月と血の呪われたレクイエム

M.A

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始まりの書

本当に恐ろしい怪物

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ウォーレンはフランケンシュタインから目を離さず突破口を探す。
(早くしないと…アドルフが…っ!)
ジリッと汗が流れ落ちる。それと比例するように焦りがウォーレンを駆り立てる。
フランケンシュタインは特に何をするでもなく、ウォーレンをただ見ていた。
(…仕方ない…やるか)
覚悟を決め、木の幹を頼りにできるだけ背を伸ばす。
(あそこからじゃ、こっちは見えない…よな?)
家の方から何も見ていないことを確認し、額から流れ出る血を拭い取る。
目を閉じゆっくり息を吸い込み吐き出す。
力を使うことに躊躇しなかったわけではなかったが、今はアドルフの身の安全が一番と腹を括った。
ウォーレンは真っ直ぐに金色の瞳でフランケンシュタインを見透かした。
「…‥…」
フランケンシュタインはヴァンパイアとなったウォーレンにも特にこれといった反応は示さなかった。
(牙が、折れなきゃいいな)
上唇を軽く舐め、足に力を入れる。
「っ!」
足に力を込めると腹に激痛が走るが、歯を食いしばり駆け出した。
フランケンシュタインの頭の位置まで飛びありったけの力を込めて横蹴りを食らわす。
「あぁっ!」
フランケンシュタインは避ける素振りも見せず、まともにウォーレンの蹴りを食らった。
そのまま今度はフランケンシュタインが後方の木に叩きつけられる番となった。
確かな手応えを感じ、木を一本倒して更に奥の木に叩きつけられるフランケンシュタインを睨む。
(やれた、のか?)
用心深く近付き投げ出されたフランケンシュタインの足を軽く蹴ってみる。
反応はなく、ほっと一息を吐いた。
(第一関門、突破…)
荒れる息を整える暇を惜しみ、振り返る。
傾きつつあった陽を灰色の雲が覆い、アドルフの予報通り雨が降り始めた。
(アドルフ…)
心の中で想い人の名を呼ぶ。
(今、行く…)
一歩踏み出した瞬間、背後で物音が聞こえ振り返るよりも早くウォーレンの足が掴まれ引っ張られた。
「なっ!」
勢いよく地面に叩きつけられ、そのまま、また太い木の幹に叩きつけられた。
「っ!」
尽かさず体勢を整えようと無理矢理立ち上がりかけるが、それよりも早くフランケンシュタインに首根っこを掴まれ腹に蹴りを入れられる。
「うっ!」
なんとか手でガードをしたが、何かが折れるような音が耳に響いた。
そんなことを気にしないフランケンシュタインは間を置かずに今度は横殴りを繰り出した。
その攻撃は上手く回避できず、まともに食らってしまう。
(チッ、どれだけの馬鹿力だ!)
別の木に叩きつけられ倒れ込む。
血を吐きながら肘を突け起き上がろうとするも、左腕に激痛が走った。
見れば、左腕の肘から下が見事に赤黒く腫れ上がっている。
思わず舌打ちを吐くと、大きな影がウォーレンを見下ろす。
ウォーレンが顔を上げた時には、フランケンシュタインがデカイ手を伸ばしウォーレンの首を掴み上げた。
「あ…あ…」
なんとか抵抗しようと両手の尖った爪でフランケンシュタインの手を引っ掻くが、フランケンシュタインはそんなことには構わずウォーレンの首を絞め上げていく。
「…あ…かはっ」
口から漏れるのは掠れた声だけで、それ以外は何もできなかった。
(アド…ル、フ…)
無意識に家の方に手を伸ばすが、虚しく宙を切るだけで何も掴めやしなかった。
今まで『はぐれヴァンパイア』を取り締まりの役職を請け負い、必要とあらば名の知れた怪物とも一戦を交えてきた。それなのに、たった一人の大切な人を守ることすらできない自分が情けなくてしょうがない。
