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少女期〜来るべき時に、備えあれば憂いなし〜

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「ランディ様、恐れ入りますが、今日の分が終わったら水汲みをお願いしますね」
中庭の雑草むしりに追われていたランディの元に、水桶を置いて行ったのは、この屋敷の侍女だというナンシーという少女だった。
ランディは憮然として返事もしない。
(研修ってのはこれなのかよ、くそっ)
ボヤキながら草をブチブチとむしるが、一向に減る気配がない。最初、嫋やかな、美しい奥方の願いなら……と少々よこしまな気持ちもあって安請け合いした草むしりという行為だったが、これを皮切りに、この屋敷の人間たちは遠慮なく次々と雑用を押し付けてきた。貧乏暇なしと言うが、まさに暇なし。

(今頃はレナード様は厩で馬の世話か……そっちもなぁ……)

ランディはひたすらブチブチとむしりながら、この屋敷に来た日のことを思い出していたーーー。

*****

屋敷の応接間に通されたレナードとランディは、執事に先導されて入ってきた二人の人物のうち、厳めしい顔の壮年の男を見て仰天した。レナードはポーカーフェイスを崩すことはなかったが、ランディは明らかに動揺を隠せなかった。

「よく来たな、二人とも。……そっちのは、儂のことを知っている顔つきだな」

この王国の騎士団において、その名を知らぬ者はいない。王家の剣、オルヴェノクのガランドと言えば、今は引退しているが、その昔は新人騎士たちを扱きに扱き、あまりの厳しさにせっかく賜った騎士の身分を返上する者も多かったという。

そのガランドが目の前に座っている。その威厳たるや、団長のそれとは比べ物にならないとランディは密かに思った。その横に座った金髪に翠の瞳の女性は、ガランドの娘であり、この家の奥方で、あの気の強い令嬢の母親らしい。

「さすがウォルター団長ですわね、こんなに早く来て下さるとは思ってもみませんでしたわ」
ランディはこの女性の微笑みにドギマギしてしまった。美しい女性に笑顔を向けられたことがないランディには、この奥方の笑顔は眩し過ぎた。

「どれ、早速だがお前たちの腕前を見せてもらおうか」
二人は頷き、案内された場所は、伸びに伸びた雑草が所狭しと生い茂り、とても鍛錬が出来るような場所ではなかった。聞けば元々は中庭なのだと言う。

「グロリア……これでは鍛錬など出来んぞ?どうする?」
腕を組んで難しい顔をするガラント。

「お父様、申し訳ございません。ここまで手が回らなくて、お恥ずかしい限りですわ……」
悲しそうにその瞳が翳る。その様子に思わず声をかけてしまったランディ。

「俺に、お任せください!ここの雑草を抜いてしまえばいいんですね?!」
「まぁ!ランディ様、よろしいんですの?」
グロリアが笑顔を向けると、ランディは真っ赤になって俯いた。レナードが横で小刻みに震えていることにも気付かずに。

「さすが第三騎士団でも精鋭と呼ばれる方達ですわ、ご自分の鍛錬する場所を整えようとされるとは、志が高いですわね」
「そうだな。せっかくだ、その申し出はありがたく受け取ろう、グロリア」
二人はうんうんと頷き合っている。

「ランディ様、よろしくお願いいたしますね。レナード様は……」
グロリアの視線がランディからレナードに流れると、レナードの口元がわずかに引き攣った。

「わ、私は……私に何か出来ることはありますか?」
「まぁ!レナード様まで、本当に申し訳ありません。でしたら……」

『茶番』としか言いようがないやり取りだったのだが、ランディは全く気付いていなかった。

*****

それからというもの、レナードとランディは雑用や修繕を頼まれて、鍛錬どころではなかった。男手が足りなさ過ぎるこの家では、今まで野放しになっていた馬小屋の屋根の修繕や、扉の立て付け、更に樹木の剪定などなど、やることはてんこ盛りだった。

「あ、ランディさま!きょうもありがとう!ぼくもてつだいます」
呼ばれて振り向くと、この家の当主だというウィリアムが駆けてきた。最初、ランディは仰天して遠慮したが、自分の屋敷のことだから手伝うと言って利かないので、それ以降は黙ってやらせることにしたのだ。

