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少女期~淑女の嗜みと領地について~

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鳩が豆鉄砲を食ったような、ポカンとしたアホ面を晒した後、ジルベルトは、顔を真っ赤にして怒り出した。

「なんだと!お前の父のせいで、我が父ジークリードがどんな目にあっているかも知らず、暢気に我が領地に居座っている図々しい女が、何を偉そうに!」
「……ちょっと待って。今なんつった?」
「だから、お前の父が!」
「そこ、もっと詳しく!」

ミーティアの様子に、なんで俺が……と眉を吊り上げて目を三角にしながらも、ジルベルトは話して聞かせてやった。

本来、マッコール伯爵が就くべき要職に、オルヴェノク当主であるジークリードが就いていること。そのせいで領地に帰ることもままならないこと。本来、辺境伯として領地を、ひいては国境線を守らねばならないのに、祖父が意気軒昂だからと、のらりくらり陛下にかわされていること……。

話を聞きながらミーティアは、どんどんと目線が下がって、やがて自分のつま先しか視界に入らなくなった。

(なんということ……ここにも犠牲者が…)
ジルベルトの話を聞き終えると、ミーティアはがばりと顔を上げて、ジルベルトの顔を真っすぐ見た。

「わかった、あんたの怒りはもっともだ、私は領地に帰る」
「……え?!」

これにはジルベルトのほうが慌てた、いや、その、それは……などと、意味不明の言語を発した後、何も言えなくなってしまったようだ。

「要するに、あんたは私にここに居て欲しくない、さっさと領地に帰ってくれと思ってるんでしょ?だから、あんたのご希望通り、帰るって言ってるのよ。いいじゃない、それで」
淑女とも思えない話し方だが、この少女はやはりバカではないようだ。きちんと自分の置かれている立場を把握して、最善な選択が出来るようだとジルベルトは思った。

一方、ミーティアのほうはというと、中身を盛大に晒してしまったし、何より、あのアフォ下僕を締め上げねば気が済まない、と右手の拳を固く握りしめる。

「わっはっはっは!」

野太い笑い声が背後から聞こえて、ミーティアとジルベルトは驚いて振り返った。

「ミーティア、お前は相当な跳ねっかえりだな、しかも短絡的。もう少し思慮深くなれ。ジルベルト、お前は怒りに任せて言い過ぎだ、冷静にならねば領主としては失格だぞ」

「おじいさま……」
「もうよい、猫を被る必要などないわ」
「ね、猫を被っているわけでは……」
ミーティアは必死に言い訳をしようとするが、祖父の柔らかい表情を見て、許されているのだと安堵する。

「ミーティア、ジルベルト、よく聞け。怒りに任せて物事を判断すると見誤ることが多々ある。戦場だと特にそうだ。感情的になっている時こそ、己に冷静にと言い聞かせるのだ。わかったな?」

「「はい……」」

「ミーティア、そうだな、ばあさんの前では猫を被っておいてくれんか?びっくりするだろうからな」
祖父はニヤリと片側だけ口角を上げると、ミーティアの顔を面白そうに覗き込んだ。

「は、はいっ!」ミーティアは慌てて返事をする。

「ジルベルトよ、しばらくここでミーティアと過ごせ。そうすればこの娘のこともよくわかるだろう。己で見て判断を下せ。その上でこの地を去れというなら、それもよかろう」
「わかりました……」
ジルベルトは渋々といった様子だったが、祖父の提案を受け入れたようだ。

「ミーティア、昼を食べたらお前の希望する鉱山へ出かけよう。ジルベルトも来い」

「お祖父様、ありがとう!」
ミーティアは満面の笑みを浮かべる。

なんで俺が……とブツブツと言っていたジルベルトだったが、祖父がギロリとひと睨みすると、慌てて背筋をピンと伸ばして、いい返事をした。


*****


祖父たちと馬車に乗り、いくつかある鉱山を見て回った。馬で移動するのかと思ったのだが、ミーティアの腕がまだまだなのと、ある程度道が整備されているので、馬車でも問題ないということだった。

まだ全て回りきれてはいないが、見て回ったうちの一つに、ミーティアが探している鉱石が採れる可能性がある鉱山があった。祖父には、どのような鉱石がいいのか、事前に話してあったので、そういった物が採れそうなところだけを案内してくれているのだろう。

金山や銀山、ましてや宝石が採れるような鉱山に案内して欲しいなどと言ってはいない。いくら孫とはいえ、他家の者だ、秘匿されているに違いない所に連れて行って欲しいなどと言ったら、それこそジルベルトにあらぬ疑いをかけられる。そもそも、ミーティアはそんな物に興味はないのだ。

その鉱山に祖父が到着すると、責任者と思しき、ガタイのいい、赤く日焼けした肌に無精ヒゲを生やしたおっさんが出迎えてくれた。
「ようハリー、塩梅はどうだ?」
「こっちは問題ねぇよ、おやっさん。あれ?今日はどうしたんだ?ちっこいのを二人も連れて」

ハリーと呼ばれた気の良さそうなおっさんは、ミーティアとジルベルトを見てニカっと笑った。
ジルベルトがどう挨拶するのか、ミーティアは興味津々だったが、意外にもきちんと礼をとっていたので、それを見てミーティアもスカートを摘んで膝を折る。

「はじめまして、ミーティアといいます」
ハリーはミーティアとジルベルトの挨拶を受けて満足そうだった。
「さすが伯爵様の御令息とお連れさんだ、きちんとしていなさる。身分を笠に来て、相手を侮るような人間にはなっちゃいけねぇよ、な?おやっさん?」

祖父はその言葉に大きく頷いていた。ここで対応を誤っていたら、とんでもない損失を生むところだった、危ない危ない。ミーティアは内心ほっと息を吐く。

この鉱山は主に【石英】を掘る鉱山だった。石英はガラスの材料にもなるし、透明な物は水晶とも呼ばれている。ミーティアはガラスに興味があったわけではなく、ケイ素系の岩石が採れるならば、ひょっとして……と期待をかけてこの山にやってきたのだ。

「で、今日はなんでここに来たんだい?」
「この娘が探している石があるんだそうだ」
祖父とハリーがミーティアに視線を注いだので、頷いて説明する。

「同じ系統の石で、キラキラと光る石を探しているのです」
「ああ、あれのことかな?」
ハリーはすぐに合点がいったのか、ちょっと待ってろと言い置くと、切り出した岩石の集まっている場所に向かって、働いている男に声を掛けた。そして、ちょっとした塊を持ってこちらへやってくる。

「これのことかい?ここらじゃ、こんなのゴロゴロしてるぜ?」
「ゴロゴロ……ほんとうですか?!」
ミーティアが食い入るように石を見つめて、ハリーを見上げると、勢いに押されて一歩引いたハリーが神妙に頷いた。
「お前が探していたのは、この鉱石なのか?」
「そうです、おじいさま!」
「へぇ……うちじゃ、用がないからその辺に捨てちまうんだがなぁ……」
「すてるなんてもったいない!おじいさま、ぜひいただきたいです、だめですか?」

祖父もジルベルトも意味がわからないと表情に書いてあった。いいのだ、わからなくても。

「捨てているものを欲しがるとは変わった娘だ。いいだろう、なぁ?ジルベルトよ」
「……え、えぇ……我が領地の物ですが、不要な物なら分け与えてもいいでしょう」
「ありがとう!おじいさま、ジルベルトおにいさま!」

ミーティアは満面の笑みを浮かべて、その石を大事そうに抱えなおした。








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