(クッソ…たれ…)
フランケンシュタインにではなく、自分に悪態を吐く。
絞められる力が更に込められ、ウォーレンの意識が朦朧とし始める。
(ごめん、ね…アド、ルフ…)
ウォーレンの手がずり落ちる瞬間。
ーパッーーン!!
乾いた音が辺りに響き、それと同時にフランケンシュタインの片耳が飛んだ。
「!!?」
フランケンシュタインはそれに驚いたのかウォーレンを放り出す。
投げ出されたウォーレンは尻餅をつきながら軽く咳込み、何が起きたのかと顔を上げる。
フランケンシュタインは撃ち抜かれた耳を押さえ俯く。その顔は痛みで歪んでいた。
(…痛覚は、あるのか…)
まだぼうとする頭で呑気にそんなことを思った。
「おい、デカブツ!」
声は聴き慣れたものだが、乱暴な口調に少なからず驚きつつ声の主に目を向けた。
それを言ったのが、あろうことかあの礼儀のいいアドルフなのだからウォーレンの頭は覚醒していく。
「アドルフ…」
アドルフは玄関の扉から猟銃を構え、フランケンシュタインを狙いを定めていた。
「あなたのご主人は、倒しましたよ?次は、あなたの番です」
アドルフは猟銃を構えたまま、階段を降りる。
「アドルフ…!」
(こいつに銃は効かない!例え、銀の弾丸でも…!)
アドルフが何をしようとしているのか察したウォーレンは動こうとするも身体が言う事を聞いてくれない。
その間にもフランケンシュタインは目の前のウォーレンに目もくれず標的をアドルフに変えた。
拳を握りしめ怒りを露わにし、握りしめた拳を力任せに地面に叩きつけた。
地響きと共に地面に亀裂がアドルフの足元まで走る。
「…なるほど。これが威嚇ですか」
アドルフはチラッと亀裂を目をやってから猟銃を構え直し、しっかりと標準を合わせる。
「アドルフ…駄目だっ…!」
止めようと声を出すが、血と痛みのせいで掠れてアドルフまで届かない。
そんなウォーレンにあざ笑うかのようにフランケンシュタインは腕を回し、その勢いを殺さぬようにアドルフに向かって突進する。
「アドルフっ…!」
身体が上手く動かず、ただ目の前で繰り広げられる光景を見てることしかできない。
アドルフが死ぬ瞬間が脳裏に浮かび、その恐怖のせいかフランケンシュタインの動きがスローモーションに見える。
(やめろっ!!)
もはや、声すら出ず目を閉じることもできずウォーレンはその瞬間に目を張った。
ーパッーーン!!
二発目の銃声が辺りに響き渡り、その数秒後フランケンシュタインがゆっくり後ろへ倒れる。
(えっ…?)
何が起きたのか理解できず、呆然と倒れるフランケンシュタインを見る。
(え?えっ?何?何が起きたんだ?)
ゆっくりと視線をアドルフに移すと思わず息を呑んだ。
アドルフの眼からは光が全く覗けない。ただただ深い闇に沈み込んだような絶望的な瞳だった。表情もいつもしている能面のような顔であるように思えたが、怒っているのかそうでないのか上手く読み取れない。
アドルフは倒れたフランケンシュタインに近付くと、迷うことなくもう一発撃ち込んだ。
「…‥…」
アドルフがなぜフランケンシュタインを倒せたのか、なぜアドルフがそんな顔をしているのか解らず、答えを得よう頭を動かすも、身体同様まともに動いてはくれない。
敵がいなくなったことにほっとしてましったせいか、眠気まで襲ってきた。頭を振って、眠気を追い払おうとするが余計に目眩を悪化させただけだった。
(…あ…まずい…)
倒れかける身体を意地でも起こす。呼吸が辛い。視界がグラグラと揺れ吐き気がする。
誰かが駆け寄って来る気配を感じ顔を上げかけた瞬間、目の前が真っ暗になった。
「無理をしないで…このまま、眠りなさい」
聞こえてきたのは、耳に心地いいさえずりの声。
その声に誘われるようにウォーレンは深い眠りの世界に堕ちていった。



