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少女期~新しい日々と、これからのあれこれ~
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ナンシーのことが気になって、ベッドで何度か寝返りを打っていたミーティアだったが、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
はっと目が覚めた時にはカーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。ミーティアは急いでベッドから降りると、ナンシーの部屋をノックした。昨夜と同じように返事がなかったので、そろそろと扉を開ける。
するとーーーナンシーは倒れこむようにベッドに転がっていた。掛布はおろか、着替えさえもしていない。そして壁にはハンガーに掛けられた一着のドレスが仕上がっていた。
それは解いたドレスでギャザーを寄せ、裾にドレープが広がっているのだが、左の斜め前に濃いグリーンの共布で仕上げたカメリアが飾られ、その部分で留められたように持ち上がっている。そのため、裾が斜めに持ち上がっており、その下に濃いグリーンが覗くように仕立てられていた。ナンシーが一生懸命仕上げてくれたそのドレスは素晴らしい出来栄えだった。
「ありがとう、ナンシー」
ミーティアは小声で告げると、急いで自分のベッドから掛布を引き剥がす。ナンシーの身体にそっと掛けてから扉を閉めた。
急いで自分の支度を整え、食堂へと急ぐ。昨夜の食器を返しながら、サンドイッチを作ってもらおうと調理場に声を掛ける。
「申し訳ありませんが、また作っていただけませんか?」
「畏まりました、朝食を召し上がっていらっしゃる間に作っておきますので、後でお寄りください」
調理場にいた若い女性が笑顔で応えてくれる。
一人で適当な席に座り、朝食が運ばれてくるのを待っていると、ちょうどアリスンがジニーと共に食堂に入ってきた。
アリスンはミーティアを見つけると、にこやかに近付いてきた。
「おはようございます、ミーティア」
「おはようございます、アリスン」
ジニーは目礼をすると、従者用の食堂へと歩いて行った。
「どうしたの?寝不足?」
ミーティアの顔を見て、アリスンが心配そうに覗き込む。
「ええ、ちょっと、色々あって……」
昨日の怒涛の展開をどこから話せばいいのか、ミーティアは思案していたが、今更、そう、本当に今更なのだが、あの出来事が生徒が行き交う廊下で繰り広げられたことを思い出し、青くなった。
「あら、顔色が悪いようね、具合でも悪いの?」
「いいえ、具合は悪くないわ、本当よ」
「ならいいけど……」
アリスンはミーティアの言葉を聞いても、訝しそうな顔をしている。
「アリスン、授業が終わったら少し話したいことがあるんだけど」
「いいわ、じゃあ私のお部屋でどうかしら?」
ミーティアは頷いた。
とりあえず、昨日の出来事をこの友人には話しておきたかった。もしかしたら、もうすでに噂になっているかもしれないが、それでも誰かの口から聞くよりは自分の口で話しておきたかった。
俯きがちなミーティアを気遣ってくれているのはわかるが、今この場で話す訳にはいかない。話が弾まないまま、ミーティアは朝食を終えると、調理場に寄ってサンドイッチを受け取り、寮の自室へ戻った。
あまり物音を立てないように扉を開け、再びナンシーの部屋をノックする。やはり寝ているようだ、ミーティアはそろりと扉をすり抜け、テーブルにサンドイッチを載せると、そっと部屋を出る。
今日の授業は午前中だけだ、王城へ行くにしても支度もあるし、どう考えても夕方近くになるだろう。それに、王城に行くには馬車が必要だ。ミーティアは自室を出ると、学園の馬車を借りようと事務棟へ向かった。
東階段を降り、事務棟へと歩いていると、怖い顔をしたジルベルトが立っていて、ミーティアは仰天した。
「お、お兄様、どうなさったんです?」
朝の挨拶をすっかり忘れてしまったが、こんな早い時間にジルベルトがいるとは思わず、そのことに驚いてしまったのだから仕方ない。
