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ココットとフルオリーニ、それぞれの想い

4.

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 平日は奥様のお仕事のお手伝い、休日は以前と同じようにご主人様付きの侍女として働くのが最近のローテーション。
 だから今日はご主人様のお世話をしなきゃ、と意気込んでいると、

「ココット、急ぎの仕事があるから今日も私の書斎に来てくれる?」
「畏まりました。ご主人様はご存知でしょうか?」
「ええ、勿論」

 ご主人様が邸にいる時に奥様から仕事を言いつかるのは珍しい。とはいえ私はこの家の侍女だし、ご主人様がご存知なら何も問題ない。私は奥様の後ろについて二階にある書斎へと向かった。

「ちょっと昔の書類をまとめて欲しいの。沢山あって申し訳ないのだけれど」

 奥様専用の書斎は窓際に大きな机、その前にローテーブルセットが置かれている。奥様はローテーブルに山積みになった書類をポンポンと叩きながら、申し訳なさそうに眉を下げた。

「いつまでにすれば良いでしょうか?」
「そうね、とりあえずできるところまででいいわ」

 それから……と言って窓に近づくとカーテンをシャッと閉める。

「古い紙は日の光で痛みが速くなるの。洋燈を用意させるわ」
「畏まりました」
「来客があるので私は部屋を離れるから、適当に休憩も取ってね。無理はしなくていいから」

 ご丁寧にティーセットも用意されている。
 なんだろう、何故か閉じ込められた気がする。

 はて、と不思議に思うも、命令に従うのが侍女ですから。
 とりあえず手前にある古い資料から目を通し始める。とある土地の作物の生産量を過去に遡って調べればいいらしいけれど、これは時間がかかりそうだ。


 カーテンが閉められていて太陽の位置が分からないけれど、壁の時計と私の腹時計はとうにお昼を過ぎている。キリの良いところで昼食にしようと思っていたら、気がつけば二時を過ぎていた。
 私の分の食事残っているかな、と思いながら調理場に向かうと、サンドイッチと具沢山スープを料理長が渡してくれた。

「ありがとうございます」
「スープならまだ少しおかわりあるからな」

 お礼を言って調理場の隣の部屋に向かう。本来、使用人はここで食べることになっているんだけれど、誰もいないと思っていたのに庭師のおじいさんが一人で食事をしていた。

「ご一緒していいですか?」 
「もちろん、ほれ、ここに座りな」

 お爺さんは日に焼けた人の良さそうな笑みを浮かべて、自分の隣の椅子を引くとポンと叩いた。

「今日は、食事を摂るのが遅いんですね」
「あぁ、ぎりぎりまで庭の手入れをしていたからね」
「ぎりぎり?」
「おや、ココットはフルオリーニ様の侍女なのに聞いていないのかい? 今、ユーリン国の侯爵令嬢ナターシャ様が来られていらっしゃるんだよ」

 えっ、と目を丸くした私をお爺さんは不思議そうに見る。

「なんであんたが知らないんだろう? ま、いいさ。それで、午後から庭でお茶をするっていうから時間ギリギリまで花の手入れをしていたのさ。何せ三大公爵様の庭だからね、完璧な状態で見て貰いたいじゃないか」
「そうだったんですね」

 どうして私には教えてくれなかったらんだろう。口に含んだスープがざらりと舌の上に残ったのを、あえてごくんと音をたてて飲み込んだ。

「儂はいいご縁だと思うよ」
「そうですね。お二人がご結婚なさったら三大公爵の中でもコンスタイン公爵家は頭一つ飛び出ますからね」
「相手のご令嬢も美人でとてもお似合いだったよ」
「美男美女、絵になりますねー」

 うん、そうか。
 これはきっと喜ばしいこと。
 あとでお祝いを申し上げないと。

 そう思いながら、サンドイッチを強引に飲み込んでいると、料理人がひょいと顔を出した。

「おっ、ココット、食べ終わったなら丁度いい。焼きたてのマドレーヌをフルオリーニ様達に持っていってくれ」
「分かりました。念のため紅茶のおかわりも持って行きましょうか?」
「そうだな、そっちは任せる。それから茶会の場所にララがいるはずだから呼んできてくれるか? ナターシャ様にお土産としてお渡しする菓子の詰め合わせについて確認したいことかあるんだ」

 どうやら奥様付きの侍女、ララさんがお二人の側にいるらしい。ちょっと意外な人員配置だけれど。

「分かりました。お爺さん、お二人は庭のどこにいらっしゃるのですか?」
「噴水前じゃよ。ほら、秋薔薇が見頃だからな」

 場所を確認してから、いつものように紅茶を用意して渡されたマドレーヌと一緒にトレイにのせて庭に向かう。

 空は気持ちのよいぐらいの秋晴れ。
 見えてきた噴水は陽の光でキラキラしていて、その弧を描き落ちていく水の向こうにご主人様とナターシャ様のお姿が見えた。水を通して見る二人は少し歪んでぼんやりと見える。

 噴水の脇を通ると、ララさんが私に気づいてくれた。はっとした顔をして私に近づいてくる。

「ココット、どうしてここに?」
「料理長にこれを持っていくように頼まれました。それからララさんを呼んで来いって、お土産に手渡すお菓子の詰め合わせについて聞きたいことがあるそうです」
「あー、もう。これだから男は……分かったわ。マドレーヌをお出しした後で向かうから、ココットはその木の下にこっそり立っていて。料理長の用事はすぐに終わらせるから、私が戻ってくるまで何もしなくていいわ」
「給仕なら私がしますよ?」
「いいから。フルオリーニ様はココットがここにいることに気づいていらっしゃらないから木の下で気配を消していなさい。それから、これは断れず仕方なくのことで、フルオリーニ様のお気持ちは揺らがないから」
「……はぁ」

 頭の中に? が沢山浮かんでいるけれど、ララさんに「分かったわね」と言わんばかりにギロって見られてとりあえず頷いておいた。

 ララさんはブツブツ小声で文句をいいながら、半分私から奪うようにしてトレイを持つとお二人の方へ。マドレーヌをテーブルに置き、優雅な手つきで紅茶をカップに注いでいく。

 私のいる場所からはご主人様の背中しか見えないけれど、ナターシャ様は頬を薔薇色に染めとても楽しそう。うん、これはいいこと、よね。

 給仕を終えたララさんは足早に立ち去っていく。残されたのはテーブルでお茶を楽しむお二人と、私、それからナターシャ様の背後に侍女が一人、公爵邸の庭だから護衛達は控えていない。

 時々秋風が薔薇の匂いとナターシャ様の香りを運んでくる。鈴を転がすような可愛らしい声で、ご主人様もリラックスしているのか長い足を組みゆったりと身体を背に預けている。

 秋にしては気温が高いせいか、お二人とも紅茶をよく口にされる。公爵家がホストなので給仕は私の仕事、ララさんには何もするなと言われているけれど、空になったカップを見て見ぬふりはできない。だからポットを持ってお二人に向かうことに。

「お茶のお代わりはいかがでしょうか?」

 控えめに声をかけるとナターシャ様は「お願い」とだけ仰ったけれど、ご主人様はびくりと肩を震わせると同時にガバッと勢いよく振り返った。

「コ、ココット! どうしてここに」
「料理長に頼まれました。ご主人様、紅茶を入れてもいいでしょうか?」
「……あ、あぁ」

 私は二人のカップにコポコポと琥珀色の液体を注ぐ。ナターシャ様は私の存在を気にすることなく話を再開し始めたけれど、ご主人様は明らかに動揺していた。
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