8 / 43
息の詰まる暮らし.8
しおりを挟む
「一人で何もできず、頼りないリリーを俺がずっと守ってきてやったと分かっているのか? 不器用で要領が悪いところがあっても大目にみてきてやった俺にリリーは感謝すべきだ。それなのに勝手に家を出て行き、他の男と出歩くなんて何を考えている!! これだけの我儘を受け入れてやったんだからいい加減、気が済んだだろう。もう帰るぞ!」
「……帰るって?」
半歩下がり身を竦めながら聞いた私に、カージャスは舌打ちをして眉根を寄せた。
「俺とリリーの家にだよ。リリーはこれから先もずっと俺の隣で、俺だけのために生きればいい。そうすれば俺が守ってやるから……」
「……守ってやるからずっと俺の顔色を見て生きろっていうの?」
私の低い声に、カージャスの動きが止まる。私だって自分の喉からこんな声が出るとは思っていなかった。
「カージャス、あなたがずっと私を守ってくれたことには感謝しているわ」
「だったら」
「でも、私はもう小さな子供ではないの。自分の考えや気持ちを持っている。ひとりで暮らして分かったの、誰かの顔色を窺わずに暮らすのがこんなに心安らぐことなんだって」
心配そうに私を見るルージェックに首を振り、私は一歩前に踏み出した。キッと前を見据える私にルージェックは少し驚いたように目を大きくした。
「あなたの言う通り、街中でこんな騒動を起こしたのは私のせいだわ」
「そ、そうだ。全部リリーが……」
「結婚を延期なんて中途半端なことをしたのが間違いだった。両親になんと言われても、ちゃんと婚約解消すべきだったわ」
お父様に説得され婚約解消に踏み出せなかったのは、どこか私の中に迷いがあったからだと思う。
でも、離れて過ごすうちに、元のように一緒には暮らせないと思った。
ただ、相手に非がある場合の婚約破棄が一方的にできるのに対し、婚約解消はそうはいかない。
未成年なら親同士の話し合いと署名で婚約解消ができるけれど、成人している場合は、本人達の同意と署名が必要。
つまり、私がカージャスを説得しない限り、婚約解消はできない。
あともう一つ方法がなくはないけれど……その手段は私には無理だわ。
「俺は婚約解消はしない」
血走った目でカージャスが宣言する。
そう言うと思った。それは決して愛情からではない。私がいないと不便だからだ。
今のままでは、料理や洗濯、掃除も自分でしなくてはいけない。八つ当たりをする相手もいなければ、ご機嫌を取ってくれる人もいない。
どう言えば私の気持ちがカージャスに伝わるのだろうと、暗い気持ちで足元に視線を落としため息を吐いたその時。
――私の視線の先に跪く脚が見えた。
えっ、と少し視線を上げればルージェックの濃紺の瞳が私を見上げている。
「リリーアン、カージャスと結婚を解消する方法ならある。俺に任せてくれないか?」
差し出された右手。これはこの国の男性が求婚の時にする姿勢。
はっと息を呑む私の周りで、いつの間にか集まっていた群衆がざわざわと騒ぎ始めた。
「る、ルージェック。これは……」
「形だけでいい。手を取ってくれ」
「で、でも……」
婚約解消するもう一つの方法。
それは、『婚約者の前で意中の相手に求婚し、決闘をして勝つこと』。
戦いの多かった時代の名残として、平和になった今も法律として残っている。
だけれど、カージャスは騎士でルージェックは文官。明らかに不利だ。
どうすべきかとパニックになる私と、それとは反対に堂々と返事を待つルージェック。
そんな私達に向かって白い手袋が飛んできた。
「おい、俺の目の前で求婚とは大した度胸だな。騎士でないとはいえ、その手袋の意味は分かるだろう」
「ああ。もちろん」
静かな笑みを浮かべながらルージェックは立ち上がった。
白い手袋を投げつける――これは決闘を意味する。
「おう、決闘なんて、やるな兄ちゃん達」
「俺が子供の頃に見て以来だ」
「ちょうどいい、昔、西の戦いで武勲を立てた儂が審判をしてやろう」
ヒューヒューとはやし立てる声にヤジが交じる。
婚約を掛けた決闘に、急に勢いを増した周囲の人々は、もはや観客と言っていいかもしれない。
武勲を上げたと言ったおじいさんが、杖を突きながらカージャスとルージェックの間に入ってきた。意気揚々とした姿は、さっきまで背中を丸めていたとは思えないほど。
さらには観客達に指示を出し、子供達が道路に落書きをしていた石で線を引き試合場を作り始めた。
もう一体何が起きているのか、頭がついていけない。
「ルージェック。こんなことにあなたを巻き込めないわ。カージャスは騎士よ。見習い騎士として厳しい訓練にも耐え一人前の騎士と認められた。力だって技術だってある。それに対してあなたは……」
優しいルージェックのこと。私のために婚約を申し込むふりをして、カージャスを煽って手袋を投げさせたんだと思う。
だって、立ち上がるとき、一瞬だったけれど微笑んだあの顔は、「我が意を得たり」って感じだったもの。
「大丈夫だよ、リリーアン。だから、俺が勝ったら今度こそ『正式』に申し込ませてくれ」
「……正式に?」
何を申し込もうというの?