「話がある、こっちへ来い」
ジルベルトはミーティアを促すと、庭園にある温室へと入って行った。ミーティアが先日、令嬢たちの茶会に招待された、円形の大きなテーブルがあるほうではなく、少し奥まった、ベンチが置いてある場所へ進むと、ジルベルトが振り返った。
そういえば、あの場にはトビアスもいたんだ……きっとトビアスから話を聞いたのだろう、王子とのことを言われるに違いない、ミーティアはそう思ってジルベルトが口を開くのを待った。
「今日、殿下に呼ばれて王城へ行くと聞いたが本当か?」
「ええ、そうですわ」
「そうか……ダンスを教えると殿下が仰ったというのは?」
ミーティアはコクリと頷く。
「はぁ……」
ジルベルトは長いため息を吐いた。
「お兄様?」
「エマ、ここには俺たちしかいない、その呼び名はやめてくれ」
よっぽど嫌なのか、ジルベルトの眉間に皺が寄った。
「……わかったわ、ジル。それよりこんなに朝早くから、どうしたの?」
「昨日、トビアスから聞いたんだ、エマが王城に呼ばれたと」
「やっぱり……」
「どうしてそんなことになった?」
ジルベルトの名誉のために付け加えておくと、彼は一度も声を荒げたりはしていない。寧ろ、ミーティアの窮状を心配しているような素振りで、今も気遣うように聞いてくれている。
ミーティアは経緯を説明し、ジルベルトの返答を待った。
「そうか、殿下に目を付けられたな」
「え……」
「あの方は無表情なだけで無関心ではない。エマに興味を持っていたんだろう、きっかけを探していらしたんじゃないか」
「そんな……」
ミーティアは関心を持たれることは望んでいない、なぜなら、これからヒロインが現れるからだ。貴族令息ならまだしも、殿下と懇意にしていた令嬢扱いされ、その後に冷遇された日には、それこそ社交界から抹殺されるも同然だ。触らぬ神に祟りなしと言うではないか。ミーティアは後悔するが、今となっては時すでに遅しである。
「ジル、私はどうすれば……」
ミーティアは縋るようにジルベルトを見上げた。
「……俺も一緒に行こう。うちの馬車で王城へ行けばいい」
「え、でも。それでジルに何か迷惑がかかるのは駄目よ」
「オルヴェノクは王家の剣。辺境伯でもあるんだ、多少のことは王家も目を瞑るさ」
ジルベルトは明るい声でミーティアに告げる。
「ジル……ありがとう、やはり持つべきものは従兄ね」
最後の一言にガクっときたジルベルトだったが、そんなことはおくびにも出さずに続ける。
「最初に俺に相談すればよかったんだ。殿下だけじゃない、他の貴族令息にも隙を見せては駄目だ」
ここぞとばかりに釘を刺すジルベルトの真意に、ミーティアが気づいているのかは不明だが、ジルベルトはこのタイミングで言っておかないと、と内心焦ってはいた。
「これから気を付けるわ、ごめんなさい、ジル」
ミーティアは迷惑をかけている自覚はあるので、素直に謝った。
「あー、あとな、支度は大丈夫なのか?」
「ええ、ナンシーが夜鍋してドレスを直してくれたのよ」
ナンシーにも迷惑をかけてしまったと、ミーティアはしょんぼりと肩を落とした。
「そのドレスを持ってうちに来ればいい。母上に話はしてあるから、何かしら貸してくれるはずだ」
「ええっ!そんな、申し訳ないわ。まだお目もじも叶っていないのよ」
ミーティアは学園に入学してから、まだ一度もオルヴェノクの伯父と伯母に挨拶をしていなかった。
「縁戚なんだから気にするな。王城には父がいるから、ついでに挨拶も出来るだろう」
今日のジルベルトはなんだか頼もしく見えて、ミーティアは少し安心することが出来た。
「本当にありがとう、ジル」
「いいんだ、俺もお前の………」
「?」
「な、なんでもない。そろそろ行かないと授業に遅れる、先に出てくれ。適当に時間を見て俺も出るから」
「わかったわ、じゃあ、後ほど」
ミーティアは何を言いかけたんだろうと不思議に思いながら、心持ち軽くなった足取りで温室を出ると教室へと向かった。
一方、ジルベルトはというとーーーー
(お、俺は何を口走ろうと……)
ミーティアの前では平静を装っていたものの、ジルベルトは口元に右手をあて、その顔は赤く染まっていた。本当は彼はミーティアにこう言いかけたのだ。
