私はあなたの癒しの道具ではありません

琴乃葉

文字の大きさ
上 下
43 / 43

最終章.6

しおりを挟む
やがて正装姿のオリバー様がやってきた。
 騎士の正装はお城で行われる式典や夜会のみで着用される。今夜のオリバー様は濃紺の夜会服姿。それでもその立派な体躯からひと目で騎士と分かるけれど。

 三人で乾杯し、一杯目のグラスを飲み終えた頃、やっとルージェックが戻ってきた。
 
「疲れた。俺も一杯もらっていい?」

 そう言うと、ルージェックは傍を通った給仕係からグラスを受け取り、一気に飲み干した。少々マナー違反な気もするけれど、それだけ緊張したということでしょう。

 給仕係にグラスを渡したところで、音楽が流れ始める。
 当然のようにオリバー様はパレスを誘い、広間の中央に向かった。

「リリーアン、俺達も踊ろう」
「でも、ちょっと休憩したいんじゃないの?」
「かまわない。リリーアンをファーストダンスに誘いたくて戻ってきたんだから」

 整った顔で甘く微笑まれ、頬を染めない令嬢がいたら見てみたい。
 急に火照り始めた顔を俯け、私はその言葉の意味をどうしても考えてしまう。

 そんな私の様子にルージェックは笑みを深めると、手を差し出してきた。
 おずおずと重ねれば。

「えっ、ルージェックどこに行くの?」

 てっきり広間の中央へ進むと思っていたのに、ルージェックは踵を返すと人の流れに逆らうように扉へと向かい、そのまま庭へと足を運んだ。

 夜空に浮かぶのは満月。海で見た月をぷっくりと膨らませたそれは静かに庭を照らしていた。
 開けられた窓から流れる音楽に身をゆだねるようにルージェックがステップを踏み始め、私もそのリードに合わせるよう踊り始めた。

「今日の主役が広間で踊らなくていいの?」

 広間を出て行く私達に向けられた視線は幾つもあった。ルージェックだってそのことに気が付いているはずだ。

「仕方ないだろう。可愛く頬を染めるリリーアンを誰にも見せたくないと思ってしまったんだから」

 さらりと落とされた言葉に、私の心臓がどんどん早くなっていく。
 その言葉に、どうしたって期待をしてしまう。
 もしかしたらルージェックも私と同じ気持ちなのだろうかと。

「やっと仕事が一段落したな」
「ええ。本当に忙しかったわ」
「……カージャスについては聞いたか?」

 うん、と私は頷く。
 カージャスは誘拐の罪で三年間の禁固刑に服すことになった。貴族としての身分も剥奪され、当然騎士団は首になった。

 カージャスの事情聴取を担当したのは、オリバー様。
 その取り調べでカージャスは、シードラン副団長に利用されたことを初めて知った。

 「孤立し悪評のあるカージャスに全ての罪を押し付けるつもりだった」、と聞かされたカージャスのショックは相当なものだったらしく、三日間何も食べず話さず項垂れた後、やっとその事実を受け止めたらしい。

「カージャスのお父様も、伯爵家の騎士団長を辞めたとお父様から聞いたわ」
「これからどうするんだ?」
「異国に知り合いがいるらしく、その方の伝手で裕福な商人の護衛をされるそうよ」

 爵位は弟に譲ったと聞いた。カージャスの罪は誘拐だけなので父親まで騎士位を捨てる必要はないのだけれど、なんとなくハリストウッド様らしい決断だと思った。

「そうか。それでは全部解決したということだな、残るは俺達の問題だけだ」
「そうね、周りの人達はいまだに私達が婚約する、いえ、婚約したと思っているわ」

 タブロイド紙のおかげで決闘の勝敗は、王都を越え周辺の領地まで届いている。
 勝者ルージェックはリリーアンに求婚し、リリーアンはそれに答えたというのがまるで事実であるかのように一人歩きしていた。
 そこまで考え、もしかしてと思う。

