私はあなたの癒しの道具ではありません

琴乃葉

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両親への報告.2

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頬の火照りを手のひらで扇ぎながら、バーバラさんに教えてもらうのは初めてのお仕事。
 渡された書類に並ぶ沢山の数字は、各領地で採れた穀物の量。

 去年の収穫量が一番左にかかれ、その横に税率、それを掛けた数字がさらに右にあり、最後にはその年の気候や洪水などの被害状況が書かれている。
それがひとつの縦長の表になっていて、同様に作られた過去四年分が同じページに並んでいる。

「これは穀物についてだけれど、他にも海産物や農産物、加工品、石炭、服飾品など様々な項目について同じ書類を作っているの。で、私達の仕事はこの書類を作るための下準備よ」

 簡単にいえば、補佐文官が今年の書類を作成する前段階のお手伝いとして、過去四年分の数字を去年の書類から書き写すこと。
 わざわざ書き写さなくても前の書類に書いてあるものを見れば良いのではと思う私に、一覧にすることによってこそ分かることもあると教えてくれた。

「たとえば、洪水などの天候被害がなく去年と同じ収穫高なのに税率が下がり国に治める金額が減っていたなんてことは、一覧にしたほうが分かりやすいの。各項目ごとに過去の書類を捲って見比べるのってかなりの手間だし、見落とす可能性が高いでしょう」
「確かに。何冊も書類を捲るより結果として書き写したほうが良さそうですね」
「ええ。で、その下準備を私達がして、担当文官が今年の数字を記入しつつ不自然な点がないかチェックするのよ」

 僅かな誤差から納税を誤魔化しているかもしれない領地を探し、その証拠固めまでするというのだから膨大な作業量になるはず。

 宰相様の仕事はこれ以外にも、外交関係や、国の法案、時には裁判についても意見を求められることがあるから、それぞれを補佐文官が役割分担して手伝っている。
 改めてこの部屋が任されている仕事の幅広さに驚いてしまった。

「他国では納税について調べる専用の部署があるそうよ。それだけ大変な仕事なの。以前は計算が得意な女性文官が一人でされていたけれど、本当に怪しいと思う領地についてしか詳細に調べられないと仰っていたわ」
「その方は今?」
「子供ができたので辞めたの。出産してから復帰する侍女は多いけれど文官は仕事がハードだから続ける人は少ないのよね」

 そもそも女性文官は少ないので、数年のブランクののち復帰するような職場環境ではないらしい。それに対し侍女は、子供を産んでも働く人が多く、バーバラさんも二児のお母さんだ。

 そんな話を聞きながらぱらぱらと書類を捲っていた私は、あれ、と手を止める。

「あの、ここの税率の変化、おかしくないでしょうか」
「どこ? あぁ、それは洪水があったから税率を下げたのよ」

 バーバラさんは表の一番端のメモ書きを指さすけれど、私もそれには気が付いている。

「そうなのですが、洪水があった年は税率が七パーセント下がっているのに、翌年の税率は五パーセント戻しただけです。さらに同じようなことが次の年にもあるので、五年間で税率は三パーセント下がっています」

 翌年も、昨年の洪水被害の爪痕が残っていて、元の税率に戻さなかっただけなのかもしれない。
 税率を完全に元の数値に戻す前にまた洪水被害がおき、再び税率を下げということが、たまたま繰り返されただけとも考えられるけれど、なにか不自然なものを感じる。

たとえば洪水のあった翌年、農民からは七パーセント戻した元の税率通りに徴収し、国へは低い税率で申請していたとしたら、領主がその差を着服したことになる。

「この領地は海に面しているので海産物もとれますよね。その資料を見てもいいでしょうか」
「ええ、そこの棚にあるわ」

 教えてもらった棚に向かえば、今度は大時化(おおしけ)を理由として同じような税率の変化があった。
 私達のやり取りに気付いた宰相様が隣にきて、資料に目を通し始める。

「あ、あの。この程度の税率の変動でしたら問題ないのでしょうか」
「微妙だな。正直穀物だけなら気にならないが他でもとなると……数字の変動に意図的なものを感じる。ナイル、担当外で悪いがちょっと調べてくれないか」
「分かりました。手持ちの案件が今日で片付きそうなので終わり次第調べます」

 本来ならこの仕事は女性文官の代わりに入ったルージェックが担当なのだけれど、ちょっと複雑な作業になるようで、先輩文官が指名された。
 ルージェックはナイル様に一緒にさせて欲しいとお願いしている。
 仕事熱心だなと感心していると、隣から「ふむ」という宰相様の声が聞こえた。
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