お前のために何か出来ることが嬉しいんだ、と。
*****
その日、授業中も心なしかビクついていたミーティアだったが、他の生徒の様子に変わりはないように見えた。相変わらず王子は授業の合間の時間も、誰も傍に近付けようとしなかったし、他の生徒たちも思い思いにお喋りしたり、教科書を手にブツブツ言っていたので、とりあえず今のところは特に噂にはなっていないようで、お昼近くになった頃には、ミーティアの肩の力も少し抜けていた。
授業が終わると、急いで教室を出て、一度自室へ戻る。
扉の鍵を開け、部屋へ入ると、ナンシーが自室から飛び出してきた。
「お嬢様、申し訳ありません、私……」
朝の支度を手伝えなかったことを詫びているのだろう、ナンシーの顔が心持ち青褪めているようだ。
「ナンシー、身体のほうは大丈夫?どこか痛んだりしていない?」
ミーティアとしては、あんな恰好で寝ていたナンシーのほうが心配だったのだが、ナンシーは一つ頷くと、それは大丈夫です、と固い表情のまま、ミーティアと目線を合わせる。
「私の為に色々ありがとう、ナンシー。本当に素晴らしいドレスで、とっても嬉しかったわ!午後からオルヴェノクのお屋敷で登城する為の支度をさせて頂けることになったの。ナンシーも色々手伝ってね」
ミーティアは明るい声音で話しかけたのだが、ナンシーはまだ固い表情を崩そうとはしていない。
「お嬢様、本当に申し訳ありませんでした」
深々とお辞儀をするナンシーを、ミーティアは軽く睨みつける。
「それ以上、謝ったら怒るわよ……本当に気にしないで、ね?」
「畏まりました……」
ナンシーはようやく、顔を上げて笑みを見せた。
「お城へ行く前に、ちょっとアリスンの部屋へお邪魔しなくちゃいけないの。ナンシーはここにいてくれて大丈夫よ。お屋敷に持っていく物を準備してくれる?」
「お任せください、お嬢様」
ナンシーの返事を聞いて、頷いたミーティアは、そのままアリスンの部屋へと向かう。
ノックをすると、ジニーが顔を出した。
「ミーティア様、お嬢様がお待ちかねです、どうぞ」
「ありがとう、ジニー」
ジニーがもう一つの扉を開いてくれ、アリスンの部屋へ入ると、テーブルにはすでにお茶が用意されていて、アリスンがニコニコしながら座っていた。
「アリスン、お邪魔するわね」
「どうぞ、ミーティア」
アリスンに誘われるまま、席に着くと、ジニーがポットを持ってこちらへやってきて紅茶をサーブしてくれる。
果物のような香りを楽しんだ後、一口紅茶を頂いてから、昨日からの顛末を話して聞かせる。
途中、ええ!とかあら、とか相槌を打ちながらだが、概ね話し終えるまで、アリスンは何も言わなかった。
「それはまた……困ったわね」
「ええ、本当に。とりあえず、今日のところはなんとか切り抜けられそうだけれど、これがもし毎日なんてことになったら……」
「いいえ、ミーティア。王城へお邪魔することよりも、婚約者候補のご令嬢たちに知られたら、大変なことになるわ」
「いらっしゃるのよね、やっぱり」
「もちろんよ、だって未来の王妃さまですもの」
ミーティアは長いため息を吐いた。トビアスに相談しただけなのに、王子が横槍を入れてくるなんて想定外だ。
「ミーティアの家柄は、候補になってもおかしくはないから、大丈夫だろうと思うけど」
紅茶を飲みながら、とんでもないことを言い出すアリスンに、ミーティアはブンブンと首を左右に振った。
「私なんてとんでもないわ!そんなことになったら、王家に嫁ぐ前に家が破産してしまうわよ。それに何より、お妃候補のご令嬢方は、小さい頃からそのように教育されているのでしょう?私みたいなのが出てきたら、ご気分を損ねてしまうでしょうよ」
ミーティアのその言葉を聞いて、アリスンは吹き出してしまった。
「あら、一度ぐらいは皆夢見るでしょうに。ミーティアにとっては、お妃はあまり魅力がない職業のようだけれどね」
笑いながら、誰かに聞かれたら不敬ともとられかねない発言を平然とするアリスンの言葉を聞いて、ミーティアも思わず吹き出してしまった。
「ということは、アリスンも一度は夢見たということ?」
「私は……そうね、一度は皆、夢見るものよ。そういうものではなくて?」
ミーティアは曖昧に微笑む。
