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息の詰まる暮らし.4
しおりを挟む**<カージャス>
リリーが家を出ていった。
明日から見習いではなく本当の騎士になれる。そのお祝いを作ってもらおうと喜び家に帰った俺を待っていたのは、硬い表情をしたリリーだった。
「寮に入ることにした。結婚は待って欲しい」と頭を下げるリリーに腹が立ち、気づけばソファを蹴り上げていた。
それなのに。いつもはすぐに俺を怒らせたことを反省し身を小さくするリリーが、静かに俺を見据えていた。
なんだ、その態度。まるで俺が悪いようではないか。
そのあと何を言ったか分からない。どれだけ声を荒げてもリリーは考えを変えず、最後にはボストンバッグひとつを持って出ていった。
お互い見習いを終えたら結婚しようと約束していたのに、それを「一生、カージャスと暮らせるか自信が無くなった」ってなんなんだ!?
リリーと俺は物心がつく前から一緒にいた。
同い年だけれど身体の大きな俺に対し、リリーは小柄で小心者で人見知り。
ふわふわのピンクブロンドの髪を揺らし水色の瞳をおどおどさせて、いつも俺の後ろをくっついてきていた。
「あそこの家で飼っている犬が怖くて向こう側へ行けない」
「雷が怖いから手を繋いで」
「いじめっ子が私をいじめるの」
いつもべそべそと涙を流し、俺の袖を掴んで離さないリリー。だから俺はリリーを守るため騎士になることを決めた。
学園に通っている間はお互い寮暮らし。
騎士科と普通科では校舎が違うから平日は会えなかったけれど、たまには二人で街に繰り出し流行のカフェに行ったこともある。
誕生日にはプレゼントを贈ったし、俺は婚約者としての役割を完璧にこなしていた。
背が高くなっても引っ込み思案は相変わらずで、そんなリリーの口から出てくる友達の名前はいつも二人。
そのうちの一人が男ってことは気にいらなかったけれど、一度見かけたそいつは痩身のいかにも文官という風貌。それに俺は安心した。だってあいつではリリーを守ることはできないから。
卒業したら結婚するつもりだったけれど、お互い見習いの間は自重すべきだと言ったのはリリーの父親。
でも見習いだと寮へ入ることができない。危なっかしいリリーに一人暮らしは無理だと説得し、手を出さない約束で一緒に住む許可をもらった。
正直、そんな約束破っても分からないと思ったけれど、純粋無垢なリリーに嘘を吐かせるのは無理だと我慢した。
騎士見習いとしての日々は訓練で始まり訓練で終わる。そのせいで俺は日々ぼろぼろのクタクタ。
唯一の癒しはリリーの顔を見ることだった。
リリーは俺がいないと一人で生きていくことができない。
俺を頼り、いつでも俺の機嫌を窺い尽くしてくれるリリーとの生活は快適で、俺はそんなリリーのために騎士訓練に精を出した。
正直、リリーにお城の侍女なんて務まらないと思っている。
女だけの職場なんて、噂と足の引っ張り合いで酷くギスギスしたものだと聞いているから、気の弱いリリーがやっていけるはずがない。
見習いで音を上げるか、本採用となっても、もって一年だろう。
だけれど、それでいいと思う。リリーは家にいて俺の帰りを待って俺のために生きればいいんだ。そして俺はそんなリリーを一生かけて守る。
騎士として腕をあげればそれだけ給料も良くなるのだから、リリーといつか生まれるであろう子供を養うことぐらい俺ひとりでもできる。
だからリリーはのんびりと家にいて、俺を癒す家庭を作ることに専念すればいいんだ。
そう思っていたのに、リリーは俺の予想以上に侍女見習いを頑張った。
男所帯の騎士団は休憩中になると、「あの侍女が可愛い」だの「給仕係をデートに誘った」だの、浮かれた話をする奴が多い。
その中にはリリーの名前もあった。
リリーが可愛いと噂されるのは悪い気はしないが、やはり城勤めはやめさせたほうがよさそうだ。
こんな奴らの視線を集めるだなんて、リリーにも隙があるに違いない。
リリーはちょっとぼぉっとしているところがあるからつけ込まれるんだと、不機嫌な気持ちのまま家に帰ったことが何度もあった。
その気分のまま、リリーにもっとしっかりしろと説教をしたことも少なくない。
でも、全てがリリーのためなのだ。
そんなリリーから、宰相様付きの侍女試験を受けると聞いた時は正直驚いたけれど、勉強だけはできたからそこを買われたのだろうと納得もした。
到底、受かるとは思わなかったけれど、反対するのも器が小さいようで許可をしてやった。
勉強する間、家事をできないことを気にするリリーに、一ヶ月ぐらい家の中が無茶苦茶になっても気にしないと言った俺は、できた男だろう。
ただ、その間の部屋の有様は本当に酷かった。
洗濯物は溜まるし、俺が散らかしたごみはいつまでもその場所にある。洗い物が溜まるのは当たり前で、食事だって手抜きだ。
正直ここまで、と思った。でも、文句は言わなかった。出された食事も残さず食べた。
やるだけやって駄目だって分かったらリリーも諦めがつくだろう、と鷹揚に受け止めてやっていたのに。
リリーは試験に受かった。そして家を出て行った。
リリーの父親からは少し離れお互いを見直す時間が必要と言われ、親父からはリリーをもっと大切にしろと叱られた。
はぁ? これ以上なく大切にしているだろう。
リリーを守るために俺は厳しい騎士訓練にだって耐えているんだ。
それなのに。
ぽつんと一人ソファーに座り、夕陽が窓枠を床に映すのを眺める。
台所には、もう何日も前のカップが積み重なり、床にはごみが散乱していた。
リリーが出て行くときに綺麗にしていったこの部屋は、またすっかり荒れ果てた状態に逆戻りだ。
「なんで、こうなったんだよ」
苛立ちをぶつけるように、俺はソファにあるリリーがお気に入りだったクッションを壁に投げつける。
ぱふっと間抜けな音を立て床に落ちたそれを、俺はいつまでたっても拾う気にはなれなかった。
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