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息の詰まる暮らし.10
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「勝者、ルージェック」
うおぅ!! っと声が上がり拍手が鳴り響く。
「良くやった」「いい勝負だった」の声に交じりおじいさんを称える声も。
カージャスは呆然とその場に跪き、ルージェックは苦笑いで観客達に手を振る。
私は……パレスに背中を押され、ちょっとつんのめりながら喧騒の真ん中へと進んだ。
「ルージェック……その。怪我は、ない?」
なんて言えばいいのか分からない私の口から絞り出したそんな言葉に、ルージェックは肩を竦め笑う。
「もちろん。これでリリーアンの婚約は解消できる。これだけ観客がいるしオリバーさんもいるのだから正式に認められるだろう」
「ありがとう。でも、文官のあなたがこんなに強いとは思わなかったわ。叔父様から剣を習ったとはいえ、子供の頃の話でしょう?」
「あぁ、それなら……」
ルージェックはクツクツ笑うとオリバー様に視線を移す。
そのオリバー様といえば、さっきのおじいさんに頭を下げ握手をしていた。
……もしかして、本当にすごい人だったのかも。
「オリバーさんは俺がパレスに気があると勘違いして、ほぼ毎日のように一戦を挑んできていたんだ。ほら、あの人脳筋だから」
そういえば、「決闘を申しこまれる前に叩き潰すのが信条」って話していたわね。
「ほぼ毎日、オリバー様と剣を交えていたの? もしかして、一度、騎士訓練場の近くで会ったことがあるけれど、あれって……」
「うん、一戦交えたあとだよ。騎士寮の裏手にいつも呼び出されていたからね」
どうしてあの場所にルージェックがいたのかと思っていたけれど、まさか一戦交えたあととは。そういえばあとからオリバー様も現れたわね、と納得する部分もある。
「それにしても、オリバー様はあの体躯に加え剣の腕も凄くて、若手騎士の中では群を抜いて強いと聞いているわ。よく今まで無事だったわね」
「三十分の時間制限のおかげだよ。剣技は同格だから時間無制限だったら体力が続かなくて負けていたと思う」
「そうなんだ……って、それでも凄いと思うのだけれど」
パレスの話では、オリバー様は騎士団で行われたトーナメントで五位になったこともあるらしい。一位の騎士団長と二位の副団長は別格らしく、役職なしの騎士で考えれば実質三位の実力になるそうだ。
「でも、オリバー様はルージェックがパレスのことを好きだと思って一戦を挑んでたのでしょう。どうして今までその誤解を解かなかったの?」
「そうはいかなかったんだよ。違うと言えば、なぜそんなにパレスと一緒にいると聞かれるだろう? 俺が一緒にいたいのはパレスじゃない。とはいえ本当のことを言えば、それがオリバーさんの口からカージャスの知るところになる可能性がある。二人は同じ騎士団だし婚約者がいる女性に横恋慕するのは許されないことだからね」
うん? ちょっと途中から話が見えなくなってしまった。
横恋慕、ってパレスのことは誤解だったのでしょう? それにカージャスに知られて困るって……
「ちょっと言っている意味が分からないのだけれど」
「とにかく、俺は小さい時から騎士団長の叔父に鍛えられ、学生時代からはオリバー様と剣を交えていた。だから正直カージャス相手では本気を出すまでも……」
「ま、待って。叔父様って騎士団長なの?」
「うん。あれ、言っていなかったっけ」
聞いていないよ!
そう考えると、ルージェックが強いのも納得できる部分はあるけれど。
でもまさか、本気を出していなかったなんて……とそこまで考えて負けたカージャスはどうしているのかと思い見ると、膝を突き項垂れたまま動けないでいた。
こんな衆人の前で騎士が負けるなんて、とてもではないけれどプライドの高いカージャスが耐えられるはずがない。
私はどうしようかと少し考えたあと、カージャスの元へ向かった。
喧騒が静かになり、観客の視線が一斉に私達に向けられた。
「……お父様に今日のことを報告し、婚約を解消します」
「……て……だ」
「えっ!?」
「どうしてこうなったんだ! 俺はリリーをずっと庇い守ってきただろう! それのどこが不満だって言うんだ! 仕事なんてしなくてもいいと思っていた。でも、リリーがしたいと言えば、それが宰相様付の侍女試験であっても許可をしてやったのに、何が不満だったんだ」
「あなたは仕事で疲れて帰ってきた自分をいたわれと言うのに、私の仕事については『許可してやる』って言うのね」
絶対に泣くまいと声が震えないよう堪えているのに、涙が滲んでしまう。
ここまで言ってもカージャスは私の言葉の意味が分からないようで、眉間の皺を深めるばかり。
結局彼は分からないのだ。
私はもう守ってもらうばかりの小さな女の子ではない。泣いて、背中に庇って保護してもらうだけの存在ではないのだ。
「私はあなたの癒しの道具じゃないの」
それだけ言うと、私はその場を後にした。
