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少女期~新しい日々と、これからのあれこれ~
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屋敷での日々はあっという間に過ぎ去り、明日は学園へと戻る日ーーー
昼間、執務机で書類と格闘しているグロリアの元を訪れたミーティアは、父であるニールから連絡があるかと聞いてみた。
「お母さま、お父さまのことなんだけれど……」
書類から目を上げたグロリアは、ミーティアの顔をじっと眺める。その様子は何か言いたげで、でも言い出せなくて、というように葛藤しているように、ミーティアには思えた。
「ごめんなさい、言いにくければいいの」
ミーティアは母の様子に聞かなければよかったかと後悔する。
「いいのよ、そろそろ話さなくてはならないと、思っていたから」
やはり母は父がどうしているか知っているのだ、何か事情があって話せなかったに違いない。本当にそれを聞いていいのかどうか、ミーティアは逡巡していた。
何も知らなければよかったと、後悔することになりはしないかと、嫌な予感がする。まさか、出奔した先で他の女に子供を産ませたとか?……あの父ならありえなくもない、ミーティアは勝手に妄想して憤る。
「あら、なんだか機嫌が悪そうね?」
「お父さまはまさか、お母さまを裏切ったりはしていないでしょうね?」
その言葉を聞いたグロリアは目を真ん丸にして、本気で驚いた様子だ。
「お父さまは、いえ、旦那さまはそんなことはなさらないわ。もしそんなことになったら……」
母はにっこりと微笑む。
「私が何せずに手をこまねいているとでも?」
ですよねーーー!ミーティアはうんうんと頷く。
「そんな些末なことではないの。でもウィリアムにはまだ早いから、私が話すまであの子には黙っていてくれるかしら?」
いえいえ、お母さま、決して些末などではございませんことよ?……ミーティアは胸の内で呟く。
古今東西、人を殺める理由に痴情のもつれは多い、統計的にもそれは明らかであり、些末と言い切れる母は凄いと感心してしまうミーティア。
母が父をどうにかするなんてことは、よほどのことがない限りなさそうだけれどーーー。
「夕食が終わったら、私の部屋へいらっしゃい。そこで話しましょう、いいわね?」
「はい、お母さま」
ーーーよもや、母の部屋で、あんな話を聞くことになろうとは。ミーティアには想像も出来なかった。
*****
ファランダール王宮内ーーー
ヴァランタイン侯爵家当主、ギルバートの他に、その円卓には四人の紳士が集っていた。
ギャラハード侯爵家当主、ダニエル。
ヒュロス侯爵家当主、シスリー。
オブスティシー伯爵家当、ヴィンセント。
リーベラ伯爵家当主、アリスト。
もちろん、マッコール伯爵家当主ウィリアムはその席に呼ばれてはいない。そしてマロリス伯爵家当主も。
「我ら七家の結束も、今は有名無実と化しているようだ」
ギルバートが重々しい声で告げると、皆、驚いたような表情を浮かべた。
彼らの集まりは『SEVEN’S LOUNGE』と呼ばれ、国の大事に関わる重要な決断を王に進言し、そして時には王を諫める役割も果たしてきた。
七賢者と王家との『永遠の契約』に基づき、集いし七家。
円卓はその場に集う者に上下などないことを意味している。もちろん、王であるエルドァードでさえも。
「マッコールは良いとしてもだ、ギルバート。なぜこの場にマロリスの主がおらんのだ」
「マロリスのガウニーは例の一件で隠遁生活を送っているだろうが」
「そんなことはわかっている、だが現当主がおるだろう」
皆、口々にこの場にいない、マロリス家当主への不満を隠そうともしなかった。
「静粛に」
リーベラ伯アリストの言葉に、他の者たちは口を噤む。
「今、この場にいない者のことをとやかく言うつもりはない。だが、招かれなかったには相応の理由があるとだけ、言っておこう」
ギルバートが告げると、まず声を上げたのはオブスティシー伯ヴィンセントだ。
「相応の理由について、お聞かせ願いたい」
「そうだ、我らの結束が有名無実だなどと、冗談にも程がある」