……しばらく二人で無言でブチブチと草を抜いていたが。

「ロビン、どこ行ったの?ロービィーン?」
屋敷の中から声が聞こえてくる。

「あ、ねえさまだ」
不思議に思ったランディはウィリアムに話しかけた。

「ウィリアム様じゃねぇんですか?」
「ウィリアムだけど、ミドルネームがロビンなんです。このやしきでロビンとよぶのはねえさましかいないから、すぐにわかるんですよ」
ランディはふーんと納得し、てっきり行ってしまうと思っていたウィリアムに動く気配がなかったので、つと横を向いた。

すると、ウィリアムが上目遣いでおずおずとランディに話しかけてきた。
「あの、ランディさま……ぼく、ランディさまとレナードさまがきてくださって、すごくうれしいんです!これからもずっといてくださいね!」
ほんのりと頬を染め、ウィリアムはにこりと笑うと、姉の元へ走って行ってしまった。

「……なんだ、ありゃ……」
ぶつくさ言いながらも、ランディのささくれ立っていた心がほんわりと温かくなった。
「ま、まぁ、悪い気はしねぇわな、うん」
誰に言うでもなく呟くと、鼻歌交じりで草むしりを続けるのだった。

*****

ランディやレナードの奮闘で、ほぼ不具合しかなかったと言っても過言ではない屋敷が、だいぶ整ってきた頃。

カーンっカーンっ!!

朝から屋敷に剣戟の音が響く。

ガラントとグロリアに代わる代わる立ち向かっていたレナードとランディだったが、ぜぇぜぇと吐く息が上がっている。

「あなた方の実力はこんなものなの?さぁ、かかってらっしゃいな」
グロリアは息一つ乱しもせず、双剣を両手に構える。

「騎士の名折れだな、ウォルターが泣いているぞ」
ガランドはにやりと笑って二人を挑発する。

この二人は化け物だーーーランディは当初、この奥方に憧れていたが、剣を交えるようになってから、その淡い思慕は空の彼方へ吹っ飛んだ。

刃先を潰してある剣とはいえ、当たれば痛い。二人の腕や腹に青あざがない日はなかった。

「だぁぁぁぁ……」
レナードの鋭い一撃を華麗に交わしたグロリアは、その切っ先をいとも簡単に喉元に突きつける。
「おりゃぁぁぁ!」
そのごつい身体を生かし、体術と剣技を交えたランディの剣も、ガラントの前では赤子の手を捻るようだった。

グロリアの言葉通り、第三騎士団の中では精鋭と呼ばれていた二人だったが、そのプライドはとっくにポキリと折れてしまっていた。

「「はぁ、はぁ、はぁ……」」
二人が膝に手を付き、肩で息をしていると、涼しい顔をしたグロリアが告げた。

「そろそろ朝食にしましょうか?ねぇ、お父様」
「そうだな、身体を動かした後の飯はうまいぞ。お前たちも早く来い」
二人は連れ立って中庭を去って行く。はっきり言って二人は食欲も失せているのだが、顔を見合わせると肩を組んで、お互いの身体を支え合って食堂へ向かった。

「「おはようございます、お祖父様、お母様」」
食堂には、ミーティアとウィリアムが皆が揃うのを待っていた。

「おお、待たせたな」
「二人とも、待っていてくれてありがとう」
爽やかな二人とは対照的に、後からやってきた二人組は朝からげっそりとしていた。最早これも、見慣れた光景となっている。
ミーティアはこの二人が屋敷に現れた時、あの夜を思い出してムカムカしていたのだが、ぶつくさ言いながらも屋敷の修繕や庭を整えてくれたので、とりあえずは忘れてやることにした。それに、こう毎朝毎朝、ボロボロの二人を見ていると、やや気の毒になってきたというのもある。

ーーーもちろん、自業自得ではあるが。

四人とは対照的に、なんとか朝食を無理やりお腹にねじ込んだらしい二人が食べ終わるのを待って、ミーティアは口を開いた。

「お母様、今日は街の仕立て屋に用があるのですが、我が領地にいらしてくださっているレナード様とランディ様をご案内したいと思うの、よろしいかしら?」

ミーティアの申し出にギョッとした顔をしたのはランディだった。
レナードは、わずかに眉を顰めただけだが、二人とも、余程この屋敷でこき使われているのが堪えているらしい、また何か良からぬことに巻き込まれるのではと考えているようだ。

