私はあなたの癒しの道具ではありません

琴乃葉

文字の大きさ
上 下
4 / 43

息の詰まる暮らし.4

しおりを挟む

 **<カージャス>

 リリーが家を出ていった。

 明日から見習いではなく本当の騎士になれる。そのお祝いを作ってもらおうと喜び家に帰った俺を待っていたのは、硬い表情をしたリリーだった。

 「寮に入ることにした。結婚は待って欲しい」と頭を下げるリリーに腹が立ち、気づけばソファを蹴り上げていた。
 それなのに。いつもはすぐに俺を怒らせたことを反省し身を小さくするリリーが、静かに俺を見据えていた。
 なんだ、その態度。まるで俺が悪いようではないか。
 そのあと何を言ったか分からない。どれだけ声を荒げてもリリーは考えを変えず、最後にはボストンバッグひとつを持って出ていった。

 お互い見習いを終えたら結婚しようと約束していたのに、それを「一生、カージャスと暮らせるか自信が無くなった」ってなんなんだ!?

 リリーと俺は物心がつく前から一緒にいた。
 同い年だけれど身体の大きな俺に対し、リリーは小柄で小心者で人見知り。
 ふわふわのピンクブロンドの髪を揺らし水色の瞳をおどおどさせて、いつも俺の後ろをくっついてきていた。

「あそこの家で飼っている犬が怖くて向こう側へ行けない」
「雷が怖いから手を繋いで」
「いじめっ子が私をいじめるの」
 
 いつもべそべそと涙を流し、俺の袖を掴んで離さないリリー。だから俺はリリーを守るため騎士になることを決めた。

 学園に通っている間はお互い寮暮らし。
 騎士科と普通科では校舎が違うから平日は会えなかったけれど、たまには二人で街に繰り出し流行のカフェに行ったこともある。
 誕生日にはプレゼントを贈ったし、俺は婚約者としての役割を完璧にこなしていた。

 背が高くなっても引っ込み思案は相変わらずで、そんなリリーの口から出てくる友達の名前はいつも二人。
 そのうちの一人が男ってことは気にいらなかったけれど、一度見かけたそいつは痩身のいかにも文官という風貌。それに俺は安心した。だってあいつではリリーを守ることはできないから。

 卒業したら結婚するつもりだったけれど、お互い見習いの間は自重すべきだと言ったのはリリーの父親。

 でも見習いだと寮へ入ることができない。危なっかしいリリーに一人暮らしは無理だと説得し、手を出さない約束で一緒に住む許可をもらった。
 正直、そんな約束破っても分からないと思ったけれど、純粋無垢なリリーに嘘を吐かせるのは無理だと我慢した。

 騎士見習いとしての日々は訓練で始まり訓練で終わる。そのせいで俺は日々ぼろぼろのクタクタ。
 唯一の癒しはリリーの顔を見ることだった。
 リリーは俺がいないと一人で生きていくことができない。
 俺を頼り、いつでも俺の機嫌を窺い尽くしてくれるリリーとの生活は快適で、俺はそんなリリーのために騎士訓練に精を出した。

 正直、リリーにお城の侍女なんて務まらないと思っている。
 女だけの職場なんて、噂と足の引っ張り合いで酷くギスギスしたものだと聞いているから、気の弱いリリーがやっていけるはずがない。

 見習いで音を上げるか、本採用となっても、もって一年だろう。
 だけれど、それでいいと思う。リリーは家にいて俺の帰りを待って俺のために生きればいいんだ。そして俺はそんなリリーを一生かけて守る。

 騎士として腕をあげればそれだけ給料も良くなるのだから、リリーといつか生まれるであろう子供を養うことぐらい俺ひとりでもできる。
 だからリリーはのんびりと家にいて、俺を癒す家庭を作ることに専念すればいいんだ。

 そう思っていたのに、リリーは俺の予想以上に侍女見習いを頑張った。

 男所帯の騎士団は休憩中になると、「あの侍女が可愛い」だの「給仕係をデートに誘った」だの、浮かれた話をする奴が多い。
 その中にはリリーの名前もあった。

 リリーが可愛いと噂されるのは悪い気はしないが、やはり城勤めはやめさせたほうがよさそうだ。
 こんな奴らの視線を集めるだなんて、リリーにも隙があるに違いない。

 リリーはちょっとぼぉっとしているところがあるからつけ込まれるんだと、不機嫌な気持ちのまま家に帰ったことが何度もあった。
 その気分のまま、リリーにもっとしっかりしろと説教をしたことも少なくない。
 でも、全てがリリーのためなのだ。