そう言って憮然とした表情を浮かべるのは、ヒュロス侯シスリー。
「ヒュロス侯、そうお怒りにならなくとも」
シスリーを宥めるのは、ギャラハード侯ダニエル。
「無論、私とて、そうは思いたくはないが」
ギルバートの眉は、先ほどから寄せられたままだ。
「で、一体何のために集められたのだ?」「儂が皆を集めろと言ったのだ」
オブスティシー伯ヴィンセントの質問に答えたのは、国王エルドァードだった。
エルドァードは臙脂色の分厚いカーテンの向こうから、ゆっくりと円卓に向かって歩いてくる。
ぎしりと音を立てて椅子に座ったエルドァードは、一人一人の顔を順番に見つめた。
「今はまだ、仔細については言えないが、どうやら我らの結束を瓦解しようと目論む者がおるようだ」
エルドァードは、ゆっくりと噛みしめるように、皆に告げた。
それぞれ、驚く顔もあれば、信じられないと言った顔の者、憮然とした表情を崩さない者もいる。
「建国よりの我らの絆が試される時が来たようだ」
エルドァードの言葉に、誰もがどう返してよいかわからなかった。
*****
母グロリアの部屋で、ミーティアはソファに腰かけて、手ずから入れてくれた紅茶に口を付けて、母の言葉を待っていた。
「旦那様のことで、あなたに黙っていたことがあるのよ」
「お父さまは商人と一緒に出て行ったのではないの?」
「……少し、長い話になるわ、聞いてくれる?」
グロリアは真剣な顔で語り始める。尋ねたいこともあったが、ミーティアは黙って母の話に耳を傾けていた。
「ミーティアは七賢者の『永遠の契約』については知っていて?」
「ええ、書かれている本を学園に持って行っていいかどうか、お尋ねしようと思っていたところよ」
「そう、それは図書室から持ち出さないで。ウィリアムに読ませなくてはならないから」
『永遠の契約』とは何なのか。それは七賢者と神の子ファランとの間で交わされた、建国にまつわる話ーーー
神の子ファランがこの地に降り立った時、彼は空っぽだった。人ではない彼には、感情も知識もない、器だけの神々しい存在。七賢者と呼ばれる者たちは、大切に抱えている『心』をファランに与えることで、この地で繁栄を約束された。それが、『永遠の契約』と呼ばれるものの正体だ。
ある者は忠義を。ある者は英知を、ある者は純愛、ある者は忍耐、勇気、無欲、節制。これらを与えることで、ファランは『人』となることが出来たという。そして建国の祖ファランダール王家が誕生したそうだ。
マッコールの始祖、ローランドが与えしは『勇気』ーーー
マッコールは代々、司法に関する要職を任されているという。七賢者の始祖の家は、宰相、外交、財務など確かに要職ばかりに付いている。
「旦那さまは、決してご自分の道楽の為に出奔したのではないことだけ、分かっていて欲しいの」
「……いつからご存知だったのです?」
「旦那さまがお出かけになってから、半年を過ぎた頃だったかしら……ヴァランタイン侯爵さまから教えていただいたのよ」
「お手紙は……」
グロリアは首を振った。
「私からお送りすることは叶わないわ。旦那さまから頂くことも出来ないのよ」
「そんな……」
それでは生きているのか死んでいるのかもわからないではないか、母はそれでも平気なのだろうかとミーティアは思わず、母に問うた。
「お母さまはそれで平気なのですか?いくらなんでも、あんまりではございませんか!」
「平気なわけがないでしょう?……でも、旦那さまはもっとお辛いかもしれない、だったらせめて、安心してお帰り頂けるように、この地を守らなくては」
「お母さま……」
ミーティアは何も言えなかった。父ニールが戻ると心から信じているのだ、この母はーーー。今までは借金ほっぽり出して何してやがんだあの野郎ぐらいに思っていたが、これでは罵ることも出来ないではないか。
「お父さまは、まだお戻りになれないのでしょうか?」
「わからないわ、詳しいことは私も知らないの。でも、知らないほうがいいのかもしれないわ」
「どうしてです?」
「知ってしまったら、お助けしたくなってしまうもの」
母はそう言って、微笑んだ。その微笑みは、哀しくも美しかった。
