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アメリアと裏路地の魔法使い

4.

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▲▽▲▽▲▽▲ ブルーの視点

 女なんて簡単なものだ。

 甘い声で甘い言葉をささやき、柔らかく微笑む。
 完璧なエスコートと綺麗な花束、輝く宝石。

 男に免疫のない令嬢ほど簡単に頬を染め、うっとりとした瞳で見返してくる。そこに、とどめとばかりに手を握り、髪を掬い、前髪に唇を寄せれば完璧だ。

 それとは別にいろいろと緩い女も悪くない。
 令嬢相手とは違う濃密な時間を過ごせるし、後腐れない割り切った関係は実に都合がよい。結婚した後も関係を続けられるしな。

 初心な令嬢とは甘い時を楽しみ、
 いろいろ弁えた女とは濃密な時を貪る。

 距離と付き合い方を間違えなければこれほど楽しいことはない。しかも、俺の婚約者は浮気をしても文句一つ言ってこない実に都合のよい女だ。

 ヒョロッと背ばかりが高く、色気も可愛い気もないけれど妻にするのはああいう従順なタイプが一番だ。

 運は俺に味方した。
 
 そう思っていた。
 アメリアに密会を見つかるまでは。

 いや、別に隠れて会っていたつもりはないし、アメリアだって随分前から気づいていただろう。

 しかしだ、アメリアが俺の密会現場に乗り込んできてから、何かが変なんだ。

 まず、次の日の放課後。
 初対面の令嬢に「昨日はありがとうございます」と礼を言われた。さりげなく聞けば、放課後、先生に頼まれプリントを運んでいたらそれが風で舞い飛び、俺が拾うのを手伝ったらしい。

 無論そんな覚えはないけれど、嘘をついてまで俺と話したいなんて意地らしいじゃないか。それにピンクブロンドの髪に制服がはち切れそうな胸が良い。かなり良い。

 適当に話を合わせ、潤んだ瞳を覗き込み、頭をポンと撫でてやるだけで恍惚とした表情を浮かべ始める。名前を聞けば「キャロル・ローランドです」と、ぷるっとした唇で答えるので、これはまた一つ楽しみが増えたと内心ほくそ笑む。

 それはいいんだ。問題はそのあと。

 さらにその翌日の昼休み、俺の元に二人の令嬢が来た。一人は子爵家令嬢、もう一人は裕福な平民の娘、どちらも気が強いが綺麗な足とくびれたウエストが素晴らしい俺の大切な友人・・・・・だ。

 彼女達それぞれとお昼を一瞬に食べたことはある。しかし問題は二人揃って俺の前にやってきたことだ。両方とも手に弁当を持ち、一歩も下がるまいと睨み合っている。  

「昨日、ブルーノ様は私と一緒にランチを摂るって仰ったわ。あなたのような平民と一緒に食事をするわけないでしょう」
「あら、おあいにくさま。私は昨日カフェでデートしたときに誘われたのよ」
「な、なんですって! カフェでデート! ブルーノ様本当ですの?」

 いやいや、昨日はまっすぐ家に帰って伯爵家の令嬢と流行りのオペラを見に行ったのだからそんなはずはない。これは間違いなく平民の女が嘘を言っているのだが、子爵家令嬢と約束をした覚えもない。

 角を立つ言い方をせずにおさめるには、と頭を悩ませていると、教室の隅から男達が話す声が聞こえてきた。

「おい、やっぱりあれはブルーノだったんだ」
「そうみたいだな。でもまさかあいつがあんな奴だったとは」
「あぁ。甘ったるいケーキを五個も食べてその金を女に、しかも平民に払わせるなんて信じられないよな」

 思わず声のする方を見ると、振り返った俺の表情が怖かったのか、そいつらは「ヒッ」と声を上げてそそくさと教室を出て行った。待て、と呼び止めようとしたところで右腕に柔らかなものがまとわりつく。

「ほら、目撃者もいるんだから」

 つんと上を向き、男爵令嬢を見据える横顔に俺は恐る恐る声を掛ける。
 
「さっきの話本当なのか?」
「えっ、ブルーノ様まで何を言っているのですか。本当に決まっています」
「俺はケーキを五個食べて……そのお金を君に」
「ええ、うっかり忘れてこられたとかで。大丈夫ですよ、私の家は大きな商家ですからケーキの五個や十個ぐらい余裕で支払えます。ということで、私と一緒にランチをいたしましょう」

 そう言って俺はぐいぐいと腕をひっぱられ、混乱した頭を抱えながら教室をあとにした。

 ……そうだ、視線。

 この時俺はジトッとした視線を始めて感じたんだ。そしてそのあとは学園内だけでなく、街角や、時には家の庭からも感じるようになった。


 次の休みに、また別の子爵令嬢と街を歩いていると突然現れた女に思いっきり頬を打たれた。
 箱入り娘の令嬢は「キャッ」と大きな声を上げ俺から数歩離れる。その声の大きさに周りが振り向き足を止める。

 何が起こった、と呆気に取られていると、突然現れた女は「昨日一緒にディナーを食べに行ったのに、お金も払わず姿を消したのはどうして?」と早口でまくし立ててくる。

 眉も目も吊り上がり、上ずった声にはかすかに聞き覚えがあるけれど名前は思いだせない。学園の女ではなさそうだけれど、いったい誰なんだ?

「ブルー、私の話聞いている?」

 俺を愛称で呼ぶと、グイッと顔を寄せてくる。
 そのきつい香水に記憶が蘇る、いや蘇ったのは彼女と知り合ったのが品の良くない夜会で、そのあとの諸々と名前だけだが。

 彼女が今話すディナーにはついては、全く身に覚えがない。だって昨日は侯爵令嬢の誕生日会に出席していたんだからこんな女と食事をするのは不可能だ。

 それなのに、彼女の必死の剣幕は嘘を言っているようには見えなくて。それにこの前のこともある、いろいろ考えていると今度は子爵令嬢がもう片方の俺の頬に平手を喰らわし、パンと言う音が周辺に響き渡った。

「何それ、最悪ですわ。ブルーノ様はもっと紳士的な方だと思っておりましたのに」 

 まるで道端をはう毛虫を見るような目を俺に向けると、令嬢は「もう二度と会いません」と言い捨て、俺達を取り囲むようにできた人垣の輪を押しのその向こうに姿を消した。

 俺は目の前にいる香水臭い女に、懐から出した札束を数えることもせず押し付けると令嬢のあとを追いかけたが、人ごみに紛れてしまいその姿を見つけることはできなかった。

 いったいどうなっているんだ。
 そう思った時、ジトッとした視線をまた肌に感じる。

「ブルーノ様」

 突然背後から掛けられた甘ったるい声に、俺らしくもなくびくりと肩を震わせ振り返ると、そこにはピンクブロンドの髪をふわりと垂らしたキャロルがたっていた。

「キャロルちゃんか、びっくりしたよ」
「青い顔されてどうされたのですか?」
「うん、ちょっと誤解をされてしまったようで」
「まぁ、わたくしでしたらブルーノ様のお言葉を疑うことなんてしませんのに」

 にこりと微笑み髪と同じピンク色の瞳を優しく細めるむその姿は、今の俺には天使のように見えてくる。

「ありがとう。そんなこと言ってくれるのはキャロルちゃんだけだよ。そうだ、よかったら今からお茶でもしないか? ランチがまだなら食事でもいい」
「はい! ぜひご一緒させてください」

 小首を傾げ可愛く笑うその姿に、俺の心は平常心を取り戻す。そうだ、女はこうでなければいけないし、そんな女をうまく扱ってこその俺だろう。
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