私はあなたの癒しの道具ではありません

琴乃葉

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最終章.1

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※※

 誰もいない部屋。
 窓から見える太陽はまだ真上ではないものの、充分な日差しが室内に入り込んでいた。

 寮に住んでいるのは全員が侍女や文官として働いている女性。だから、普段、この時間に寮に残っているのは休日の者だけだ。
 のんびりと朝食を摂ったり、街へ行く準備をしたり、まだ寝ていたりと過ごし方は様々だけれど、それでも何かしらの生活音が薄い壁の向こうから漏れてくる時間帯。

 でも、この日は違った。

 運良く今日が休日だった者はこぞって早起きをし、街へと繰り出した。
 もちろんいい場所でパレードを見るためで、寮母だけが一人割りを食った顔で残っている。

 机に肘をつきながら、もう片方の手に持った布巾でやる気なさそうにテーブルを拭いていた寮母の前に一人の男が現れ、一時間ほど出かけてはどうかと言ったのはついさっきのこと。


 恐れ多い方からの言葉に背筋をピンとさせ首を振った寮母に、男は「自分は城内の警備を任されたからこれも仕事だ」と目を細め笑った。

 最近あった不審者騒動ですっかり顔馴染みとなっていた寮母は恐縮しながらも、必ず一時間で戻りますからと言って弾むような足取りで寮を出て行った。

 そして、誰もいなくなった寮で今、ゴソゴソと机の引き出しを漁っているのがその男だ。
 暖炉ではその男が起こした火が薪をパチパチと爆ぜさせていた。

 普段は温和で知られるその顔は冷たく、引き出しを開けては閉めて繰り返す。

 目当てのものが見つからなかったのか、八つ当たりをするかのように机を蹴った。
 そのせいで机の上にあったインク瓶が倒れ床に黒いシミを作る。

 男はチッと舌打ちし眉を顰めるも、この部屋の持ち主はもう帰ることがないのだからとそのままにして、今度はベッド脇にある小さなチェストの引き出しに手をかけた。

 ガタガタと強引に開けると、チェストの上に乗っていたカンテラが床に転がる。
 もちろんそれも無視して引き出しを開けると、中には小さなボックスがあった。

 明らかに宝石箱に見えるそれには小さな引き出しが三段あり、アクセサリーが幾つか入っていた。
 令嬢にしては少ない。
 そのくせギョッとするほど高価なサファイアが場違いのように紛れていた。

 男はそれらに目もくれずさらに引き出しを開け、一番最後の段に入っていたものを見つけると口角を上げた。

 白い布包みを取り出し手のひらにおき布の上から触ると、明らかに宝石とは違う手触りがする。
 
 ゴツゴツとした感触。石やドングリと思われるその形に、男の笑みが深くなる。
 その包みを解こうと手をかけた時だ。

「どうしてここに……」

 か細い声が開けられた扉から聞こえてきた。

※※

 海岸から戻ってきた私は自分の部屋の前で深呼吸をする。

 大丈夫、大丈夫と数回息を吐いてから扉を開けると、私の部屋に不釣り合いな大きな背中へと声を掛けた。

「どうしてここに、――シードラン副団長がいらっしゃるのですか?」

 ビクっと大きな体が揺れ、振り返ったその顔にいつもの柔和な笑みはなかった。
 信じられないと目を丸くしてこちらを見ている。

「き、君は。どうしてここに……今頃は……」
「私の部屋ですから。シードラン副団長こそ、なぜ私の部屋に? 寮母さんの姿が見えませんでしたが、ご存知ですか?」

 震える足を誤魔化すように一歩だけ前に踏み込む。
 もちろん扉は開けたままにしてある。

「寮母は少しだけパレードを見に行った。代わりに俺が留守を預かっている。パレード中は城内の警備がどうしても手薄になるから、この前の不審者騒動のようなことがまたあってはいけないと、各建物を調べている最中だ」
「ただの侍女の部屋の引き出しをシードラン副団長自らですか? それはさすがに無理があると思います。それからさっき『今頃』と仰いましたが、今頃私はどうしたというのでしょうか?」

 できるだけ声が上擦らないように、喉に力をいれる。
 ここをうまく乗り切らなくてはと、緊張で浅くなる呼吸を必死に抑えた。

「……君こそ仕事はどうした。テオフィリン様の侍女がこんなところにいてよいのか?」
「浜辺で襲われ気がついたら海の上でした。運良く戻って来れたところです」

 少々割愛はしているけれど、嘘じゃない。
 会話を続けながら、私はシードラン副団長が手にしている布包みに視線を向けた。
 やはりそれが目的だったようだ。

「もしそれが本当なら犯人を見つけなくてはいけないな。どんな奴だった? 顔は見たか?」
「顔は見ていませんが、犯人はカージャスです。すべて話してくれました」

 
 
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