ミーティアは残念ながら、そんな夢を見たことは一度もない。
ピンクのふわふわ頭の令嬢が、全てをかっさらっていくことを知っているからだ。
知らぬが仏、なのよねぇと心の内で呟いた。
はっと目が覚めた時にはカーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。ミーティアは急いでベッドから降りると、ナンシーの部屋をノックした。昨夜と同じように返事がなかったので、そろそろと扉を開ける。
するとーーーナンシーは倒れこむようにベッドに転がっていた。掛布はおろか、着替えさえもしていない。そして壁にはハンガーに掛けられた一着のドレスが仕上がっていた。
それは解いたドレスでギャザーを寄せ、裾にドレープが広がっているのだが、左の斜め前に濃いグリーンの共布で仕上げたカメリアが飾られ、その部分で留められたように持ち上がっている。そのため、裾が斜めに持ち上がっており、その下に濃いグリーンが覗くように仕立てられていた。ナンシーが一生懸命仕上げてくれたそのドレスは素晴らしい出来栄えだった。
「ありがとう、ナンシー」
ミーティアは小声で告げると、急いで自分のベッドから掛布を引き剥がす。ナンシーの身体にそっと掛けてから扉を閉めた。
急いで自分の支度を整え、食堂へと急ぐ。昨夜の食器を返しながら、サンドイッチを作ってもらおうと調理場に声を掛ける。
「申し訳ありませんが、また作っていただけませんか?」
「畏まりました、朝食を召し上がっていらっしゃる間に作っておきますので、後でお寄りください」
調理場にいた若い女性が笑顔で応えてくれる。
一人で適当な席に座り、朝食が運ばれてくるのを待っていると、ちょうどアリスンがジニーと共に食堂に入ってきた。
アリスンはミーティアを見つけると、にこやかに近付いてきた。
「おはようございます、ミーティア」
「おはようございます、アリスン」
ジニーは目礼をすると、従者用の食堂へと歩いて行った。
「どうしたの?寝不足?」
ミーティアの顔を見て、アリスンが心配そうに覗き込む。
「ええ、ちょっと、色々あって……」
昨日の怒涛の展開をどこから話せばいいのか、ミーティアは思案していたが、今更、そう、本当に今更なのだが、あの出来事が生徒が行き交う廊下で繰り広げられたことを思い出し、青くなった。
「あら、顔色が悪いようね、具合でも悪いの?」
「いいえ、具合は悪くないわ、本当よ」
「ならいいけど……」
アリスンはミーティアの言葉を聞いても、訝しそうな顔をしている。
「アリスン、授業が終わったら少し話したいことがあるんだけど」
「いいわ、じゃあ私のお部屋でどうかしら?」
ミーティアは頷いた。
とりあえず、昨日の出来事をこの友人には話しておきたかった。もしかしたら、もうすでに噂になっているかもしれないが、それでも誰かの口から聞くよりは自分の口で話しておきたかった。
俯きがちなミーティアを気遣ってくれているのはわかるが、今この場で話す訳にはいかない。話が弾まないまま、ミーティアは朝食を終えると、調理場に寄ってサンドイッチを受け取り、寮の自室へ戻った。
あまり物音を立てないように扉を開け、再びナンシーの部屋をノックする。やはり寝ているようだ、ミーティアはそろりと扉をすり抜け、テーブルにサンドイッチを載せると、そっと部屋を出る。
今日の授業は午前中だけだ、王城へ行くにしても支度もあるし、どう考えても夕方近くになるだろう。それに、王城に行くには馬車が必要だ。ミーティアは自室を出ると、学園の馬車を借りようと事務棟へ向かった。
東階段を降り、事務棟へと歩いていると、怖い顔をしたジルベルトが立っていて、ミーティアは仰天した。
「お、お兄様、どうなさったんです?」
朝の挨拶をすっかり忘れてしまったが、こんな早い時間にジルベルトがいるとは思わず、そのことに驚いてしまったのだから仕方ない。
「話がある、こっちへ来い」
ジルベルトはミーティアを促すと、庭園にある温室へと入って行った。ミーティアが先日、令嬢たちの茶会に招待された、円形の大きなテーブルがあるほうではなく、少し奥まった、ベンチが置いてある場所へ進むと、ジルベルトが振り返った。
