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夜会.6
しおりを挟むダンスを終えた私達は、少し休もうかとバルコニーへ向かった。
でもそこに行くまでに、「決闘で結ばれた二人」「溺愛」「情熱的」なんて囁きが聞こえるものだから、冷や汗がツツッと背中を流れる。
カージャスに私達が想い合っていると印象づけられたとは思うけれど、誤解が独り歩きどころか羽を広げ飛び回っているこの雰囲気はいかがなものだろうか。
給仕係が通りかかったので呼び止め、ひとまず飲み物で喉を潤す。
そんな折、ルージェックの名前を呼びながら数人の男性がこちらに向かって手を挙げた。
どれも見たことのある顔で、学園時代にクラスは違うけれどルージェックと仲の良かった人達だ。
「リリーアン、一緒に彼らのところに行かないか?」
「私は少し休憩するわ」
だって、なんだかすごく揶揄われそうなのだもの。とは言わないけれど、私の意図はルージェックに伝わったようで苦笑いされた。
「手短に切り上げる。心配だから俺の目が届くところにいてくれ」
「分かったわ」
これだけ仲の良さを演じたのだから、カージャスもいい加減に理解してくれたはず。
それでもルージェックは心配なようで、壁にもたれる私を時折チラチラみながら学友と話をしていた。
……ちょっと、酔ってきたかも。
給仕係からもらったカクテルは、可愛らしい色のわりに酒精が強かったようで、身体がふわふわ熱くなってきた。
人が多いからか、それとも参加者に若者が多く賑やかなせいか、会場内の熱気も上がりっぱなしだ。
少し夜風に当たろうかな。
ルージェックには近くにいるように言われたけれど、会場内にカージャスの姿も見当たらないし、酔いを醒ますためにちょとだけ夜風に当たるぐらいかまわないでしょう。
そう思ってバルコニーに向かったのだけれど、先客がいた。
どうしようかと見回していると、一番端にあるバルコニーから階段が伸び庭へと繋がっている。
そのバルコニーにも先客がいたけれど、気配を消しつつ隅の方を通り階段を下りた。
喧騒を離れるように芝生を歩き、噴水の縁に腰掛ける。
音楽が聞こえバルコニーからも見える距離だから、ルージェックが探しに出てきたとしてもすぐに気づくことができる位置だ。
ほっと肩の力を抜いて、大きく息を吸い込んだ。
肌寒いはずなのに、風が気持ちよく感じるのだから随分酔ってしまったみたい。
手のひらで顔をパタパタ扇ぎながら、濃紺のパンプスをぼんやりみていると、つま先あたりに影が落ちた。
「どうして俺の贈ったドレスを着て来なかったんだ」
怒気を押さえた低音にハッと顔をあげれば、カージャスが眉を吊り上げ私を見降ろしている。
「カージャス、帰ったんじゃなかったの?」
「まさか、事情を分かっていない奴らが、俺を馬鹿にしたように見てくるから会場を出ただけだ。あいつら『落ち込むな』『気にするな』と見当違いな言葉ばかり言って、俺を侮辱してくる」
それは、本心から心配して言ってくれてると思うのだけれど、彼には慰めの言葉も侮蔑に聞こえるのかも知れない。
「それから、決闘による婚約解消は無効になるから」
「えっ? そんなはずないわ。書類だってルージェックが教会に提出してくれたんだから」
「やっぱり、あいつに騙されているんだな。リリーの頭が鈍いところに付け込んだのだろうが、隙のあるお前にも非はある。安心しろ、すでに俺が無効の申し立てをしておいたから、教会が調べてくれるはずだ」
無効の申し立て? あれほどの聴衆が見守る中行われた決闘を不正なものだと主張したということ? そしてそれが通ると思っているの?
頭がくらりとした。
発する言葉を見つけられず、呆然とカージャスを見上げれば、口元が歪んだ笑みを作った。冷ややかな目と相まってゾクッとするような笑顔を貼り付けながら、カージャスは言葉を続けた。
「リリー、俺は何も怒っていない。結婚を間近にした女性が不安を抱えるのはよくあることだと聞いている。今謝罪すれば許してやるから、戻ってこい」
「な、何を言っているの?」
「宰相様付きの侍女を首になったそうじゃないか。だから言っただろう、お前なんかが働くなんて無理だって」
「首になったんじゃ……」
「しかもテオフィリン様の子守りをさせられているんだろう。どうせ世話をするなら人の子より自分の子供のほうがいいに決まっている。俺と結婚すればすぐに子宝にも恵まれるさ」
ゾワッと全身に鳥肌が立った。
目の前にいるカージャスが、知らない男性のように見える。
この人はこんな顔をしていたかしら。こんな声で、こんな風に笑う人だった?
長年一緒にいたはずなのに、私達ふたりの間に大きな亀裂が入ったかのように感じた。
遠い。何を言っても届かないところにいるカージャスに、私は強張る身体で精いっぱい首を振った。
「嫌、貴方のもとへは戻らない」
「俺がここまで言ってやっているのに、まだ意地を張るのか」
「い、意地とかじゃない」
カージャスは震える私の手を強引に掴むと、無理やり立たせた。
決闘が終わったあと、あれだけはっきりと言ったのに、どうしてこの人には何も伝わっていないのだろう。
「なぜ手紙の返事をくれないんだ」
「それは……どう書いていいか分からなくて」
ただひたすら連ねられた一方的な言葉はもはや恐怖でしかなく、返事なんて到底書けなかった。
時には私を宥め懐柔しようとするような文章で、別の時には苛立ちをぶつけるような激しい言葉で。ただ自分の思いや考えが並ぶその手紙は、思えばカージャスらしい。
私に考えや感情があるとは想像したこともないのでしょう。
「ルージェックはマリッジブルーになったリリーに付け込み、その気持ちを無視して俺に決闘を挑むような、自分勝手で最低の男だ」
「そんなことない! ルージェックはいつも私がどう思っているか、考えてくれるわ」
声を荒げれば、カージャスは顔を醜く歪めた。
「どこまで洗脳されているんだ。あいつは甘い言葉でお前を自分の都合の良いように扱おうとしているだけだ」
「私を都合よく扱っていたのはカージャスでしょう。お願い、いい加減に現実を見て! あれだけの聴衆がいる中で行われた決闘に不正があるはずないでしょう!?」
ぶんぶんと腕をふるも、私の手首を掴む力はますます強くなっていく。
「痛いっ」
「暴れるお前が悪い! 俺を怒らせるお前が悪いんだ! 来い、帰るぞ! 明日から俺がお前を躾けなおして……」
「何をしているんだ」
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