異世界細腕奮闘記〜貧乏伯爵家を立て直してみせます!〜

くろねこ

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少女期〜来るべき時に、備えあれば憂いなし〜

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『ルシアン・ヴァランタイン』ーーー

『華と風の輪舞曲』の攻略対象の一人で、ヴァランタイン侯爵家の次男坊。父から髪と瞳の色を受け継いでいるが、顔は母親似で、少々垂れ目なことから、優しい雰囲気を醸し出している。優秀な嫡男に対して強烈な劣等感を持っているが、複雑な内面は見事に押し隠し、普段はのらりくらりと掴みどころがなく、来る者拒まず、去る者追わずの典型的な遊び人。だが、家名で近付いてくる女性に対しては冷徹な一面も持っている。


*****


「あーっ!」

ミーティアが思わず叫んでしまった後、叫ばれたルシアンは目を見開いた。

(ど、どうしよう、生ルシアン、キターーーっ!)

ミーティアにとっては慣れ親しんだキャラクターだが、ルシアンにとって、ミーティアは今日、この日、初めて会った人物である。
ルシアンの反応を見て、しまったと思ったミーティアは、言い訳を必死に見繕った。

「私ったらはしたない、、、申し訳ありません。もしかしてあなた様は、ヴァランタイン侯爵様の……?」
「僕の家をご存知なんですね。貴女のような愛らしい方にも覚えが目出度いとは、光栄ですよ」

微笑みながら、決して目は笑っていないルシアンの表情の変化を、自分の事を取り繕うのに必死なミーティアは気付かない。

なんとか誤魔化せたと内心ホッとしたミーティアは、美しいカーテシーを披露する。

「申し遅れました、私、ミーティア・マッコールと申します。以後、お見知りおきを」
「ああ、貴女があの……では、父から僕の事も聞き及んでいたんですね?」
ギルバートからは息子の話が出た事は一度もないのだが、ここは肯定しないといけないだろう、今後のこともあるしなっ!と記憶の底から瞬時にルシアン情報を引っ張り出したミーティアは、緩く口角を上げて頷いた。
「そうでしたか。それなら僕の事を知っていても不思議ではないですね。どうぞ、事務棟はあちらですよ」

ヤバかった、優しい雰囲気とは裏腹の、氷のような冷たい視線を浴びなくて済んだとホッとする。攻略するのはヒロインであって自分ではないが、攻略対象者に嫌われたくはない。そんなミーティアの心の内など気付くはずもなく、ルシアンはゆっくりと事務棟へと歩きだしたので、置いていかれないよう、ルシアンの後ろについて行く。

すると、ちょうど事務棟の方から、記憶にある姿よりも幾分か身長が伸び、髪を短くカットした、見覚えのあるプラチナブロンドが大股で歩いてくるのが見えた。

あ、怒ってるーー理由はわからないが、ジルベルトは猛烈に怒っているように、ミーティアには見えた。その眉は吊り上がり、碧眼は三角になっている。

その証拠に、こちらへ一直線にやってくると、やおらミーティアの右手を掴んだ。
「こっちへ来い!」
「えっ?!」
いつものミーティアだったら、その手を振りほどいて啖呵の一つでも吐くところだが、色々と刺激を受けすぎて、脳が演算能力の限界を超えているらしく、引きずられるままに引っ張られていく。

呆気にとられてその場に残されたルシアンは、やれやれと肩をすくめてもと来た道へと戻って行った。
その後ろ姿に、ミーティアは心で叫ぶ。

(ルシアぁぁぁン、まったねぇぇぇ!)

王立学園の事務棟は、本棟の西側にあって、美しく刈り込まれた芝生と合歓ねむの木に囲まれた、平屋の石造りの建物だった。合歓の木の木陰に置いてあるベンチに座らされると、三角目にした碧眼がミーティアを睨みつけ、いきなり説教が始まった。

「おっ、お前なぁ!どうしてそう自覚が足らない?!なぜ供も付けずに学園内をウロウロしてるんだ!俺が迎えに行くと手紙に書いたろう?!なんで待てないんだ!」

あまりの勢いに、ポカンと口を開けていたミーティアだったが、なんで学園に来て早々に怒られなきゃいけないんだ、それに攻略対象のルシアンに偶然会えた僥倖を邪魔しおってからに、一体なんなのよ!と思ったら、もうダメだった。

「従者であるナンシーが体調を崩してしまっていて、一緒に来ることが出来なかったのです。
ジルベルトお兄様がお手紙をくださったのはあいにく存じませんでした。それに、私は親切にも事務棟に案内してくださるというお申し出を、お受けしただけですの。なのに、先程の方にお礼を申し上げる機会をお兄様に奪われてしまいましたわ。
ジルベルトお兄様は、私に恥をかかせるおつもりなの?きちんとお礼も言えないような家の娘だと思われたら、どうしてくださるのです?」
敢えて馬鹿丁寧に言ってやると、ジルベルトは益々、機嫌を損ねたようだ。