ウォーレンはいつかの日のように爽やかな気分で目を覚ました。
あの時と違うのは、身体中が包帯だらけであることだった。頭や腕、胸板まで包帯でグルグルと巻かれ、一通りの手当ては施されているのが分かった。
「っ!痛…」
起き上がろうとすると、胸元辺りに痛みが走る。仕方なく、起こしかけた身体をベッドに戻す。
「?」
その時、右手が何かに握られていることに気が付いた。
「あ…」
握っていたのは、アドルフだった。あの日からどのくらい経ったのか分からないが、ずっと看病してくれていたのだろう目の下に薄っすらとクマができてしまっている。ベッドの隣に置かれているスタンド台の上に使用済みの包帯や薬、水が張ってあるボールとハンドタオルが無造作に置かれていた。
(…また、世話になったみたいだな)
アドルフは毛布に包まりながら跪くようにベッドに寄り添い、ウォーレンの右手を抱えるようにして眠っていた。
アドルフの綺麗な寝顔に見惚れる。握られている手に力を込め、アドルフの手を握り返してみた。
「ん…」
手を握られたことでアドルフは目を覚ましたらしい。
「おっと。ごめん、起こしたかい?」
少し身を起こして顔を擦るアドルフの頭を撫でてみる。
「…いいえ、大丈夫です。…あなたこそ、目が覚めたんですか?傷は?」
アドルフは眠気まなこの顔でウォーレンの顔を覗き込む。
青い瞳が心配そうに揺れ動く。形のいい眉までもが八の字になってしまっている。
(あ…眼が少し、赤いな)
そっと動く右手でアドルフの髪を掻き上げ、アドルフの目の下にクマだけじゃなく眼が少し赤くなっていることに気が付いた。
「痛みは、もうないかな」
「…そうですか…‥よかった…」
最後の方は、ほとんど独り言のように呟かれ聞き取れなかった。
聞き返そうかとした時には、もうアドルフの顔は引っ込んでしまった。まだ眠気が残っているのかアドルフは目元を擦る。
「…どれぐらい、眠ってた?」
「…五日」
「五日!?あ…」
予想よりも長かったことに驚いた反動で、身体に激しい痛みが走った。
「痛みは、もうないではなかったですか?馬鹿な人ですね」
「うぅ…」
身も心もない言い草に半分泣きそうなになりながらも、呆れ顔をするアドルフに笑いの方がこみ上げてきた。
「…傷のせいでおかしくなりました?それとも頭も打ちました?」
険しい顔にしながらアドルフは長いため息を吐いた。
「まぁ、あのフランケンシュタインに真っ向から突っ込んでいく人ですもんね。ただの人間が勝てる訳もないでしょうに…」
そう口で文句を言いながらも、アドルフはウォーレンの額に乗せていたタオルを冷えたタオルと取り替える。他にも乾いたタオルでウォーレンの頬や首筋の汗を拭き取っていく。
「せっかくの色男顔が台無しになる所でしたよ?」
「え…」
ードキッ。
真顔で言われウォーレンの胸が思わず鳴った。
「俺って、そんなに色男?」
「…まぁまぁ、そうではないですか?」
大して表情が変えずに言われ、ウォーレンは言葉に詰まった。
「そ、そうか」
(何、落ち込んでだ俺は?よく言われてるじゃないか。それを武器に調査してんだし、女遊びだって…‥最近はしてないな…)
ここ最近の記憶を思い返してみると、はぐれヴァンパイアの調査は継続しているものの、女関係のことは最近は全くしていないことに気が付いた。
(どうしてだ?最近、何してたっけ?最近は…)
ふとアドルフの顔を見上げる。
あいも変わらず綺麗な横顔がそこにあった。
「そう言えば、あのフランケンシュタインと変態商人は、どうしただい?」
あの日から五日も経っているのなら、彼らの処理はどうしたんだろうと気になった。
「あぁ、フランケンシュタインの方はまだそのままです。商人の方は、取り敢えず縄でグルグル巻きにして森の出口付近に捨ててきました」
「また、ここに来てしまうじゃないかい?」
「それは大丈夫でしょう。ここまでの道なりと私に関する記憶は取り除きましたので、あとここら一帯の霧を深くしました」
「…そう言えば、簡単な魔法なら使えるだっけ?」
「えぇ、まぁ」
(記憶の削除の魔法は、決して‘‘簡単’’には使えないだけどなぁ…)
さも当然のように言うアドルフにウォーレンは小さく苦笑した。

