上 下
18 / 49
少女期〜来るべき時に、備えあれば憂いなし〜

2

しおりを挟む
ミーティアは今日も図書室に籠って勉強に励んでいた。
というのも、王立学園では成績優秀な生徒には奨学制度があると知ったからだ。

やっとのことで担保に取られていた土地の半分を買い戻したが、まだ半分も残っている。ナンシーとロイの姉弟が増えたものの、相変わらず屋敷は人手不足だし、貯金もままならないため、入学は無理だと半分以上諦めていたミーティアに、ヴァランタイン侯爵であるギルバートが教えてくれた。

「ミーティア、私が後見人なんだ、君とウィリアムの学費ぐらい、工面することはなんでもないよ」

応接間で優雅に長い脚を組んで紅茶を一口飲んだギルバートは、変わらない男ぶりでミーティアに微笑んだ。
「いくらなんでも、小父様にそこまで甘えられませんわ」
「君ならそう言うと思ったがね」
ミーティアの返事は想定内だとでも言うように、ゆっくりとした動作でカップを置いたギルバートは、菫色の目を細めてミーティアを見た。

「君に良いことを教えよう。王立学園では、成績優秀な者には授業料免除という制度があるんだよ。私に甘えられないというのなら、そちらを目指してみてはどうかな?」
「ほ、本当ですか?!」
「あぁ、全ての貴族が裕福とは限らないからね。陛下がお心を砕いてくださったと聞いている。何より、優秀な人材が育たなければ国の損失だからね」
さすが賢王と名高いエルドァード陛下だ。そんな制度があることさえ知らなかったミーティアは、授業料免除と言う言葉に、俄然燃えた。

その日から、領地視察は母と弟に任せて、ひたすら勉学に励んでいるのだ。残りは僅か一年しかない、ここで挫けるわけにはいかない。あの【華と風の輪舞曲(ロンド)】をこの目でしかと見なければ、なんのために生まれ変わったのかわからないではないか。

今更だが、説明しよう。ミーティアであるミコトがハマりにハマり倒した乙女ゲーム【華と風の輪舞曲(ロンド)】はファランダール王立学園を舞台にした、恋愛AVGである。

攻略対象は全部で5人。ヒロインは、ふわふわとしたピンクの髪を持ち、はちみつ色の瞳を持つ少女だったと記憶している。
その世界があと一年で現実となる。

前世での生涯成績は中の中、平凡の中のザ・平凡だったが、いくつかのスチルに伴う台詞を今でもそらんじることが出来るほどのハマりっぷりだったミーティアにとって、臨場感たっぷりの4Dなんて目じゃない、リアルで体感出来るかもしれないとなれば、勉強など屁でもなかった。

「うーーん……」

思った以上に頑張っていたらしい、首を回すとコキコキと音がした。

「お嬢様、ただいまお茶をご用意いたしますね」
「ありがとう、ナンシー」

ナンシーが気を利かせてお茶を用意しに行ってくれている間に、図書室の中の背表紙を何の気なしに眺めていく。
すると、今までなぜ視界に入らなかったのか不思議に思うくらい、立派な装丁の本が下段に鎮座していた。

(あら?……今までこんな本、あったかしら……)

ミーティアはその本を手に取ると、埃を払う。見たところ、そんなに古い本というわけではなさそうだったが、埃の被りっぷり具合から、もう何年も、誰も手に取っていないことは明らかだった。

興味を惹かれたミーティアは、その本を捲るーーーー。


その本に書かれていたのは、神の子ファランの眷属とも言うべき、七賢者にまつわる物語だった。

マッコール家の始祖、ローランド。
ヴァランタイン家の始祖、ヴァロア。

ギャラハード侯爵家の始祖、コンスタンス。
ヒュロス侯爵家の始祖、アンスタシオン。
オブスティシー伯爵家の始祖、ラージェリ。
マロリス伯爵家の始祖、グラジオス。
リーベラ伯爵家の始祖、ラヴィリオス。

ファランの子である、ファランダールに仕えし眷属たち。眷属にはそれぞれ役割が与えられ、その地での繁栄と引換えに永遠の契約が結ばれたと書いてあった。

……永遠の契約?そんな話、父から聞いたことがない。永遠の契約とは、一体何を意味しているのだろう?

