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息の詰まる暮らし.3
しおりを挟むお昼時を過ぎていたおかげか食堂は空いていて、窓際の席に座ることができた。
私はワンプレートランチ、ルージェックは同じものにサンドイッチを追加したトレイをテーブルに置く。
祝杯は健全にオレンジジュース。グラスを目の高さに持ち上げお互いの合格を祝う。
「で、リリーアンはこれからどうするの? ……カージャスと結婚するのか?」
食事が終わった頃合いを見計らってルージェックが聞いてきた。
パレスとルージェックは私がカージャスと暮らしているのを知っているし、見習い期間が終わったら結婚するとも伝えていた。
私は困ったように眉を下げ、手にしていたスプーンを置く。
どうしたらいいかずっと考えて、でも答えがいまだに出ない。
結婚するのが自然な成り行きなのは分かっているけれど、最近の私はそれでいいのかとずっと悩んでいる。
「……何かあったのか?」
心配そうに眉根を寄せるルージェック。
その顔に「実はね」と、つい出かかった言葉をぐっと飲み込んだのは、日頃カージャスに「二人の間で起こったことを他人にべらべら話すな」と言われているから。
どう答えようかと俯き固まってしまった私の手に、ルージェックの手が重なった。
びっくりして顔を上げると、ひどく真剣な濃紺の瞳と視線がぶつかる。
「俺でよければ聞くよ。時には第三者の意見が必要なこともあると思う」
その言葉に、コトンと私の心が動いた。
今までカージャスとのことを誰かに相談したことはなかった。
私の胸に芽生えた違和感が解決せずに煮詰まる一方なのはそのせいかもしれない。
カージャスを怒らせてしまう私が悪いとずっと思っていたけれど、本当にそうなのか、客観的な意見を聞いてみたいと思った。
「あ、あのね……」
私は思い切って、今まで抱えていた違和感をルージェックに話すことにした。
自分の感情や考えも纏まらないまま、たどたどしく、行ったり来たりする不器用な話をルージェックは急かすことなく最後まで聞いてくれた。
随分と時間がかかったように思う。
話し終えた私は、ふぅと息を吐き、残っていたオレンジジュースを一気に飲み干す。
今日は仕事がなく合格発表だけだったので、時間に余裕があってよかった。
少し放心状態の私にルージェックは「待っていて」と言い、食器を全部片づけてくれると、紅茶が入ったティーカップを持って戻ってきた。
席に着くと長い指を組みそこに顎を乗せ、ぐっと眉を寄せる。
「うーん。単刀直入に言うと、結婚はもう少し待った方がいいんじゃないか?」
「ルージェックもそう思う?」
「も、ってことはリリーアンもそう考えていたのか」
うん、と私は頷く。
このまま一緒になったら、私は「労え」と言う言葉によって、ずっとカージャスの顔色を窺い、ご機嫌を取って生活していかなくてはいけない。
それにも関わらず、私が大変なときは「労って」もらえない。そのことに凄い不自然さを感じてしまう。
そんな私の考えを言えば、ルージェックは大きく頷いた。
「そう思うのは当然だと思うよ」
「そ、そうなのかな。私に至らないところがあるから、気が利かないから、カージャスを怒らせるのかも知れないし……」
「リリーアン、それは違うよ。確かに疲れている人を労るの大切かもしれないけれど、でも、カージャスが求めているのは何と言うか、こう、ずれているように思う」
「ずれている?」
「うん。労え、という言葉で自分のご機嫌取りを強いるのは明らかにおかしいよ。それでいて、リリーアンが大変なときに何も助けてくれないんだろう。掃除だって、料理だって、一ヶ月ぐらいカージャスがすればいいんだ。それにリリーアンが疲れて帰ってきたのに、料理を作れとかあり得ない。そもそも不機嫌を辺りに巻き散らかすなんて子供じみた行動だ。赤子じゃないんだから自分の感情ぐらい自身でコントロールすべきだろう」
どんどん声が大きくなるルージェックを私は慌てて宥める。ここには騎士が来ることだってあるんだ。
「ごめん。でも、リリーアンが辛そうにしているのを見ると、つい」
「ううん、ありがとう。親身になってくれて嬉しい」
私が手元の紅茶に手を伸ばせば、ルージェックも同じように口にした。
暫く無言でそうしていたあと、ルージェックはちょっと聞きにくそうに、
「でも、リリーアンはカージャスが好きなんだよな」
まるで紅茶に言葉を落とすようにそう言った。
「分からない。一緒に住む前は好きだったけれど、今は……。一緒にいても、常にカージャスの顔色を窺わなくてはいけないのは……少し疲れるわ。それなのにちょっとしたことで不機嫌になって八つ当たりしてくるから、正直居心地が悪いの。だから、最近は食事を終えると自分の部屋に閉じこもるようにしている」
それがさらにカージャスの機嫌を悪くさせるのだけど、と小さく零す私に、ルージェックはうん? と首を傾げた。
「自分の部屋? 二人は一緒に暮らしているんだろう?」
「ええ、そうよ。でも結婚までは、その……そういうのは駄目って父がカージャスに念押しして。だからリビングとは別にお互いの部屋があって、寝起きはそこでしているの」
「……そうだったんだ」
どこかほっとしたように口元を緩めたルージェック。
さらに「ま、そんなことは些末なことだ。どうであれ、俺はリリーアンなら」と言うので、今度は私が首を傾げてしまう。
「ルージェック、どうしたの?」
「いや、うん。なんでもないよ」
そう言う割に嬉しそうに見えるけれど。
ま、いいか、と話を終わらせようとした私に、ルージェックは「だったら」と言葉を続けた。
「いったん結婚は保留にして寮に入ったらどうだい? 見習い期間が終われば城の寮に入れる。俺も文官寮にいるからいつでも相談に乗るよ」
寮。その考えがなかったわけではない。
ただ、結婚する約束だったのに私の我儘で延期にするのは良くないと思っていた。
でも、やっぱりこのまま結婚するのは……正直無理。
「そうね……、うんそうする。ルージェックに相談して、このまま成り行きで結婚するのはやっぱり駄目だと思った。ありがとう、聞いてくれて」
「それを言うなら俺のほうだよ。良かった、手遅れになる前に話してくれて」
「ふふ、ルージェックは本当に友達思いね」
親身に心配してくれたことに感謝しつつ頭を下げれば、ルージェックは意外にも苦笑いで肩を竦めた。
「ま、俺にとって良かった、ってことなんだけれど」
「えっ?」
どういう意味と目をパチパチする私に、ルージェックは意味ありげな笑いを浮かべ「そろそろ帰ろう」と席を立った。
そうね。せっかくだから決心が鈍らないうちに今から寮へ入る手続きをしよう。
きっとカージャスは怒り怒鳴るだろうけれど、それでも私は意見を変えるつもりはない。
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