そういえば、あの場にはトビアスもいたんだ……きっとトビアスから話を聞いたのだろう、王子とのことを言われるに違いない、ミーティアはそう思ってジルベルトが口を開くのを待った。
「今日、殿下に呼ばれて王城へ行くと聞いたが本当か?」
「ええ、そうですわ」
「そうか……ダンスを教えると殿下が仰ったというのは?」
ミーティアはコクリと頷く。
「はぁ……」
ジルベルトは長いため息を吐いた。
「お兄様?」
「エマ、ここには俺たちしかいない、その呼び名はやめてくれ」
よっぽど嫌なのか、ジルベルトの眉間に皺が寄った。
「……わかったわ、ジル。それよりこんなに朝早くから、どうしたの?」
「昨日、トビアスから聞いたんだ、エマが王城に呼ばれたと」
「やっぱり……」
「どうしてそんなことになった?」
ジルベルトの名誉のために付け加えておくと、彼は一度も声を荒げたりはしていない。寧ろ、ミーティアの窮状を心配しているような素振りで、今も気遣うように聞いてくれている。
ミーティアは経緯を説明し、ジルベルトの返答を待った。
「そうか、殿下に目を付けられたな」
「え……」
「あの方は無表情なだけで無関心ではない。エマに興味を持っていたんだろう、きっかけを探していらしたんじゃないか」
「そんな……」
ミーティアは関心を持たれることは望んでいない、なぜなら、これからヒロインが現れるからだ。貴族令息ならまだしも、殿下と懇意にしていた令嬢扱いされ、その後に冷遇された日には、それこそ社交界から抹殺されるも同然だ。触らぬ神に祟りなしと言うではないか。ミーティアは後悔するが、今となっては時すでに遅しである。
「ジル、私はどうすれば……」
ミーティアは縋るようにジルベルトを見上げた。
「……俺も一緒に行こう。うちの馬車で王城へ行けばいい」
「え、でも。それでジルに何か迷惑がかかるのは駄目よ」
「オルヴェノクは王家の剣。辺境伯でもあるんだ、多少のことは王家も目を瞑るさ」
ジルベルトは明るい声でミーティアに告げる。
「ジル……ありがとう、やはり持つべきものは従兄ね」
最後の一言にガクっときたジルベルトだったが、そんなことはおくびにも出さずに続ける。
「最初に俺に相談すればよかったんだ。殿下だけじゃない、他の貴族令息にも隙を見せては駄目だ」
ここぞとばかりに釘を刺すジルベルトの真意に、ミーティアが気づいているのかは不明だが、ジルベルトはこのタイミングで言っておかないと、と内心焦ってはいた。
「これから気を付けるわ、ごめんなさい、ジル」
ミーティアは迷惑をかけている自覚はあるので、素直に謝った。
「あー、あとな、支度は大丈夫なのか?」
「ええ、ナンシーが夜鍋してドレスを直してくれたのよ」
ナンシーにも迷惑をかけてしまったと、ミーティアはしょんぼりと肩を落とした。
「そのドレスを持ってうちに来ればいい。母上に話はしてあるから、何かしら貸してくれるはずだ」
「ええっ!そんな、申し訳ないわ。まだお目もじも叶っていないのよ」
ミーティアは学園に入学してから、まだ一度もオルヴェノクの伯父と伯母に挨拶をしていなかった。
「縁戚なんだから気にするな。王城には父がいるから、ついでに挨拶も出来るだろう」
今日のジルベルトはなんだか頼もしく見えて、ミーティアは少し安心することが出来た。
「本当にありがとう、ジル」
「いいんだ、俺もお前の………」
「?」
「な、なんでもない。そろそろ行かないと授業に遅れる、先に出てくれ。適当に時間を見て俺も出るから」
「わかったわ、じゃあ、後ほど」
ミーティアは何を言いかけたんだろうと不思議に思いながら、心持ち軽くなった足取りで温室を出ると教室へと向かった。
一方、ジルベルトはというとーーーー
(お、俺は何を口走ろうと……)
ミーティアの前では平静を装っていたものの、ジルベルトは口元に右手をあて、その顔は赤く染まっていた。本当は彼はミーティアにこう言いかけたのだ。
お前のために何か出来ることが嬉しいんだ、と。
*****
その日、授業中も心なしかビクついていたミーティアだったが、他の生徒の様子に変わりはないように見えた。相変わらず王子は授業の合間の時間も、誰も傍に近付けようとしなかったし、他の生徒たちも思い思いにお喋りしたり、教科書を手にブツブツ言っていたので、とりあえず今のところは特に噂にはなっていないようで、お昼近くになった頃には、ミーティアの肩の力も少し抜けていた。