 そんなリリーから、宰相様付きの侍女試験を受けると聞いた時は正直驚いたけれど、勉強だけはできたからそこを買われたのだろうと納得もした。
 到底、受かるとは思わなかったけれど、反対するのも器が小さいようで許可をしてやった。
 勉強する間、家事をできないことを気にするリリーに、一ヶ月ぐらい家の中が無茶苦茶になっても気にしないと言った俺は、できた男だろう。
 
 ただ、その間の部屋の有様は本当に酷かった。
 洗濯物は溜まるし、俺が散らかしたごみはいつまでもその場所にある。洗い物が溜まるのは当たり前で、食事だって手抜きだ。

 正直ここまで、と思った。でも、文句は言わなかった。出された食事も残さず食べた。
 やるだけやって駄目だって分かったらリリーも諦めがつくだろう、と鷹揚に受け止めてやっていたのに。

 リリーは試験に受かった。そして家を出て行った。

 リリーの父親からは少し離れお互いを見直す時間が必要と言われ、親父からはリリーをもっと大切にしろと叱られた。
 はぁ? これ以上なく大切にしているだろう。
 リリーを守るために俺は厳しい騎士訓練にだって耐えているんだ。

 それなのに。
 ぽつんと一人ソファーに座り、夕陽が窓枠を床に映すのを眺める。
 台所には、もう何日も前のカップが積み重なり、床にはごみが散乱していた。
 リリーが出て行くときに綺麗にしていったこの部屋は、またすっかり荒れ果てた状態に逆戻りだ。

「なんで、こうなったんだよ」

 苛立ちをぶつけるように、俺はソファにあるリリーがお気に入りだったクッションを壁に投げつける。
 ぱふっと間抜けな音を立て床に落ちたそれを、俺はいつまでたっても拾う気にはなれなかった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

傷物の大聖女は盲目の皇子に見染められ祖国を捨てる~失ったことで滅びに瀕する祖国。今更求められても遅すぎです~

たらふくごん
恋愛
聖女の力に目覚めたフィアリーナ。 彼女には人に言えない過去があった。 淑女としてのデビューを祝うデビュタントの日、そこはまさに断罪の場へと様相を変えてしまう。 実父がいきなり暴露するフィアリーナの過去。 彼女いきなり不幸のどん底へと落とされる。 やがて絶望し命を自ら断つ彼女。 しかし運命の出会いにより彼女は命を取り留めた。 そして出会う盲目の皇子アレリッド。 心を通わせ二人は恋に落ちていく。

【完結】最初からあなたは婚約対象外です

横居花琉
恋愛
王立学園へ通うことになった伯爵令嬢グレースに与えられた使命は良い婚約者を作ること。 それは貴族の子女として当然の考えであり、グレースは素直に受け入れた。 学園に入学したグレースは恋愛とは無関係に勉学に励んだ。 グレースには狙いがあったのだ。

愛の力があれば何でもできる、11年前にそう言っていましたよね?

柚木ゆず
恋愛
 それは、夫であるレジスさんと結婚10周年を祝っている時のことでした。不意にわたし達が暮らすお屋敷に、11年前に駆け落ちした2人が――わたしの妹ヴェロニクとレジスさんの兄テランスさんが現れたのです。  身勝手な行動によって周囲にとんでもない迷惑をかけた上に、駆け落ちの際にはお金や貴金属を多数盗んでいってしまった。そんなことをしているのに、突然戻ってくるだなんて。  なにがあったのでしょうか……?  ※12月7日、本編完結。後日、主人公たちのその後のエピソードを追加予定となっております。

あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです

じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」 アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。 金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。 私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

兄が、姉の幼なじみと婚約破棄してから、家族がバラバラになったように見えていましたが、真実を知ると見え方が変わってきました

珠宮さくら
恋愛
コンスタンス・オクレールは兄と姉がいたが、兄が姉の幼なじみと婚約したのだが、それが破棄となってから興味ないからと何があったかを知らないままでいた。 そのせいで、家族がバラバラになっていくとはコンスタンスは思いもしなかったが、真実を知ってしまうと1番大人気なかったのは……。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

処理中です...