後ろから叫ぶカージャスの声が聞こえたけれど、私はもう振り向かなかった。
うおぅ!! っと声が上がり拍手が鳴り響く。
「良くやった」「いい勝負だった」の声に交じりおじいさんを称える声も。
カージャスは呆然とその場に跪き、ルージェックは苦笑いで観客達に手を振る。
私は……パレスに背中を押され、ちょっとつんのめりながら喧騒の真ん中へと進んだ。
「ルージェック……その。怪我は、ない?」
なんて言えばいいのか分からない私の口から絞り出したそんな言葉に、ルージェックは肩を竦め笑う。
「もちろん。これでリリーアンの婚約は解消できる。これだけ観客がいるしオリバーさんもいるのだから正式に認められるだろう」
「ありがとう。でも、文官のあなたがこんなに強いとは思わなかったわ。叔父様から剣を習ったとはいえ、子供の頃の話でしょう?」
「あぁ、それなら……」
ルージェックはクツクツ笑うとオリバー様に視線を移す。
そのオリバー様といえば、さっきのおじいさんに頭を下げ握手をしていた。
……もしかして、本当にすごい人だったのかも。
「オリバーさんは俺がパレスに気があると勘違いして、ほぼ毎日のように一戦を挑んできていたんだ。ほら、あの人脳筋だから」
そういえば、「決闘を申しこまれる前に叩き潰すのが信条」って話していたわね。
「ほぼ毎日、オリバー様と剣を交えていたの? もしかして、一度、騎士訓練場の近くで会ったことがあるけれど、あれって……」
「うん、一戦交えたあとだよ。騎士寮の裏手にいつも呼び出されていたからね」
どうしてあの場所にルージェックがいたのかと思っていたけれど、まさか一戦交えたあととは。そういえばあとからオリバー様も現れたわね、と納得する部分もある。
「それにしても、オリバー様はあの体躯に加え剣の腕も凄くて、若手騎士の中では群を抜いて強いと聞いているわ。よく今まで無事だったわね」
「三十分の時間制限のおかげだよ。剣技は同格だから時間無制限だったら体力が続かなくて負けていたと思う」
「そうなんだ……って、それでも凄いと思うのだけれど」
パレスの話では、オリバー様は騎士団で行われたトーナメントで五位になったこともあるらしい。一位の騎士団長と二位の副団長は別格らしく、役職なしの騎士で考えれば実質三位の実力になるそうだ。
「でも、オリバー様はルージェックがパレスのことを好きだと思って一戦を挑んでたのでしょう。どうして今までその誤解を解かなかったの?」
「そうはいかなかったんだよ。違うと言えば、なぜそんなにパレスと一緒にいると聞かれるだろう? 俺が一緒にいたいのはパレスじゃない。とはいえ本当のことを言えば、それがオリバーさんの口からカージャスの知るところになる可能性がある。二人は同じ騎士団だし婚約者がいる女性に横恋慕するのは許されないことだからね」
うん? ちょっと途中から話が見えなくなってしまった。
横恋慕、ってパレスのことは誤解だったのでしょう? それにカージャスに知られて困るって……
「ちょっと言っている意味が分からないのだけれど」
「とにかく、俺は小さい時から騎士団長の叔父に鍛えられ、学生時代からはオリバー様と剣を交えていた。だから正直カージャス相手では本気を出すまでも……」
「ま、待って。叔父様って騎士団長なの?」
「うん。あれ、言っていなかったっけ」
聞いていないよ!
そう考えると、ルージェックが強いのも納得できる部分はあるけれど。
でもまさか、本気を出していなかったなんて……とそこまで考えて負けたカージャスはどうしているのかと思い見ると、膝を突き項垂れたまま動けないでいた。
こんな衆人の前で騎士が負けるなんて、とてもではないけれどプライドの高いカージャスが耐えられるはずがない。
私はどうしようかと少し考えたあと、カージャスの元へ向かった。
喧騒が静かになり、観客の視線が一斉に私達に向けられた。
「……お父様に今日のことを報告し、婚約を解消します」
「……て……だ」
「えっ!?」
「どうしてこうなったんだ! 俺はリリーをずっと庇い守ってきただろう! それのどこが不満だって言うんだ! 仕事なんてしなくてもいいと思っていた。でも、リリーがしたいと言えば、それが宰相様付の侍女試験であっても許可をしてやったのに、何が不満だったんだ」
「あなたは仕事で疲れて帰ってきた自分をいたわれと言うのに、私の仕事については『許可してやる』って言うのね」
絶対に泣くまいと声が震えないよう堪えているのに、涙が滲んでしまう。
ここまで言ってもカージャスは私の言葉の意味が分からないようで、眉間の皺を深めるばかり。
結局彼は分からないのだ。
私はもう守ってもらうばかりの小さな女の子ではない。泣いて、背中に庇って保護してもらうだけの存在ではないのだ。
「私はあなたの癒しの道具じゃないの」
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後ろから叫ぶカージャスの声が聞こえたけれど、私はもう振り向かなかった。
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