ー魔法とは、この世界に存在する不思議な力であった。
元は悪魔との契約で得られる力と見なされ、その歴史は暗く底が深い。今では理解が広がりそんな差別はなくなってきたが、一部封鎖的は所では今でも続いていると言われている。
この力は、全人類の中に宿り、あるキッカケにより一部の人だけにその力を扱うことができるされている。そのキッカケとは何か分かっていないが、その魔法を扱うことができる人間を『魔法使い』もしくは『魔女』と呼ぶ。友人のアシュレイもその一人だ。その力はそれぞれ個人差があり、人によっては『偉大な賢者』になるとも言われている。
ちなみに世界には賢者が七人いると言われている。

「あぁ、そうだ。どうやって、フランケンシュタインを倒せたんだい?銀の弾丸でも跳ね返すって聞いてたんだけど…」
もう一つ意識を失う前に思った疑問をぶつけてみた。
すると、アドルフはあまり興味がないという態度で答えた。
「“眼”ですよ」
「眼?」
ウォーレンは首を傾げた。
「フランケンシュタインの弱点は“眼”なんですよ。どんなに硬い皮膚で覆われてても、目だけはどうにもなりません。例え死体を使ったフランケンシュタインでも眼球代わりに入れるのは、必然的にガラス玉になります。今の所、弾丸に耐え切れるガラスは存在してません。逆に生きた人間をフランケンシュタインに改造したとしても、人間の一番柔らかい所がやはり眼なんで、結果は同じです」
アドルフは手を動かしながらそう話し続けた。そのどれもがウォーレンですら知らない世間でもあまり知られてない知識ばかりだった。
「…どうして、そんなことを知ってるだい?」
「どんな生き物でも死んでしまったら、一番最初に腐っていくのが目だったですよ。それで、旅の途中、遭遇してしまった時に試しに眼を狙ってみたんです。そしたら…と感じです」
アドルフの話にウォーレンは眼を見開いた。
「旅、してたのかい?」
「はい」
「どうして?」
一瞬、沈黙が舞い降り、アドルフの手も止まった。
「…生きるために」
それ以上は聞かないでくれと言わんばかりにアドルフはベッド脇に座り込み顔を埋めた。それなりに疲れているのが一目瞭然だった。頭を撫でてみると軽くウォーレンを見上げた。
「…私からも一つ質問していいですか?」
「なんだい?」
「なぜ、逃げなかったですか?あの時…」
最初は何のことか分からなかったが、『あの時』の単語でフランケンシュタインと対峙した時のことだと察した。
「逃げれば良かったのに…そうすれば、こんな怪我をしなくてすみましたよ?」
「あのままお前を置いて逃げれば良かったって言うのかい?冗談…あんな恐ろしい化け物の元にお前を置いて行けるか」
「…やられっぱなしだったくせに」
「うっ…それは…」
言葉を詰まらせるとアドルフは楽しげに笑った。その笑みにウォーレンも微笑んだ。
「ねぇ、何か歌ってよ。この前の子守唄…」
子供のようにねだってみるとアドルフは考える素振りを見せた。
「そう、ですね、いいですよ。ですが…」
アドルフは自分の人差し指でウォーレンの鼻の頭をトンと叩いた。
「今夜は、あなたの勇気を讃えて違う歌にしましょう」
「…違う、歌?」
「えぇ」
アドルフの顔は心臓に悪い程の色気をかもし出し、ウォーレンの思考が停止しかかる。
「『戦士の帰還』です」
すうとアドルフは息を深く吸い込むと、鈴のような声を吐き出す。

ーウーメ  ウーメン   我が息子よ  神に選ばれし戦士よ
国の未来のために  その命を賭けよ   恐れるな  敵を討ち滅ぼせ

ーウーメ  ウーメン  我が愛しい息子よ  私の希望よ
お前の帰りをこの家で  待とう  共に未来を歩むために

ーウーメ  ウーメン  我らの命  喜んで捧げよう
母よ  愛おしい人よ  どうか  我の帰りを待っていて下さい
泣かないで  涙を拭いて下さい  笑顔の手向けをお願いします