授業が終わると、急いで教室を出て、一度自室へ戻る。
扉の鍵を開け、部屋へ入ると、ナンシーが自室から飛び出してきた。
「お嬢様、申し訳ありません、私……」
朝の支度を手伝えなかったことを詫びているのだろう、ナンシーの顔が心持ち青褪めているようだ。
「ナンシー、身体のほうは大丈夫?どこか痛んだりしていない?」
ミーティアとしては、あんな恰好で寝ていたナンシーのほうが心配だったのだが、ナンシーは一つ頷くと、それは大丈夫です、と固い表情のまま、ミーティアと目線を合わせる。
「私の為に色々ありがとう、ナンシー。本当に素晴らしいドレスで、とっても嬉しかったわ!午後からオルヴェノクのお屋敷で登城する為の支度をさせて頂けることになったの。ナンシーも色々手伝ってね」
ミーティアは明るい声音で話しかけたのだが、ナンシーはまだ固い表情を崩そうとはしていない。
「お嬢様、本当に申し訳ありませんでした」
深々とお辞儀をするナンシーを、ミーティアは軽く睨みつける。
「それ以上、謝ったら怒るわよ……本当に気にしないで、ね?」
「畏まりました……」
ナンシーはようやく、顔を上げて笑みを見せた。
「お城へ行く前に、ちょっとアリスンの部屋へお邪魔しなくちゃいけないの。ナンシーはここにいてくれて大丈夫よ。お屋敷に持っていく物を準備してくれる?」
「お任せください、お嬢様」
ナンシーの返事を聞いて、頷いたミーティアは、そのままアリスンの部屋へと向かう。
ノックをすると、ジニーが顔を出した。
「ミーティア様、お嬢様がお待ちかねです、どうぞ」
「ありがとう、ジニー」
ジニーがもう一つの扉を開いてくれ、アリスンの部屋へ入ると、テーブルにはすでにお茶が用意されていて、アリスンがニコニコしながら座っていた。
「アリスン、お邪魔するわね」
「どうぞ、ミーティア」
アリスンに誘われるまま、席に着くと、ジニーがポットを持ってこちらへやってきて紅茶をサーブしてくれる。
果物のような香りを楽しんだ後、一口紅茶を頂いてから、昨日からの顛末を話して聞かせる。
途中、ええ!とかあら、とか相槌を打ちながらだが、概ね話し終えるまで、アリスンは何も言わなかった。
「それはまた……困ったわね」
「ええ、本当に。とりあえず、今日のところはなんとか切り抜けられそうだけれど、これがもし毎日なんてことになったら……」
「いいえ、ミーティア。王城へお邪魔することよりも、婚約者候補のご令嬢たちに知られたら、大変なことになるわ」
「いらっしゃるのよね、やっぱり」
「もちろんよ、だって未来の王妃さまですもの」
ミーティアは長いため息を吐いた。トビアスに相談しただけなのに、王子が横槍を入れてくるなんて想定外だ。
「ミーティアの家柄は、候補になってもおかしくはないから、大丈夫だろうと思うけど」
紅茶を飲みながら、とんでもないことを言い出すアリスンに、ミーティアはブンブンと首を左右に振った。
「私なんてとんでもないわ!そんなことになったら、王家に嫁ぐ前に家が破産してしまうわよ。それに何より、お妃候補のご令嬢方は、小さい頃からそのように教育されているのでしょう?私みたいなのが出てきたら、ご気分を損ねてしまうでしょうよ」
ミーティアのその言葉を聞いて、アリスンは吹き出してしまった。
「あら、一度ぐらいは皆夢見るでしょうに。ミーティアにとっては、お妃はあまり魅力がない職業のようだけれどね」
笑いながら、誰かに聞かれたら不敬ともとられかねない発言を平然とするアリスンの言葉を聞いて、ミーティアも思わず吹き出してしまった。
「ということは、アリスンも一度は夢見たということ?」
「私は……そうね、一度は皆、夢見るものよ。そういうものではなくて?」
ミーティアは曖昧に微笑む。
ミーティアは残念ながら、そんな夢を見たことは一度もない。
ピンクのふわふわ頭の令嬢が、全てをかっさらっていくことを知っているからだ。
知らぬが仏、なのよねぇと心の内で呟いた。
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