*****
学園に戻る日の朝、朝食の後に、ミーティアはロビンを自室へ呼んだ。
「ロビンにお願いがあるの」
「姉さま?改まってどうしたの?」
ソファに座るロビンの隣に腰かけたミーティアはそっとその手を握る。
「学園に入るまででいいの、お母さまをしっかりお助けして欲しいの」
ミーティアが真剣な顔をして告げたせいだろうか、ロビンは驚いたように目を白黒させていたのだが。
「わかった、僕、頑張るね」
ミーティアの目を真っすぐ見て、ロビンは頷いた。
「そして、何かあったらすぐに知らせてちょうだい。お願いね」
「わかった、必ず知らせるよ」
ロビンの手を握りしめ、ミーティアは不安な気持ちを押し隠して微笑んだ。
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「ごめんなさい、言いにくければいいの」
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「いいのよ、そろそろ話さなくてはならないと、思っていたから」
やはり母は父がどうしているか知っているのだ、何か事情があって話せなかったに違いない。本当にそれを聞いていいのかどうか、ミーティアは逡巡していた。
何も知らなければよかったと、後悔することになりはしないかと、嫌な予感がする。まさか、出奔した先で他の女に子供を産ませたとか?……あの父ならありえなくもない、ミーティアは勝手に妄想して憤る。
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「そんな些末なことではないの。でもウィリアムにはまだ早いから、私が話すまであの子には黙っていてくれるかしら?」
いえいえ、お母さま、決して些末などではございませんことよ?……ミーティアは胸の内で呟く。
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「夕食が終わったら、私の部屋へいらっしゃい。そこで話しましょう、いいわね?」
「はい、お母さま」
ーーーよもや、母の部屋で、あんな話を聞くことになろうとは。ミーティアには想像も出来なかった。
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ヴァランタイン侯爵家当主、ギルバートの他に、その円卓には四人の紳士が集っていた。
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もちろん、マッコール伯爵家当主ウィリアムはその席に呼ばれてはいない。そしてマロリス伯爵家当主も。
「我ら七家の結束も、今は有名無実と化しているようだ」
ギルバートが重々しい声で告げると、皆、驚いたような表情を浮かべた。
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円卓はその場に集う者に上下などないことを意味している。もちろん、王であるエルドァードでさえも。
「マッコールは良いとしてもだ、ギルバート。なぜこの場にマロリスの主がおらんのだ」
「マロリスのガウニーは例の一件で隠遁生活を送っているだろうが」
「そんなことはわかっている、だが現当主がおるだろう」
皆、口々にこの場にいない、マロリス家当主への不満を隠そうともしなかった。
「静粛に」
リーベラ伯アリストの言葉に、他の者たちは口を噤む。
「今、この場にいない者のことをとやかく言うつもりはない。だが、招かれなかったには相応の理由があるとだけ、言っておこう」
ギルバートが告げると、まず声を上げたのはオブスティシー伯ヴィンセントだ。
「相応の理由について、お聞かせ願いたい」
「そうだ、我らの結束が有名無実だなどと、冗談にも程がある」
そう言って憮然とした表情を浮かべるのは、ヒュロス侯シスリー。
「ヒュロス侯、そうお怒りにならなくとも」
シスリーを宥めるのは、ギャラハード侯ダニエル。
「無論、私とて、そうは思いたくはないが」
ギルバートの眉は、先ほどから寄せられたままだ。
「で、一体何のために集められたのだ?」「儂が皆を集めろと言ったのだ」