「お嬢様?」
ナンシーの声に我に返ったミーティアは、返事をするとその本を手に勉強中の机へと戻った。


*****

「ジルベルト」

藍色の髪の少年がジルベルトを呼び止めた。
ジルベルトは現在、ファランダール王立学園に通っている。今日の授業は終わり、ジルベルトは事務棟へと急いでいた。

「どうしたんだ、トビアス」
「いや、いそいそとどこに行くのかと思ってな」
ジルベルトの手には手紙が握られている。

「手紙を出しに行くところだが、何か用か」
「いや、別に?……もしかして、愛しの従妹殿への手紙か?」
「なっ……違う、祖父へ宛てて書いたものだ!」
「へぇ……?」
言うが早いか、ジルベルトの手から手紙を奪う。

「ちょ、返せ!」

「嘘つきめ、オルヴェノク宛なんてどこにも書いてないじゃないか」
「いいから返せよ!」
トビアスの手から手紙を奪い返したジルベルトの顔は真っ赤だ。

「べ、別に、大した内容じゃない、この学園の規律を、来年入学するあいつに教えてやろうと思っただけだ」
「ふぅ~ん……」
「なんだよ!なんなら読んでみればいいじゃないか」
「そんなにムキにならなくてもいいだろう?そもそも、ご令嬢宛の私信を読もうとするほど野暮じゃない」
「だ、だから!」
「あぁ、わかった、わかった。からかって悪かったな。早く行かないと今日の分は締め切られるぞ?」
返事も返さず、ジルベルトは事務棟へと走って行ってしまった。

トビアス・リーベラは七賢者の一翼、リーベラ伯爵家の嫡男だ。ジルベルトとは入学以来、なんだかんだとつるんでいる一人で、ジルベルトの口から時々聞くミーティアに密かに興味を持っていた。

あの堅物ジルベルトが顔を真っ赤に……。
「クックック……」
思わず笑いが零れる。

早く会ってみたいものだ、あの堅物がその名を呼ぶ時、一体どんな顔をするのだろうと、トビアスは想像するだけでおかしくて仕方がなかった。


*****

「お嬢様、お手紙が届いております」
ナンシーがそう言って、自室の丸テーブルに手紙を置いてくれた。

「あら……」
ミーティアは呟くと、渡されたペーパーナイフで丁寧に封を切った。

ジルベルトが学園に入ってから、たまに手紙が届くようになっていた。学園での生活を綴ったものが大半で、ミーティアが入学する時に困らないようにという配慮なのか、なんとかという教師がこうだとか、この場所には近づかないほうがいいだとか、まるで小舅のようにいちいち書いてくる。

ただ、ジルベルトの学園での様子が楽しそうで、ミーティアとしても学園の様子が垣間見えて、益々やる気スィッチが刺激されるのだった。


……ミーティアは知らない、なぜジルベルトが手紙を出してくるのか。残念すぎることに、二次元嫁しか愛したことがないミーティアには、想像することすら出来なかった。









しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

醜いと蔑まれている令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます

ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。 そして前世の私は… ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。 とある侯爵家で出会った令嬢は、まるで前世のとあるホラー映画に出てくる貞◯のような風貌だった。 髪で顔を全て隠し、ゆらりと立つ姿は… 悲鳴を上げないと、逆に失礼では?というほどのホラーっぷり。 そしてこの髪の奥のお顔は…。。。 さぁ、お嬢様。 私のゴットハンドで世界を変えますよ? ********************** 『おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』の続編です。 続編ですが、これだけでも楽しんでいただけます。 前作も読んでいただけるともっと嬉しいです! 転生侍女シリーズ第二弾です。 短編全4話で、投稿予約済みです。 よろしくお願いします。

執着系逆ハー乙女ゲームに転生したみたいだけど強ヒロインなら問題ない、よね?