「我が領地の街はこぢんまりしているけれど、そう悪くないと思いますわ。よろしかったら、ぜひ。お祖父様達と鍛錬されるのでしたら、私は遠慮いたしますけれど」

ミーティアの発した『鍛錬』という言葉に、二人はビクッと反応した。すかさず、レナードが言う。
「せっかくの機会です、僭越ながら、我々がお供いたしましょう。なぁ?ランディ」
「え、ええ、喜んでお供させていただきますとも!」

今の二人にとって、少しは息抜きも必要だ、このままでは勝手に領地を出て行かれる恐れもある。せっかくの働き手をむざむざ逃 のがしてなるものか。

しかも給金は騎士団から払われているのだ、マッコールは一銭も払っていない。むしろ、教授料と称して支払ってもらっているのだから、こんなに美味しい話はないだろう。

そんなミーティアの胸の内など知る由もなく、二人はホッとした表情を見せていた。


*****

レナードとランディを引き連れて、ミーティアは街の仕立て屋に来ていた。

「これはこれはお嬢様、先立てご注文いただいていた品が出来上がっておりますわ」
「大変だったでしょう?でも助かったわ、ありがとう」
女主人は微笑むと、ミーティアに出来上がった品物を広げて見せる。

「これは……思った以上の品だわ……さすがね、アン」
「いえいえ、お嬢様の見識の深さに、いつも勉強させていただいております」

ミーティアが王都で見たオーダーの店で閃いた布地を、クリスは見事に再現してくれた。そこでこの仕立て屋の女主人、アンに頼んで、ショールに仕立ててもらったのだ。
この世界にはまだ、シフォン生地が出回っていなかった。絹糸を撚って細くした後、ざっくりとした平織にすれば出来るのだが、この撚るという作業が難しい。素人であるミーティアには、クリスの苦労は計り知れないが、クリスにしてみれば、探求心を大いに刺激されるらしく、例え時間がかかってもミーティアの思った以上の生地を織り上げてくれる。そこは長年の信頼関係というものだろう。

品物の代金を支払うと、ミーティアは店を出た。レナードとランディは店の前でミーティアが出てくるのを待っていた。

「用事は終わったわ、さぁ見て回りましょうか」

二人を連れて、街中をそぞろ歩く。途中屋台のポップコーンを見つけて、二人に勧めたらあっという間に平らげてしまった。

「そんなに美味しかったの?」
「ええ、こういったものは食べたことがなかったので」
「俺もです。これは……止まらないですよ」
「気に入ってもらえてよかったわ、それは私が発案したものなのよ」

「……すごい、すごいですよ!!」
ランディは感嘆の声を上げ、レナードは目を見開いていた。

「そうかしら?でもそう言ってもらえて嬉しいわ」
ミーティアは素直に喜ぶ。

「ローランドの再来……でしたっけ?我々はとんでもない方の馬車に検分しようとしてしまったようだ」
レナードが肩を竦める。

「これも何かの縁というものでしょう」
「そうかもしれませんね」
レナードはふ……と頬を緩めた。

*****

屋敷が賑やかになって、半年が過ぎ、いよいよミーティアが王立学園に入学する日が近付いてきた。
棚ぼたとはいえ、騎士が二人も屋敷にいてくれて心強い。それに、祖父もなんだかんだと屋敷に顔を見せにきてくれていた。

ミーティアは無事に奨学制度対象生徒として入学出来ることが決まっているので、出費といえば文房具類と制服ぐらいだが、服地の生産は領地なので原価で手に入るし、奨学生なので教科書は学園から支給されることになっている。王都に屋敷がないミーティアは寮生活なのだが、寮費も奨学生価格なので財政に優しい仕様だ。


後はロビンに任せたと言いたいところだが、ロビンも二年後には学園に入学するので、ミーティアとしては母を一人領地に残していくのが非常に心苦しかったのだが、あの二人がまだしばらくいてくれるようなので、ほっとしていた。

『備えあれば憂いなし』である。
















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