私はあなたの癒しの道具ではありません

琴乃葉

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誕生日祭.4

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**<ルージェック>


 騎士の詰め所の前は人でごった返していた。
 どうやら近くで酔っぱらいの喧嘩があり仲裁に行っていたらしく、留守の間に詰め所に駆け込んだ人が列をなしているようだ。
 人が多くなれば、スリや置き引きといった軽犯罪が増えるのは仕方ない。

「お母さんはこの中にいるか?」
「……いない。グスン」

 もうすぐ母親に会えると泣き止んでいたが、頭上から聞こえる声は再び湿り気を帯びている。ここで大泣きされると厄介だな、いや、むしろ泣いてくれたほうが母親が見つけてくれるかも。

 そんなことを考えながら列に並ぶ。
 ここに来るまでにも随分時間がかかってしまった。
 リリーアンと露店を巡った時よりも明らかに人が増えている。

 寮には門限がある。残業や夜勤をした際には上司から一筆もらい戸口で渡すことになっているらしい。無断外泊はもちろん門限を破れば、生活態度に問題ありと上司に報告が行き、場合によっては寮を追い出される。

 城内にある寮だけに風紀に厳しいのだろう。だからこそ寮内は安全だと思っていたのだが。

「リック!!」

 迷子を呼ぶ母親の声がする。そういえば、俺の髪を鷲掴みしているこの子の名前はなんだっただろう。
 ちょと顎を上げ頭上にある泣きはらした顔を見ようとしたのだけれど、きょろきょろと首を動かし落ち着かない。
 
「リック!!」
「おかあさんっ!!」

 いきなり両手を離し声の方に伸ばすものだから、子供の身体がぐらりと揺れ背後に半歩足を引く。もう一度子供を呼ぶ女性の声がすると、リックが肩の上で暴れるように泣き始めたので危ないと降ろし縦抱きにすると、人混みを掻き分け女性が駆け寄ってきた。
 リックと同じ榛色の髪を首の後ろで一つに纏めた女性の瞳は、これまた同じように涙で濡れている。

「リック、どこに行ったのかと思ったわ」

 俺の手から子供を受け取ると、顔をクシャクシャにして子供の頬に顔を寄せた。
 すりすりと頬を擦りあい、もう離さないと強く子供を抱きしめる母親に、負けじと離すまいとしがみつく子供。俺の肩からも力が抜ける。

「あ、あの。ありがとうございます。お礼をさせてください」
「いいえ、大したことはしていません。海岸を一人歩いているのを見かけたので、騎士の詰め所に連れてきただけです。では、人を待たせているのでこれで失礼します」

 母親は子供を抱いたまま腰を折るようにして何度も頭を下げる。
 俺は構わないというように首を振り、リックの頭をクシャリと撫でその場を離れた。
 日が沈むとあっという間に暗くなってしまう。
 早くリリーアンのところに戻らなくては。

 でも、やや強引に人を掻き分け戻ってきた砂浜にリリーアンはいなかった。
 帰りが遅い俺を心配して探しに行ったのかもしれない。
 見渡しの良い砂浜にいないのだから、露店の並ぶ場所を探すべきかとつま先を向けるも、入れ違いになるかもしれないと踏みとどまる。

「暫くここで待つか」

 そう遠くへは行っていないだろうし、俺が見つからなければ戻ってくるだろうと流木に腰掛けると、木のひび割れた裂け目にキラリと光るものを見つけた。
 なにとはなしに手を伸ばし、少しだけ見えていた金のチェーンを引っ張れば、裂け目は思ったより深いようでするするとチェーンが出てくる。
 最後に引っかかったような手ごたえがあったので力をこめれば、やや抵抗があったあと濃紺の石が現れた。

「! これは、俺がリリーアンにプレゼントしたネックレス」

 夜会に渡したエメラルドではなく、初任給で両親へプレゼントを買いに行った日に、リリーアンに贈ったものだ。

 何かあったのだろうか。カージャスは謹慎処分を受けているから大丈夫だろうと一人にしたことが悔やまれる。
 騎士に伝えるべきか。でも、偶然チェーンが切れただけかもしれない。
 いろんな可能性を考えていると、知った顔が向こうから歩いてきた。
 学生時代の友人で、今は騎士として働いているそいつの名を呼べば、呑気な返答と一緒に手を振ってくれた。

「どうしたんだ、こんなところいに一人で」
「リリーアンと来ていたんだがはぐれてしまったんだ。見かけなかったか?」

 俺の問いに、彼は隣にいる女性と視線を合わせた。戸惑ったように揺れるその瞳にいやな予感を覚え「何か知っているのか」と詰め寄ると、友人は眉根を寄せた。

「知っているというか……リリーアンは見かけなかったが、さっきカージャスを見た。謹慎中なのにこんな人混みに出てくるなんてと訝しく思っていたんだ」
「それはどこで!」
「この近くだよ。あのあたりかな」

 友人は海とは逆の方向を指差す。
 砂浜は少し傾斜をつけながらやがて草むらに変わり、その向こうは石畳の道が海岸線と平行に走る。露店は石畳の道の両端に軒を連ねており、行き交う人の姿がここからでも見えた。

 カージャスは一人で歩いていたらしい。
 顔ははっきりと分らなかったけれど、ちらりと見えた横顔と、この国では珍しい黒髪から間違いないと言う。

「俺達、暗くなるまではここにいるから、リリーアンを見かけたらお前が探していたと伝えてやるよ」
「すまない。俺はカージャスを探してくる」

 謹慎中に、騎士がうろつくこの場所に来るのは明らかに不自然。とはいえ、俺達がここに来たことをどうして知ったのか。

 リリーを誘ったのを知っているのは義父ぐらいだ。
 燃えた資料がどの領地のものかを纏めた書類を騎士団長である義父に届けにいった際に、その話をしたのを覚えている。にやにやと揶揄われ、頑張るんだなと笑われた。
 あのとき、部屋には義父だけだったけれど、奥にある扉が開いていたような気が。
 誰かが聞いていたのだろうか。

 だが、たとえ聞かれていたとしても、悪い噂の渦中にいるカージャスに、俺とリリーアンのデートをわざわざ教えに行くとは考えにくい。
 もし誰かがそんなことをしたのであれば、そこに悪意があると考えざるをえないが、カージャス以外に恨みを買った覚えはない。

 頭の中で様々な可能性を考えながら、さらに多くなった人混みをすりぬけ周りに視線を走らせる。
 こんなに人が多くては見つけるのは絶望的かも知れない、そんな弱気がよぎったとき、十メートルほど向こうに黒髪を見つけた。

「おい! ここで何をしている。謹慎中だろう!!」

 俺に背後から肩を摑まれたカージャスは、ギョッと目を見開いたあと、俺の手を払いのけ鋭い視線を向けてきた。


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