「広間で踊らなかったのは、私とダンスをしているのを見られ、誤解がさらに深まるのを避けるためだったりする?」

 侯爵令息となったルージェックにはすでに縁談話がきているかもしれない。
そんな思いで聞いてみれば、ルージェックは足を止めて大きく首を振った。

「そんなわけない! 俺は本当に……リリーアンが」

 そこまで言うと、ルージェックは私から手を離し一歩下がった。
 そして、あろうことか、ゆっくりと片膝を地面につけたのだ。

「もう一度。今度こそ正式に申し込ませてくれ。俺と結婚して欲しい」
「! ルージェック……あの、これは」
「これは演技じゃないよ。リリーアン、ずっと好きだった。カージャスと婚約していると聞いても諦められず、一緒に住み始めたと知ったときは嫉妬でどうにかなりそうだった。それでも、リリーアンが幸せなら身を引こうと思っていたけれど、どんどん笑顔が無くなる姿を見て、俺の手で幸せにしたいと思った」
「じゃ、あの決闘は?」
「本心だよ。でも、あのタイミングで求婚してもいい返事は貰えないだろうから『仮』ということにした。散々『仲の良い婚約者の振りをしよう』と言ったけれど、俺がリリーアンに触れたかっただけだ」

 あけすけな告白に目をパチクリする私に、ルージェックはクツクツと笑う。

「……じゃ、婚約者らしく手を繋ごうと言ったのは?」
「リリーアンと手を繋いで街を歩きたかったから」
「ドレスをくれたのは?」
「俺の色を身に着けたリリーアンを見たかったから。今日のドレスも気に入ってくれると嬉しい」

 私はコクコクと頷く。ドレスはとても気に入っている。
 でも、ちょっと待って。えっ、ということは。

「髪に口付けをされたこともあったわ」
「あれはつい」
「つい?」
「俺の言葉に素直に頷くリリーアンが可愛すぎて、ちょっと理性がぐらついた」

 ボンッと顔が真っ赤になるのが自分でも分かった。
 理性がぐらつくって。品行方正でいつも紳士的なルージェックからそんな言葉が出るなんて思いもしなかった。

 口をパクパクさせる私にルージェックはさらに笑みを深くさせると、「それで」と出していた手をさらにこちらに伸ばした。

「この姿勢、意外と大変なのでそろそろ返事が欲しいんだけれど?」
「あっ、ごめんなさい。あの。私でよければ……ルージェックの傍にいさせてください」

 少し慌てながら手袋をはずし、差し出された手のひらに重ねる。
 ルージェックは素肌がむき出しとなった私の指先に視線を落とすと、そっと唇を近づけキスをした。誓いのキスだ。

 おとぎ話のような光景に自分が迷い込んだ気がした。
 ルージェックが私をずっと思ってくれていたなんて。
 あの決闘が本心だったということに、喜びがこみ上げてくる。

 夢見心地で、月の光の下で輝くライトブランの髪を見ていると、顔をあげたルージェックと目が合った。
 その切れ長の目が細められ、立ち上がったかと思うと同時に、私はルージェックの腕の中にいた。

「ちょ、ルージェック?」
「リリーアン、できればもう一言欲しいんだけれど」
「えっ?」

 これ以上何を? と戸惑う私の耳元で、ルージェックは「愛している」と囁いた。
 耳に掛かる息と甘い言葉に、顔どころか全身が熱くなってくる。

 それと同時に、触れている部分からルージェックの速い鼓動が伝わってきた。
 緊張しているのはルージェックも一緒なんだ。
 むしろ不安が交じっている分、私より鼓動が速いかもしれない。

 なんだか、急に愛おしさがこみ上げてきて、私は両腕をその逞しい背中に回した。

「私も愛している」

 ちょっと声が震えたところは多めにみて欲しい。これで精いっぱいなのだから。
 ルージェックの身体がピクリと動いたあと、さらに強く抱きしめられた。

「やばっ。俺、今、最高に幸せかも」

 初めて聞く弾む声。少し胸を押し身体を離して見上げれば、満面の笑みを浮かべたルージェックがそこにいた。
 こんな無邪気な顔を見るのも初めてで、なんだか私まで嬉しくなってくる。

