私はあなたの癒しの道具ではありません

琴乃葉

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最終章.2

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私の言葉にシードラン副団長は分かりやすく眉を下げ同情の眼差しを向けてきた。

「彼には宰相殿の部屋に忍び込んだ容疑で謹慎を下しているのだが、破って外に出たんだな。分かった、それについてはこちらで処分をする。まさかこれほど非道なことをする奴だとは思っていなかった」

 監督不行届だと自分を責めるような言葉を口にし、頭まで下げる。
 でも、私はシードラン副団長が一連の動作に紛れるように布包みをポケットに入れたのを見逃さなかった。


 ここにくる前に、私はカージャスと住んでいたかつての家を訪ねた。
 カージャスは私が無事だったことに安心し、そして初めて本心から私に謝罪してくれた。
 自分のせいで私が死にかけたことが、相当ショックだったらしい。

 ルージェックが躊躇なく小船に乗って夜の海に漕ぎ出す姿を見て、立ち尽くすことしかできない自分の不甲斐なさに打ちのめされたそうだ。

 いつの間にか私に尽くしてもらうのが当たり前になって、一生傍にいるものだと信じ、婚約解消も単なる気の迷いだと本気にしなかった。

 でも、とうとう婚約解消の証明書が届き諦めるべきか、と思っていたところにシードラン副団長が訪れ励ましてくれたと言う。

 ――そう、少なくともカージャスは、励ましと受け取っていた。今もそう思っている。
 私を癒しの道具かのように思っていた彼が、全ての罪を背負う道具のように扱われていたことに、奇妙な因果応報を感じてしまった。


「カージャスは、シードラン副団長から悪質な睡眠薬の存在や私とルージェックが出かけることを聞いたと言っていました」
「そんな話もしたかもしれんが、単なる世間話のひとつだ」
「ええ、そうですね。その話を聞いたカージャスが何をしたとしてもシードラン副団長は会話をしただけ。捜査に関することを謹慎中の部下に話したのは多少問題になるかも知れないですが、大ごとにはなりません」

 カージャス自身が、シードラン副団長は自分を気遣い話し相手になってくれたと信じている。
 そういえば、昔から財力や権力など分かりやすいもので人を判断していたような気もする。
 自身がマリオネットになっていたことに気がついていない姿に、同情を覚えた。

「シードラン副団長は励ます振りをしながら、カージャスを唆し、私を連れ去るよう誘導した。そして、もし悪事がバレてもカージャス一人が罪を被るよう画策した」
「ふっ、どうしたんだ、突然。いいがかりも甚だしい」

 騎士団の飴の役割もしていたシードラン副団長が、謹慎処分となった部下を訪れることに疑問を感じる人はいないでしょう。
 カージャスが罪を認めたあと、俺のせいだと項垂れて見せれば、周りは「そんなことない。あれはカージャスが悪いんだ」と同情するに違いない。

 あくまでも「悪いのはシードラン副団長から聞いた話をもとに悪事を企んだカージャス」という筋書きだ。

 シードラン副団長は口角だけ上げた奇妙な作り笑いで私を見据える。
 左手はさっき小袋を入れたポケットを押さえていた。

「そしてカージャスが私を小船に乗せたのを確認すると、桟橋と繋いでいた縄を切り、小船を沖に向かわせた」
「俺が君の命を狙う理由はどこにもない」
「理由ならあります。金の釦です。あれが騎士の正装についているものだと思い出しました。テオフィリン様が拾ったのは不審者が飛び降りた窓の下。あの夜に落とされたものに間違いありません。そして私が金の釦を持っていると知っているのは、テオフィリン様と私以外に副団長だけです」

 不審者騒動の次の日、私は確かに「金の釦をテオフィリン様から頂いた」とシードラン副団長に話をした。

 トラウザーズのポケットを上から握りしめている左手を指差す。釦が騎士の正装だと教えてくれたのはルージェックだけれど、ここではそのことを伏せることにした。

 騎士の正装に付けられている釦は特別なもので、騎士団を通して工房に発注する必要がある。身分を表す重要なものだから無くせば始末書ものらしい。

「わざわざパレードの合間に侍女の部屋に入り、引き出しから釦を盗んだことこそが、シードラン副団長があの不審者という証拠です。私を狙ったのも口封じのためと考えられます」

 釦の持ち主を見つけるのはそう難いことではない。全員に正装を持ってこさせればよいだけだ。

「ちなみに、釦には剣でできた傷もついていました。不審者捜索中に落としたという言い訳は難しいと思います」

 最後のはハッタリ。
 証拠は釦ひとつ。どうしても本人から言質をとりたい。

「……まさかそれをテオフィリン様が拾うとはな。しかも侍女に渡すとは」

 チッと舌打ちが聞こえた。
 認めた! 思わず上がりそうな口角を慌てて引き締め、私は言葉を続けた。

「では不審者は自分だと認めるのですね」
「そうだな」

 やった、と拳を胸の前で握ったときだ。
 シードラン副団長は徐に振り返ると、暖炉の中にポケットから出した布包みを放り込んだ。

 
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