意味が分からず眉根を寄せる私の背後から、大きな声が響き渡った。
「この決闘、俺が審判を引き受ける!!」
今度は誰、と振り返ると人混みを掻き分け大柄な男性が現れた。
どうしてここに彼がいるの。余計に事態が悪化するのではと目の前がくらっとした。
「……帰るって?」
半歩下がり身を竦めながら聞いた私に、カージャスは舌打ちをして眉根を寄せた。
「俺とリリーの家にだよ。リリーはこれから先もずっと俺の隣で、俺だけのために生きればいい。そうすれば俺が守ってやるから……」
「……守ってやるからずっと俺の顔色を見て生きろっていうの?」
私の低い声に、カージャスの動きが止まる。私だって自分の喉からこんな声が出るとは思っていなかった。
「カージャス、あなたがずっと私を守ってくれたことには感謝しているわ」
「だったら」
「でも、私はもう小さな子供ではないの。自分の考えや気持ちを持っている。ひとりで暮らして分かったの、誰かの顔色を窺わずに暮らすのがこんなに心安らぐことなんだって」
心配そうに私を見るルージェックに首を振り、私は一歩前に踏み出した。キッと前を見据える私にルージェックは少し驚いたように目を大きくした。
「あなたの言う通り、街中でこんな騒動を起こしたのは私のせいだわ」
「そ、そうだ。全部リリーが……」
「結婚を延期なんて中途半端なことをしたのが間違いだった。両親になんと言われても、ちゃんと婚約解消すべきだったわ」
お父様に説得され婚約解消に踏み出せなかったのは、どこか私の中に迷いがあったからだと思う。
でも、離れて過ごすうちに、元のように一緒には暮らせないと思った。
ただ、相手に非がある場合の婚約破棄が一方的にできるのに対し、婚約解消はそうはいかない。
未成年なら親同士の話し合いと署名で婚約解消ができるけれど、成人している場合は、本人達の同意と署名が必要。
つまり、私がカージャスを説得しない限り、婚約解消はできない。
あともう一つ方法がなくはないけれど……その手段は私には無理だわ。
「俺は婚約解消はしない」
血走った目でカージャスが宣言する。
そう言うと思った。それは決して愛情からではない。私がいないと不便だからだ。
今のままでは、料理や洗濯、掃除も自分でしなくてはいけない。八つ当たりをする相手もいなければ、ご機嫌を取ってくれる人もいない。
どう言えば私の気持ちがカージャスに伝わるのだろうと、暗い気持ちで足元に視線を落としため息を吐いたその時。
――私の視線の先に跪く脚が見えた。
えっ、と少し視線を上げればルージェックの濃紺の瞳が私を見上げている。
「リリーアン、カージャスと結婚を解消する方法ならある。俺に任せてくれないか?」
差し出された右手。これはこの国の男性が求婚の時にする姿勢。
はっと息を呑む私の周りで、いつの間にか集まっていた群衆がざわざわと騒ぎ始めた。
「る、ルージェック。これは……」
「形だけでいい。手を取ってくれ」
「で、でも……」
婚約解消するもう一つの方法。
それは、『婚約者の前で意中の相手に求婚し、決闘をして勝つこと』。
戦いの多かった時代の名残として、平和になった今も法律として残っている。
だけれど、カージャスは騎士でルージェックは文官。明らかに不利だ。
どうすべきかとパニックになる私と、それとは反対に堂々と返事を待つルージェック。
そんな私達に向かって白い手袋が飛んできた。
「おい、俺の目の前で求婚とは大した度胸だな。騎士でないとはいえ、その手袋の意味は分かるだろう」
「ああ。もちろん」
静かな笑みを浮かべながらルージェックは立ち上がった。
白い手袋を投げつける――これは決闘を意味する。
「おう、決闘なんて、やるな兄ちゃん達」
「俺が子供の頃に見て以来だ」
「ちょうどいい、昔、西の戦いで武勲を立てた儂が審判をしてやろう」
ヒューヒューとはやし立てる声にヤジが交じる。
婚約を掛けた決闘に、急に勢いを増した周囲の人々は、もはや観客と言っていいかもしれない。
武勲を上げたと言ったおじいさんが、杖を突きながらカージャスとルージェックの間に入ってきた。意気揚々とした姿は、さっきまで背中を丸めていたとは思えないほど。
さらには観客達に指示を出し、子供達が道路に落書きをしていた石で線を引き試合場を作り始めた。