オブスティシー伯ヴィンセントの質問に答えたのは、国王エルドァードだった。
エルドァードは臙脂色の分厚いカーテンの向こうから、ゆっくりと円卓に向かって歩いてくる。
ぎしりと音を立てて椅子に座ったエルドァードは、一人一人の顔を順番に見つめた。
「今はまだ、仔細については言えないが、どうやら我らの結束を瓦解しようと目論む者がおるようだ」
エルドァードは、ゆっくりと噛みしめるように、皆に告げた。
それぞれ、驚く顔もあれば、信じられないと言った顔の者、憮然とした表情を崩さない者もいる。
「建国よりの我らの絆が試される時が来たようだ」
エルドァードの言葉に、誰もがどう返してよいかわからなかった。
*****
母グロリアの部屋で、ミーティアはソファに腰かけて、手ずから入れてくれた紅茶に口を付けて、母の言葉を待っていた。
「旦那様のことで、あなたに黙っていたことがあるのよ」
「お父さまは商人と一緒に出て行ったのではないの?」
「……少し、長い話になるわ、聞いてくれる?」
グロリアは真剣な顔で語り始める。尋ねたいこともあったが、ミーティアは黙って母の話に耳を傾けていた。
「ミーティアは七賢者の『永遠の契約』については知っていて?」
「ええ、書かれている本を学園に持って行っていいかどうか、お尋ねしようと思っていたところよ」
「そう、それは図書室から持ち出さないで。ウィリアムに読ませなくてはならないから」
『永遠の契約』とは何なのか。それは七賢者と神の子ファランとの間で交わされた、建国にまつわる話ーーー
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ある者は忠義を。ある者は英知を、ある者は純愛、ある者は忍耐、勇気、無欲、節制。これらを与えることで、ファランは『人』となることが出来たという。そして建国の祖ファランダール王家が誕生したそうだ。
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マッコールは代々、司法に関する要職を任されているという。七賢者の始祖の家は、宰相、外交、財務など確かに要職ばかりに付いている。
「旦那さまは、決してご自分の道楽の為に出奔したのではないことだけ、分かっていて欲しいの」
「……いつからご存知だったのです?」
「旦那さまがお出かけになってから、半年を過ぎた頃だったかしら……ヴァランタイン侯爵さまから教えていただいたのよ」
「お手紙は……」
グロリアは首を振った。
「私からお送りすることは叶わないわ。旦那さまから頂くことも出来ないのよ」
「そんな……」
それでは生きているのか死んでいるのかもわからないではないか、母はそれでも平気なのだろうかとミーティアは思わず、母に問うた。
「お母さまはそれで平気なのですか?いくらなんでも、あんまりではございませんか!」
「平気なわけがないでしょう?……でも、旦那さまはもっとお辛いかもしれない、だったらせめて、安心してお帰り頂けるように、この地を守らなくては」
「お母さま……」
ミーティアは何も言えなかった。父ニールが戻ると心から信じているのだ、この母はーーー。今までは借金ほっぽり出して何してやがんだあの野郎ぐらいに思っていたが、これでは罵ることも出来ないではないか。
「お父さまは、まだお戻りになれないのでしょうか?」
「わからないわ、詳しいことは私も知らないの。でも、知らないほうがいいのかもしれないわ」
「どうしてです?」
「知ってしまったら、お助けしたくなってしまうもの」
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「学園に入るまででいいの、お母さまをしっかりお助けして欲しいの」
ミーティアが真剣な顔をして告げたせいだろうか、ロビンは驚いたように目を白黒させていたのだが。
「わかった、僕、頑張るね」
ミーティアの目を真っすぐ見て、ロビンは頷いた。
「そして、何かあったらすぐに知らせてちょうだい。お願いね」
「わかった、必ず知らせるよ」
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