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誕生日祭.5
しおりを挟む**<カージャス>
謹慎処分とほぼ同時に送られてきた婚約解消の証明書。
俺の主張が通らなかったことに腹を立て、落胆した。
これから俺はどうしたらいいんだと、自暴自棄になっていたある日、俺の家をあの人が訪ねてきてくれた。
驚いて声も出ない俺に、入ってもいいかと言って部屋に足を踏み入れ、荒れた室内に僅かに眉根を寄せた。
「すみません。散らかっていて。すぐに片付けます」
「気にするな。それだけショックだったのだろう。俺はお前が火を点けたとは思っていない。あれは酷く悪質な噂だ」
「!! 信じてくれるんですか! ありがとうございます。あっ、ソファだけでも片付けますのでお待ちください」
床に転がっているものを拾い、自分の部屋に放り込んだ。なんとかできた座る場所にあの人は嫌な顔せず腰を下ろすと、手土産だと高級酒とつまみを手渡してくれる。
その後も、数日おきにあの人は会いにきてくれた。
俺の話を聞いて、間違っていないと頷いてくれたとき、心底ほっとした。
教会から婚約解消の証明書が届き、もう諦めなくてはいけないのかと悩んでいた俺を励ましてくれたあの人には本当に感謝している。
そしてあの人は言ったんだ。リリーが仕事を辞めれば全て丸く収まるのにって。
リリーとルージェックは学生時代ずっと同じクラスだった。
会話をする機会が増えれば、親しくなるのも当然。ルージェックはあの見目だから女にも慣れているだろう。そんな男にかかれば、初心なリリーを落とすなんて簡単なこと。
リリーだって、ルージェックと離れれば自分が騙されていたと気が付くだろう。
そしてそれがリリーのためでもある。
あの人と話していると、もう無理だと萎れていた心が再び奮起してきた。
しかし、今の俺の立場では、リリーに仕事を辞めるよう説得することは不可能。ルージェックの甘い言葉に洗脳されているせいで、俺の言葉は耳に届かないだろう。
それなら、とあの人が言った。
仕事で取り返しのつかないミスをすれば、辞めざるをえないんじゃないかと。
「そんな怯えた顔をしなくても、別に罪を犯せと言っているわけではない。たとえば、そうだな。テオフィリン様が祝賀祭でされるパレードは国をあげての一大イベント。そこに寝坊して遅れでもしたら、大問題だろうな」
「でも、あいつは寝起きがいいから」
「そうか、それなら無理か」
俺のために知恵を働かせ腕組みするあの人に感謝しつつ、この前聞いた話を思いだした。
王都の西側に怪しい品を取り扱う店があって、近々抜き打ちで取り締まる予定だと言っていた。そこなら、悪質な睡眠薬も売っているかも知れない。
俺が渡した飲み物なんて口にしないだろうから、匂いを嗅いだだけで眠るような品がいいな。
それで、寝てしまったリリーを安全な場所に隠す。
朝、目覚めたときにはもうパレードが始まっていて、すべては後の祭り。大目玉ののちリリーは侍女を首になる。
そんな筋書きが頭に浮かんできた。
でももし、リリーが襲われたと証言したら?
いや、若い女が自らそんなことを言うとは思えない。傷物になったと名乗り出るようなものだ。
「すまない、お前を助けられる案が浮かばない」
「いいえ。俺にいい考えがあります。いろいろ聞かせてもらったおかげで解決できそうです。それで俺の謹慎についてですが……」
「あぁ。再三、俺から騎士団長に掛け合っている。だが、どうも義理の息子であるルージェックの顔色を窺っているようで、反応が悪いんだ。力不足で申し訳ないが、もう少し待ってくれ」
またルージェックか。どうしてあいつはこうも俺の人生の邪魔ばかりするんだ。
「……様には親切にしていただき感謝しています。俺なら大丈夫です! 自分でなんとかしますから」
そして、祝賀祭初日。
すべてを遣り終え、俺は帰りを急いでいた。
海が視界に入るも、敢えてそちらを見ないように人を掻き分け進む。
手に入れた薬は普段は経口摂取するもので、半日以上は目覚めないそうだ。匂いを嗅いだだけでも眠ってしまうほど強力らしい。
取り締まりの対象となるのも頷けた。
誰にも見つかることなくリリーを安全な場所に隠すことができた。
万が一近づく奴がいても、弱い月明かりの下では、黒い布ですっぽり覆ったリリーの姿は分からないだろう。
日が昇ればその不自然さに気付く奴もいるかもしれないが、パレードは朝から行われるので、そもそも誰もあの場所には近づかない。
これですべてうまくいく。
人が多すぎて海岸沿いの道からなかなか離れられないことに苛立ちながら、俺はさらに足を早める。
と、突然肩を摑まれた。
「おい! ここで何をしている。謹慎中だろう!!」
振り向けば、ルージェックがいた。
ギョッとしながら手を払いのけ睨み返したが、内心は冷や冷やしている。まさかもうバレたのだろうか。
「……ちょっと出歩いていただけだ。もう帰るのだから問題ないだろう」
「リリーアンを見なかったか」
「さぁ、知らないな」
どうやら、リリーがいなくなったのには気がついているようだが、何があったのかまでは知らないようだ。
リリーがルージェックと一緒に出かけると教えてくれたのはあの人。城門の近くで見張っていれば二人は現れ坂を下って海のほうへと歩いていった。
並んで歩き、楽しそうに会話をする姿に腹を立てつつ数メートル離れあとをつけた。
会話の内容までは分からないけれど、時折リリーの笑い声を風が運んできた。
俺の前であんな風に笑わなくなったのはいつからだろうか。
一緒に住む前は、会えば楽しそうにし、声を出して笑っていたのに。
正面からルージェックと向き合ったせいか、坂を下りながらリリーが見せた笑顔がちらつき、苛立ちがさらに増す。
俺がそれ以上何も言わないことに、ルージェックも腹を立てているようで、睨んでくる目がさらに鋭くなった。
「彼女の姿が見えない。いた場所にはこれが残されていた」
ルージェックがポケットから出したのは、ラピスラズリのネックレス。
抵抗なんてしなかったのに。もしかすると自分に何かあったことを知らせるために、自ら引きちぎったのかもしれない。
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