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誕生日祭.9
しおりを挟むあの小船で帰るのは危険だと判断した私達は、数年に一度の大干潮の時にだけ現れるという道を歩いて戻ることにした。
露店の灯が良く見える場所に行けば、うっすらと道らしきものが見える。あと数十分待てば、道がはっきり現れ岸まで帰れそうだ。
「ルージェック、火を起こして待ちましょう。風邪を引いてしまうわ」
「そういえば、マフラーを借りたままだった」
「返さなくていいわ。それほど寒さを防げないかもしれないけれど使って」
私はコートの襟を立て、これで平気だと笑って見せる。それでもまだルージェックは返そうとしてくれたけれど、頑なに首を振った。
枯れ木を集め、ポケットに入れていた燐寸で火を点ければ、すぐにパチパチと爆ぜる音が聞こえ、炎が大きくなっていく。
ルージェックは肩に掛けていたコートを下ろすと、次いで濡れたシャツをなんの躊躇もなく脱いだ。
鍛えられ引き締まった肌が炎でほの明るく色づき、目のやり場に困ってしまう。
逸らした目の端でぎゅっとシャツが絞られた。
その後は、数本の枝を地面に垂直に差し、広げて乾かす。
コートはさっきのように肩にかけるのではなく、今度はきちんと袖を通し前を合わせていた。
それでもやはり寒そうだ。
私のコートを貸そうかと迷っていると砂浜できらりと輝くものを見つけた。
摘まみ上げれれば、テオフィリン様から昨日もらった「宝物」。燐寸を出す時にポケットから落ちたようだ。
貰った時は急いでいたのですぐにハンカチに包んだけれど、こうやってじっくり見ると金メッキではなく純金製。
しかも刻印までされている。どこかの紋章のようにも見えるけれど。
「リリーアン、それは?」
「昨日テオフィリン様からいただいたの。以前もらった釦は女性服のものだったけれど、この大きさは男性用だと思うわ。刻印が押されているんだけれど、どこの家の柄か分からなくて。ルージェック、見覚えあるかしら」
誰のか分かったら本人に返すこともできるのだけれど。
ルージェックは釦を受け取り刻印を見るべく炎に翳すと、すぐににその切れ長の瞳を見開いた。
「これをいつ、どこで拾ったか知っているか?」
「お城の西側にある庭と仰っていたわ。収集癖はいつものことだし、拾ってすぐにくれることもあれば、しばらくご自分の宝箱にしまってから渡されることもあるから、いつ拾われたかまでは……。それがどうかしたの」
ルージェックは釦をじっと見ると、顎に手を当て思案し始めた。
私はそんなルージェックの隣に座り直し、同じように釦を見る。
「この刻印は騎士の正装の釦にされているものだ。普段の練習服の釦は真鍮製で珍しいものではないけれど、正装の釦には全てこの刻印がされている」
「では、それをテオフィリン様が拾ったのね」
ルージェックの手のひらから釦を摘まみ、自分の手のひらの上で転がす。
そういえば、カージャスが持っていた騎士の正装の釦にも何か彫られていたような気がするけれど、その柄までは覚えていない。
あれ、ちょっと待って。
「ルージェック、これをテオフィリン様が持っているのはおかしいわ。テオフィリン様は夜会にご出席されないもの」
式典でのみ着用される騎士服は真っ白で荘厳。その権限と品格を現わすかのように肩に房、胸元には勲章がつけられ華やかだ。
反対に普段騎士達が着ているのは黒い服。装飾は最低限で動きやすさ重視。釦なんてしょっちゅう取れるから頑丈だけれど安価な物が使われる。
着用する場所が限られているだけに、以前にもらった女性用の釦のように庭に転がっている品ではない。
では、テオフィリン様はどこでそれを見つけたのか。正装の釦が外れたのはどうしてか。
可能性として考えれるのは、
「もしかして、あの不審者は騎士で、夜会に正装で出席していた人?」
「ああ、俺もそう思う。二階から飛び降りた拍子に釦が取れたんじゃないだろうか。さらにいえば、不審者はオリバーさんより強い」
そうなるとかなり絞られてきそうだ。
「では、私がこの釦を持っていると知った不審者が、私を眠らせて小船に乗せ沖に流したというの?」
殺されようとしていたことに、改めて全身が総毛だった。
そんな私を気遣ってか、ルージェックは少し間を置いたあと首を振る。
「リリーアンを眠らせたのはカージャスだ」
「彼が? では噂されているように彼が宰相様の部屋に火を付けたの?」
いや、それはおかしい。
だって、オリバー様がカージャスに負けるはずがないもの。
それにどうしてルージェックがそんなことを知っているの?
そう思い聞けば、いなくなった私を探し、カージャスを問い詰めたことを教えてくれた。
「カージャスは、リリーアンに睡眠薬を嗅がせ小船まで運んだだけだ。そのまま朝まで目を覚まさず、パレードに参加できなくさせるのが目的だと言っていた」
「何のためにそんなことを?」
「重要な仕事を放棄したことで信用をなくしたリリーアンが侍女を首になることを望んでいた。そうすれば、また自分のもとへ帰ってくると本気で思っていたようだ」
「そんな馬鹿げたことを考えるなんて」
もし私に顔を見られていたらどう言い訳をするつもりだったのだろう、と思うほど杜撰な計画で呆れてしまう。
「誰かに唆されたようだな。尤も本人は自分が利用されたなんて気がついていないようだけれど」
ルージェックの話では、謹慎中のカージャス宅を頻繁に訪れ、怪しい薬を扱う店や私とルージェックが街に出かけることを教えた人物がいたらしい。
そして、その人こそ宰相様の執務室に忍びこんだ不審者で、釦という決定的な証拠を持った私をカージャスを利用して殺そうとしたのではないかという。
「ちょっと待って、それはおかしいわ。その考えだと犯人は随分前からカージャスと接触していたことになる。でも、私がこの釦をいただいたのは昨日。矛盾しているわ」
「そうかぁ。いい線いっていると思ったんだけれどな」
隣でルージェックが、がくりと項垂れる。
不審者は宰相様の部屋で書類を燃やしている。つまり、何らかの形であの不自然な税率の変化に関わっている人物だ。
税率の偽装工作は複数の領地に跨っていて、一斉に取り調べができるよう準備を進めているとルージェックが言っていた。
その際、絶対に突き止めたいのが首謀者だ。
首謀者を見つけなければ今後また同じことがおこるかもしれない。
今、分かっているのは不審者は騎士ということ。
そして私を狙ったことから、この釦は不審者のものである可能性が高い。
でも、私がこの釦をもらったのは昨日で……。
「あっ!!」
「どうしたんだ、リリーアン」
「分かったわ。どうして私が狙われたか、そして犯人が誰なのか!」
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