私はあなたの癒しの道具ではありません

琴乃葉

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火災.1

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「あら、どうしたの」

 狭い侍女の控え部屋にあるのは簡易ベッドが二つと背の低い棚だけ。
 私は棚から予備の侍女服を出し、それを空いているベッドに置いた。

「実はカージャスが、決闘による婚約解消を無効だとする申し立てをしたそうです。最近頻繁に手紙が届き、どこからか私を見ているような文章もあったので困っていたのです。そこに加え、さきほど夜会で少し揉め事を起こしてしまいまして」
「そんなことがあったなんて。もっと早く相談してくれれば良かったのに。それで、大丈夫だった?」
「ルージェックが助けてくれました。でも、このまま寮に帰ったら待ち伏せが怖いので、できれば数日、ここで寝泊まりしてはいけませんでしょうか」
「そのほうがいいわ。侍女長には私から伝えておくから、数日と言わず一週間はここで寝なさい。あと、ドレスを脱ぐのを手伝ってあげる」

 エルマさんが立ち上がり、私の背後に回ると背中の釦を外してくれる。ドレスは備え付けのクローゼットに押し込み、コルセットを脱いで私はすぅ、と思いっきり息を吸い込む。

 普段つけ慣れていないから、ほんっとに苦しかった。

 そんな私の様子にエルマさんはくすっと笑いながらベッドに戻った。
 私が侍女服を着たところで、珍しく隣の部屋からベルの音が聞こえてくる。

「テオフィリン様が呼んでいるわ」

 再びベッドから起き上がろうとしたエルマさんを制し、私は素早くエプロン紐を腰に巻く。

「私が行きます。起こしてしまったお詫びです。おそらくお水が欲しいのだと思います」

 水差しとコップが載ったトレイを持ち、廊下に出てテオフィリン様の部屋の扉をノックして声をかけ入れば、案の定、喉が渇いたと仰った。

 ブロンドのくせ毛をふわふわ揺らしながら、大きく欠伸をする姿はとても愛らしい。
 寝ぼけているようで、目がトロンとしていた。
 
 侍女になってまだ日は浅いけれど、人見知りをしないテオフィリン様はすぐに私に懐いてくれた。
 ありがたいことに、出勤するたびに庭でのかくれんぼや追いかけっこに駆り出される。
 すぐに受け入れてもらえたのは、本当にありがたいと思っている。思っているのだけれど。

 あまりのすばしっこさと四歳児の体力には驚かされる。これでは妊娠した侍女はさぞかし大変だっただろう。ぜひゆっくり身体を休めて欲しいものだ。
 パレスは、私が侍女になって随分楽になったと笑っていた。

「どうぞ、ゆっくり飲んでください」
「うん」

 と言いながらも、ゴクゴクと喉をならして水を飲む。寒くなったからと毛布を一枚増やしたけれど、子供は体温が高いから暑かったのかもしれない。
 一番上の毛布を取り、畳んで足元に置いていると、水を飲み終わったテオフィリン様が「あれ、なに」と言って窓の外を指差した。
 
「なにかございましたか?」

 ここは三階。窓から不審者が入って来るとは考えにくいけれど、念のためにと窓枠に手を当て額を硝子にくっつければ、東側の棟に動く灯が見えた。あれは。

「宰相様のお部屋のようです。まだ誰か仕事をしているのかもしれません」

 今日の夜会に出席したのは主に新人なので、先輩文官が残っていてもおかしくはない。
 でも、あの部屋は……

「おじい様だ!」

 はしゃぐ声で、灯を指差すテオフィリン様。
 仰る通り、灯が揺れるのは書庫でも補佐官の部屋でもなく、宰相様の個室だ。
 こんな時間まで残っていらっしゃるなんて、と首を傾げる私の隣で、すっかり目が覚めたテオフィリン様が宰相様に会いたいと言い始めた。
 部屋の時計を見れば十一時を指している。

「遅い時間ですし、お仕事の邪魔になってしまいます。明日、一緒に会いに行きましょう」
「でも昼間に行っても忙しからって会ってくれないもん。もう何日も会ってないよ。会いたい! おじい様に渡したいものもあるんだ!!」

 そう言ってテオフィリン様は勉強机の引き出しから、木の実や真っ白な石、釦を手のひらに乗せ私に見せてきた。
 テオフィリン様には収集癖もあった。

 かくれんぼうをしながらあれこれ拾ってはポケットに詰めて持って帰ってくるのだ。

 パレスいわく、数匹のダンゴムシが出てきたこともあるとか。
 男児の母親であるエルマさんは、男の子のポケットは魔の巣窟だと言っていた。安易に手を入れてはいけないらしい。
 
 厳しい侍女のチェックを潜り抜けたあれやこれが、この部屋の引き出しには詰まっている。どうやら最近収集した宝物を宰相様に見せたいらしい。
 これを見た宰相様はどんな顔をなさるのかと、ちょっと気になる。

 でも、この時間にテオフィリン様が城内をうろつくのはよろしくない。なのであれやこれやと説得したのだけれど、頑なに行くといって聞いてはくれなかった。
 やんちゃだけれど聞き分けはいいほうなのに、そんなに宰相様に会いたいのね。

「分かりました。では少しだけですよ」
「うん!」

 満面の笑顔が月の光も相まって天使のようだ。そんな顔されたら、仕方ないなと思ってしまう。
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