もう一体何が起きているのか、頭がついていけない。
「ルージェック。こんなことにあなたを巻き込めないわ。カージャスは騎士よ。見習い騎士として厳しい訓練にも耐え一人前の騎士と認められた。力だって技術だってある。それに対してあなたは……」
優しいルージェックのこと。私のために婚約を申し込むふりをして、カージャスを煽って手袋を投げさせたんだと思う。
だって、立ち上がるとき、一瞬だったけれど微笑んだあの顔は、「我が意を得たり」って感じだったもの。
「大丈夫だよ、リリーアン。だから、俺が勝ったら今度こそ『正式』に申し込ませてくれ」
「……正式に?」
何を申し込もうというの?
意味が分からず眉根を寄せる私の背後から、大きな声が響き渡った。
「この決闘、俺が審判を引き受ける!!」
今度は誰、と振り返ると人混みを掻き分け大柄な男性が現れた。
どうしてここに彼がいるの。余計に事態が悪化するのではと目の前がくらっとした。
40
お気に入りに追加
231
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
傷物の大聖女は盲目の皇子に見染められ祖国を捨てる~失ったことで滅びに瀕する祖国。今更求められても遅すぎです~
たらふくごん
恋愛
聖女の力に目覚めたフィアリーナ。
彼女には人に言えない過去があった。
淑女としてのデビューを祝うデビュタントの日、そこはまさに断罪の場へと様相を変えてしまう。
実父がいきなり暴露するフィアリーナの過去。
彼女いきなり不幸のどん底へと落とされる。
やがて絶望し命を自ら断つ彼女。
しかし運命の出会いにより彼女は命を取り留めた。
そして出会う盲目の皇子アレリッド。
心を通わせ二人は恋に落ちていく。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】最初からあなたは婚約対象外です
横居花琉
恋愛
王立学園へ通うことになった伯爵令嬢グレースに与えられた使命は良い婚約者を作ること。
それは貴族の子女として当然の考えであり、グレースは素直に受け入れた。
学園に入学したグレースは恋愛とは無関係に勉学に励んだ。
グレースには狙いがあったのだ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
愛の力があれば何でもできる、11年前にそう言っていましたよね?
柚木ゆず
恋愛
それは、夫であるレジスさんと結婚10周年を祝っている時のことでした。不意にわたし達が暮らすお屋敷に、11年前に駆け落ちした2人が――わたしの妹ヴェロニクとレジスさんの兄テランスさんが現れたのです。
身勝手な行動によって周囲にとんでもない迷惑をかけた上に、駆け落ちの際にはお金や貴金属を多数盗んでいってしまった。そんなことをしているのに、突然戻ってくるだなんて。
なにがあったのでしょうか……?
※12月7日、本編完結。後日、主人公たちのその後のエピソードを追加予定となっております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです
じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」
アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。
金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。
私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
兄が、姉の幼なじみと婚約破棄してから、家族がバラバラになったように見えていましたが、真実を知ると見え方が変わってきました
珠宮さくら
恋愛
コンスタンス・オクレールは兄と姉がいたが、兄が姉の幼なじみと婚約したのだが、それが破棄となってから興味ないからと何があったかを知らないままでいた。
そのせいで、家族がバラバラになっていくとはコンスタンスは思いもしなかったが、真実を知ってしまうと1番大人気なかったのは……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる