けないだろうと思ったから、更にエスカレートしたのだ。

「そっか、それならいいけど。あ、なんならちょっとお話しない?」
「なんで?」
「いいから、付き合ってよ」
そう言うと、マッコールの人々について、ミーティアは勝手に話し出した。あれはきっと、一人で閉じ込められている俺を気遣って言ってくれたんだろうと、今なら思う。

それからミーティアが本気で借金をどうにかしようと考えて、色んなことを実現しようと奔走していることを知った。年下の令嬢で、こんなことを考えている子に出会ったことがなかった俺は、いつしかミーティアの話に耳を傾け、しばらくすると頭がフラフラ動き、瞼がくっつきそうになるのを我慢出来なくなった。

「付き合ってくれてありがとう、おやすみなさい」
ミーティアが本当にそう言ったのか、確かめた訳ではないが、俺の耳にはそう届いたような気がする。次に気付いた時には、物置小屋の扉が開け放たれ、祖父が俺の傍らに立っていた。

「少しは反省したか」
「はい、すみませんでした……」
「もう二度とするなよ」
祖父はそう言うと、俺の頭をくしゃくしゃにかき混ぜ、豪快に笑った。

その一件以来、ミーティアと色んな話をするようになり、勉強や剣術、馬術の稽古もしていたが、あいつの知っている遊びーーー鬼ごっことか言うものや、かくれんぼ、そして木登りをして遊ぶようになった。

ーーーあの日々は、俺の中で何年経っても色あせることがない。

ミーティアは貴族としての教養も身に付け始めていたが、俺が唯一、本音で話せる貴重な相手であることに変わりなかった。それがいつしか、共にありたいと思うようになったのは自然の流れだろう。

だが、あいつはそうではないようだ。俺の気持ちなど、全く気付いていないし、俺に心を傾けているようにも見えない。俺の気持ちを押し付けたところで、答えるような女ではないことぐらい、誰よりもよくわかっている。


潮時かーーー。

小さな声は、部屋の中に消えていった。
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