陽海
恋愛
乙女ゲームのヒロインに転生したと気が付いたローズ・アメリア。 この乙女ゲームは攻略対象たちの執着がすごい逆ハーレムものの乙女ゲームだったはず。だけど肝心の執着の度合いが分からない。 執着逆ハーから身を守るために剣術や魔法を学ぶことにしたローズだったが、乙女ゲーム開始前からどんどん攻略対象たちに会ってしまう。最初こそ普通だけど少しずつ執着の兆しが見え始め...... 剣術や魔法も最強、筋トレもする、そんな強ヒロインなら逆ハーにはならないと思っているローズは自分の行動がシナリオを変えてますます執着の度合いを釣り上げていることに気がつかない。 本編完結。マルチエンディング、おまけ話更新中です。 小説家になろう様でも掲載中です。

【二部開始】所詮脇役の悪役令嬢は華麗に舞台から去るとしましょう

蓮実 アラタ
恋愛
アルメニア国王子の婚約者だった私は学園の創立記念パーティで突然王子から婚約破棄を告げられる。 王子の隣には銀髪の綺麗な女の子、周りには取り巻き。かのイベント、断罪シーン。 味方はおらず圧倒的不利、絶体絶命。 しかしそんな場面でも私は余裕の笑みで返す。 「承知しました殿下。その話、謹んでお受け致しますわ!」 あくまで笑みを崩さずにそのまま華麗に断罪の舞台から去る私に、唖然とする王子たち。 ここは前世で私がハマっていた乙女ゲームの世界。その中で私は悪役令嬢。 だからなんだ!?婚約破棄?追放?喜んでお受け致しますとも!! 私は王妃なんていう狭苦しいだけの脇役、真っ平御免です! さっさとこんなやられ役の舞台退場して自分だけの快適な生活を送るんだ! って張り切って追放されたのに何故か前世の私の推しキャラがお供に着いてきて……!? ※本作は小説家になろうにも掲載しています 二部更新開始しました。不定期更新です

モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~

咲桜りおな
恋愛
 前世で大好きだった乙女ゲームの世界にモブキャラとして転生した伯爵令嬢のアスチルゼフィラ・ピスケリー。 ヒロインでも悪役令嬢でもないモブキャラだからこそ、推しキャラ達の恋物語を遠くから鑑賞出来る! と楽しみにしていたら、関わりたくないのに何故か悪役令嬢の兄である騎士見習いがやたらと絡んでくる……。 いやいや、物語の当事者になんてなりたくないんです! お願いだから近付かないでぇ!  そんな思いも虚しく愛しの推しは全力でわたしを口説いてくる。おまけにキラキラ王子まで絡んで来て……逃げ場を塞がれてしまったようです。 結構、ところどころでイチャラブしております。 ◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆  前作「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」のスピンオフ作品。 この作品だけでもちゃんと楽しんで頂けます。  番外編集もUPしましたので、宜しければご覧下さい。 「小説家になろう」でも公開しています。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

この国の王族に嫁ぐのは断固拒否します

恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢? そんなの分からないけど、こんな性事情は受け入れられません。 ヒロインに王子様は譲ります。 私は好きな人を見つけます。 一章 17話完結 毎日12時に更新します。 二章 7話完結 毎日12時に更新します。

転生したら乙ゲーのモブでした

おかる
恋愛
主人公の転生先は何の因果か前世で妹が嵌っていた乙女ゲームの世界のモブ。 登場人物たちと距離をとりつつ学園生活を送っていたけど気づけばヒロインの残念な場面を見てしまったりとなんだかんだと物語に巻き込まれてしまう。 主人公が普通の生活を取り戻すために奮闘する物語です 本作はなろう様でも公開しています

処理中です...