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両親への報告.6
しおりを挟む別の部屋で待つべきなのは分かっているけれど、とてもじゃないがそんな気落ちになれず、私は閉まった扉をじっと睨んだ。
ちょっと扉に耳を付けてみたけれど、お父様とルージェックの声が聞こえるだけで会話の内容までは分からなかった。
我が家はお屋敷と呼べるほどの造りではなく、扉だってそんなに分厚くはない。
だから怒らせると怖いお父様が怒鳴れば声が外まで届くのだけれど……どうやらその心配はないようだ。
それなら、と扉を叩いてちょっと顔を出してみれば、全員が一斉にこちらを向いた。
えっと、私、入るタイミングを間違えたかしら。
「あの……お茶のお代わりはいかがかと思いまして」
自分でも取って付けたような言い訳なのは分かっている。
三人ともそれはお見通しのようで、視線を合わせると苦笑いをした。
「お茶はいい。それよりリリーアンもこちらに来て座りなさい」
「はい」
戸惑いつつここはルージェックの隣に座るべきかと腰掛ければ、お母様が嬉しそうにニコリと微笑んだ。さっきより機嫌が良いように見える。
「ちょうどルージェック殿との話が終わったところだ」
「では、私から説明を」
「いや、それはいい。もう充分に理解した」
えっ、と私は怪訝に眉を顰め両親を見る。普通ならここは私からも話を聞くところなのに、二人ともすっかり納得した顔をしていた。
そのことに疑問を覚えつつも、きっとルージェックがうまく説明してくれたんだと納得することにする。ちょっと腑に落ちないけれど。
「では二人とも今夜は泊まっていけばいい」
父の言葉にルージェックは首を振る。
「いえ、私はどこかで宿を……」
「こんな家でも客間はある。伯爵家の令息に泊まっていただくには少々申し訳ない造りだが、そこは我慢していただきたい」
「ありがとうございます。では、お世話になります」
決して広くはないけれど、一階に一部屋だけある客室。時々酔っぱらったカージャスのお父様が泊まっていくことがある。
二人は長年同じ主に仕え、仲が良い。
婚約解消を言い出した時は父親同士が不仲になるのではと心配した。
でも、カージャスのお父様から愚息がすまないと謝罪の手紙がきて、そこには親同士の関係はどんな結論になっても変わらないから気遣い無用とも書いてあった。
侍女は食事の支度があるので、客間の準備は私がかって出ることにした。
侍女見習いの時は、お城のあらゆる部署の仕事を手伝ったのでベッドメイキングだってお手のものだ。
では、と私が席を立つより早く、お父様が戸棚に向かい酒瓶とグラスを手に戻ってきた。
あのお酒、お父様の機嫌が良いときに飲むものだ。ルージェックはいったいどんな説明をしたのかしら。両親の笑顔が逆に怖い。
「ところで、ルージェック殿は次男だとタブロイド紙に書いてあったが、爵位はお兄様が継がれるんだな」
お酒を注いだグラスをルージェックに薦めながら、お父様が世間話を始めた。
でも、ただの世間話のはずなのに、どこか探るような雰囲気がある。
「はい。すでに結婚もしており、この前姪も生まれました」
グラスを受け取ると、今度はルージェックがお父様のグラスにお酒を注ぐ。
ちなみにこの国で爵位を継げるのは男性だけで、子供が娘のみの場合は婿を取るのが一般的だ。
「騎士に決闘をして勝つだけの腕前があるなら、今からでも騎士団に入ってはどうでしょうか。そうすれば騎士爵を貰えるかもしれない」
「お父様、ルージェックはお城でも一番難関と言われる宰相様の文官をしているのよ。それは失礼だわ」
私の婚約解消騒ぎに巻き込まれ、こんなところまで付いてきてくれた友人に何を言うのかと咎めれば、ルージェックが口角をあげながら首を振った。
「いいよ、リリーアン。お父上が爵位を気にされるのはごもっともだから」
ごもっとも? なぜ?
ルージェックの爵位が今後どうなるかなんて、お父様には全く関係ないと思うのだけれど。
「実は、叔父の家に養子に入ることが決まっています」
「叔父というと……」
「騎士団長のアストリア・バーディアです。バーディア侯爵家に婿入りし娘が二人おりますが、跡を継ぐはずの長女が留学先の隣国でその国の第三王子に見初められ、この度婚約が決まりました」
「バーディア侯爵家!」
「第三王子と婚約!!」
お父様とお母様が目を丸くする。もちろん私も初耳で驚きすぎて声すらでない。
ちなみに次女は二年前、子供の頃からの婚約者である公爵令息に嫁いでいるらしい。
ではルージェックは、ゆくゆくバーディア侯爵家を継ぐということ? さらには公爵家だけではなく隣国の王族とも親戚になるなんて。
そんな人に、私と婚約解消したなんて傷をつけてしまってよいものなのかしら。
申し訳なさに血の気が引いてしまう。
そんな私に対し、両親の頬はなぜか紅潮していた。
「で、では。リリーアンが侯爵夫人に? あなたどうしましょう」
「お母様? 話を聞いていらして? 侯爵になるのはルージェックで私は関係な……」
「貴族として最低限のマナーしか教えていない。ルージェック殿、先ほどの考え、改めた方が良いのではないか?」
「お父様?」
いきなり前のめりになった二人。お母様は「一から令嬢教育をしなおさなきゃ」と言っているし、お父様は机に手をつきルージェックを説得し始めた。心なしか瞳孔が開いているような気も……。
「あ、あの。お父様もお母様も何を言っているの? ルージェックが侯爵になっても私達には関係ないでしょう」
爵位で友人を決めるような人じゃないし、今まで通りの関係が続くはず。
そうルージェックに言えば、曖昧な笑顔が返ってきた。
えっ、なに。私だけ置いてけぼりな感じがするのだけれど。
「と、とにかく。ルージェック殿の決意が硬いことは分かった。それなら儂から言うことは何もない」
小声でルージェックと話していたお父様が、腕組みをしてソファに深く座り直す。
お母様はまだ頬に手を当て、夢見心地で「いいマナー教師を探さなきゃ」と呟いている。理由が分からないけれど、侍女をするにあたりマナー講座を改めて受けたといえば、少しはほっとしたようだけれど、解せぬ。
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