「ふふ、私も幸せよ」

 つられて笑うと、コツンと額が当たった。息がかかるほど近くにある整った顔に、呼吸の仕方を忘れそう。

「これから広間に戻って、もう一曲踊ってくれる?」

 二曲続けて踊るのは、婚約者、もしくは夫婦の特権。

「もちろん、喜んで」
「できれば、その足で義父に求婚を受け入れてもらったと伝えにいきたい」
「……なんだか外堀を埋められているように感じるのは気のせいかしら?」

 うん、とちょっと眉根を寄せる私から顔を離すと、ルージェックはいたずらっぽく濃紺の瞳を細めた。

「今ごろ気が付いたのかい? そんなの、もう随分前からだよ」

 離れた顔が再び近づいてきた。
 今度触れたのは額ではない。
 熱い唇が私の口をふさぎ、吐息ごと飲み込む。
 腰に回された腕に力が入り、私はその熱に飲み込まれないようルージェックの上着を掴んだ。

 月明かりの下、再び音楽が流れてきた。
 どうやら、二曲目には間に合わないみたい。

 その温もりに身をゆだねつつ、私の心は優しさに癒されていくのだった。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

kokekokko
2024.10.16 kokekokko

星つけてましたがやっと一気読みしました!
大体こういうDV的な人のヒロインってもっと弱いのが、うーん。。な私には、彼女の自分の足で立ち進んでいくキャラがとっても心地よかったです。
そしてところどころ理性の崩れちゃうヒーローもいいし、副団長の伏線がまた良し❤でした。え?あれ?誰だろ?あ、それってひょっとして!ともー引き込まれまくりました。最後まで鈍ちんなのも良し。大変楽しかったです。

琴乃葉
2024.10.16 琴乃葉

感想ありがとうございます!アルファでの初感想で嬉しいです。
そして、ネタバレ防止ボタンあるのを後から知りました…。

解除

あなたにおすすめの小説

傷物の大聖女は盲目の皇子に見染められ祖国を捨てる~失ったことで滅びに瀕する祖国。今更求められても遅すぎです~

たらふくごん
恋愛
聖女の力に目覚めたフィアリーナ。 彼女には人に言えない過去があった。 淑女としてのデビューを祝うデビュタントの日、そこはまさに断罪の場へと様相を変えてしまう。 実父がいきなり暴露するフィアリーナの過去。 彼女いきなり不幸のどん底へと落とされる。 やがて絶望し命を自ら断つ彼女。 しかし運命の出会いにより彼女は命を取り留めた。 そして出会う盲目の皇子アレリッド。 心を通わせ二人は恋に落ちていく。

【完結】最初からあなたは婚約対象外です

横居花琉
恋愛
王立学園へ通うことになった伯爵令嬢グレースに与えられた使命は良い婚約者を作ること。 それは貴族の子女として当然の考えであり、グレースは素直に受け入れた。 学園に入学したグレースは恋愛とは無関係に勉学に励んだ。 グレースには狙いがあったのだ。

愛の力があれば何でもできる、11年前にそう言っていましたよね?

柚木ゆず
恋愛
 それは、夫であるレジスさんと結婚10周年を祝っている時のことでした。不意にわたし達が暮らすお屋敷に、11年前に駆け落ちした2人が――わたしの妹ヴェロニクとレジスさんの兄テランスさんが現れたのです。  身勝手な行動によって周囲にとんでもない迷惑をかけた上に、駆け落ちの際にはお金や貴金属を多数盗んでいってしまった。そんなことをしているのに、突然戻ってくるだなんて。  なにがあったのでしょうか……?  ※12月7日、本編完結。後日、主人公たちのその後のエピソードを追加予定となっております。

あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです

じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」 アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。 金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。 私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

兄が、姉の幼なじみと婚約破棄してから、家族がバラバラになったように見えていましたが、真実を知ると見え方が変わってきました

珠宮さくら
恋愛
コンスタンス・オクレールは兄と姉がいたが、兄が姉の幼なじみと婚約したのだが、それが破棄となってから興味ないからと何があったかを知らないままでいた。 そのせいで、家族がバラバラになっていくとはコンスタンスは思いもしなかったが、真実を知ってしまうと1番大人気なかったのは……。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。