この歌も聞いたことのない歌だった。戦う戦士たちへ向けられた歌だと言うことだけはなんとなく分かった。
「…どうでしたか?」
歌い終わったアドルフは感想を求めるようにウォーレンの眼を覗き込む。
「…‥綺麗な声だ」
思ったことを口にすると、アドルフはクスクスを笑った。
「この歌は、戦いに赴く息子や恋人を想って残された母親とその恋人が密かに作った歌なんです」
「密かに?」
「えぇ、当時ではこの歌は反逆と取られてたんです。…息子や恋人を戦士として奪っていく国を恨み、望んでもいない名誉のために戦場に赴かなければ男たちの僅かな抵抗だっただと思います」
「へぇ~…」
どこか遠くを見据えながら語るアドルフの頬を撫でる。
「…次は、俺に守らせてよ」
ポツリのこぼれた一言に遠くを見つめていた瞳がすうとウォーレンに向けられた。
「守れるですか?私を。恐ろしい怪物から」
「守ってみせるよ。フランケンシュタインでも、お前の嫌いな狼や…ヴァンパイアからでも…」
自分の言葉に嘘はない。ヴァンパイア、つまりヴァンパイアになった自分からもアドルフを守ってみせると誓った。それは、今後一切アドルフの前ではヴァンパイアにはならないと言うことだった。
「…‥…」
「アドルフ?」
返事のないことに不審に思っているとアドルフはおもむろに口を開いた。
「…本当に…恐ろしい怪物は、何だと思いますか?」
アドルフの質問にウォーレンは首を捻った。
「う~ん…わかんないなぁ、何なんだい?」
「“欲望を持つ者”…つまり、人間です」
「え…」
その言葉にウォーレンも言葉を詰まらせた。
そんなウォーレンにアドルフは少し疲れた笑みを浮かべた。
「本当に恐ろしい怪物は、人間の方なんですよ。ですから、あの時、正直フランケンシュタインよりも私は商人の方が怖かったです…」
「アドルフ…」
その時の恐怖が蘇ったのかアドルフの肩が震える。その震えを少しでもなくそうとウォーレンは伸ばせるだけ手を伸ばしアドルフの背を撫でる。
「ごめんね?気が付かなくて…守るよ、絶対!絶対にお前を、アドルフを守るよ!全ての怪物から…」
本当なら今すぐ抱きしめたいと思ったがこんな身体ではそれができない。その代わりに伸ばせるだけ伸ばした手を肩に回して抱き寄せた。アドルフは大して抵抗を見せず、素直にウォーレンの腕の中に納まった。
すぐ隣にアドルフとウォーレンの顔が並ぶ。
アドルフは恥ずかしがってか、なかなか顔を上げてくれない。
「守るよ、絶対」
そう自分に誓うように口にする。
「…‥…」
「アドルフ?」
さっきと同じように黙り込んでしまったアドルフにウォーレンもさっきと同じように呼びかける。
「…‥エディ…」
「え…?」
「エディです…その…私の、本当の名前…」
「エディ…」
口の中で言われた言葉を繰り返す。それはすんなりとウォーレンの中に入ってきた。
言った本人は恥ずかしそうに顔を埋めるように背けてしまう。しかし、髪から覗く耳は赤かった。
「エディ…うん、良い名前だね。そっちの方が似合う」
そう笑って言うとアドルフことーエディは少しだけ顔を上げた。
「そ、そう、ですか?変じゃ…」
「そんなことない。エディ…うん、こっちが断然良い!俺はこれからエディって呼ぶよ」
「……ふふふ」
ウォーレンの反応が嬉しかったのかエディは涙を浮かべながら笑った。
「おいおい、泣くほどかい?」
「泣いてない…」
「でも…‥」
「黙りなさい…少し、寝ます」
そう言いながらウォーレンの腕を借り枕代わりにして眠りについた。
数分もせずに規則正しい呼吸音が聞こえてきた。
ウォーレンはそんなエディの柔らかい髪を撫でながら、目を覚ましてからのことを思い返した。

『アドルフ』と言うのは偽名で本当の名前は『エディ』だと言うこと。
エディは長い間旅をしていたこと。
エディはウォーレンですら知らない化け物の対処方法を知っていること。
そして、エディにとって本当に恐ろしい怪物とは『人間』だと言うこと。

たったそれだけでもウォーレンはエディのことを知れたことに嬉しく思った。
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