「なんなんだ、その話し方は?俺を愚弄しているのか?」
「いやですわ、お兄様ったら。淑女たるもの、礼儀を重んじなくてはなりません。お兄様もご存知でしょう?」
「フン……相変わらず、口の減らない奴だ」
「お兄様こそ、お祖父様から言われたことをすっかりお忘れですのね!」
「どういう意味だ?」
「ああ……お祖父様が今のお兄様をご覧になったら、さぞ悲しまれることでしょう……」
ミーティアが目を伏せて、ハンカチを取り出して目元を拭うフリをすると、ジルベルトが硬直したのがわかった。

「わ、わ、悪かった、いきなり怒鳴りつけたりして、俺が悪い、だから泣くな」

ミーティアは俯いたまま、心の中で舌を出す。
いきなりなんなのだ、この従兄は。なんの権利があって、ミーティアの楽しみを奪うのか、訳が分からない。

「悪かった、すまない。この通りだ」
ジルベルトは直立不動で直角に礼をする。最敬礼だって、もう少し角度が浅いだろうというくらいに。
ミーティアはハンカチをあてながら、上目遣いでジルベルトを見やる。

「本当に、反省してらっしゃいますの?」
「してる、してるから、もう泣かないでくれ」
「本当に?」
「あぁ、反省してるから」
ジルベルトは首振り人形のように、何度もコクコクと頷いていた。

「じゃあ、許してあげる」
ミーティアがにっこり笑って顔を上げると、ジルベルトは一瞬ポカンとした顔をした後、真っ赤になった。

「お、お前、俺を騙したな!」
「騙されるほうが悪いんですのよ、私に意地悪するからですわ」
「俺は意地悪なんてしてないだろう?!」
「そうやって、すぐ冷静さを失うところ、お祖父様にぜひお知らせしなくてはなりませんわね」
「お、ま、えぇぇぇ!」

「はい、そこまで」
冷静な声が聞こえて、二人して視線をそちらにやると、藍色の髪の少年が楽しそうにこちらを見ていた。

(あ……あれは!ト、トビーっ!トビアス・リーベラじゃないの!!やだ、もう、生トビーに会えるなんて、嬉しすぎて死ねる……)
ミーティアは内心身悶えしていたが、そんな様子をおくびにも出さず、あまりガン見すると後々ヤバそうだと、物凄く見たい気持ちをぐっと堪えて目を伏せた。

そんなミーティアに気付いていないジルベルトは、不機嫌な様子を隠そうともせず、トビアスに向き直る。

「トビアス、なんか用か」
怒りをそのままトビアスに向けるジルベルトに、トビアスは肩を竦めて呆れたように告げた。

「なんか用か、じゃないよ。周りをよく見てごらん」
トビアスに言われて、ミーティアとジルベルトは周囲に目を向ける。

「「あっ……」」
穴があったら入りたいっ!痛切に思ったが後の祭りだった。事務棟から出て来た生徒や職員らしき大人が、二人を遠巻きに見ていた。

「ジルベルト、いくらなんでも場所を弁えなさいね……そちらのお嬢さんが可哀そうだよ?ーーー気持ちはわからなくもないけど」
含み笑いをするトビアスに、ジルベルトはぐうの音も出ない様子だったが、ミーティアに手を差し出して立つように促す。

「さぁ、ここが事務棟だ。手続きがあるんだろう、早く行くといい」
「一人で立てますわ」
ミーティアはすっとベンチから立ち上がると、トビアスに向かって先ほどと同じように、淑女の礼をする。

「お恥ずかしいところをお見せいたしました。改めまして、ミーティア・マッコールと申します。以後、お見知りおきを」
「これは、これは。あなたがかのご令嬢でしたか。僕は、トビアス・リーベラ。あなたの従兄であるジルベルトの友人です、よろしくお願いしますね」
笑いを一生懸命堪えようとしつつ、挨拶をしてくれたトビアスの様子を見て、ミーティアは危うく卒倒しかけたが、なんとか堪える。

トビアスはヒロインに対してよく笑いを堪えるような仕草をしていたし、そのシーンのスチルもあった。それを生で見せられて、クラクラしてしまう。

これ以上一緒にいたら、正気を保てる自信がないと判断したミーティアは、もう一度軽く膝を折るとさっさと事務棟の入り口へ向かった。

その顔に、ニマニマ笑いを浮かべながら。








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