私はあなたの癒しの道具ではありません

琴乃葉

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誕生日祭.1

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 カージャスがお城に来なくなった翌日、やっと婚約解消の手続きを終えたと教会から書類が届いた。
 そのこともあって、私は侍女部屋で寝泊まりするのをやめ、寮へ戻ることにした。

 そして今、寮の部屋の壁に立てかけられている鏡の前で、朝から睨めっこをしている。
 今日から三日かけて、テオフィリン様の誕生日を祝う祝賀祭が開かれる。

 一日目は神殿にて公務、二日目は王都をパレードして、三日目は夜会が開催される。
 今度の夜会は国中の貴族が呼ばれるもので、私が参加したものよりずっと豪華で華やからしい。参加者は主に当主とその夫人なので、それに合わせお父様も王都に来る予定だ。

「それにしても、何を着ればいいのかしら」

 今日は仕事が休みだというと、ルージェックが一緒に街に出かけないかと誘ってくれた。
 テオフィリン様の誕生日を祝い、王都のあちこちで露店が並び大道芸や吟遊詩人の弾き語りがあるらしい。

 この国で五歳と十五歳の誕生日は大きな意味を持つ。 幼い子供は死亡率が高いので、五歳まで生きれれば一安心だとそのことを祝う。
 十五歳は成人の祝いで、どちらも貴族平民とわず大きなイベントだ。
 
 手持ちの服を身体に当て、いろんな角度から鏡に自分の姿を映すも何が正解なのか分からない。

 カージャスは私が着飾ると不機嫌になるので、一緒に出掛けるからといってお洒落をすることはなかった。
 そもそも二人で街を歩くことが少なかったし。
 誕生日のお祝いだって豪華な食事を私が作り、いつも同じ店で買ったクッキーを貰うだけ。

「そういえば、好きっていってもらったこともないかも」

 子供の頃はあったかも知れないけれど、愛を告げるにはあまりにもふたりとも幼かった。
 それでも、当たり前のように傍にいて、当然のごとく結婚すると思っていた。
 両親達も一緒にいる私達を嬉しそうに眺めていたから、そんな未来を望んでいると思っていたのだけれど。

「まさか、婚約解消を喜んでくれるなんて」

 教会からの書類は両親にも届いたようで、早馬で手紙が届けられた。
 そこには、「今まで無理をさせてすまない。これからは自分のしたいようにすればいい」とあり、最後にはカージャスのご両親も納得済みだと書いてあった。

 両親はもしかして、私が思うほどカージャスとの結婚を望んでいたわけではないのかも知れない。

「うん、これにしよう」

 選んだのは臙脂色のワンピース。少し地味かもしれないけれど、胸元にある白いレースとビロードの生地が気に入っているものだ。
 その上から、茶色のコートを羽織り念の為にマフラーも持っていく。
 最後に全身をもう一度鏡に映し時計をみると、私は部屋を出た。

 待ち合わせはお城の外門。ここから二十分ほど西へ向かって坂をくだると海に出る。
 
「ごめんなさい。少し遅くなってしまったわ」
「いや、時間通りだよ。俺が待ちきれなくて早く来ただけだから」

 背をもたれていた壁から身体を起こしながら、ルージェックが私を見る。次いで、その瞳を細めた。

「もしかして、俺とのデートのためにお洒落をしてきてくれた?」
「えっ、デート?」

 婚約解消の手続きも終えたし、カージャスは謹慎中。もう仲の良い婚約者の振りはしなくてもよいはずなのに。それなのに、ルージェックは「あれ、そう言わなかったっけ」と惚けて肩を竦めてみせる。
 
「でも、今日のために服を選んでくれたんだろう。嬉しいよ。似合っている。ネックレスもつけてくれたんだ」
「……うん。これ、気に入っているの」
「良かった」

 胸元に光るのは、ルージェックの瞳の色と同じラピスラズリのネックレス。
 これはデートではないはず。
 それは分かっているのに、服選びに時間をかけ、そのくせ迷わずにこのネックレスを選んでいた。
 ルージェックは見目が良いから、並んで歩くのならそれなりにお洒落しなくてはと思ったのが理由だけれど、同時になぜか浮かれている自分にも気が付いている。

「じゃ、行こうか。辻馬車に乗ってもいいんだけれど、どうする」
「天気もいいし歩きましょう。祝賀祭だから辻馬車もきっと混んでいるわ」

 
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