私はあなたの癒しの道具ではありません

琴乃葉

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息の詰まる暮らし.7

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 こっちに向けて突き出された人差し指をぶるぶると震わせ、怒りで眦を吊り上げるカージャスが着ているのは騎士服。
 そういえば、王都内を警邏する隊に所属になったと聞いた気が……。
 カージャスは指を突き出したまま大股でこちらに近付いてくる。
 慌ててルージェックを庇うように立ち「彼は……」と説明しようとしたのだけれど、私の肩に優しく手が置かれ入れ替わるようにしてルージェックが前に立った。

「リリーアンの同僚のルージェックだ。こんな街中で大声を出しては周りがなにごとかと思う……」
「うるさい! 俺をそうさせているお前が悪いんだ!!」

 再び大声で言葉を被せるカージャス。その言い方に、この人は相変わらずだなと思ってしまう。
 自分が不機嫌になるのも、怒りで棚を蹴とばすのも、全て「俺を怒らせるお前が悪い」というのが彼の持論。さらに人の意見を聞くことなく大声でねじ伏せる。

 一緒に暮らしているときはそういうものなのだと思っていたけれど、離れた今はその考えが間違っていることが分かる。
 どんなに腹が立つことがあっても、怒鳴ったり殴ったりするのは最終的には本人の意思なのだから、それを誰かのせいにするのは間違っている。

「リリー、お前もだ!! 俺という婚約者がいながら、他の男と逢引するなんて、どういう了見だ」
「ち、違うわ。初任給が出たからお父様たちへ贈るプレゼントを一緒に選んでいただけよ」
「それなら俺を誘えばよいだろう。どうして婚約者がいながら他の男を頼るんだ」
「……だって、あなたに頼りたくないから」

 無意識に言葉が口をついて出てしまった。
 あっと、口を押さえるも出た言葉は当然、引っ込まない。
 カージャスは顔をきょとんとさせたあと、怒りで肩をぶるぶると震わせ始めた。

「頼りたくないとはどういうことだ!! だいたい勝手に部屋を出ていき結婚を延期するなんてお前は何を考えているんだ。おかげで俺は恥をかいたうえに父に説教されたんだぞ」

 怒鳴り声に反射的に身を縮めてしまう。
 婚約解消したいという私の思いは、両親からカージャスのご両親に話してもらった。
 その際に、私達の暮らしがどういうものだったか、なぜそう決断したかその理由も伝えてくれた。
 お母様からの手紙によると、それを聞いたカージャスの両親は「息子が全面的に悪い」と頭を下げてくれたらしい。
 そういった経緯でご両親から怒られたようだけれど、私に当たるのはお門違いだ。

 ただ、私の一存でこうなったことには少なからず申し訳なさを感じていたので、そこは謝罪すべきと私はカージャスに向かって頭を下げた。

「勝手にいろいろ決めたことは申し訳ないと思っているわ。ごめんなさい。でも……」
「ああ、全面的にお前が悪い! しかも他の男と出歩くなんて不誠実極まりない。いったい何を考えているんだ!」

 ……だめだ、会話にならない。

 普通なら私が非を認めれば、「俺にも悪いところがあった」と言いそうなものなのに、カージャスは私の謝罪の言葉を聞くとそれに被せるように非難をしてきた。
 どうして私がそう決断したかなんてこと、聞く気もないようだ。

 いつもそう。謝罪を口にすればここぞとばかりに追い詰められ、いつの間にか私が、私だけが全部悪かったように結論づけられてしまう。
 一緒に暮らしていたときはそうかもと納得させられていたけれど、今はそれが間違っていると分かる。

 だから、いつもならここで俯く私だけれど、今日はじっとカージャスを見つめた。
 でも、カージャスはそんな視線に気付くことなくさらに饒舌になっていく。

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